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神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


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第26話 神殿に隠された八番目の記録

第26話 神殿に隠された八番目の記録


神殿の北門をくぐった瞬間、リリアは奇妙な違和感を覚えた。


空気が重い。


ただ静かなだけではない。目に見えない何かが、彼女たち一人ひとりを値踏みしているようだった。


「……ここ、本当に神殿なの?」


ミラが小声で尋ねた。


白い石造りの回廊。天井には七つの星を模した装飾が施され、壁には神々が人々を救う姿が描かれている。


一見すれば、神聖で美しい場所だった。


けれど、そこに描かれた人々の顔には、どこか不自然なものがあった。


誰もが笑っている。


誰もが神々を見上げている。


そして、誰一人として、自分の意思で歩いているようには見えなかった。


「この絵……」


リリアは壁に近づいた。


「みんな、神様のほうを向いているね」


「信仰を示すための絵だろう」


レオンが答える。


「だが、少し妙だな。普通なら、救われた人々が家族や仲間と喜び合う姿も描かれるはずだ」


アレンが壁を見つめ、眉をひそめた。


「まるで、神々だけが世界に必要な存在だと言いたいみたいだ」


その言葉に、リリアは胸の奥が冷たくなるのを感じた。


神々が世界を管理している。


それは、これまで誰もが疑わなかった常識だった。


けれど、もし神々がその常識を守るために、都合の悪い記録を消し、人々の記憶さえ書き換えていたのなら。


この世界の歴史は、どこまで本当なのだろう。


「先へ進もう」


リリアは気持ちを切り替え、セフィルから受け取った通行札を取り出した。


札の表面には、銀色の文字が刻まれている。


――記録保管区画への通行を、一度だけ許可する。


その文字は、神殿の中に入ってから少しずつ薄くなっていた。


「急いだほうがよさそうだね」


カイルがうなずいた。


「札の魔力が消えれば、戻れなくなる可能性もある」


五人は回廊を進み、神殿の奥へ向かった。


やがて、七つの神像が並ぶ大広間にたどり着く。


その中央には、巨大な扉があった。


扉には七つの紋章が刻まれ、その下に古代文字が並んでいる。


レオンが文字を読み解いた。


「『世界の真実は、七つの光のもとに保管される』……そう書かれている」


「七つの光?」


リリアが問い返す。


「七柱の神々のことだろう」


レオンは扉を見上げた。


「つまり、この先には神々が管理する記録があるということだ」


リリアは通行札を扉にかざした。


七つの紋章が順番に光り、重い音とともに扉が開く。


その向こうには、無数の本棚が並んでいた。


古代の書物。


神々の命令書。


王国の歴史。


失われた文明の記録。


あまりにも膨大な情報が、果てしなく続く棚の中に収められている。


「すごい……」


ミラが思わず声を漏らした。


「これだけの記録が残っているなら、世界の歴史を全部調べられるんじゃない?」


「そう簡単にはいかないだろう」


レオンが棚の一冊を手に取る。


しかし、表紙を開いた瞬間、ページが真っ白になった。


「……何も書かれていない?」


別の本を開いても、同じだった。


文字が消えている。


まるで、誰かが記録を一冊ずつ消し去ったかのように。


「そんな……」


リリアは近くの棚から別の本を取り出した。


そこには、神々が世界を救ったという物語が記されていた。


だが、ページの一部は不自然に欠けている。


神々が何を救ったのか。


誰が傷ついたのか。


そして、なぜ救済が必要だったのか。


肝心な部分だけが、きれいに消されていた。


「これは、ただの古い本じゃない」


リリアはページに触れた。


「誰かが、意図的に記録を隠している」


その瞬間、彼女の指先に淡い光が宿った。


創世の理が反応している。


しかし、今回は世界の法則を改変するような強い感覚ではなかった。


もっと微細な、記録の奥に残された痕跡を読み取る感覚だった。


リリアは目を閉じた。


すると、消された文字の向こうから、かすかな声が聞こえてきた。


『……創造主は、すべてを知っていたわけではない』


女性の声だった。


『それでも、彼女は私たちを信じた』


リリアの心臓が跳ねる。


この声は、エリシアのものではない。


別の誰かの声だ。


『だからこそ、私たちは……』


声はそこで途切れた。


リリアが目を開くと、本のページに小さな銀色の文字が浮かび上がっていた。


――原初記録への接続を確認。


――閲覧権限を照合します。


――創造主の魂を確認。


――通常記録への接続を拒否。


――隠匿記録への接続を開始。


「隠匿記録……?」


その文字が消えた瞬間、部屋の奥で大きな音が響いた。


全員が振り返る。


最も奥にある壁が、ゆっくりと動き始めていた。


壁の中央に、今まで存在しなかった通路が現れる。


通路の先には、七つの紋章とは異なる、何も刻まれていない扉があった。


「……あれは何だ?」


アレンが剣に手をかける。


レオンは顔を強張らせた。


「神殿の記録は七柱の神々によって管理されている。あんな扉が存在するはずがない」


「でも、私の力に反応したんだと思う」


リリアは扉に近づいた。


そこには鍵穴すらなかった。


ただ、中央に小さな窪みがある。


リリアが銀の鍵を取り出すと、鍵はひとりでに浮かび上がった。


そして、扉の窪みにぴたりとはまる。


――カチリ。


扉が開いた。


その向こうにあったのは、小さな部屋だった。


中央には一冊の本が置かれ、周囲には何もない。


表紙には、黒い文字でこう記されていた。


《八番目の記録》


リリアは息をのんだ。


「八番目……」


七柱の神々。


七つの光。


七つの誓約。


この世界に存在するものは、すべて七という数字に結びついているはずだった。


なのに、ここには八番目がある。


リリアが本に手を伸ばした瞬間、表紙に文字が浮かび上がった。


――本記録は、七柱の神々による管理を認めない。


――本記録は、創造主の命令によって封印されたものではない。


――本記録の存在を知る者は、神々によって抹消される。


ミラが顔を青くした。


「ちょっと待って。これ、読んで大丈夫なの?」


「分からない」


リリアは正直に答えた。


「でも、だからこそ、読まなきゃいけないと思う」


彼女は本を開いた。


最初のページには、短い文章が記されていた。


――七柱の神々は、世界を管理する権限を与えられた。


――しかし、彼らはその権限を越え、創造主の力を奪おうとした。


――彼らが恐れたのは、創造主の怒りではない。


――創造主ですら、命令することのできない存在だった。


「……創造主ですら、命令できない?」


リリアは、ページをめくった。


そこには、世界が生まれる以前の出来事が記されていた。


まだ神々も存在せず、世界という概念さえなかった時代。


その始まりに、二つの魂があったという。


一つは、世界を創造する力を持つ魂。


もう一つは、世界の法則そのものに縛られない魂。


前者がエリシア。


では、もう一つは誰なのか。


名前が記されていたはずの場所は、黒く塗り潰されていた。


リリアは息を詰めた。


その名前を知ろうとした瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走った。


「っ……!」


「リリア!」


アレンが彼女の肩を支える。


だが、リリアの目には、すでに別の光景が映っていた。


銀色の髪の少女。


エリシアと同じ顔をした、あの少女だった。


少女は、まだ何もない世界の中で、エリシアと向かい合っていた。


『約束して』


少女が言う。


『どんな世界を創っても、私たちの約束だけは忘れないで』


エリシアは、笑顔でうなずいた。


『もちろんよ』


しかし、次の瞬間。


世界が生まれた。


七つの光が降り注ぎ、神々が誕生する。


そして、少女の身体が少しずつ透明になっていった。


『……エリシア?』


少女が手を伸ばす。


『私を、忘れないで……』


エリシアは振り返った。


その顔から、笑顔が消えていた。


『どうして……?』


彼女の声が震える。


『私は、あなたを忘れてなんかいない!』


だが、少女の姿は消えていく。


その胸には、深い傷が刻まれていた。


エリシアが叫ぶ。


『お願い、行かないで!』


光が弾けた。


リリアは現実へ引き戻された。


膝が崩れそうになるのを、アレンが支えてくれる。


「……今のは、記憶?」


「うん……」


リリアは震える息を吐いた。


「エリシアは、世界が生まれる前から、あの少女を知っていた」


そして、その少女は世界が生まれたことで、存在そのものを失いかけた。


神々が恐れていたのは、その少女なのだろうか。


それとも、彼女が持っていた力なのだろうか。


リリアが再び本に目を向けた、そのときだった。


最後のページに、新たな文字が浮かび上がった。


――八番目の記録を開いた者へ。


――あなたが創造主の魂を継いでいるのなら、どうか覚えておいてほしい。


――神々は、世界を守るために歴史を隠したのではない。


――彼らは、自分たちが世界の所有者ではないと知られることを恐れたのだ。


その瞬間、部屋全体が激しく揺れた。


遠くから、警報のような音が鳴り響く。


記録保管室の扉が次々と閉じられ、本棚の光が消えていった。


「見つかったか!」


レオンが叫んだ。


「神殿が、記録の閲覧を検知したんだ!」


アレンがリリアの手を引く。


「今は逃げるぞ!」


リリアは本を閉じようとした。


しかし、八番目の記録は、彼女の手の中で淡く光り始めた。


そして最後に、一行だけが浮かび上がる。


――第二契約者は、神々の中にはいない。


リリアの瞳が大きく見開かれた。


第二契約者は神ではない。


けれど、神々の中にその存在を知る者がいる。


その矛盾が意味するものを考える暇はなかった。


記録保管室の入口に、一人の人物が現れたからだ。


銀色の髪。


紫色の瞳。


神々の使者、セフィルだった。


「……その記録を、閉じてください」


彼の声は、いつになく弱々しかった。


リリアが振り返る。


「セフィル……どうしてここに?」


セフィルは答えなかった。


ただ、八番目の記録を見つめていた。


その瞳には、恐怖とも悲しみともつかない感情が浮かんでいる。


「それを読んではいけません」


「どうして?」


「私は……」


セフィルの胸元に、黒い紋章が浮かび上がった。


彼の身体が、突然硬直する。


「っ……!」


剣が抜かれた。


その刃が向けられた先は、リリアではなかった。


八番目の記録だった。


「セフィル、やめて!」


リリアが叫ぶ。


しかし、セフィルの腕は止まらない。


剣が振り下ろされる直前、彼の口から、聞いたこともない言葉がこぼれた。


「……どうして、あなたがここにいるのですか」


それは、目の前の誰かに問いかけるような声だった。


けれど、部屋にはリリアたち以外、誰もいない。


そして、八番目の記録の奥から、少女の声が響いた。


『――やっと、会えたね』


セフィルの剣が止まった。


彼の頬を、一筋の涙が伝い落ちた。


本人にも理由が分からないまま。


神々の使者は、初めて泣いていた。


第26話・


次回、第27話「消された存在と、使者の涙」


八番目の記録から聞こえた少女の声。なぜセフィルは、その声を聞いて涙を流したのか。


神々が歴史から消し去った存在と、使者として生み出されたセフィルの過去が、ついに交わり始める。


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