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神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


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第69話 第三の創造主が隠した真実

第69話 第三の創造主が隠した真実


《修正対象――アステリア》


《消去開始まで――十時間》


黒い文字が浮かび上がった瞬間、黄金の光が大きく揺らいだ。


アステリアの身体に刻まれた亀裂は、首元から胸へと広がっている。


それは傷ではなかった。


彼女という存在を構成する記録そのものが、消され始めているのだ。


「アステリア!」


リリアが駆け寄ろうとした。


だが、その前に黒い壁が出現した。


透明な壁の向こう側で、アステリアは静かに首を横に振る。


「来てはだめ、リリア」


「どうして! あなたが消されようとしているのよ!」


「だからこそ、今は近づいてはいけないの」


アステリアの黄金の瞳が、リリアの胸元に刻まれた白い花を見つめた。


「あなたが私に触れれば、あの存在はあなたまで修正対象にするでしょう」


「もう、そんなことを気にしている場合じゃないわ!」


リリアは黒い壁に手をついた。


創世の理を発動する。


白い光が壁を覆った。


しかし、壁はびくともしなかった。


アステリアの声が、かすかに響く。


「リリア。あなたは、私が何をしたのか知りたいのでしょう?」


「……ええ」


「ならば、私の記憶を見なさい」


アステリアが片手を上げた。


黄金色の光が指先に集まり、壁の表面に小さな扉を描き出す。


「この扉の向こうには、私が隠してきた記憶がある。世界が生まれる前から、今に至るまでの記憶よ」


「それを見れば、あなたを救う方法もわかるの?」


「わからないわ」


アステリアは正直に答えた。


「それでも、真実を知ることはできる。私が何を恐れ、何を守ろうとして、何を奪ったのか。そのすべてを」


リリアは唇を結んだ。


アステリアは第三の創造主だ。


世界の始まりを知り、エリシアの魂を守り、観測者に関わる秘密を抱えてきた存在。


彼女が何を隠していたのか。


なぜ、失われた子の記録を完全には戻さなかったのか。


そして、なぜリリアの魂に第三の記録が刻まれているのか。


今なら、その答えに届くかもしれない。


「……わかったわ」


リリアは扉に手を伸ばした。


「あなたの記憶を見せて」


アレンが彼女の手首にそっと触れた。


「俺も行く」


「でも、これは私の魂に関わる記憶かもしれないの」


「だからこそだ」


アレンは、まっすぐに彼女を見た。


「お前がどんな真実を知ることになっても、一人で受け止める必要はない」


リリアは、その手を握り返した。


「……ありがとう」


ミラも一歩前に出る。


「私も行くわ。記憶の中で何が起きるかわからないもの」


「私も同行しよう」


レオンが剣を握り直した。


セフィルも頷く。


「この記憶が世界の外側に関係するなら、私にも確かめるべきことがある」


アステリアは彼らを見つめた。


その表情に、一瞬だけ戸惑いが浮かぶ。


「あなたたちは……本当に、リリアと共に行くのね」


「当然だろう」


レオンが答えた。


「かつて、私は大切な者の意思を守れなかった。その過ちを繰り返すつもりはない」


アステリアは目を閉じた。


「……そう」


その声には、かすかな安堵があった。


「ならば、行きなさい。けれど、忘れないで」


彼女の黄金の瞳が、リリアを見据える。


「記憶は、必ずしも真実のすべてを映すわけではない。そこに残っているのは、あくまで私が見た世界。そして、私が自分に許した記憶なのだから」


扉が開いた。


白い光が、全員を包み込んだ。


最初に見えたのは、何もない世界だった。


空もない。


大地もない。


時間の流れさえ、まだ生まれていない。


その中に、三つの光が浮かんでいた。


ひとつは淡い銀色。


ひとつは黄金色。


そして、ひとつは夜のように深い黒。


「……これが、創造主たちの始まり?」


ミラが呟いた。


アステリアの声が、記憶の中から響く。


『そうよ』


銀色の光は、やがて人の姿を形作った。


長い銀髪。


静かな瞳。


原初の観測者だった。


続いて、黄金色の光が人の姿を得る。


黒い髪に、黄金の瞳。


アステリアだ。


最後に、淡い光が少女の姿へと変わった。


エリシアだった。


まだ幼く、何者でもない少女。


彼女は二人を見比べ、嬉しそうに笑った。


『ねえ。ここには、私たちしかいないのね』


『そうだな』


観測者が答える。


『なら、私たちが何を望むかで、ここに生まれるものが決まる』


アステリアが静かに言った。


エリシアは、しばらく考えた。


それから、何もない空間を見上げた。


『私は、世界を作りたい』


その言葉に、観測者が目を細めた。


『どんな世界を?』


『まだわからないわ』


エリシアは少し困ったように笑った。


『でも、私が知らないものを知っている人がいて、私とは違うものを好きになる人がいて……誰もが、自分で何かを選べる世界がいい』


アステリアは、彼女を見つめていた。


その横顔には、羨望にも似た感情が浮かんでいた。


『あなたは、怖くないの?』


アステリアが尋ねた。


『何が?』


『自分とは違うものが生まれることが』


エリシアは不思議そうに首を傾げた。


『どうして怖いの?』


そして、笑った。


『私と違うからこそ、知りたいことが増えるのでしょう?』


その瞬間、リリアの胸が締めつけられた。


エリシアは、最初から世界のすべてを支配しようとしていたわけではない。


自分の知らないものを受け入れ、誰かと共に考えようとしていたのだ。


けれど、その願いがどれほど難しいものなのか。


彼女は、まだ知らなかった。


記憶の景色が変わった。


何もなかった場所に、大地が生まれていた。


空が広がり、海が流れ、星々が輝いている。


エリシアは創世の力を使って世界を形作っていた。


観測者は、その隣で世界の変化を見守っている。


アステリアは、二人から少し離れた場所に立っていた。


『エリシア』


アステリアが声をかける。


『世界の法則を、もう少し厳密に定めたほうがいいわ』


『どうして?』


『すべてを自由にしてしまえば、世界は安定しない。命が生まれても、次の瞬間には消えてしまうかもしれない』


エリシアは頷いた。


『そうね。なら、命が生き続けられるための法則を作りましょう』


『それだけでは足りないわ』


アステリアの声が強くなる。


『世界が壊れないための法則も必要よ。創造主であるあなたの力を制限する仕組みも』


エリシアは、少し驚いたように彼女を見た。


『私の力を?』


『あなた自身が、世界を壊してしまう可能性だってあるでしょう』


アステリアは、言葉を選ぶように続けた。


『あなたが悲しみ、怒り、何かを失ったとき。その感情のまま世界を書き換えれば、何が起きるかわからない』


エリシアは黙り込んだ。


観測者が、静かに口を開く。


『だからといって、彼女の意思を奪っていい理由にはならない』


『奪うつもりはないわ』


アステリアは、すぐに答えた。


『ただ、彼女が取り返しのつかない選択をしないようにしたいの』


『その判断を、誰がする?』


『……』


アステリアは答えられなかった。


観測者は、彼女を責めなかった。


ただ、静かに告げた。


『守ることと、決めることは違う。そこだけは、忘れないでくれ』


アステリアは頷いた。


けれど、その目にはまだ不安が残っていた。


リリアは、記憶の中の彼女を見つめた。


この時点で、アステリアは世界を壊そうとしていたわけではない。


世界を守りたかった。


エリシアがすべてを失うことを恐れていた。


ただ、その恐れが、少しずつ彼女の選択を変えていったのだ。


次の記憶は、世界が生まれてから長い時間が経った頃だった。


神々が生まれ、生命が増え、世界が大きく広がっていた。


その片隅に、小さな花畑があった。


淡い金色の髪。


橙色の瞳。


白い花の髪飾り。


世界が生まれる前に失われた子が、そこに立っていた。


彼女はエリシアと観測者に挟まれ、楽しそうに笑っていた。


『ねえ、エリシア』


『なあに?』


『いつか、この世界の人たちも、自分で未来を選べるようになるのかな』


エリシアは少女の隣にしゃがみ込んだ。


『ええ。そのために世界を作ったのだから』


『誰かが間違った選択をしても?』


『ええ』


『誰かが、他の人と違うことを望んでも?』


『もちろん』


少女は、ほっとしたように笑った。


『よかった』


彼女は白い花を一輪摘み、エリシアに差し出した。


『じゃあ、この花も、咲くかどうかを自分で選べたらいいね』


エリシアは、花を受け取った。


『花が自分で選ぶの?』


『うん。咲きたいときに咲いて、休みたいときには休むの』


少女は少し考えてから、付け加えた。


『誰かに、咲かなきゃだめって言われなくてもいいの』


エリシアは笑った。


『素敵な考えね』


観測者も、優しい目で少女を見つめていた。


その少し離れた場所で、アステリアだけが複雑な表情を浮かべていた。


彼女は少女を嫌っていたわけではない。


むしろ、その存在を大切に思っていた。


だが、彼女にはひとつ、恐れていることがあった。


少女が、世界の法則に収まらない存在であること。


自分の役割を与えられず、何者になるかさえ定められていないこと。


そして、そんな少女をエリシアが心から大切にしていること。


『……あなたは、どうしてそんなに自由なの?』


アステリアは、誰にも聞こえない声で呟いた。


少女は振り返らなかった。


その問いに答えることもなかった。


まだ、何も知らなかったからだ。


自分が消される運命に近づいていることも。


その存在を守るために、誰かが世界に背を向けることになるのも。


「……あの子が消えたあと、私は何もできなかった」


アステリアの声は、記憶の中に静かに響いた。


白い花を髪に飾った少女。


淡い金色の髪と、夕焼けのような橙色の瞳。


世界が生まれる前、エリシアと原初の観測者のそばにいた、名を失った子。


彼女は、誰かを傷つけたわけではなかった。


世界を壊そうとしたわけでもなかった。


ただ、自分の意思を持っていた。


「この子は、世界の仕組みに当てはまらなかった。何者なのか、どんな役割を持つのか、未来に何をもたらすのか……何ひとつ確定していなかった」


アステリアは目を伏せた。


「外側の存在にとって、それは許せない矛盾だったのでしょうね」


記憶の中で、黒い影が少女を包み込んでいた。


少女はエリシアの手を握り、最後まで抵抗しなかった。


ただ、悲しそうに笑っていた。


『エリシア。世界を創って』


『あなたが望んだ世界を、諦めないで』


その言葉を最後に、少女の姿は光の粒となって消えた。


エリシアは手を伸ばした。


けれど、届かなかった。


「……私は、あのとき初めて理解したのです」


アステリアが言った。


「世界を守る仕組みが、必ずしも一人ひとりを守るとは限らない。正しいとされた秩序の中で、誰かが存在そのものを否定されることがあるのだと」


「それで、あの子の痕跡を残したのね」


リリアの問いに、アステリアはうなずいた。


「ええ。完全に消される直前、観測者が残したわずかな光を、私が結晶に封じました。魂そのものではありません。あの子が確かに存在し、確かに願いを持っていたという記録です」


「そして、その記録を私につないだ……?」


「そうです。でも、あなたをエリシアの代わりにするつもりはありませんでした。あなたにはあなたの魂がある。エリシアにも、あの子にも、それぞれの意思がある」


アステリアは、リリアをまっすぐに見つめた。


「だから、魂をひとつにする仕組みは作らなかった。あなたが拒むなら、接続は成立しない。あの子が拒むなら、それも成立しない。どちらか一方の願いだけで、もう一方を変えてしまうことは許されないのです」


リリアは胸元の白い花の印に触れた。


自分がエリシアの力を受け継いでいること。


名を持たない少女と、どこかでつながっていること。


その事実は、もう否定できない。


それでも――。


「私は、私のままでいる」


リリアは静かに言った。


「エリシアの記憶も、あの子の願いも、知りたいと思う。でも、誰かの代わりになるために生きるつもりはないわ」


「……分かっています」


「それなら、どうして今まで隠していたの?」


その問いに、アステリアの表情が揺れた。


長い沈黙のあと、彼女はようやく口を開いた。


「怖かったのです」


第三の創造主は、初めて自分の弱さを認めた。


「あの子を救おうとすれば、また誰かが犠牲になるかもしれない。エリシアが真実を知れば、世界そのものを危険にさらしてでも、あの子を取り戻そうとするかもしれない」


「だから、私に選ばせなかった?」


「……ええ」


アステリアの瞳に、悔恨が浮かんだ。


「それだけではありません。私は、エリシアにそばにいてほしかった。彼女が世界を創り終えたあとも、私の知るエリシアのままでいてほしかったのです」


それは、世界を守るためという言葉だけでは覆い隠せない願いだった。


「私は、あなたたちを守りたいと思っていた。けれど同時に、あなたたちが私の知らない未来を選ぶことを恐れていた。……それが、私の罪です」


リリアはすぐには答えなかった。


アステリアを許せるかと問われれば、まだ分からない。


彼女が隠した真実によって、どれほどの選択が奪われたのかも、まだ分からない。


けれど。


「あなたがあの子を守りたかった気持ちも、エリシアを大切に思っていた気持ちも、全部嘘だったとは思わない」


アステリアが顔を上げた。


「でも、もう隠さないで」


リリアは言った。


「私が何を選ぶのか、あなたが決めないで。私が間違えるかもしれないと思っても、私から選ぶ権利を奪わないで」


「……はい」


「それから、あなた自身も選んで。誰かを守るために、自分の気持ちを隠し続けることだけが、正しいわけじゃないから」


アステリアは目を閉じた。


その頬を、一筋の涙が伝った。


「あなたは……本当に、エリシアとは違うのですね」


「ええ。私はリリア・エヴァンジェルよ」


リリアは微笑んだ。


「でも、違うからこそ、選べる未来もあるはずでしょう?」


その瞬間、記憶の空間が震えた。


空中に、いくつもの文字が浮かび上がる。


《第三記録――由来の一部を開示》


《接続対象:消失した子の残存記録》


《接続条件:双方の意思による受諾》


《魂の統合――不要》


《存在の独立性――維持》


リリアは、その記録を見つめた。


名前を取り戻すことだけが、あの子を救う方法ではない。


まず必要なのは、あの子が確かに存在したという事実を認めること。


そして、あの子自身が何を望むのかを聞くこと。


「名前も、未来も……本人が選ぶべきものよ」


リリアがそう告げると、胸元の白い花が淡く輝いた。


遠くで、誰かが息をのむ気配がした。


名を持たない少女が、この言葉を聞いているのかもしれない。


けれど、返事はなかった。


リリアは答えを急がなかった。


待つこともまた、相手の意思を尊重することだから。


そのときだった。


記憶の空が、真っ黒に染まった。


あの外側の存在が、再び姿を現したのだ。


『不確定要素の増加を確認』


『第三記録の開示を停止する』


黒い影が、アステリアへと手を伸ばす。


『第三の創造主。あなたの存在は、修正対象に指定された』


「アステリア!」


リリアが叫ぶ。


影は彼女の身体を覆い、輪郭を少しずつ奪っていった。


それでもアステリアは逃げなかった。


「リリア。もうひとつ、伝えなければならないことがあります」


声がかすれている。


「エリシアが、最後に私へ告げた言葉よ」


リリアは息を止めた。


エリシアが最後に残した言葉。


それは、第三の約束の秘密と関係しているのだろうか。


あるいは、原初の観測者がいなくなる前に交わした約束なのだろうか。


アステリアは、消えかける手でリリアの手を握った。


「彼女は、こう言ったのです」


記憶の奥から、懐かしい声が聞こえてくる。


『アステリア。もし、私が間違えたら――』


そこで、記憶が途切れた。


同時に、世界全体へ警告が響き渡る。


《第三の創造主――存在修正、開始》


《世界の意思――防衛継続》


《最終修正まで――残り九時間》


アステリアの指先が、光の粒となって崩れ始める。


リリアはその手を、強く握り返した。


「まだ終わらせない。あなたの話を、最後まで聞くわ」


たとえ相手が世界の秩序そのものであろうと。


たとえ残された時間が、あと九時間しかなくても。


リリアは、誰かの存在を勝手に終わらせる未来を認めない。


その決意に応えるように、胸元の白い花が強く輝いた。


そして花の奥から、今まで一度も聞いたことのない声が響いた。


『……その約束を、覚えているのですね』


それは、失われた子の声だった。


リリアが振り返る。


けれど、そこには誰もいない。


ただ、白い花びらが一枚、静かに宙を舞っていた。


その花びらには、小さな文字が浮かんでいた。


――まだ、選び直せる。


リリアは、その文字を見つめた。


「……ええ。必ず」


世界が定めた結末ではなく。


誰かが押しつけた役割でもなく。


自分たち自身が選ぶ未来を、必ず見つけ出す。


そのために、リリアは次の記憶へと手を伸ばした。


第69話・


次回、第70話「創造主が残した最後の言葉」


エリシアがアステリアに託した言葉。その真意が明かされるとき、リリアは第三の約束に隠された、最後の条件を知ることになる。



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