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神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


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第79話 観測者が失ったもうひとつの真実

第79話 観測者が失ったもうひとつの真実


「……そんなはずはない」


原初の観測者は、巨大な目の奥に映る人物を見つめたまま、動けずにいた。


その人物の顔は、光に覆われている。


それでも、彼にはわかった。


忘れたことなど、一度もなかった。


世界が生まれる前。


エリシアと出会うよりも前。


まだ自分が観測者と呼ばれる存在になる前に、彼のそばにいた誰か。


失われた少女とは違う。


エリシアとも違う。


それなのに、彼が最も長い時間をかけて探し、最後には探すことさえ諦めようとした存在だった。


「あなたは……誰なの?」


リリアの問いかけに、巨大な目の奥の人物は答えなかった。


代わりに、その人物は観測者へ視線を向けた。


『ずいぶん長くかかったな』


静かな声だった。


『お前がここへ戻ってくるまで』


観測者の手が震えた。


「……どうして、君がここにいる?」


『その質問は、私がしたいくらいだ』


「君は、もう……」


言葉が続かない。


観測者は、唇を噛みしめた。


「僕は、君を失ったと思っていた」


『そうだろうな』


人物は淡々と答えた。


『お前は、失ったものを守ろうとするあまり、失われた理由を見ようとしなかった』


観測者の顔が歪んだ。


アレンが、リリアのそばで警戒を強める。


「知り合いなのか?」


「……わからない」


観測者は、かすれた声で答えた。


「いや……知っているはずなんだ。でも、どうしても思い出せない」


その言葉に、リリアは違和感を覚えた。


観測者は、世界が生まれる前の記憶を持っている。


エリシアと交わした約束も、失われた少女との時間も、すべて覚えていた。


それなのに、目の前の人物についてだけは、記憶が欠けている。


「あなたの記憶も、消されているの?」


リリアが尋ねると、人物は初めて彼女を見た。


『消されたというより、切り離されたのだ』


「切り離された?」


『ひとつの存在から、都合の悪い記録だけを切り離す。そうすれば、その者は自分が何を失ったのかさえ理解できなくなる』


リリアの胸元で、第三の約束がかすかに光った。


彼女は、その仕組みに覚えがあった。


カイルの記憶も、外部の存在によって改変されていた。


アステリアもまた、恐れから真実を封じていた。


そして、失われた少女は、存在そのものを記録から削除されていた。


この世界では、誰かの意思だけでなく、意思を形作る記憶さえも操作されてきたのだ。


「あなたは、外部の存在なの?」


リリアは、人物を見据えた。


「私たちの未来を分類して、選択肢を制限している存在。その正体が、あなたなの?」


『違う』


返答は、即座だった。


『私は、あれを生み出した者ではない』


「じゃあ、あなたは何者なの?」


『それを知るためには、まず原初の観測者に思い出してもらわなければならない』


人物は、観測者へ視線を戻した。


『お前が、何を守ろうとしていたのか』


観測者は、目を閉じた。


その瞬間、彼の周囲に白い光が集まり始めた。


鎖の隙間から、無数の記憶の断片が浮かび上がる。


知らない場所。


見覚えのない空。


そして、まだ幼かった観測者自身の姿。


彼は、誰かと向かい合っていた。


相手の顔は見えない。


ただ、声だけが聞こえた。


『君は、すべてを見届けることができるの?』


幼い観測者は、少し考えて答えた。


『できると思う』


『では、君が見届けられないものがあったら?』


『……それでも、見つけるよ』


相手は、静かに笑った。


『見つけることと、取り戻すことは違うんだよ』


その言葉を聞いた瞬間、観測者が息を呑んだ。


「……ああ」


彼は、震える手で額を押さえた。


「そうだ……僕は、あのとき……」


記憶の断片が、次々につながっていく。


まだ世界が存在しなかった時代。


観測者は、ひとりではなかった。


彼には、同じ場所で生まれ、同じ景色を見つめていた存在がいた。


その存在は、彼に世界の見方を教えた。


何かを観測することと、何かを所有することは違う。


誰かの選択を理解することと、その選択を代わりに決めることも違う。


その教えが、やがて彼とエリシアの約束の土台になった。


けれど、ある日。


その存在が、世界の記録から消えた。


消えた理由を、観測者は知らなかった。


ただ、目の前からいなくなったことだけを覚えていた。


そして、彼は探し続けた。


探しても見つからず、探し方さえわからなくなっても。


やがて、エリシアと出会い、世界を作る計画に関わるようになった。


彼は、失った存在のことを話さなかった。


話せなかったのではない。


思い出そうとすると、記憶の奥に白い空白が広がり、その先へ進めなくなったのだ。


「……僕は、ずっと探していたんだ」


観測者の声が震えた。


「でも、何を探していたのかさえ、わからなくなっていた」


巨大な目の奥の人物が、静かに告げた。


『そうだ。お前は、自分が何を失ったのかを知らないまま、その喪失だけを抱えて生きていた』


「どうして、そんなことが……」


『外部の存在が、お前の記憶を切り離したからだ』


空間が、低く唸った。


その言葉に反応するように、巨大な目の周囲に黒い亀裂が走った。


『原初の観測者。お前は、世界の記録に存在しないものを守ろうとした。だから、お前自身の記録からも、その存在を切り離された』


観測者は、顔を上げた。


「……つまり、僕が世界の外へ追放されたのは」


『それだけが理由ではない』


人物が遮った。


『お前は、消去に抗った。そして、もうひとつの約束を守ろうとした。その結果、世界の外へ押し出された』


「もうひとつの……約束?」


リリアが問い返す。


人物は、ゆっくりとうなずいた。


『第四の約束は、選び直す機会を残すもの。だが、それより前に、お前たちは別の約束を交わしていた』


リリアの胸元の紋章が、強く輝いた。


第三の約束でも、第四の約束でもない。


それより古い記録が、彼女の中で目覚めようとしている。


『その約束は、世界が生まれる前に交わされた』


人物は、観測者を見つめた。


『そして、お前が守ろうとした存在は、その約束の最初の当事者だった』


観測者は、目を見開いた。


「……君が、最初の?」


言葉の意味を理解した瞬間、彼の顔から血の気が引いた。


「そんな……でも、君は……」


人物は、そこで初めて寂しそうに微笑んだ。


『私は消えていない』


その声は、優しかった。


『ただ、お前たちの世界から、存在を数えられなくなっただけだ』


リリアは、胸が締めつけられるのを感じた。


存在しているのに、数えられない。


そこにいるのに、記録されない。


それは、名前を奪われた少女にも似ていた。


だが、この人物は、さらに古い場所にいる。


世界が生まれる前から存在し、観測者の記憶からさえ切り離された者。


いったい何者なのか。


そして、なぜ外部の存在は、この人物を世界から隠そうとしたのか。


「……あなたは、何を望んでいるの?」


リリアは、問いかけた。


「私たちに何をさせたいの?」


人物は、しばらく彼女を見つめていた。


やがて、ゆっくりと答えた。


『何も』


「え……?」


『私は、お前たちに何かをさせるために、ここにいるのではない』


人物は、観測者へ視線を向けた。


『私はただ、彼が自分の意思で思い出せる日を待っていた』


その言葉に、観測者の目から涙がこぼれた。


「……君は、僕を恨んでいるの?」


『なぜ?』


「僕は、君を守れなかった。君を失ったことにも気づけなかった。エリシアに出会ってからも、君のことを思い出せなかった」


観測者は、拳を握りしめた。


「僕は、君との約束を忘れたんだ」


人物は、しばらく黙っていた。


そして、静かに答えた。


『お前は、忘れさせられたのだ』


「それでも……」


『それでも、お前が今、思い出そうとしていることに意味がある』


人物は、ほんの少しだけ微笑んだ。


『過去を変えることはできない。だが、過去をどう受け止め、これから何を選ぶかは、お前自身が決められる』


観測者の鎖が、もう一本砕けた。


リリアは、その光景を見つめながら、第四の約束の意味を改めて感じていた。


選び直すとは、過去をなかったことにすることではない。


忘れた記憶を取り戻したからといって、失った時間が戻るわけでもない。


それでも、思い出したあとで何を選ぶかは、今の自分に委ねられている。


そのとき、巨大な目が、再び光を放った。


『これ以上の記録開示を禁止する』


外部の存在の声が、空間を揺るがす。


『未登録存在の情報は、世界の秩序に対する重大な脅威である』


人物は、動じなかった。


『また、それか』


初めて、その声に怒りがにじんだ。


『お前は、いつも秩序を理由にする。だが、何を守るための秩序なのか、一度でも問い直したことがあるのか』


巨大な目の光が、激しく明滅した。


『すべての存在は、分類されなければならない』


『なぜ?』


『分類されないものは、管理できない』


『管理できないものは、存在してはならないということか?』


人物の問いに、外部の存在は答えなかった。


その沈黙こそが、答えだった。


リリアは、はっきりと理解した。


外部の存在が恐れているのは、力を持つ者だけではない。


自分が決めた分類に収まらない存在。


役割を拒み、自分の未来を自分で選ぼうとする存在。


そして、過去の記録を絶対のものとして扱わず、選び直そうとする意思。


それらすべてが、外部の存在にとって制御できないものなのだ。


「……だから、あなたは消そうとするのね」


リリアは、巨大な目を見つめた。


「あなたの知らない未来を選ぶ人たちを」


影は答えない。


代わりに、空間全体に無数の文字が浮かび上がった。


《未登録存在――消去を再開》


《対象:世界外記録の管理者》


《対象:原初の観測者》


《対象:第三の創造主》


《対象:創造者リリア・エヴァンジェル》


四つの名前が、黒い光に包まれた。


アステリアが、歯を食いしばる。


「……ここまで来て、まだ私たちの意思を奪うつもりなのね」


ミラが杖を構え、レオンが剣を抜く。


セフィルは、リリアの隣に立った。


アレンが彼女の手を握る。


「ひとりで背負うな。何が起きても、一緒に考えると決めただろう」


リリアは、うなずいた。


「うん」


彼女は、巨大な目の奥にいる人物を見つめた。


「あなたの名前を、教えて」


人物は、わずかに目を見開いた。


「観測者が思い出せば、わかることなのかもしれない。でも、私はあなた自身の意思で、あなたが誰なのかを知りたい」


リリアは、続けた。


「あなたが名前を教えたくないなら、無理には聞かない。けれど、あなたが望むなら、あなた自身の言葉で教えてほしい」


長い沈黙が落ちた。


人物は、リリアを見つめていた。


やがて、その表情が、ほんの少しだけ和らいだ。


『……お前は、本当に不思議な創造者だ』


彼は、観測者へ視線を向けた。


『お前が大切にしてきたものが、少しだけわかった気がする』


観測者は、涙を拭った。


「……僕は、君のことを思い出したい」


その声には、もう逃げる響きがなかった。


「君が誰だったのか。僕たちが何を約束したのか。そして、なぜ君が消されたのか。今度こそ、自分の意思で知りたい」


人物は、静かにうなずいた。


『ならば、最後の記録を見せよう』


巨大な目の奥に、白い光が集まり始めた。


『だが、その記録を見る前に、お前たちは知ることになる』


人物の声が、世界の外側へ響く。


『外部の存在が、最初に消そうとしたのは、私ではない』


リリアの心臓が、大きく跳ねた。


『最初に消されたのは――』


その言葉の続きを告げる直前、巨大な目が突然閉じた。


暗闇が、すべてを覆い尽くす。


そして、観測者の頭の中に、ひとつの名前が響いた。


彼だけが知っていたはずの名前。


長い間、記憶の奥から切り離されていた名前。


観測者は、その名を口にしようとした。


しかし、声が出なかった。


代わりに、彼の手のひらに、小さな白い花が現れた。


花びらの中央に、文字が浮かび上がる。


《最初の約束――記録保持者の名を、本人の意思によってのみ開示する》


リリアは、その文字を見つめた。


そして、気づいた。


この世界には、まだ誰も知らない約束が残されている。


第三の約束。


第四の約束。


それらよりも古く、すべての始まりに関わる約束が。


その約束を知ることができるのは、記憶を取り戻した者だけではない。


名を持つことを許された者だけでもない。


自分の意思で、自分が誰なのかを選び直そうとする者だけなのかもしれなかった。


第79話 終


次回、第80話「世界が生まれる前の最初の約束」


観測者の記憶から切り離されていた存在。その正体に近づくほど、外部の存在は激しく抵抗する。第三の約束と第四の約束よりも古い「最初の約束」とは何なのか。そして、観測者が思い出そうとしている名前は、なぜ本人の意思がなければ明かされないのか。物語は、世界創造のさらに前へと遡る。


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