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神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


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第72話 創世の力が届かない場所

第72話 創世の力が届かない場所


扉が閉じた瞬間、世界から音が消えた。


風の音も、仲間たちの足音も、胸の奥で感じていた鼓動さえも、遠くへ引き離されていく。


リリアは思わず、自分の胸元に手を当てた。


白い花の印は、まだそこにある。


けれど、いつもなら応えてくれる創世の力が、まるで深い眠りについたかのように沈黙していた。


「……みんな、聞こえる?」


声を出したつもりだった。


しかし、音は生まれなかった。


隣にいたはずのアレンも、ミラも、レオンも、セフィルも、カイルもいない。


見渡す限り、果てのない暗闇だけが広がっていた。


「みんな……?」


リリアが一歩踏み出すと、足元にかすかな光が灯った。


その光は円を描き、彼女の周囲だけを照らした。


すると、目の前に文字が浮かび上がった。


《未定義領域――個別認識を開始》


《外部からの権能――適用不可》


《創世の理――接続制限》


リリアは息をのんだ。


「創世の理が……使えない?」


彼女は、右手を掲げた。


いつものように、世界の理を感じ取ろうとする。


空間を変える。


物質を生み出す。


法則そのものを書き換える。


これまで、神々でさえ不可能だったことを、彼女は幾度も成し遂げてきた。


だが、何も起こらない。


炎ひとつ、生み出せなかった。


「そんな……」


リリアは、もう一度だけ力を込めた。


胸の奥が熱くなる。


けれど、その熱は指先に届く前に消えてしまった。


《対象の権能は、定義された世界に依存する》


《未定義領域において、創造の権限は保証されない》


「……なるほどね」


リリアは、ゆっくりと息を吐いた。


ここは、世界の外側。


世界を形作る法則そのものが存在しない場所だ。


創世の力は、世界の理に干渉する力。


ならば、その理が定められていない場所では、力を発揮できないのかもしれない。


「どんなに強い力でも、届かない場所はある……」


その事実を認めた瞬間、リリアの胸に不安が広がった。


もし、ここで誰かが傷ついたら。


もし、仲間が消えそうになったら。


もし、観測者が再び外側の存在に捕らえられたら。


自分は、何もできないのだろうか。


そのときだった。


暗闇の向こうから、かすかな声が聞こえた。


「……リリア」


聞き覚えのある声。


「アレン!」


リリアは声のする方向へ走り出した。


足元に光が生まれ、細い道が伸びていく。


やがて、暗闇の中に人影が見えた。


黒髪に青い瞳。


間違いない。アレンだった。


けれど、彼はリリアを見ても、すぐには近づいてこなかった。


その手には剣が握られている。


そして、彼の前には一人の少女が立っていた。


淡い金色の髪。


夕焼けのような橙色の瞳。


白い花を髪に飾った、小さな少女。


リリアは息を止めた。


「……あの子?」


世界が生まれる前に失われた子。


名を持たない少女が探し続けている、もう一人の存在。


けれど、アレンの前にいる少女は、記憶の中の姿よりも鮮明だった。


まるで、今ここに生きているかのように。


少女はアレンを見上げ、静かに尋ねた。


『あなたは、誰かを守るためなら、自分の意思を捨てられる?』


アレンは答えなかった。


少女がもう一度尋ねる。


『大切な人が望むなら、自分が何を望んでいるかを忘れられる?』


リリアは駆け寄ろうとした。


「アレン、答えなくていいわ! それは――」


声が出なかった。


少女がこちらを見た。


その瞬間、リリアの足元から光が消えた。


彼女とアレンの間に、透明な壁のようなものが現れる。


どれほど手を伸ばしても、触れることができない。


「どうして……!」


リリアは壁を叩いた。


創世の力を使おうとする。


だが、何も起こらない。


アレンは、こちらを見ていなかった。


彼は少女の問いを真剣に受け止めていた。


そして、ゆっくりと口を開いた。


「……俺は、誰かを守りたいと思う」


少女は黙って聞いている。


「けれど、その人が望むことなら何でもする、という意味じゃない」


アレンは剣を下ろした。


「相手が間違っていると思えば、止めることもある。相手が一人で背負おうとしたら、隣に立ちたいと言う」


その瞳が、まっすぐに前を向く。


「それでも最後に何を選ぶかは、その人自身が決めることだ。俺が代わりに決めることじゃない」


少女は、しばらく彼を見つめていた。


やがて、少しだけ笑った。


『……そう』


白い花びらが、一枚、舞い落ちる。


少女の姿が薄れていく。


アレンが手を伸ばした。


しかし、その手は何にも触れなかった。


少女は消える直前、彼に告げた。


『なら、あなた自身の願いも、忘れないで』


次の瞬間、景色が砕けた。


リリアの目の前から、アレンの姿が消える。


「アレン!」


リリアは壁へ駆け寄った。


何度も手を伸ばした。


けれど、そこにはもう何もなかった。


足元に、ひとつの文字が浮かび上がる。


《個別試験――第一段階、終了》


《判定:意思の自立を確認》


リリアは、唇をかみしめた。


これは試験なのだ。


ただし、力の強さを測る試験ではない。


それぞれが何を望み、何を守り、何を自分の意思で選ぶのか。


それを確かめるための試験。


「……アレンは、自分で答えたのね」


彼女は、胸元の白い花に触れた。


自分が助けに行かなくても、彼は自分の意思で答えを出した。


それは、少し誇らしかった。


同時に、苦しくもあった。


彼が困っているなら助けたい。


傷つく前に守りたい。


そんな気持ちは、確かに自分の中にある。


けれど、それを理由に彼の選択を奪ってはいけない。


リリアは目を閉じ、静かに息を吸った。


「……私も、私自身の答えを見つけなきゃ」


そのとき、暗闇の奥で何かが動いた。


今度は、アレンの姿ではない。


赤い髪を揺らし、炎を手のひらに宿した少女。


ミラだった。


彼女の目の前には、燃え盛る街が広がっている。


建物は崩れ、人々の悲鳴が響いていた。


ミラは両手を広げ、必死に炎を操っている。


「待って! 今、助けるから!」


けれど、炎は消えない。


救おうとするたびに、別の場所で火が上がる。


その様子を、誰かが冷たく見つめていた。


『すべてを救えなかった者に、救う資格はあるのか』


ミラの手が震える。


「……うるさい」


『一人を助ければ、もう一人が失われる』


「うるさいって言ってるでしょ!」


ミラの炎が大きくなる。


だが、燃え広がる火は街をさらに包み込んでいった。


リリアは、すぐに駆け出そうとした。


ミラを助けなければ。


このままでは、彼女が自分を責め続けてしまう。


しかし、足元に文字が浮かんだ。


《他者の試験への干渉――禁止》


リリアは立ち止まった。


「そんな……!」


ミラは、いつも明るかった。


仲間を笑わせ、苦しいときには冗談を言って、誰よりも前向きに振る舞っていた。


でも、その奥にどんな恐れを抱えていたのか。


リリアは、すべてを知っているわけではない。


だからこそ、彼女の代わりに答えを出すことはできない。


ミラは、炎の中で立ち尽くしていた。


そして、震える声で言った。


「……私は、全部を救える人間じゃない」


炎が、一瞬だけ弱まった。


「失敗することもある。助けられない人だっている。それが怖くないわけじゃない」


彼女は、握りしめていた拳を開いた。


「でも、だからって……助けようとすることまで、やめたくない!」


ミラの手のひらに、小さな炎が灯った。


今度の炎は、街を焼かなかった。


それは、暗闇の中で迷っていた人々の足元を照らす、温かな光だった。


『……不完全な選択を、受け入れるのか』


「そうよ!」


ミラは涙をぬぐった。


「失敗したら、反省する。間違えたら、やり直す。自分一人で無理なら、仲間に頼る!」


そして、はっきりと告げた。


「私は、完璧な魔法使いになりたいんじゃない。私の力で、誰かを助けたいの!」


その瞬間、燃え盛る街が光に包まれた。


炎が消え、ミラの姿も暗闇へ溶けていく。


《個別試験――第二段階、終了》


《判定:不完全性の受容を確認》


リリアは、胸の奥が熱くなるのを感じた。


ミラも、自分の意思で答えを見つけたのだ。


けれど、安心したのも束の間だった。


暗闇の向こうから、今までとは違う声が響いた。


『リリア・エヴァンジェル』


低く、静かな声。


『あなたは、何を望んでいる?』


リリアは顔を上げた。


目の前に、ひとつの扉が現れていた。


その表面には、彼女自身の姿が映っている。


神々を超える力を持つ少女。


世界を守ると誓った者。


創世の理を受け継ぎ、第三の約束を継いだ者。


そして、仲間を救いたいと願う、一人の少女。


『あなたは、すべてを救いたいのか』


リリアは答えられなかった。


『仲間も、失われた子も、観測者も。世界も。誰一人、失いたくないのか』


「……そうよ」


彼女は、静かに答えた。


「できることなら、誰も失いたくない」


『ならば、その願いを叶えよう』


扉が開いた。


その向こうには、穏やかな光に包まれた世界が広がっていた。


アレンも、ミラも、レオンも、セフィルも、カイルもいる。


アステリアも、観測者も、名を持たない少女も。


そして、失われた子も。


誰も傷ついていない。


誰も苦しんでいない。


すべての人が笑っていた。


リリアは、息をのんだ。


「……これは」


『あなたが望む未来だ』


声が優しく響く。


『誰も失わない。誰も傷つかない。誰も迷わず、誰も間違えない世界』


リリアの足が、無意識に一歩前へ進んだ。


ずっと、願っていた。


仲間たちが笑っていられること。


誰も犠牲にならないこと。


失われた人々が、もう一度その人生を歩めること。


もし、それが叶うのなら。


けれど――。


リリアは、足を止めた。


穏やかな世界の中で、アレンが微笑んでいる。


ミラが笑い、レオンがうなずき、セフィルが静かに目を細めている。


彼らは、何も迷っていない。


何も悩んでいない。


まるで、最初から決められた役割を演じているかのように。


「……ねえ」


リリアは、扉の向こうへ問いかけた。


「この世界で、みんなは自分で未来を選べるの?」


返事はなかった。


「自分が間違えるかもしれないと思っても、別の道を選び直せるの?」


沈黙。


リリアの胸元で、白い花がかすかに震えた。


彼女は、ゆっくりと首を横に振った。


「……これは、私が望む世界じゃない」


扉の向こうの景色が、わずかに歪んだ。


「誰も失わないことだけが、幸せじゃない。みんなが迷いながら、自分の意思で選べること。それが、私の守りたい世界なの」


『その結果、誰かが失われるとしても?』


リリアの胸が痛んだ。


簡単に答えられる問いではなかった。


誰かを失うことは怖い。


大切な人が傷つくことも、自分の選択を後悔することも怖い。


それでも。


「……それでも、誰かの意思を奪ってまで、幸せを押しつけたくない」


リリアは、扉から一歩離れた。


「私は、誰も失わないと約束することはできない。でも、失われた人の願いまで、勝手に決めるつもりはないわ」


その瞬間、扉が音もなく砕け散った。


穏やかな世界は消え、再び暗闇が広がる。


《個別試験――第三段階、開始》


《判定――未確定》


リリアは、息を整えた。


まだ、試験は終わっていない。


そして、彼女の答えも、まだ完成していない。


暗闇の奥から、銀色の光が差し込んだ。


その光の中に、原初の観測者が立っていた。


彼は、悲しそうな瞳でリリアを見つめていた。


『……君は、僕を救いに来たのだろう?』


「ええ」


『ならば、ひとつだけ答えてほしい』


観測者は、ゆっくりと手を差し出した。


『もし僕が、ここに残ることを選んだら』


彼の声が、静かに響く。


『君は、それでも僕を救ったと言えるのか?』


リリアは、その手を見つめた。


彼を連れ戻したい。


もう一度、エリシアと向き合ってほしい。


失われた子の願いを、共に確かめてほしい。


けれど、彼がここに残ることを選んだなら。


自分は、その選択を尊重できるのだろうか。


リリアは、答えを探した。


創世の力は、まだ戻らない。


世界を書き換えることも、望む未来を作り出すこともできない。


今の彼女に残されているのは、自分の意思と、相手の意思を信じることだけだった。


「……私は」


リリアが口を開いた、その瞬間。


観測者の背後に、巨大な影が立ち上がった。


『試験を中断する』


外側の存在の声が響く。


『対象の意思に、未確定の揺らぎを確認』


『原初の観測者――最終修正を開始する』


観測者の身体が、銀色の光に包まれた。


彼はリリアを見つめ、かすかに微笑んだ。


『リリア。君自身の答えを、見つけてくれ』


次の瞬間、彼の姿が暗闇の奥へ引きずり込まれた。


「観測者!」


リリアは走り出した。


力が使えなくても。


道がなくても。


彼の意思を尊重することと、彼が消されるのを黙って見ていることは、同じではない。


リリアは手を伸ばした。


指先が、かすかに銀色の光へ触れる。


そして――。


《創世の理――接続反応を検知》


ほんの一瞬。


沈黙していた力が、確かに応えた。


リリアの瞳が、大きく見開かれる。


だが、光が広がるよりも早く、外側の存在の声が響いた。


『警告』


『未定義領域における創造行為は、創造者自身の存在を代償とする』


『権能の行使を継続した場合、リリア・エヴァンジェルの存在情報は消失する』


リリアの手が止まった。


創世の力を使えば、観測者へ届くかもしれない。


けれど、その代償は、自分自身の存在。


彼女は暗闇の奥を見つめた。


観測者の姿は、もう見えない。


それでも、リリアは手を下ろさなかった。


「……まだ、方法はあるはずよ」


誰か一人が犠牲になる未来を、最初から正解にしてはいけない。


それは、エリシアが残した願いであり、リリア自身が選んだ道でもあった。


第72話 終


次回、第73話「力を失った創造主」


創世の力を使えば、自分の存在が消える。観測者を救うための時間が迫る中、リリアは力に頼らず仲間たちと合流する方法を探す。そして、世界の外側に隠された意外な仕組みが明らかになる。

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