第3話 神々の使者と禁じられた真実
第3話 神々の使者と禁じられた真実
『あなたが、この世界に生まれてきた本当の理由を』
闇の中から響いた声が、古びた遺跡に反響した。
私はアレンの背後に立ち、息を潜めた。
目の前に浮かぶ金色の光。
その中心にいるのは、人の姿をした何者かだった。
白銀の長い髪。透き通るような肌。そして、感情を宿していない紫色の瞳。
身にまとっているのは、神殿の神官たちが着るものに似た白い衣だった。しかし、その衣には見たこともない古代文字が刻まれている。
人間ではない。
そう直感した。
「……お前は誰だ」
アレンが剣を構えた。
相手は、わずかに首を傾けた。
『私はセフィル。神々の意思を伝える者』
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなった。
神々の使者。
つまり、この存在も私を連れ戻しに来たのだろうか。
「リリア・エヴァンジェルを引き渡せ」
セフィルは淡々と告げた。
『至高神アステリオンの命令である』
「断る」
アレンは即答した。
『……なぜだ?』
「理由が必要か?」
『神々に逆らえば、お前も命を失う』
「それは何度も聞いた」
アレンは剣先をセフィルへ向けた。
「それでも、こいつを渡すつもりはない」
その言葉に、私は目を見開いた。
どうして。
どうして、この人は私のためにそこまでしてくれるのだろう。
出会ってから、まだほんの少ししか経っていない。
私のことなど、何も知らないはずなのに。
「アレン……」
彼は振り返らずに言った。
「下がっていろ」
その声には、迷いがなかった。
私は唇を噛み、彼の背中を見つめた。
もう誰かに守られるだけではいたくない。
けれど、今の私には、自分の力を使いこなす方法すらわからなかった。
焦る気持ちを抑え、私はセフィルを見つめた。
「……私に、何の用ですか?」
セフィルの紫色の瞳が、私へ向けられる。
『確認したいことがある』
「確認?」
『お前の中に宿る権能についてだ』
その瞬間、空気が張り詰めた。
『《創世の理》』
セフィルが、その名を口にした。
『それは、現在の神々が保有するいかなる権能とも異なる。世界の法則そのものに干渉する、原初の力だ』
私は息を呑んだ。
やはり、この力は普通ではないのだ。
「……どうして、そんなことを知っているんですか?」
『私は神々によって造られた存在だからだ』
セフィルは、表情一つ変えずに答えた。
『神々の記録を保持し、命令を遂行する。それが私の役割である』
「では、神々は私の力について何か知っているんですね?」
『知っていることもある。知らないこともある』
「どういう意味ですか?」
セフィルは、ほんのわずかに沈黙した。
『神々は、お前の力を恐れている』
その言葉が、胸に突き刺さった。
『だが、恐れている理由を完全に理解している者は、神々の中にも存在しない』
「そんな……」
神々でさえ、わからない。
それほどまでに、この力は古いものなのだろうか。
セフィルは続けた。
『ただ一つ、確かなことがある』
紫色の瞳が、私をまっすぐに見据える。
『お前が目覚めたことで、世界の均衡は崩れ始めた』
* * *
「……ふざけるな」
アレンの声が響いた。
「世界の均衡だと? この子は、神々に殺されかけたんだぞ」
『事実を述べているだけだ』
「その事実を作ったのは、誰だ?」
アレンが一歩前へ出る。
「神々だろう」
セフィルは答えなかった。
その沈黙が、何よりも雄弁だった。
「……あなたは、神々の命令に従うんですよね?」
私は、セフィルに尋ねた。
『そうだ』
「なら、私を連れ戻しに来たんですか?」
『当初の命令はそうだった』
「当初の……?」
『だが、状況が変わった』
セフィルの視線が、私の胸元へと向けられる。
『お前の権能は、神々の支配下にない。無理に拘束しようとすれば、周囲の法則に予測不能な変化が生じる可能性がある』
「……つまり、私を捕まえるのが怖いんですか?」
思わず、そう尋ねていた。
セフィルは少しも表情を変えなかった。
『恐怖という感情は、私には備わっていない』
「では、どうしてそんなに警戒するんですか?」
『危険を回避することは、私の役割だからだ』
その答えは、どこか寂しく聞こえた。
感情がない。
神々の命令に従うためだけに造られた存在。
それは、いったいどのような生き方なのだろう。
私は、ふと自分の前世を思い出した。
誰かに嫌われないために、相手の望む言葉を選ぶ。
期待を裏切らないために、自分の気持ちを押し殺す。
そうしているうちに、自分が何を望んでいるのかさえ、わからなくなっていった。
もしかすると、この使者も。
「……セフィルさん」
『何だ?』
「あなたは、自分がどうしたいのか、考えたことがありますか?」
初めて、セフィルの表情が変わった。
ほんの一瞬。
紫色の瞳が揺れたように見えた。
『……質問の意味が理解できない』
「神々の命令ではなく、あなた自身が何をしたいのか、という意味です」
『私に、そのような選択は必要ない』
「本当に?」
私は、静かに尋ねた。
「誰かに決められたことだけをして、一生を終える。それで、あなたは幸せなんですか?」
セフィルは答えなかった。
いや。
答えられなかったのかもしれない。
彼の瞳に、初めて見たことのない色が浮かんだ。
困惑。
自分でも理解できない何かに、戸惑っているようだった。
そのとき。
セフィルの身体が、突然、金色の光に包まれた。
『……時間だ』
彼は私たちから視線を逸らした。
『本日のところは退く』
「待ってください!」
私は思わず声を上げた。
「一つだけ、教えてください!」
セフィルが振り返る。
「私が見た記憶……世界を創った銀色の髪の少女。あれは、本当にあったことなんですか?」
その問いに、セフィルは沈黙した。
長い、長い沈黙だった。
やがて彼は、ゆっくりと口を開いた。
『……その記録は、神々によって封印されている』
「やっぱり……!」
『だが、古い記録の断片には、こう記されている』
セフィルの声が、わずかに低くなった。
『神々が生まれる以前、世界には一柱の創造主が存在した』
私は息を止めた。
『その創造主は、神々に世界の管理を委ねた後、歴史から姿を消した』
「その創造主は……今、どこにいるんですか?」
セフィルは、私を見つめた。
『記録には、続きがある』
彼の姿が、少しずつ薄れていく。
『創造主の魂は、世界が滅びぬ限り、完全には消えない』
そして、最後に。
『いつの日か、人の子として再び目覚める』
光が弾けた。
セフィルの姿は、跡形もなく消え去った。
遺跡には、私とアレンだけが残された。
* * *
しばらく、私はその場から動けなかった。
創造主。
神々が生まれる以前から存在した、世界を創った者。
そして、再び人間として目覚める魂。
「……私、なのかな」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
銀色の髪の少女。
私とよく似た顔。
《創世の理》。
神々が恐れる力。
それらを考えれば、答えは一つしかないように思えた。
けれど。
「……まだ、決めつけるな」
アレンが静かに言った。
私は彼を見上げた。
「でも……」
「可能性はある。だが、確かめていないことまで真実だと思い込むのは危険だ」
彼は剣を鞘に収めた。
「神々は何かを隠している。それは間違いない。なら、まずは情報を集めるべきだ」
「……そうですね」
私は頷いた。
自分が何者なのか。
その答えを、いつか知ることになるのだろう。
でも、今すぐ答えを出す必要はない。
アレンが言ってくれたように、私は少しずつ確かめていけばいい。
「……ありがとう、アレン」
「今日は礼を言われてばかりだな」
「だって、本当に助けてもらってばかりだから」
「なら、これから自分でできることを増やしていけばいい」
彼は、遺跡の入口へ歩き出した。
「まずは食料を探す。それから、神々の目が届かない街へ向かおう」
「街……?」
「ああ。いつまでも森に隠れているわけにはいかないからな」
私は立ち上がり、彼の後を追った。
けれど、入口へ向かう途中、ふと足が止まった。
壁画の中央。
創造主の少女が描かれていた場所。
そこに、小さな文字が浮かび上がっていた。
先ほどまでは、確かになかった文字。
私はそっと近づいた。
『我が愛しき子よ』
その文字を見た瞬間、胸が痛んだ。
『いつか、お前がこの世界の真実を知る日が来るだろう』
『その時、お前は選ばなければならない』
文字が淡い光を放つ。
『世界を守るか』
『それとも――』
そこで、文字は途切れていた。
その先は、何も刻まれていない。
まるで、誰かが意図的に消し去ったかのように。
「リリア、どうした?」
アレンの声が聞こえた。
私は慌てて振り返った。
「……何でもありません」
そう答えたものの、心は落ち着かなかった。
世界を守るか。
それとも、何なのだろう。
世界を壊すのか。
新しく創り直すのか。
あるいは、もっと別の選択があるのか。
今の私には、わからない。
けれど、一つだけ確かなことがあった。
神々は、私に何かを隠している。
そして、その秘密は。
この世界の始まりそのものに関わっている。
私は、壁画をもう一度振り返った。
「……いつか、必ず知ってみせる」
小さく呟き、私はアレンの後を追った。
* * *
その頃。
天よりも高い場所にある、神々の聖域。
白亜の宮殿の最奥で、至高神アステリオンは玉座に座っていた。
その前に、金色の光が現れる。
セフィルだった。
『ご報告いたします』
「……娘はどうした」
『拘束には至りませんでした』
アステリオンの眉が動いた。
「なぜだ」
『対象の権能は、依然として解析不能です。強制的な干渉は、世界構造に重大な影響を及ぼす可能性があります』
「……そうか」
アステリオンは、ゆっくりと目を閉じた。
その表情には、怒りよりも深い恐怖が浮かんでいた。
「まさか、本当に……」
彼は玉座の肘掛けを強く握りしめた。
「創世の魂が、再び目覚めたというのか」
セフィルは答えなかった。
アステリオンは、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……あの方が戻れば、我らの時代は終わる」
窓の向こうには、星々が輝いていた。
神々が支配する、美しい世界。
しかし、その美しさの下には、長い年月をかけて隠されてきた真実が眠っている。
そして今。
その封印が、静かに崩れ始めていた。
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第三話を読んでくださり、ありがとうございます!
今回は、神々の使者セフィルが登場しました。
神々の命令に従う彼は、リリアの言葉にわずかな変化を見せます。感情を知らない彼が、これからどのように変わっていくのかも、物語の見どころの一つです。
そして、リリアが世界の創造主の生まれ変わりである可能性も浮かび上がってきました。
神々が隠している真実とは何なのか。
リリアは、自分の運命をどのように選んでいくのでしょうか。
次回も、ぜひお楽しみください!




