↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/112

第38話 忘却の塔に眠る罪

第38話 忘却の塔に眠る罪


白い花が、一輪。


音もなく落ちてきたそれは、古い記録庫の床に触れる直前、ふっと光の粒になって消えた。


レオンは、その花が消えた場所をじっと見つめていた。


「……レオン?」


リリアが呼びかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。


「どうしたの?」


「いや……何でもない」


いつもの落ち着いた声だった。


けれど、リリアには分かった。


彼は何かを隠している。


それも、ただの秘密ではない。リリア自身に関わる、何かを。


「忘却の塔に行けば、何か分かるんだよね?」


リリアがそう尋ねると、レオンは一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「ああ。神々が不要と判断した記憶を封じた場所だ。そこには、神殿の記録にも残されていない情報が眠っているはずだ」


「カイルの指輪が示した場所だものね」


ミラが腕を組み、険しい表情を浮かべる。


「でも、神々がわざわざ隠した記憶なんでしょ? 簡単に見せてくれるとは思えないわ」


「見せてくれないどころか、侵入した時点で敵と見なされるだろうな」


アレンが腰の剣に手を添えた。


「それでも行くのか?」


彼の視線がリリアに向く。


問いかけの裏にあるのは、心配だった。


白い花の庭園で創世の力を使いすぎたとき、リリアは一日も目を覚まさなかった。あのときの彼女の苦しそうな顔を、アレンはまだ忘れていない。


リリアは自分の手を見つめた。


この手には、世界の法則さえ変える力がある。


けれど、何でもできるわけではない。


力を使えば身体が傷つく。無理をすれば、世界そのものに歪みを生じさせる。


そして何より――。


「知りたいの」


リリアは顔を上げた。


「私が何を忘れているのか。エリシアが何を選んで、何を失ったのか。そして……私が、誰を殺したのか」


最後の言葉を口にした瞬間、部屋の空気が凍りついた。


ミラが息をのむ。


アレンの眉がわずかに寄った。


セフィル・ルシエンは、紫色の瞳を伏せた。


誰も、すぐには答えなかった。


リリアは胸の奥に手を当てた。


第三の創造者がレオンに告げたという言葉。


――リリアが誰を殺したのかという記憶。


その記憶が、本当に自分の中にあるのなら。


知らないままでいることは、もうできなかった。


「行こう。忘却の塔へ」


リリアの言葉に、レオンは静かにうなずいた。


ただ、その横顔には、誰にも見せない苦悩が刻まれていた。


◇


忘却の塔は、世界地図のどこにも記されていなかった。


カイルの指輪が示したのは、神殿の北東に広がる荒野。その中心にある、何もないはずの場所だった。


一行が荒野に足を踏み入れたとき、空は不自然なほど暗くなった。


風が止まり、砂が宙に浮かぶ。


遠くで、何かが軋むような音がした。


「……見つけた」


カイルが指輪を掲げた。


銀色の輪に刻まれた白い花が、淡い光を放っている。


次の瞬間。


何もなかった荒野に、巨大な塔が姿を現した。


黒い石で築かれた塔。


窓はひとつもなく、壁面には無数の文字が刻まれている。文字は読む者の視線に反応するように浮かび上がり、やがて意味を失った記号へと変わっていった。


その姿を見たセフィルが、苦しそうに胸元を押さえた。


「ここは……」


「何か思い出したのか?」


アレンが尋ねる。


「分からない。ただ、懐かしい。ここに来たことがあるような気がする」


セフィルは自分の手を見つめた。


「でも、僕の記憶には何もないんだ」


「神々が記憶を封じるために使った場所だもの。あなたの記憶が残っていないのも、不思議じゃないわ」


ミラがそう言った直後、塔の正面に黒い扉が現れた。


扉には、白い花の紋章。


そして、その下には三つの文字が刻まれていた。


――第一の記憶。


――第二の記憶。


――第三の記憶。


リリアの指先が震えた。


「三つの記憶……」


セフィルが息をのむ。


「第一はエリシア。第二はルシェラ。そして第三は……」


「原初の観測者、なのかもしれない」


リリアが言った。


しかし、扉は開かなかった。


カイルが指輪を近づけても、アレンが扉を調べても、反応はない。


やがてレオンが一歩前に出た。


「リリア。お前の力なら、扉の仕組みに干渉できるかもしれない」


その言葉に、アレンが鋭く振り返った。


「待て。前と同じように力を使えば、また倒れるかもしれないんだぞ」


「分かってる」


リリアは小さくうなずいた。


「だから、壊さない。扉が何を守っているのか、それだけを確かめる」


彼女は扉に手を触れた。


意識を集中させる。


世界を支える法則。その奥に隠された、法則では説明できない力。


《創世の理》。


ほんの少しだけ、その力を指先に流した。


――瞬間。


塔全体が、低く唸った。


リリアの視界に、無数の光景が流れ込む。


誰かの泣き声。


砕け散る白い花。


血に染まった銀色の髪。


そして、震える自分の手。


その手には、見覚えのない剣が握られていた。


『どうして……』


幼い少女の声が響いた。


『どうして、あなたが……』


目の前に倒れている誰かの顔は、黒い影に覆われていた。


けれど、その人が自分に手を伸ばしていることだけは分かった。


『リリア――』


「っ!」


リリアは手を離した。


全身から力が抜け、膝が崩れかける。


「リリア!」


アレンがすぐに彼女を支えた。


鼻先から、一筋の血が流れ落ちる。


「大丈夫か!」


「うん……少し、記憶が見えただけ……」


そう答えながらも、リリアの身体は震えていた。


今の光景は、夢ではない。


自分の記憶だ。


そう確信していた。


自分は誰かを傷つけた。


いや――殺したのかもしれない。


その事実を認めた瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。


すると、閉ざされていた扉に変化が起きた。


白い花の紋章が二つに分かれ、その間に新たな文字が浮かび上がる。


《第一の記憶、照合完了》


《第二の記憶、継承者による承認を確認》


《第三の記憶、閲覧条件を満たしていません》


最後の一文が表示された直後、別の文字がゆっくりと浮かび上がった。


《記憶の対象者が、閲覧を拒否しています》


「対象者が……拒否?」


ミラが目を見開いた。


「記憶を見せるかどうか、誰かが決めているってこと?」


セフィルは扉を見つめたまま、静かに答えた。


「違う。これは単なる封印じゃない」


紫色の瞳に、かすかな動揺が走る。


「記憶の持ち主自身が、リリアに思い出させないことを選んでいるんだ」


リリアは息を止めた。


自分が誰かを殺した記憶。


それを隠しているのは、神々だけではない。


記憶の向こうにいる誰かが、今もなお、それを見せることを拒んでいる。


なぜ?


自分を恨んでいるからだろうか。


それとも――自分が真実を知れば、取り返しのつかないことが起きるからだろうか。


そのとき、塔の壁面に刻まれていた文字が、一斉に赤く染まった。


地面が揺れる。


黒い扉の中央に、ひとつの目が開いた。


人間のものではない。


世界そのものを見下ろすような、金色の瞳だった。


『――来たか、エリシア』


低い声が、塔の内側から響いた。


『今度こそ、お前に真実を見せるわけにはいかない』


リリアは息をのんだ。


「あなたは……誰?」


金色の瞳が、リリアを見つめる。


『私は忘却の塔を管理する者。神々が捨てた記憶を守り、世界が忘れるべきものを忘れさせる者だ』


「なら、教えて。私は誰を殺したの?」


沈黙。


やがて、その存在は答えた。


『お前が殺したのは――』


アレンがリリアをかばうように前へ出た。


レオンは剣の柄を握り、カイルの指輪が激しく光り始める。


しかし、声は最後まで続かなかった。


塔のさらに奥から、別の声が響いたのだ。


『答えるな』


それは、ひどく懐かしい声だった。


リリアが夢の中で何度も聞いた、あの声。


『まだ、その子に思い出させてはいけない』


金色の瞳が大きく見開かれた。


『なぜ、お前がここにいる……!』


塔全体が激しく揺れた。


扉の向こうから、何かがこちらへ近づいてくる。


そして、リリアにだけ聞こえる声が、囁いた。


『リリア。お願いだから、私を憎まないで』


その言葉と同時に、リリアの脳裏に一瞬だけ、銀色の髪をした誰かの笑顔が浮かんだ。


涙をこらえながら、それでも優しく笑う顔。


その人に向かって、自分は剣を振り下ろしていた。


――違う。


思い出したくない。


けれど、もう分かってしまった。


自分が殺したのは、敵ではなかったのかもしれない。


リリアが震える唇を開く。


「あなたは……私に、何をしたの?」


返事はなかった。


ただ、塔の奥で、誰かが静かに泣いていた。


その涙の音を聞きながら、リリアは初めて、自分自身を恐ろしいと思った。


世界を壊す力を持っているからではない。


かつて、自分が大切に思っていた誰かを、この手で失わせたのかもしれないからだ。


そして、その記憶を封じたのが――他の誰でもない、自分自身だったとしたら。


今度こそ、自分は何を選べばいいのだろう。


◇


その頃、神殿の最深部。


顔のない玉座の前で、第三の創造者は静かに目を閉じていた。


「扉が反応したか」


玉座の奥から声が響く。


「ええ。けれど、記憶のすべては戻っていません」


「ならば、まだ間に合う」


第三の創造者は、黒髪を揺らして顔を上げた。


黄金の瞳には、深い悲しみが宿っていた。


「……間に合わせなければならない。あの子が、自分を罪人だと思い込む前に」


「それでも、お前は真実を隠すのか?」


長い沈黙のあと、第三の創造者は答えた。


「隠しているのではありません」


その声は、わずかに震えていた。


「私はただ……あの子に、もう一度同じ選択をさせたくないだけです」


玉座の奥で、何かが軋んだ。


そして、誰にも聞こえないほど小さな声で、第三の創造者は呟いた。


「ごめんね、リリア。あなたが私を殺したことを、まだ思い出さないで」


白い花が、一輪。


神殿の床に落ちた。


花弁の中央には、赤い血のような染みが浮かんでいた。


第38話・


次回、第39話「殺された創造者」


忘却の塔の奥で、リリアを待っていたのは、彼女自身の罪を知る者だった。


第三の創造者が隠し続ける真実。そして、リリアがかつて殺した相手とは――。


その記憶が戻るとき、エリシアが世界に残した最後の約束が動き始める。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。