↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
86/112

第86話 助けを求めなかった少女

第86話 助けを求めなかった少女


――お前は、なぜ最後まで助けを求めなかったのか。


その声が消えてからも、リリアの耳には言葉の余韻が残っていた。


白い花は、彼女の手のひらで静かに眠っている。


花弁は砕けていない。


けれど、先ほどまで浮かび上がっていた記録は、すべて消えていた。


「リリア、今の声……聞こえたか?」


アレンの問いに、彼女はうなずいた。


「うん。私が、どうして助けを求めなかったのか。それを思い出せって」


「お前が自分から助けを拒んだ可能性がある、ということか」


「そうかもしれない。でも、どうしてそんなことをしたのか、まだわからない」


リリアは手のひらを見つめた。


前世の自分は、誰かとの約束を守ろうとしていた。


その約束のために、罪を認めず、処刑されることを受け入れたように見えた。


しかし、それだけでは説明がつかない。


なぜ助けを求めなかったのか。


なぜ、あの人物は動かなかったのか。


そして、あの白い花は何を意味していたのか。


「もう一度、記憶を開いてみる」


「待ってくれ」


アレンが静かに言った。


「今の記憶は、お前を無理に深いところへ引き込もうとしていた。次も同じとは限らない」


「わかってる。でも、今なら少しだけ進める気がするの」


リリアは顔を上げた。


「今度は、一人で記憶に入らない。みんなにそばにいてほしい」


ミラが力強くうなずいた。


「当然でしょ。あんたが何を思い出しても、勝手に一人で結論を出させたりしないから」


「私も接続を監視します」


セフィルが手を伸ばすと、銀色の光が白い花を包んだ。


レオンは周囲の空間に防御の術式を刻み、カイルは何も言わず、リリアの向かいに腰を下ろした。


彼の指には、銀の指輪が光っていた。


リリアは、その指輪を見た瞬間、胸の奥に小さな痛みを覚えた。


なぜだろう。


前世の記憶と、彼の指輪。


何かがつながっているような気がした。


「……カイル」


「どうした?」


「あなたは、白い花を見て、何か思い出す?」


カイルの表情がわずかに変わった。


ほんの一瞬だった。


けれど、リリアは見逃さなかった。


「いや……何も」


彼はそう答えた。


その声は、いつもより少しだけ硬かった。


リリアは追及しなかった。


今はまだ、誰かを疑うために記憶を開くのではない。


真実を知るためだ。


「始めるね」


白い花に指先で触れる。


青い光が広がった。


*


再び、処刑の日。


今度は、審問場の景色が鮮明に見えた。


石造りの広場には、大勢の人々が集まっている。


中央には処刑台。


その上に、一人の少女が立っていた。


黒い髪。


青い瞳。


そして、手首に巻かれた拘束具。


前世のリリアだった。


少女の足元には、銀色の術式が刻まれていた。


その術式は、ただ命を奪うためのものではない。


少女の魂に刻まれた何かを、世界から切り離そうとしている。


リリアは息をのんだ。


「これは……処刑の術式じゃない」


背後からセフィルの声が聞こえた。


彼も記憶の中に接続できているらしい。


「魂の記録を分離する術式です。肉体の死だけでなく、存在に関する情報まで消去しようとしている」


「どうして、そこまで……」


答えは返ってこなかった。


審問官が高らかに告げる。


「被告人リリア・エヴァンジェル。お前は禁忌の力を用い、世界の根幹に干渉した。その行為によって、複数の存在が消失する危険を招いた」


群衆がざわめいた。


「世界を壊そうとしたのか?」


「そんな力を持つ者を生かしておけるものか!」


少女は何も言わなかった。


ただ、審問官を見つめていた。


「反論はないのか」


「……あります」


初めて、少女が口を開いた。


「私は、世界を壊そうとはしていません」


「ならば、何をしようとした?」


少女の唇が震えた。


答えれば、何かが変わる。


けれど、その答えを口にすれば、誰かの存在が危険にさらされる。


そんな予感があった。


「私は……」


少女は広場を見渡した。


人々の中に、探している姿があった。


銀色の指輪。


白い花。


そして、自分を知っているはずの誰か。


見つけた瞬間、少女の瞳に安堵が浮かんだ。


――来てくれた。


彼女は声に出さず、そう思った。


しかし、その人物は群衆の中に立ったまま、動かなかった。


少女の顔から、少しずつ笑みが消えていく。


「被告人。答えなさい」


審問官が促した。


少女は目を閉じた。


そして、ゆっくりと答えた。


「……私は、何もしていません」


それは、真実の一部だった。


彼女は世界を壊そうとしていない。


しかし、何かを救おうとしたことまでは否定しなかった。


審問官の顔が険しくなる。


「ならば、なぜ術式を発動させた?」


少女は答えない。


「誰を救おうとした?」


それでも、答えない。


「その存在は、今どこにいる?」


少女の手が、強く握りしめられた。


次の瞬間、処刑台の床に刻まれた術式が赤く輝いた。


「答えないということは、罪を認めたも同然だ!」


審問官の声が広場に響く。


群衆から、怒号が上がった。


けれど、少女は最後まで沈黙を守った。


リリアは、その姿を見つめながら気づいた。


この少女は、ただ恐怖で言葉を失っているのではない。


何かを守るために、意識して沈黙を選んでいる。


そして、その選択を誰にも説明しないと決めている。


「……どうして」


リリアの声が震えた。


「どうして、そこまで一人で背負ったの?」


記憶の中の少女には、聞こえない。


彼女は処刑台の上で、静かに空を見上げていた。


*


そのとき、審問場の端から一人の青年が進み出た。


茶色の髪。


銀色の指輪。


胸元には、白い花が一輪。


リリアの隣で、カイルが息を止めた。


「……俺?」


青年の顔は、今のカイルと同じだった。


けれど、その瞳には今の彼が知らないほど深い苦悩が宿っていた。


青年は審問官の前に立つと、ひざまずいた。


「証言を申し上げます」


少女が顔を上げる。


初めて、その表情に明確な動揺が走った。


「やめて……」


声にならない声だった。


青年は彼女を見なかった。


「私は、被告人が禁忌の術式を発動させたことを知っています」


群衆が静まり返った。


審問官が問い返す。


「それは、彼女が世界を破壊しようとしたという意味か?」


青年の手が震えた。


それでも、彼は答えた。


「……いいえ」


少女が、はっと息をのんだ。


「彼女は、ある存在を救おうとしていました。しかし、そのために世界の法則に干渉したことは事実です」


審問官の目が細くなる。


「その存在の名は?」


青年は沈黙した。


少女も、彼を見つめたまま動かない。


長い沈黙。


やがて青年は、顔を上げた。


「申し上げることはできません」


審問場に怒号が響いた。


「証言を拒むのか!」


「ならば、お前も共犯ということになるぞ!」


青年は立ち上がらなかった。


「それでも構いません」


その言葉に、少女の目から涙がこぼれた。


なぜ泣いたのか。


救われたと思ったのか。


それとも、青年が自分と同じように何かを背負おうとしていることを知ったからなのか。


リリアには、まだわからなかった。


しかし、審問官は冷酷に告げた。


「被告人は禁忌の力を使用した。証言者はその事実を知りながら、重要な情報を隠している。よって、被告人への判決を変更する理由はない」


青年は拳を握りしめた。


少女は、彼を見つめた。


その唇が、かすかに動いた。


――どうして、そこまでしてくれるの。


声は聞こえなかった。


けれど、リリアにはそう言ったように思えた。


青年は答えなかった。


ただ一度だけ、少女の方を見た。


その瞳にあったのは、裏切りでも憎しみでもない。


何かを諦めた者の、深い悲しみだった。


*


記憶が大きく揺らいだ。


処刑台の術式が、少女の足元から身体へと広がっていく。


リリアは思わず叫んだ。


「待って! まだ、終わっていない!」


しかし、景色は止まらない。


少女の身体が光に包まれる。


最後の瞬間、彼女は群衆の中にいる青年を見つめた。


「……約束、覚えていてね」


その声だけが、はっきりと聞こえた。


青年の顔が歪む。


彼は何かを言おうとした。


けれど、声は届かなかった。


少女の姿が光の中へ消えていく。


そして、世界から彼女の記録が剥がされ始めた。


《対象の存在記録――削除開始》


《証言者の記憶――部分封印》


《約束の記録――分離》


リリアの胸が激しく痛んだ。


少女が消える直前、彼女の瞳がこちらを向いた気がした。


まるで、今のリリアに何かを託そうとするように。


――私を、私だけの罪にしないで。


その声を聞いた瞬間、記憶が砕けた。


*


「リリア!」


アレンの声に、リリアは目を開いた。


身体が大きく揺れ、彼女は床に手をついた。


息が苦しい。


目の前がぼやける。


それでも、リリアは顔を上げた。


「カイル……」


向かいに座っていたカイルは、青ざめた顔で自分の指輪を見つめていた。


「今の青年……あなたと同じ顔だった」


「……ああ」


カイルの声は、ひどくかすれていた。


「俺にも見えた。全部じゃない。でも……あの場にいた俺は、何かを知っていた」


「どうして、私を助けなかったの?」


責めるつもりで聞いたのではなかった。


ただ、知りたかった。


あの青年は証言した。


少女を完全に見捨てたわけではない。


それなのに、最後まで彼女を救うことはできなかった。


カイルは長い間、答えなかった。


やがて、彼は苦しげに目を閉じた。


「わからない。俺が何を考えて、何を選んだのか……まだ思い出せない」


そして、震える手で銀の指輪を外そうとした。


だが、指輪は抜けなかった。


代わりに、その表面に文字が浮かび上がる。


《証言者:記録の一部を復元》


《証言内容:対象の禁忌行為を確認》


《証言者の意思:判定不能》


最後の一行が、ゆっくりと書き換わった。


《証言者の意思:本人による記憶の封印》


カイルが息をのんだ。


「俺が……自分で封印したのか?」


セフィルは記録を凝視した。


「断定はできません。封印を実行した者と、封印を望んだ者が同一とは限らない」


「でも、俺はあの場にいた」


カイルの声が震えた。


「彼女が処刑されるのを見ていた。何かを知っていたのに、思い出せない」


リリアは彼を見つめた。


過去のカイルが、何を選んだのか。


それは、まだわからない。


けれど、今のカイルまで過去の罪だけで裁きたくはなかった。


「カイル。私は、あなたを疑わないと約束することはできない」


彼の肩がわずかに揺れた。


「でも、記憶が戻る前に、あなたを裏切り者だと決めつけることもしない」


リリアはまっすぐに彼を見た。


「あなた自身が何を選んだのか、あなたの言葉で聞きたい。記憶が戻ったら、逃げずに話してほしい」


カイルはうつむいた。


しばらくして、彼は小さくうなずいた。


「……わかった。俺は、自分の過去から逃げない」


その瞬間、白い花が再び光った。


新しい記録が浮かび上がる。


《証言者の記録:一部復元》


《処刑の決定に関する情報:未開示》


《証言者が守ろうとした存在:未確定》


そして、その下に、今までになかった一文が現れた。


《証言者は、処刑の前に被告人へ最後の選択肢を提示していた》


「最後の選択肢……?」


リリアが読み上げると、白い花がゆっくりと開いた。


その奥から、少女の声が聞こえた。


『生き残るために、あの人を差し出すか』


『あの人を守るために、自分の記憶を捨てるか』


リリアの顔から血の気が引いた。


前世の自分は、二つの選択肢を突きつけられていたのだ。


そして、おそらく――。


どちらかを選んだ。


しかし、花はそこで沈黙した。


選んだ答えだけが、まだ明かされない。


リリアは目を閉じ、深く息を吸った。


今なら、少しだけ理解できる。


前世の自分は、誰かを守りたかった。


けれど、その誰かを守ることと、自分自身を守ることの間で、追い詰められていたのかもしれない。


そして今の自分もまた、同じ問いの前に立っている。


誰かを守るために、自分の未来を手放すのか。


それとも、自分の意思を守りながら、誰かと共に別の道を探すのか。


「……私は、もう一度選ぶ」


リリアは白い花を胸に抱いた。


「前世の私が何を選んだとしても、今の私が同じ答えを選ぶとは限らないから」


花弁が、かすかに揺れた。


そして、最後の一行が浮かび上がる。


《次の記憶の解放条件――処刑前夜に交わされた、最後の会話》


その下には、名前のない一人の人物を示す記号が刻まれていた。


《会話の相手:現在の世界に存在》


リリアは顔を上げた。


カイルだけではない。


前世の約束を知る誰かが、今もこの世界で生きている。


そして、その人物は――まだ、彼女に真実を話していない。


第86話 終


次回、第87話「処刑前夜、最後に訪れた人」


処刑の前夜、牢獄を訪れた人物の正体とは。リリアの記憶が示すのは、彼女を救おうとした者なのか、それとも彼女に最後の選択を迫った者なのか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。