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神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


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第57話 観測者が隠していた真実

第57話 観測者が隠していた真実


「君が救おうとしている彼女が――本当は、誰を救おうとしていたのかを」


銀髪の影がそう告げた瞬間、白い空間に亀裂が走った。


足元が揺れる。


遠くで、何かが砕ける音がした。


リリアは未完の魂の手を握り直し、目の前の影を見つめた。


銀髪。


紫の瞳。


その姿は、これまで何度も記憶の中で見てきた原初の観測者に酷似していた。


けれど、完全に同じとは言い切れない。


目の前の青年は、どこか輪郭が曖昧だった。


まるで、世界に存在することを許されていないものが、無理やりこちら側へ姿を現しているようだった。


「あなたは……原初の観測者なの?」


リリアが尋ねる。


青年はすぐには答えなかった。


代わりに、彼女の隣にいる未完の魂へ視線を向けた。


その瞳に、深い悲しみが浮かぶ。


「……やっぱり、君はここまで来たんだね」


「私を知っているの?」


少女が震える声で尋ねた。


青年は、かすかに頷いた。


「知っているよ。けれど、君が私を覚えているかどうかは……わからない」


「どういう意味?」


「君の記憶は、最初からすべて与えられていたわけじゃないから」


その言葉に、アステリアが顔を強張らせた。


「まさか……あなたは、あの計画を知っていたの?」


青年は彼女を見た。


「知っていたよ」


「なら、どうして止めなかったの!」


アステリアの声が響く。


「あなたは、世界の外側からすべてを見ていたのでしょう? 私が何をしたのかも、エリシアが何を失ったのかも、知っていたはずよ!」


「……そうだね」


青年は、否定しなかった。


「私は見ていた。でも、止めなかった」


その答えに、アレンが剣の柄を握りしめる。


「なぜだ?」


青年は、少しだけ目を伏せた。


「止めることが、正しいとは限らなかったからだ」


「それで、何もしなかったのか?」


「何もしなかったわけじゃない。私は、ある未来を残そうとした」


青年の視線が、リリアへ戻る。


「君がここへ来る可能性を」


リリアは息を呑んだ。


「……私が?」


「そう。エリシアとは異なる魂を持ち、彼女の記憶と力を受け継ぎながらも、彼女そのものにはならない存在。誰かの願いを叶えるためだけに生まれたのではなく、自分自身の意思で未来を選べる存在」


青年は静かに言った。


「私は、その可能性が失われないようにしていた」


リリアの胸がざわめく。


自分が生まれた理由。


エリシアの魂と、自分自身の魂の関係。


アステリアが犯した罪。


そして、世界の外側に残されていた未来。


それらが、少しずつ一つの線につながり始めていた。


けれど、まだわからないことがある。


「あなたは、私が生まれることを知っていたの?」


「可能性としてはね。でも、君が本当に生まれるかどうかは、私にもわからなかった」


「どうして?」


青年は、リリアの目をまっすぐ見つめた。


「君は、誰かの意思だけで完成する存在ではなかったからだよ」


その言葉に、リリアは黙り込んだ。


もし、自分が誰かの計画だけで生まれたのなら。


もし、すべての出来事が最初から決められていたのなら。


今、自分が選んでいることさえ、誰かの思惑の一部なのだろうか。


その疑問が胸をよぎった。


青年は、まるで彼女の考えを察したかのように言った。


「勘違いしないでほしい。私は君の選択を予言できないし、君の未来を決める権利もない」


「でも、私がここへ来ることを望んでいたんでしょう?」


「そうだね」


「それも、誰かの未来を変えるために?」


青年は、ほんの少しだけ微笑んだ。


「……その質問に答えるには、まず君が救おうとしている少女のことを話さなければならない」


その瞬間、未完の魂が小さく身じろぎした。


彼女の胸元に浮かんでいた白い花が、かすかに揺れる。


「私のこと……?」


青年は頷いた。


「君は、自分がエリシアの魂の一部から生まれたと思っているね」


「アステリアが、そう言っていたから」


「それは間違いではない。けれど、すべてでもない」


青年は、少女へ手を伸ばしかけて、途中で止めた。


触れることをためらっているようだった。


「君の中には、エリシアの魂の残滓がある。それに加えて、世界の外側に残された、ある可能性の欠片が組み込まれている」


セフィルが眉をひそめる。


「世界の外側に残された可能性……?」


「そう。アステリアが封じた未来は、完全に消えたわけではなかった。けれど、その未来が再び動き出すには、世界の内側から誰かが手を伸ばす必要があった」


「それが、この子だったの?」


リリアが尋ねる。


「その役割を与えられていた、という意味ではね」


青年は、少女を見つめた。


「ただし、それは彼女の存在理由のすべてではない」


未完の魂の瞳が揺れた。


「……でも、私はずっと、エリシアを目覚めさせるために生まれたんだと思っていた」


「そう思うように、記憶を与えられていたのだろうね」


「じゃあ……私がエリシアに必要とされたいと思ったことも、全部、誰かに仕組まれたことなの?」


その声には、恐怖が滲んでいた。


せっかく、自分が本当に望んでいることを見つけたと思ったのに。


その願いさえ、誰かに与えられたものだったら。


自分の心には、何が残るのだろう。


青年は、しばらく考えてから答えた。


「きっかけが誰かによって与えられたものだったとしても、その後に君が何を感じたかまで、すべて他人のものになるわけじゃない」


少女は顔を上げた。


「……本当に?」


「君は、消えたくないと思った。それは、君自身の言葉だったはずだ」


青年は静かに続けた。


「私は君が何を望むべきかを決められない。けれど、君が自分の意思で口にした願いまで、偽物だとは思わないよ」


少女の目から、涙がこぼれた。


リリアは、彼女の手をそっと握った。


「あなたの気持ちは、あなたのものだよ」


「……リリア」


「まだ、わからないことはたくさんある。だけど、誰かがあなたに何かを望んだからって、あなたの心までその人のものになるわけじゃない」


少女は、何度も頷いた。


そのとき、顔のない存在が再び動き始めた。


『観測者による未登録情報の開示を確認』


『介入を停止せよ』


青年は、ゆっくりとそちらを向いた。


「もう、君たちの命令に従う理由はない」


『お前は、観測することを選んだ存在である』


『介入は役割の逸脱に該当する』


「そうだね」


青年は、静かに答えた。


「でも、観測することと、何も感じないことは違う」


彼の紫の瞳が、初めて強く輝いた。


「私は、ずっと見ていた。エリシアが世界を創るところも、観測者である私が世界の外側へ残されたことも。アステリアが未来を封じたことも、セフィルが自分の記憶を失ったことも」


その声には、長い年月の重みがあった。


「そして、エリシアが誰かを取り戻すために、世界を壊そうとするところも」


リリアは、息を止めた。


「あなたは……エリシアが世界を壊そうとした理由を、知っているの?」


青年は、すぐには答えなかった。


その沈黙を、リリアは見逃さなかった。


「知っているんですね」


「……知っているよ」


「なら、教えてください。エリシアが取り戻したかった人は、誰なんですか?」


青年の瞳が揺れた。


「それは――」


彼が言いかけた瞬間、世界の外側が大きく震えた。


黒い糸が、空間のあちこちから伸びてくる。


顔のない存在が両手を広げた。


『観測記録の開示を禁止する』


『原初の観測者、権限を停止』


青年の身体が、少しずつ透け始めた。


「……っ!」


リリアが駆け寄ろうとする。


しかし、青年は手で制した。


「来てはいけない」


「でも、あなたが……!」


「私は大丈夫だ。今、君がすべきことは私を助けることじゃない」


青年は、未完の魂を見た。


「彼女を、ここから連れ出すんだ」


リリアは唇を噛んだ。


また、同じことを言われる。


誰かを救うためには、別の誰かを諦めなければならない。


けれど、今度は違う。


「私は、どちらかを諦めるつもりはありません」


青年の目が見開かれた。


「リリア……」


「あなたが何を隠しているのか、まだ全部はわからない。でも、あなたも世界の外側に残されたままなんでしょう?」


彼女は、まっすぐに彼を見つめた。


「あなたが自分で選んだことだったとしても、その選択を永遠に変えられない理由にはならないはずです」


青年は、驚いたように彼女を見ていた。


やがて、その表情がゆっくりと和らいだ。


「……エリシアも、昔、同じことを言ったよ」


その言葉とともに、青年の姿が一瞬だけ鮮明になる。


銀髪。


紫の瞳。


そして、左手の薬指に刻まれた、小さな白い花の紋様。


リリアは、その印を見た瞬間、胸の奥に鋭い痛みを感じた。


知らないはずなのに。


その花を、知っている気がした。


『観測者の記録を封鎖する』


黒い糸が青年の身体へ絡みつく。


彼は抵抗しなかった。


ただ、リリアを見つめて言った。


「君が知るべき真実は、一つだけじゃない」


「……どういうこと?」


「エリシアが取り戻したかった人。アステリアが封じた未来。そして、君が生まれた本当の意味。それらは、同じ一つの出来事から始まっている」


青年の姿が、さらに薄くなる。


「でも、その真実を知る前に、君は一つだけ覚えておいてほしい」


「何を?」


青年は、悲しそうに微笑んだ。


「誰かを救いたいという願いは、必ずしも、その人を元の場所へ戻すことと同じではない」


リリアの胸に、その言葉が深く刻まれた。


「……あなたは、エリシアに戻りたくないの?」


青年は答えなかった。


ただ、ほんの一瞬だけ、目を閉じた。


それが答えのように思えた。


次の瞬間、黒い糸が彼を覆い尽くした。


「待って!」


リリアが手を伸ばす。


しかし、指先が触れる前に、青年の姿は消えてしまった。


残されたのは、白い花びらが一枚だけ。


リリアがそれを拾い上げると、花びらの裏側に、小さな文字が浮かんでいた。


――《観測者の真名、封印中》


その下には、さらに一文が刻まれていた。


――《解放条件:本人の選択》


「……本人の選択?」


セフィルが文字を読み上げる。



「つまり、彼をこちらへ戻すためには、本人が戻ることを選ばなければならない……ということでしょうか」


アステリアが、苦しげに目を伏せた。


「そうね。あの人は、ずっと自分で選んでいた。世界の外側に残ることも、エリシアと再会しないことも」


「でも、今の彼は……」


リリアは、花びらを握りしめた。


「本当に、自分の意思だけで残っているんでしょうか?」


その問いに、誰も答えられなかった。


観測者が自分で選んだと言ったこと。


それが真実である可能性はある。


けれど、彼の記録が封じられ、名前さえ失われているのなら。


その選択が、どこまで本人の意思だったのか。


まだ、わからない。


そのとき、未完の魂が小さく声を上げた。


「……リリア」


「どうしたの?」


少女は、自分の胸元に手を当てていた。


そこには、先ほどまで黒い糸に縛られていた痕跡が残っている。


「私……思い出したことがあるの」


リリアは、彼女を見つめた。


「何を?」


少女は震える唇を開いた。


「私が生まれたとき……誰かが、私に名前をつけようとしていた」


「名前……?」


「うん。でも、その人は最後まで名前を呼ばなかった。代わりに、こう言ったの」


少女は目を閉じた。


遠い記憶を探るように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「『名前を与えれば、この子は自分の未来を持ってしまう』って」


アステリアの顔が青ざめた。


「そんな……」


少女は続けた。


「そして、別の声が答えたの」


その声は、幼い子どものようでもあり、年老いた者のようでもあった。


『それでも、この子には選ばせなければならない』


『選ぶことさえ許されないのなら、この子は永遠に誰かの欠けた部分でしかいられない』


リリアの背筋に、冷たいものが走った。


「その声……誰の声だったの?」


少女は首を横に振った。


「わからない。でも……最後に、こう言った」


彼女は、リリアの手を握りしめた。


「『いつか、この子が自分の名前を選べる日が来る。そのとき初めて、封じられた未来は再び動き出す』って」


その瞬間、白い空間の奥で、何かが鳴った。


高く、澄んだ音。


まるで、遠い場所で眠っていた鐘が、長い年月を経て目を覚ましたかのようだった。


リリアの手の中で、白い花びらが輝き始める。


そして、そこに新たな文字が浮かび上がった。


《未完の魂――命名権、解放準備》


《最終条件――本人の意思による名前の選択》


リリアは、少女を見つめた。


「……あなたは、どんな名前がいい?」


少女は、驚いたように目を見開いた。


「私が……決めていいの?」


「うん。誰かが決めた役割じゃなくて、あなた自身が選んでいい」


少女は、しばらく考え込んだ。


そして、少しだけ笑った。


「……まだ、わからない」


「そっか」


「でも、考えてみたい。私がどんな名前で生きたいのか。どんな人になりたいのか」


「うん。一緒に考えよう」


その言葉に、少女は初めて、心から安心したように笑った。


しかし、その直後。


白い空間の奥に、巨大な扉が現れた。


扉の表面には、観測者の姿が刻まれている。


その下には、見たことのない名前が記されていた。


リリアは、その文字を読み取ろうとした。


けれど、名前の最初の一文字を見た瞬間、頭の奥に激痛が走った。


「っ……!」


視界が真っ白になる。


誰かの声が聞こえた。


遠い過去から、ずっと彼女を待っていたような声。


『――その名前を、呼んではいけない』


リリアは、膝をついた。


その声は、観測者のものではなかった。


エリシアの声でもない。


もっと古い。


世界が生まれるより前から、そこに存在していたような声だった。


そして、その声が最後に告げた。


『その名を呼べば、世界は彼を失った本当の理由を思い出す』


白い花びらが、音もなく砕け散った。


リリアは顔を上げた。


扉の向こうには、銀髪の青年の影が立っていた。


彼は、もう一度だけ、こちらを振り返った。


その紫の瞳には、悲しみと、わずかな希望が宿っていた。


「……次に会うときは、君に選んでほしい」


そして、彼の姿は再び闇の中へ消えていった。


第57話・終


次回、第58話「名を持たない少女の願い」


未完の魂に与えられた、初めての選択――自分自身の名前。リリアたちは少女が望む未来を探す一方、観測者の真名に隠された禁忌へ近づいていく。そして、世界が彼を失った本当の理由が、少しずつ姿を現し始める。

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