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神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


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第45話 リリアを消そうとする者

第45話 リリアを消そうとする者


最初に異変に気づいたのは、カイルだった。


「……待て。何かがおかしい」


忘却の塔の地下記録室。


セフィルの胸元に刻まれた文字を見つめていたカイルは、突然、銀の指輪を握りしめた。


白い花の紋様が、かつてないほど激しく明滅している。


「カイル?」


リリアが声をかける。


返事はなかった。


カイルの視線は、記録室の壁に向けられていた。


そこには、先ほどまで存在しなかった扉が浮かび上がっている。


黒い扉だった。


取っ手も、鍵穴もない。


ただ中央に、白い花を握りつぶすような手の紋章が刻まれていた。


「この紋章……」


カイルの顔から血の気が引く。


「知っているの?」


アレンが尋ねた。


「いや……知らないはずなんだ。なのに、見たことがある」


カイルはこめかみを押さえた。


「この扉の向こうに、誰かがいる。そいつが……俺に何かを約束させた」


その瞬間、扉の向こうから声が響いた。


『ようやく、ここまで来たのね』


女の声だった。


静かで、冷たい。


それなのに、どこかリリアの声に似ていた。


『待っていたわ、エリシア』


リリアの身体が強張った。


「……私は、リリアよ」


『そう。今はね』


扉の表面に、細い亀裂が走った。


『でも、あなたが本当の自分を思い出したら、その名前も必要なくなる』


「あなたは誰なの?」


『あなたが忘れたもの。あなたが捨てたもの。そして、あなたが生き残ったせいで、失われたもの』


声が、わずかに震えた。


『私は、あなたを許さない』


直後、黒い扉が内側から砕け散った。


その向こうに立っていたのは、一人の少女だった。


黒い髪。


青い瞳。


リリアと同じ顔。


しかし、その少女の瞳には、光がなかった。


身にまとっているのは、古びた白い衣装。


胸元には、逆さまの白い花が刺繍されている。


少女はリリアを見つめ、ゆっくりと微笑んだ。


「やっと会えたわね」


リリアは声を失った。


鏡を見ているようだった。


だが、鏡に映る自分が、こんな目で自分を見つめるはずがない。


少女は一歩、こちらへ踏み出した。


「ねえ、リリア。あなたは、自分がどうして生まれ変わったのか、知っている?」


「……知らない」


「そうでしょうね。あなたはいつもそう。大切なことを忘れて、何も知らないまま、誰かに守られている」


少女の視線が、アレンたちへ移った。


「そして、また同じことを繰り返す」


「何を言っているの?」


「あなたが生きている限り、あの人は帰ってこない」


少女の声が、初めて大きくなった。


「あの人が消えたのは、あなたのせいよ!」


空間が激しく揺れた。


白い花々が一斉に散り、床に落ちた花びらが黒く染まっていく。


リリアは反射的に《創世の理》を発動させた。


周囲の空間に、淡い青色の紋様が広がる。


しかし、少女が指を動かした瞬間、その紋様は音もなく砕けた。


「っ……!」


胸の奥に鋭い痛みが走る。


リリアは片膝をついた。


「リリア!」


アレンが駆け寄ろうとする。


だが、少女が手をかざすと、彼の足元に黒い鎖が現れた。


鎖はアレンの身体に巻きつき、その動きを封じる。


「動かないで」


少女は冷たく告げた。


「あなたたちには関係ないことよ。これは、私とリリアの問題だから」


「彼女に手を出すな!」


アレンが鎖を引きちぎろうとする。


けれど、鎖はびくともしなかった。


少女は、つまらなそうに彼を見た。


「あなたも、前に同じことを言ったわ」


「……何?」


「守るって。何があっても、彼女を一人にしないって」


少女の瞳が揺れる。


「でも、あなたも最後には彼女を選ばなかった」


アレンは言葉を失った。


その一瞬の隙に、少女はリリアの前へ歩み寄った。


リリアは立ち上がろうとしたが、身体が思うように動かない。


力を使いすぎたのだ。


少女はリリアの顎に指を添え、無理やり顔を上げさせた。


「ねえ。あなたは、今度こそあの人を救えると思っているの?」


「……誰のこと?」


「まだ、わからないの?」


少女は笑った。


泣いているような笑顔だった。


「あなたが殺した人よ」


その言葉と同時に、リリアの脳裏に映像が流れ込んだ。


白い花が咲く庭。


目の前に立つ銀髪の青年。


紫色の瞳。


そして、自分の手に握られた剣。


青年は、悲しそうに微笑んでいた。


『エリシア。君が選ぶなら、私は止めない』


リリアの手が震える。


剣が振り下ろされる。


青年の身体が、白い光に包まれる。


そして、彼は消えた。


「いや……!」


リリアは頭を抱えた。


「やめて……!」


「思い出しなさい」


少女は囁いた。


「あなたが何をしたのか。誰を犠牲にして、何を手に入れようとしたのか」


リリアの鼻から、一筋の血が流れた。


それでも少女は、記憶を流し込み続けた。


そのとき。


「もうやめろ!」


セフィルが叫んだ。


彼の胸元から、銀色の光があふれ出す。


黒い鎖が震え、アレンの身体から離れた。


セフィルはリリアと少女の間に立った。


「彼女の記憶を、無理やり呼び起こすな!」


「あなたが、それを言うの?」


少女はセフィルを見つめた。


「自分が約束を破ったことも忘れていたくせに」


セフィルの表情が曇る。


「……そうだ。俺は忘れていた」


彼は、まっすぐに少女を見た。


「でも、もう逃げない。俺が何をしたのか、何を守ろうとして、誰を傷つけたのか。すべて確かめる」


「遅いわ」


少女の声が低くなる。


「あなたたちが真実を知るころには、もう何も残っていない」


彼女が手を振り下ろすと、記録室の壁に無数の文字が浮かび上がった。


《対象――リリア・エヴァンジェル》


《存在の起源――第一創造者、エリシア》


《現在の魂――分離状態》


《消去対象――第一創造者の継承者》


《消去理由――原初の約束の破棄》


リリアは、文字を見つめた。


「……分離状態?」


少女は答えた。


「あなたは、エリシアの魂そのものではない」


静かな声だった。


「あなたの中にあるのは、エリシアが残した記憶と力。そして、彼女がもう一度生きるために必要だった、別の魂」


リリアの呼吸が止まる。


「別の……魂?」


「あなた自身の魂よ」


少女は、リリアの胸元に指を向けた。


「エリシアが消えたとき、第三創造者は彼女の魂を結晶に封じた。でも、記憶と力だけは世界に残された。その残されたものに、別の魂が宿った。それが、あなた」


リリアは首を振った。


「そんな……私は、前世の記憶だって……」


「前世?」


少女が、かすかに笑う。


「それは、あなたが自分を理解するために使っている言葉にすぎないわ」


彼女は一歩近づいた。


「でも、あなたが日本で生きていた記憶も、誰かに嫌われることを恐れていた気持ちも、誰にも言えなかった願いも……すべて、あなた自身のものよ」


少女の瞳に、初めてわずかな温もりが宿った。


「だから、私はあなたを憎んでいる。あなたがエリシアだからではない」


彼女は唇をかみしめた。


「あなたが、エリシアではないのに、彼女の続きを生きているから」


沈黙が落ちた。


リリアには、何も言えなかった。


自分はエリシアの生まれ変わりなのだと、どこかで信じていた。


けれど、違うのだとしたら。


自分は、誰かの記憶を引き継いだだけの存在なのだろうか。


それとも、エリシアが失ったものを埋めるために生まれた、代わりの存在なのだろうか。


その疑問が、胸の奥を締めつけた。


アレンが、鎖から解放された手でリリアの肩を支えた。


「リリア。君は君だ」


彼は迷わず言った。


「誰かの続きを生きるために、君が生まれたんだとしても。それだけが、君の存在する理由にはならない」


リリアは彼を見た。


「でも、私は……」


「君が何者なのかを決めるのは、過去じゃない。君がこれから何を選ぶかだ」


その言葉に、リリアの胸の奥で何かが動いた。


怖い。


自分の存在そのものが、誰かの願いのために作られたものかもしれない。


それでも。


自分がこれまで感じた痛みも、誰かを大切に思った気持ちも、すべて偽物になるわけではない。


リリアは、ゆっくりと立ち上がった。


「……あなたの言うことを、全部信じることはできない」


少女の瞳が細くなる。


「そう」


「でも、あなたが何を失ったのかは知りたい。どうして私を憎むのかも」


リリアは、震える手を握りしめた。


「私は、あなたの代わりになるつもりはない。エリシアの代わりにもならない。私は、私として生きたい」


青い瞳に、光が戻った。


「だから、私を消したいのなら……その理由を、最後まで聞かせて」


少女は、しばらく黙っていた。


やがて、彼女は目を伏せた。


「……本当に、何もわかっていないのね」


その声には、怒りよりも深い悲しみがあった。


「あなたが生きている限り、エリシアは永遠に目覚めない」


「……!」


「第三創造者は、エリシアの魂を守っている。でも、あなたがこの世界に存在する限り、魂は二つに分かれたまま。完全な再接続はできない」


少女は、自分の胸に手を当てた。


「そして、エリシアが目覚めなければ、あの人も戻ってこない」


「だから、私を消すの?」


「そうよ」


少女は、涙をこらえながら答えた。


「あなたが消えれば、エリシアは目覚めるかもしれない。あの人を取り戻せるかもしれない」


彼女はリリアを見つめた。


「私は、その可能性に賭ける」


リリアは、言葉を失った。


少女が失った誰かを取り戻したいと願う気持ちは、理解できる。


自分だって、前世で何かを失ったのかもしれない。


けれど、そのために誰かを消していいはずがない。


「……私は、あなたに殺されるために生きてきたんじゃない」


「わかっているわ」


少女の頬を、涙が伝った。


「だから、これは私の罪よ」


彼女は手を伸ばした。


黒い光が、リリアの胸元へ集まっていく。


アレンが駆け出す。


セフィルが紋章を解放する。


ミラが炎を放ち、レオンが剣を抜く。


けれど、黒い光は誰の攻撃も受けつけなかった。


リリアの視界が白く染まる。


その瞬間、彼女の内側で、聞き覚えのない声が響いた。


『――まだ、消えるわけにはいかない』


低く、静かな声。


リリア自身の声ではない。


けれど、どこか懐かしい。


胸元に、見たことのない紋様が浮かび上がった。


《創世の理》とは異なる、もう一つの力。


黒い光が弾き返され、少女が後方へ吹き飛ばされた。


「そんな……!」


少女は床に手をつき、信じられないものを見るようにリリアを見つめた。


「どうして……まだ、その力が残っているの?」


リリア自身にも、何が起きたのかわからなかった。


ただ、胸の奥で何かが目覚めかけている。


少女は、震える唇でつぶやいた。


「まさか……あなたの中に、第三の記憶まで……?」


その言葉を最後に、彼女の身体が黒い霧へと変わり始めた。


「待って!」


リリアが叫ぶ。


「あなたの名前を教えて!」


少女は、一瞬だけ微笑んだ。


今度の笑顔には、憎しみも悲しみもなかった。


ただ、遠い日の約束を思い出したような、懐かしさがあった。


「……私の名前を知ったら、あなたはきっと、私を消せなくなる」


黒い霧が広がる。


「それでも、知りたいのなら……第三創造者に聞きなさい」


少女の姿が消えた。


最後に残ったのは、一枚の白い花びらだった。


花びらには、短い文字が刻まれていた。


――《未完の魂》


リリアがそれを拾い上げた瞬間、遠く離れた神殿で、第三創造者が息をのんだ。


「……あの子が、目覚めた」


彼女は結晶を抱きしめた。


「もう、隠し通せない」


黄金の瞳から、一筋の涙が落ちる。


「リリア。あなたはまだ知らない。あなたが生まれた本当の理由を」


そして、結晶の中から、かすかな声が響いた。


『……もう、十分よ』


第三創造者の身体が凍りついた。


『あの子を、これ以上苦しめないで』


それは、長い間眠っていたエリシアの声だった。


第三創造者は、ゆっくりと顔を上げた。


「……ごめんなさい」


彼女は、誰に向けるでもなくつぶやいた。


「私はまた、あなたの選択を奪おうとしていた」


結晶の光が、わずかに強くなる。


そして、その奥で、エリシアの閉じられた瞳が、ほんの少しだけ動いた。


第45話・


次回、第46話「第三創造者の罪」


リリアの中で目覚めかけた、もう一つの力。そして、彼女を消そうとした少女が残した《未完の魂》という言葉。第三創造者はついに、エリシアの魂を守るために犯した罪を語り始める。だが、その真実はリリア自身の誕生に深く結びついていた。



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