第43話 第三創造者が守り続けた魂
第43話 第三創造者が守り続けた魂
忘却の塔の地下記録室には、静寂が満ちていた。
剣に刻まれた記録が消えたあとも、リリアたちは誰一人として動けずにいた。
創造主エリシアの魂は、完全には消滅していない。
そして、その魂を保管しているのは――第三創造者。
「……第三創造者は、ずっとエリシアの魂を守っていたの?」
リリアの問いに、セフィルは答えなかった。
彼の胸元に浮かんだ紋章が、かすかに明滅している。
それは第二創造者としての記憶が戻った証であると同時に、まだ彼自身も知らない何かが眠っている証拠のようだった。
レオンが静かに口を開いた。
「守っていたのか。それとも、封じ込めていたのか。そこを確かめる必要がある」
「同じことじゃないの?」
ミラが不安そうに尋ねる。
「違う」
答えたのは、カイルだった。
「誰かを守るために閉じ込めることと、その人が自分で選べるように待つことは違う。……俺は、その違いを知っているはずなのに、何も思い出せない」
彼は銀の指輪を握りしめた。
白い花の刻まれた指輪は、先ほどから温かさを失っていない。
まるで、次に開かれる記録を急かすように。
そのときだった。
地下記録室の最奥で、白い光が灯った。
壁の一部が音もなく開き、その向こうに小さな部屋が現れる。
中央には、透明な結晶が浮かんでいた。
結晶の中に眠っているのは、一人の少女だった。
長い銀髪。
閉じられた瞳。
そして、胸元に咲く白い花。
リリアは息をのんだ。
「この人……」
忘却の塔で見た記憶が、脳裏によみがえる。
剣を振り下ろした自分。
倒れていく銀髪の人物。
そして、聞こえた声。
――あなたは、私を殺した。
リリアは思わず一歩後ずさった。
「私が……この人を殺したの?」
「まだ、決めつけるな」
レオンがすぐに言った。
「記憶は断片だ。お前が見たものが、すべてとは限らない」
「でも……」
「リリア」
アレンが彼女の肩に手を置いた。
「真実を知ることと、自分を罪人だと決めつけることは違う。忘れる必要はない。でも、今の君まで否定するな」
その言葉に、リリアは唇をかみしめた。
自分の中には、まだ知らない自分がいる。
その自分が何をしたのか。
なぜ世界を壊そうとしたのか。
そして、なぜ誰かを殺したのか。
答えを知るのは怖かった。
それでも、目をそらしたままでは前に進めない。
「……知りたい。今度こそ、誰かに隠される前に」
リリアが結晶へ近づこうとした瞬間、白い光が彼女の足元に広がった。
文字が浮かび上がる。
《第一創造者の魂、保管状態を確認》
《魂の閲覧には、第二創造者の同意が必要です》
《記憶の再接続には、第二創造者による真実の告白が必要です》
セフィルの顔から、血の気が引いた。
「……俺の同意?」
「どういうこと?」
リリアが振り向く。
セフィルは結晶を見つめたまま、かすかに首を振った。
「わからない。俺は、この魂を守ると誓った記憶も、封じた記憶もない」
彼の声が震えた。
「なのに……この結晶を見ていると、胸が痛むんだ」
その瞬間、結晶の内部に細い亀裂が走った。
セフィルが息をのむ。
亀裂の向こうから、少女の声が聞こえた。
『セフィル……』
その声は、懐かしさと悲しみを帯びていた。
『お願い。もう、私のために嘘をつかないで』
「……っ!」
セフィルは頭を押さえた。
視界の奥に、映像が流れ込んでくる。
まだ世界が生まれる前。
白い花が咲く、何もない場所。
そこに、幼いエリシアとセフィルがいた。
エリシアは泣いていた。
セフィルは彼女の前に膝をつき、何かを差し出している。
それは、小さな白い花だった。
『約束して、セフィル』
エリシアが言う。
『私がいつか、あの人を取り戻そうとして世界を壊すなら……あなたが止めて』
幼いセフィルは、しばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
『わかった。でも、一つだけ条件がある』
『なに?』
『君が本当に望んでいることを、最後まで聞かせてほしい。君が何を失っても、何を取り戻そうとしても……俺が止めるのは、君の願いそのものじゃない』
映像が乱れた。
次に聞こえたのは、別の声だった。
『その約束を守るためには、君自身が忘れなければならない』
セフィルの表情が凍りついた。
記憶の中で、誰かが彼の胸に手を当てていた。
黒い髪。
黄金の瞳。
第三創造者。
彼女は、幼いセフィルに告げていた。
『君が覚えていれば、彼女は君を頼ってしまう。君が真実を知っていれば、彼女は自分の選択を君に委ねてしまう』
『それでも、俺は……』
『だからこそ、忘れてほしいの』
第三創造者の声は、震えていた。
『彼女を救うために、彼女の選択を奪わないで』
そこで記憶は途切れた。
セフィルは膝をつき、荒い息を吐いた。
「俺は……忘れさせられたのか」
その言葉に、リリアは何も返せなかった。
セフィルは神々の命令に従うために記憶を奪われた。
それだけではなかった。
彼は、エリシアの願いを守るために、自分自身の約束すら忘れさせられていたのだ。
けれど、その約束には、まだ隠された部分がある。
結晶の文字が変化した。
《第二創造者の記憶、一部復元》
《第二の約束、確認》
《第三の約束、未完了》
そして、最後に一文が浮かび上がる。
《第二創造者は、第一創造者に真実を告げなければならない》
「真実って……何なの?」
ミラが小さく尋ねた。
誰も答えられなかった。
そのとき、結晶の中で眠っていた少女の指が、ほんのわずかに動いた。
閉じられていた瞳が、一瞬だけ開く。
その瞳は、透き通るような紫色だった。
『セフィル……』
少女は、かすかに微笑んだ。
『あの約束を……覚えている?』
セフィルは顔を上げた。
「……まだ、全部は思い出せない」
彼は震える手を結晶へ伸ばした。
「でも、逃げない。俺が忘れていたことも、君に隠していたことも……全部、確かめる」
少女の瞳が、再び閉じられる。
結晶は静かに光を失った。
しかし、最後に一つだけ、記録が残された。
《第一創造者の魂、再接続条件を更新》
《告白対象――エリシア》
《告白内容――第二創造者が、彼女に隠した最後の約束》
リリアは、その文字を見つめた。
セフィルは何を隠しているのだろう。
本人さえ忘れていた約束。
第三創造者が、彼の記憶を封じてまで守ろうとした秘密。
そして、エリシアの魂が求めている真実。
その答えは、結晶の中ではなく、世界のどこかに隠されているのかもしれない。
そのとき、地下記録室の壁に、見覚えのない映像が浮かんだ。
暗い部屋。
白い花。
そして、結晶を抱きしめて泣いている第三創造者。
彼女の前には、剣を持った銀髪の青年が立っていた。
青年の紫色の瞳には、深い絶望が宿っている。
『君は、また彼女を一人にするのか』
青年の問いに、第三創造者は答えなかった。
ただ、涙を流しながら結晶を抱きしめていた。
『……それでも、私は守らなければならない』
映像が消える直前、青年が告げた。
『ならば、いつか彼女自身が君を裁く日が来る』
リリアの背筋に、冷たいものが走った。
第三創造者は、エリシアの魂を守っていた。
しかし、それは誰も傷つけない方法ではなかったのかもしれない。
そして、彼女が守ろうとしたもののために、誰かが犠牲になった。
その犠牲者は、まだここにいるのだろうか。
リリアが考えを巡らせていると、遠く離れた神殿の最深部で、黄金の瞳を持つ第三創造者が顔を上げた。
「……セフィルが、思い出し始めた」
彼女は、目の前に浮かぶ結晶を見つめた。
その中には、幼い少女の姿が眠っている。
エリシアの魂。
彼女が、長い長い時間をかけて守り続けてきた存在。
「もうすぐ、あなたは私を憎むでしょうね」
第三創造者は、結晶に触れた。
「それでも……私は、あなたに選んでほしかった」
彼女の背後で、誰かが静かに笑った。
『本当に、それだけか?』
第三創造者の指が止まる。
『君が守りたかったのは、エリシアの魂だけではないはずだ』
彼女は振り返らなかった。
ただ、唇をかみしめる。
「……黙りなさい」
『君が隠している罪も、いずれあの子は知る』
結晶の中で、眠る少女の指が動いた。
そして、第三創造者の頬を、一筋の涙が伝った。
「……お願いだから」
彼女は誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「今度こそ、私を許さなくてもいいから……あの子だけは、私と同じ過ちを繰り返さないで」
その願いが誰に向けられたものなのか。
まだ、誰も知らなかった。
第43話・
次回、第44話「第二創造者が忘れた残酷な約束」
セフィルの失われた記憶に隠されていた、もう一つの約束。その約束を知る者は、エリシアの魂を守るために、ある人物を犠牲にしていた――。




