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神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


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第56話 世界の外側に囚われた少女

第56話 世界の外側に囚われた少女


『選択せよ』


感情のない声が、白い空間に響き渡った。


リリアの目の前では、未完の魂が黒い糸に絡め取られていた。


白い衣が裂け、黒い花びらが舞い散る。


少女は必死に手を伸ばしている。


「リリア……!」


「待ってて。絶対に助けるから!」


リリアも手を伸ばした。


けれど、二人の指先が触れる直前、黒い円環が彼女の足元からせり上がった。


『第三の役割を受諾せよ』


『受諾した場合、未完の魂の回収を停止する』


『拒絶した場合、対象の存在を世界外縁へ完全移行する』


「つまり、受け入れなければ、あの子を連れていくということですか?」


セフィルが鋭く問いかけた。


『肯定』


「なら、最初から選択など存在しないではありませんか」


セフィルの声に怒りが混じる。


『選択肢は提示された』


『選択の結果は、選択者の責任である』


「……ふざけないで」


ミラが吐き捨てた。


「そんなもの、選択じゃない。脅迫よ!」


しかし、黒い目は何も答えなかった。


ただ、少女を引きずる糸が、さらに強く締めつけられる。


「いや……っ!」


少女が悲鳴を上げた。


リリアの胸が痛んだ。


このままでは、本当に間に合わない。


第三の役割を受け入れれば、契約に縛られる。拒絶すれば、少女を失う。


どちらを選んでも、誰かの望む結末へ押し込まれる。


――それでは、何も変わらない。


エリシアも、アステリアも、そして自分自身も。


誰かを守りたいと願うたび、別の誰かの未来を犠牲にするのなら。


そんな世界を守ることに、いったい何の意味があるのだろう。


リリアは、ゆっくりと目を閉じた。


前世の記憶が、胸の奥によみがえる。


誰かに嫌われることを恐れ、自分の本当の気持ちを押し殺してきた日々。


何かを選べば、誰かを傷つけてしまう。


自分が我慢すれば、きっとすべてが丸く収まる。


そう信じていた。


けれど、それは違った。


自分の気持ちを捨てても、誰かの望みがすべて叶うわけではない。


誰かのために我慢しても、その人が本当に幸せになるとは限らない。


そして、自分自身の願いをなかったことにすれば、いつか自分が何を望んでいたのかさえ、わからなくなってしまう。


リリアは目を開いた。


「私は、第三の役割を受け入れません」


黒い円環が激しく明滅した。


『拒絶を確認』


『対象の完全移行を開始する』


「でも、あの子を見捨てることもしません」


リリアは、円環に手を置いた。


「あなたたちの決めた二つの選択肢が、世界のすべてだとは限らないから」


その瞬間、円環に小さな亀裂が走った。


『契約外の発言を検知』


『論理矛盾を確認』


「矛盾しているのは、あなたたちのほうです」


リリアの指先から、白い光が広がった。


「選択する権利を与えたと言いながら、選ばなかった場合の未来を奪う。そんなものを自由とは呼びません」


光が強くなる。


しかし、同時にリリアの腕へ激痛が走った。


「っ……!」


膝が崩れかける。


アレンがすぐに支えた。


「リリア、無理をするな!」


「大丈夫……まだ、倒れない」


「大丈夫な顔じゃないだろ!」


アレンの声は震えていた。


それでも、彼は彼女の手を離さなかった。


「お前が何を選ぶにしても、俺はお前の隣にいる。だから、一人で全部背負おうとするな」


リリアは、彼を見つめた。


誰かが隣にいてくれる。


それは、代わりに答えを決めてもらうことではない。


自分の選択を、誰かに押しつけることでもない。


ただ、自分で選ぶための勇気を分けてもらうことなのだ。


「……ありがとう、アレン」


リリアは、もう一度、黒い円環へ向き直った。


「私は、あの子を救う。でも、あなたたちの役割には従わない」


白い光が、円環の亀裂へ流れ込んでいく。


その瞬間。


少女の身体を縛っていた黒い糸が、一斉に震えた。


「リリア……どうして……?」


未完の魂は、引きずられながら彼女を見つめていた。


「どうして、私なんかのために……」


その声は、かすれていた。


少女はずっと、自分には役割しかないと思っていた。


エリシアを目覚めさせること。


失われた存在を取り戻すこと。


そして、役目を終えたら消えること。


それ以外の未来を、想像することさえ許されなかった。


それなのに。


リリアは、彼女のために世界の仕組みへ逆らおうとしている。


「私がいなくなれば、あなたは……」


「そんなこと、今は考えなくていい!」


リリアは叫んだ。


「あなたがいなくなれば私がどうなるかなんて、あなたが決めることじゃない!」


少女の瞳が揺れる。


「でも、私は……あなたと同じ顔をしているだけで、本当は何者なのかもわからない。エリシアの魂の一部から生まれたのに、エリシアそのものでもない。あなたとも違う……」


「うん」


「私は、何のために存在しているの?」


その問いに、リリアはすぐには答えられなかった。


彼女が何者なのか。


なぜ生まれたのか。


世界の外側に何があり、誰が彼女を利用しようとしているのか。


まだ、わからないことばかりだった。


だからこそ、リリアは嘘をつかなかった。


「わからないよ」


少女は目を見開いた。


「……え?」


「あなたがどうして生まれたのか、これから何ができるのか、私にもまだわからない」


リリアは、彼女へ手を伸ばした。


「でも、わからないからって、あなたの未来まで決めていいことにはならないでしょう?」


少女の唇が震えた。


「私は……生きたいって、思ってもいいの?」


「もちろん」


「誰かの役に立たなくても?」


「うん」


「エリシアが私を必要としなくても?」


リリアは、少女の目を見つめた。


「それでも、あなたが生きたいなら、生きていいんだよ」


その言葉が届いた瞬間、少女の胸元で黒く染まっていた花が、わずかに白さを取り戻した。


一枚の花びらが、音もなく舞い上がる。


しかし、その変化を見た黒い目が、初めて明確な反応を示した。


『未完の魂に、自己決定の兆候を確認』


『不適合』


『修正を開始する』


黒い糸が、少女の胸へ突き刺さった。


「いやあああっ!」


少女の悲鳴が、白い空間を引き裂いた。


「やめて!」


リリアが駆け出そうとした瞬間、彼女の前に黒い壁が出現した。


壁の表面には、無数の文字が浮かんでいる。


《未完の魂》


《構成要素――原初の創造者の残滓》


《外部干渉因子――未登録》


《存在目的――未完了の契約を完成させること》


そして、その最後に。


リリアは、見覚えのない一文を見つけた。


《本来の完成条件――対象自身による存在理由の選択》


「……これって」


セフィルが隣に立ち、文字を読み取った。


「彼女の役割は、最初から消滅することではなかった……?」


アステリアが、息を呑んだ。


「そんなはずは……。私は、あの子をエリシアの魂をつなぎ直すために作った。役目を終えれば、魂の欠片は本来の場所へ戻るはずだったのよ」


「でも、記録にはそう書かれていません」


リリアは、黒い壁へ手を近づけた。


「完成条件は、あの子自身が存在理由を選ぶこと。つまり……誰かのために生まれたとしても、最後に自分がどう生きるかは、自分で決められるはずだった」


「ならば、なぜ外部の力が介入しているのですか?」


セフィルの問いに、誰も答えられなかった。


記録の一部が、突然黒く塗り潰されたからだ。


まるで、誰かが見られることを拒んでいるかのように。


そして、その黒い部分から声が響いた。


『余計な記録を読むな』


『未完の魂は、未完のままでなければならない』


リリアは、確信した。


この声の主は、単に世界の契約を管理しているだけではない。


未完の魂が自分自身の意思を持つことを、恐れている。


「あなたは、あの子が自分で選ぶことを恐れているんですね」


『質問を却下する』


「答えられないんだ」


リリアは、黒い壁を見つめた。


「もし、あの子が自分の未来を選べるようになったら、あなたにとって都合が悪い。そうでしょう?」


黒い目が、大きく開いた。


次の瞬間、白い空間全体に亀裂が走った。


「リリア、上だ!」


レオンの声が響く。


頭上の空間が裂け、その向こうから巨大な影が現れた。


それは、人の姿をしていた。


しかし、顔はなかった。


白い衣をまとい、背中には無数の黒い糸が伸びている。



その糸は、すべて未完の魂へつながっていた。


「……あれが、干渉している存在なの?」


ミラが炎を構える。


「わからない。だが、少なくとも、あの子を縛っているものの中心だ」


レオンが剣を抜いた。


顔のない存在は、ゆっくりとこちらを向いた。


『私は、未完のものを管理する者』


その声は、先ほどまでの機械的な声とは違っていた。


どこか、深い悲しみを含んでいるように聞こえた。


『未完の魂は、未完のままでなければならない』


『完成すれば、失われた未来が再び動き出す』


アステリアが、一歩前へ出た。


「あなたは、誰なの?」


『その問いに答える権利は、保存者にはない』


「私は、もう保存者ではないわ」


彼女は、まっすぐに顔のない存在を見据えた。


「私はアステリア。自分の過ちを認め、それを正すためにここへ来た者よ」


その名を聞いた瞬間、顔のない存在の動きが止まった。


『……アステリア』


初めて、相手が彼女の名前を口にした。


『お前は、まだその名を捨てていなかったのか』


「捨てたのではないわ。逃げていただけよ」


アステリアは、静かに答えた。


「私は、あなたが何者なのかを知らない。でも、これ以上、あの子の未来を奪わせるつもりはない」


『未来を奪う?』


顔のない存在が、かすかに首を傾けた。


『お前が言うのか』


その一言に、アステリアの顔が強張った。


『未来を封じ、記憶を切り離し、世界を自分の理解できる形に閉じ込めたお前が』


『今さら、選択を語るのか』


アステリアは、反論しなかった。


その沈黙が、彼女の罪の深さを物語っていた。


けれど、リリアは一歩前へ出た。


「アステリアが過ちを犯したことと、あなたがあの子の未来を奪っていいことは別です」


顔のない存在が、ゆっくりとリリアを向いた。


『お前も、同じ過ちを犯す』


「そうかもしれません」


リリアは答えた。


「私は、まだ何も知らない。力の使い方も、世界の外側のことも、エリシアの記憶のすべても。でも、間違える可能性があるからといって、最初から選ぶ権利を奪われていいとは思いません」


『選択には責任が伴う』


「わかっています」


『お前の選択が世界を壊すかもしれない』


「それでも、選ぶこと自体を放棄するつもりはありません」


リリアは、少女へ視線を戻した。


黒い糸に縛られた彼女は、もうほとんど動けなくなっていた。


「私は、あの子を助けたい。だけど、それは私が勝手にあの子の未来を決めるという意味じゃない」


リリアは、顔のない存在へ向き直った。


「私は、あの子が自分で未来を選べる場所を取り戻したいんです」


その瞬間。


少女の胸元にあった白い花が、強く輝いた。


黒い糸が一本、弾け飛ぶ。


少女は、苦しそうに息を吸った。


「……私、は……」


声は小さかった。


けれど、確かに聞こえた。


「私は……消えたくない」


もう一本。


黒い糸が切れた。


「誰かのために、消えるんじゃなくて……」


少女の瞳から、涙がこぼれる。


「私も……私の人生を、生きてみたい……!」


白い花が、満開になった。


空間を満たす光が、黒い糸を押し返していく。


顔のない存在が、初めて大きく後退した。


『不適合』


『未完の魂に、自己決定が発生』


『契約の前提が崩壊する』


「そうよ」


リリアは、少女へ手を伸ばした。


「それが、あなたの答えなんだよ」


少女もまた、手を伸ばす。


二人の指先が、ついに触れた。


その瞬間、リリアの脳裏に、見知らぬ記憶が流れ込んできた。


白い花が咲く世界。


誰かの手を握り、笑っている少女。


その隣には、銀髪に紫の瞳を持つ青年がいた。


そして、少し離れた場所に、もう一人。


黒髪に黄金の瞳を持つ女性が立っていた。


アステリアではない。


いや、同じ顔なのに、どこかが違う。


その女性は、少女に向かって、悲しそうに微笑んでいた。


『あなたが選ぶ未来を、私は見届けられなかった』


声が響く。


『だから、いつか誰かが、私の代わりに選んでくれることを願った』


リリアの視界が揺れた。


これは誰の記憶なのか。


エリシアのものなのか。


アステリアのものなのか。


それとも、未完の魂が生まれる前から存在していた、別の誰かの記憶なのか。


わからない。


ただ、一つだけ確かなことがあった。


この少女の存在は、エリシアの過去だけでは説明できない。


彼女には、まだ知られていない始まりがある。


そして、その始まりを隠している者がいる。


リリアがそう理解した瞬間、顔のない存在が両手を広げた。


『ならば、見せてやろう』


『お前たちが救おうとしている未来の、結末を』


空間の奥に、巨大な扉が出現した。


扉の向こうに見えたのは、炎に包まれた世界だった。


崩れ落ちる神殿。


消えていく大地。


空を覆う無数の黒い目。


そして、その中心に立つリリア自身。


彼女の手には、白い花が握られていた。


その花は、黒く染まっていた。


『お前がその少女を救えば、この未来が訪れる』


リリアは、息を呑んだ。


顔のない存在は、静かに告げた。


『お前は、エリシアと同じ選択をする』


『そして、世界を終わらせる』


一瞬、誰も動けなかった。


けれど、リリアは少女の手を握ったまま、ゆっくりと顔を上げた。


「……それでも」


彼女の声は、震えていなかった。


「その未来が本当に訪れるかどうかまで、あなたに決めさせるつもりはありません」


白い花が輝く。


少女の手に、確かな温もりが戻ってくる。


そして、世界の外側に、二つの魂の光が並び立った。


一つは、リリア。


もう一つは、未完の魂。


どちらも、誰かの役割を果たすためだけの存在ではない。


それぞれの意思を持ち、それぞれの未来を選ぼうとする者たちだった。


顔のない存在は、二人を見つめていた。


その沈黙の奥から、かすかな声が漏れた。


『……なぜ、まだ選ぼうとする』


それは、初めて聞く問いだった。


命令ではない。


脅迫でもない。


まるで、本当に理解できないというような声だった。


リリアは答えた。


「生きているからです」


そして、少女の手を強く握った。


「生きている限り、未来はまだ決まっていないから」


白い花が、世界の外側を照らした。


しかし、その光の奥で、顔のない存在の背後にもう一つの影が現れていた。


銀髪。


紫の瞳。


原初の観測者に似た、その姿。


影はリリアを見つめ、静かに口を開いた。


「……やっと、ここまで来たんだね」


リリアは息を止めた。


その声を、知っている気がした。


けれど、思い出せない。


影は、悲しそうに微笑んだ。


「なら、次は君が知る番だ」


「君が救おうとしている彼女が――本当は、誰を救おうとしていたのかを」


その言葉とともに、白い空間が崩れ始めた。


第56話・終


次回、第57話「観測者が隠していた真実」


未完の魂を縛る存在の背後に現れた、銀髪の影。彼は本当に原初の観測者なのか。そして、リリアが救おうとしている少女と、エリシアが取り戻そうとした存在をつなぐ秘密とは――。


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