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神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


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第84話 リリアが生まれる前の記憶

第84話 リリアが生まれる前の記憶


白い光の中で、リリアはひとり立っていた。


足元には何もない。


空も、大地も、星もない。


けれど、恐ろしさは感じなかった。


ここは、世界の外側ではない。


エリシアの記憶でもない。


自分自身の過去へ続く場所なのだと、リリアにはなぜか理解できた。


「……ここが、私の記憶?」


問いかけても、返事はない。


代わりに、遠くから誰かの声が聞こえてきた。


『この子の魂は、まだ何にも結びついていない』


知らない声だった。


続いて、別の声が響く。


『ならば、どこへ向かうかも、この子自身が選べるということだ』


リリアは息をのんだ。


自分の魂について、誰かが話している。


しかも、その声は、明らかに人間のものではなかった。


リリアは声のする方へ歩き出した。


光の向こうに、ぼんやりと景色が浮かび上がる。


そこには、巨大な円形の空間があった。


壁も床も、透明な結晶のようなものでできている。


中央には、淡い光を放つ小さな球体が浮かんでいた。


球体の周囲には、三人の人影が立っている。


一人は、銀色の髪と紫色の瞳を持つ人物。


一人は、長い黒髪に黄金の瞳を持つ女性。


そして、もう一人は――。


「……エリシア?」


リリアは思わず声を漏らした。


そこにいたのは、間違いなくエリシアだった。


しかし、彼女は世界を創造したときの姿とは少し違っていた。


表情には迷いがあり、瞳には疲れがにじんでいる。


まるで、まだ何かを決めきれずにいるようだった。


『この魂を、世界へ送り出すのですか?』


銀髪の人物が尋ねた。


エリシアは、小さな球体を見つめたまま答えた。


『いいえ。私が、この魂の行き先を決めることはできない』


『しかし、このままでは行き先を持たないまま、どこにもたどり着けない可能性があります』


『それでもよ』


エリシアの声は、静かだった。


『行き先がないことと、行き先を選べないことは違うわ』


リリアの胸が、強く鳴った。


その言葉は、まるで自分に向けられたもののように聞こえた。


エリシアは続けた。


『この魂がどこへ向かうのかは、この魂自身が決めるべきよ。私が世界を創ったからといって、そこに生まれる者たちの未来まで、私のものになるわけではない』


黄金の瞳を持つ女性――アステリアが、静かにうなずいた。


『あなたらしい答えね、エリシア』


『そうかしら』


『ええ。でも、あなた自身は、その答えを最後まで守れるの?』


エリシアの表情が、わずかに曇った。


『……守りたいと思っているわ』


『思っているだけでは、足りないこともある』


アステリアの声には、責めるような響きはなかった。


ただ、未来を恐れている者の切実さがあった。


『いつか、あなたが誰かを失ったとき。その人を取り戻すために、ほかの誰かの選択を変えたくなったとき。それでも、同じことが言える?』


エリシアは答えなかった。


その沈黙を、銀髪の人物が見守っていた。


やがて、エリシアは小さな球体へ手を伸ばした。


けれど、触れる直前で止めた。


『……わからないわ』


彼女は、正直に認めた。


『未来の私は、間違えるかもしれない。自分の願いを、誰かの意思より優先してしまうかもしれない』


エリシアは、そっと手を引いた。


『だから、この魂には、私の答えを与えない』


その瞬間、球体の中で、小さな光がまたたいた。


リリアは、それを見つめた。


光の奥に、誰かの姿がある。


まだ幼い少女。


黒い髪。


青い瞳。


自分と、よく似た顔。


「……私?」


少女は、目を閉じていた。


眠っているようにも、まだ生まれていないようにも見えた。


リリアは、一歩近づこうとした。


しかし、景色が突然揺らいだ。


エリシアの声が、遠くから響く。


『この魂に、私の使命を背負わせないで』


『この魂に、私の罪を償わせないで』


『そして――』


エリシアは、光の中の少女を見つめた。


『この魂が私と似た道を選んだとしても、それを運命と呼ばないで』


リリアの胸に、熱いものが込み上げた。


エリシアは、自分のためにこの魂を用意したのではない。


少なくとも、この記憶の中では、そうではなかった。


自分とは別の存在として、この魂の未来を残そうとしていた。


その事実が、リリアには何よりも大切に思えた。


けれど、次の瞬間。


空間の奥から、別の声が響いた。


『その魂を、世界へ送り出してはならない』


三人が一斉に振り返った。


景色の向こうに、黒い影が現れる。


顔は見えない。


ただ、ひとつの眼のような光だけが、こちらを見つめていた。


外部の存在。


リリアは、すぐに理解した。


『未定義の魂を世界へ送り込めば、世界の成立条件に矛盾が生じる』


黒い影が告げる。


『その魂には、所属する世界がない。過去の記録もない。未来の確定もない』


『ゆえに、その存在を認めることはできない』


エリシアが、球体の前に立った。


『認めるかどうかを、あなたが決めるの?』


『存在の定義は、世界の維持に必要である』


『それは、あなたの考えでしょう』


エリシアの声に、初めて強い怒りがにじんだ。


『この魂が何を望むのか、あなたはまだ聞いていない』


『未定義の存在に意思は認められない』


『違うわ』


エリシアは、はっきりと言った。


『意思が確認できていないことと、意思が存在しないことは違う』


その言葉に、リリアの手のひらが熱くなった。


第三の存在から受け取った光が、記憶の中に反応している。


黒い影は、ゆっくりと眼を細めた。


『その魂を世界へ送り出せば、あなたはその結果に責任を負うことになる』


『ええ』


エリシアはうなずいた。


『でも、責任を負うことと、その魂の未来を所有することは違う』


彼女は、球体に手をかざした。


『私は、この魂に未来を与えるのではない』


『この魂が、自分の未来を選べる可能性を残すの』


黒い影が動いた。


空間に無数の黒い線が走り、小さな球体を取り囲む。


アステリアが結晶の床に手をつき、結界を張った。


銀髪の人物もまた、光の前に立つ。


その人物の瞳が、わずかに揺れた。


『エリシア。あなたは、本当にこの選択をするのですね』


『ええ』


『この魂が、あなたを拒むかもしれません』


『それでもいい』


『あなたとは違う未来を選ぶかもしれません』


『それこそ、この魂の自由よ』


エリシアは、微笑んだ。


『私は、この子が私とは違う未来を選べることを願っているの』


その言葉が響いた瞬間、球体の中の少女が、ゆっくりと目を開けた。


青い瞳。


リリアと同じ色だった。


少女は、まだ何も知らないように、周囲を見つめていた。


そして、ほんの一瞬だけ、リリアの方を見た。


目が合った。


その瞬間、リリアの胸に、言葉にならない感情が流れ込んできた。


悲しみでも、喜びでもない。


ただ、確かな願い。


――私も、自分で選びたい。


リリアは、息をのんだ。


少女が何者なのか、まだわからない。


自分自身なのか。


自分とつながる別の魂なのか。


それとも、世界が生まれる前に存在した、まったく別の誰かなのか。


けれど、その願いだけは、はっきりと伝わってきた。


少女は、自分で選びたかったのだ。


*


記憶の景色が、急速に崩れ始めた。


黒い影が、最後の宣告を下す。


『記録の確定を拒否する』


『未定義の魂を、世界の外へ隔離する』


『創造主エリシア。あなたの選択は、世界の秩序に反する』


エリシアは、少女を見つめた。


『……いいえ』


彼女の声は、最後まで揺らがなかった。


『私の選択は、世界の秩序に反するのではない』


『世界の秩序が、まだこの魂を受け入れられるほど広くないだけよ』


その言葉と同時に、光が弾けた。


リリアの視界が、真っ白に染まる。


そして――。


「っ……!」


リリアは、現実の空間へと引き戻された。


膝から崩れ落ちそうになった彼女を、アレンが抱きとめる。


「リリア! 大丈夫か?」


「……うん。大丈夫」


そう答えたものの、彼女の呼吸は乱れていた。


アレンは彼女を支えたまま、顔をのぞき込む。


「何を見たんだ?」


リリアは、ゆっくりと顔を上げた。


「私が生まれる前の記憶……だと思う」


観測者が近づいてきた。


「エリシアがいたのか?」


「うん。それに、アステリアも。あと、銀色の髪の人もいた」


観測者の表情が、わずかに変わった。


「銀色の髪……?」


「あなたに似ていた。でも、同じ人かどうかはわからない」


彼は、何かを思い出そうとするように目を閉じた。


だが、すぐに首を振った。


「……今は、まだ判断できないな」


リリアは、手のひらを見つめた。


そこには、第三の存在から受け取った光が残っていた。


しかし、その光の中に、新たな記録が浮かび上がっている。


――《魂の来歴:一部開示》


――《世界への接続:創造主の意思によって承認》


――《魂の独立性:維持》


――《前世の記憶との接続:確認》


リリアは、最後の項目を見て、目を見開いた。


「……前世の記憶?」


アレンが、彼女の手元をのぞき込む。


「それは、君がこの世界に生まれる前の記憶のことか?」


「たぶん……」


リリアは、胸の奥が冷たくなるのを感じた。


これまで、前世の記憶は成長とともに少しずつ戻ってきた。


なぜ処刑されたのか。


誰が自分を裏切ったのか。


その真相も、まだすべては明らかになっていない。


けれど、今の記憶は、それとは違う。


前世の自分が生まれるよりも、はるか以前。


この世界の創造主が、世界を創る前の記憶とつながっていた。


「私の前世と、この世界の始まりが……つながっているの?」


誰も、すぐには答えられなかった。


やがて、アステリアが慎重に口を開いた。


「断定はできないわ。でも、ひとつだけ言えることがある」


「何?」


「あなたの魂が、エリシアの魂と同じではないことは、今も変わらない」


アステリアは、まっすぐリリアを見た。


「この記憶が何を意味するにせよ、あなたがエリシアの代わりに生きる必要はない。あなたの前世に何があったとしても、それを理由に、今のあなたの意思を奪うことはできないわ」


リリアは、静かにうなずいた。


「……うん」


そのとき、手のひらの光が、再び明滅した。


新しい文字が浮かび上がる。


――《前世の記憶:第二層への接続準備》


――《解放条件:処刑に関する記憶の再認識》


リリアの表情が、凍りついた。


処刑。


その言葉を見ただけで、胸の奥に、冷たい恐怖が広がっていく。


まだ、すべてを思い出したわけではない。


自分がなぜ処刑されたのか。


誰が、何のために自分を死へ追いやったのか。


その真実は、まだ闇の中にある。


しかし、今の記憶は、ひとつの可能性を示していた。


前世の人生と、世界の創造以前の出来事。


その二つが、どこかでつながっている。


偶然なのか。


誰かが仕組んだことなのか。


それとも、自分が知らないところで、選択が繰り返されているのか。


リリアは、強く拳を握った。


「……逃げない」


アレンが、静かに彼女を見つめる。


「リリア?」


「怖いよ。思い出したくないことも、きっとあると思う」


彼女は、正直に告げた。


「でも、知らないまま誰かに決められるのは、もう嫌なの。私が何者なのか、どうしてこの世界に生まれたのか。それを、自分の意思で知りたい」


アレンは、彼女の手を握り返した。


「なら、一緒に進もう」


リリアは、うなずいた。


その瞬間、彼女の手のひらの光が、最後に一度だけ強く輝いた。


そして、ひとつの文章が浮かび上がる。


――《次の記憶は、あなたが最も思い出したくない選択に接続します》


リリアは、息を止めた。


目の前に浮かんだ文字が、ゆっくりと書き換わっていく。


――《前世の処刑理由:未確定》


――《記憶の復元条件:本人の意思による選択》


――《警告:真実を知った場合、現在の人間関係に対する認識が変化する可能性があります》


最後の一文を読んだとき、リリアの脳裏に、誰かの顔が浮かんだ。


その顔は、まだはっきりしない。


けれど、その人物は、確かに笑っていた。


かつてのリリアが、信じていた誰か。


そして――。


彼女の処刑を止めなかった、誰か。


リリアは、震える息を吐いた。


「……次は、前世の記憶を確かめる」


その決意に応えるように、白い花びらが淡く光った。


世界が生まれる前に、誰かが残した可能性。


前世で失われた、彼女自身の選択。


二つの記憶が、今、ひとつの道へとつながり始めていた。


第84話 終


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