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神々に捨てられた少女は、世界でただ一人の創世女神になる 「神々が彼女を拒絶した日、世界の新しい歴史が始まった。」  作者: 雨宮ぐみ


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第19話 記録から消された者

第19話 記録から消された者


朝の光が、廃都ヴェルグラントの崩れた街並みを照らしていた。


けれど、リリアたちの表情は晴れなかった。


昨夜、礼拝堂の壁に浮かび上がった謎の記録。


世界から存在を消された人物。


そして、神々の神殿の最深部で目覚めた、正体不明の誰か。


すべてが、最初の契約につながっている。


「始まりの聖域……か」


レオンは古い地図を広げながら、低く呟いた。


「創造主エリシアが、世界を創る以前に暮らしていた場所だと伝えられている。七つの誓約が結ばれるよりも前の記録が残されている可能性がある」


「そこへ行けば、最初の契約者についてわかるの?」


リリアが尋ねると、レオンは首を横に振った。


「確実ではない。だが、今ある手掛かりの中では最も可能性が高い」


「だったら、行こう」


リリアは迷わず答えた。


アレンがすぐに口を挟む。


「待て。場所がわかっているのか?」


「正確な位置はわからない。ただ、古い騎士団の記録に、聖域へ続く道が記されていた」


レオンは地図の北東を指さした。


「ここだ。大陸の北端にある《忘却の谷》。その奥に、古代の神殿跡がある」


ミラが地図を覗き込んだ。


「忘却の谷って……あの、入った人が記憶を失うっていう場所?」


「そうだ」


「ちょっと! 先に言ってよ!」


「だから、危険だと言っている」


「危険なんて、今さらじゃない!」


ミラは頬を膨らませたが、すぐに真剣な顔になった。


「でも、記憶を失うって本当なの? 魔法で防げない?」


「通常の精神防御では難しいだろう。あの谷では、土地そのものに古い法則が残っているらしい」


リリアは自分の手首を見つめた。


昨日、金色の紋様が浮かび上がった場所。


今は何もない。


それでも、そこに何かが残っているような気がした。


「……私たちが、忘れたくないことまで忘れてしまうのかな」


誰も、すぐには答えなかった。


アレンが彼女の隣に立つ。


「何かを忘れたとしても、もう一度、確かめればいい」


「簡単に言うね」


「簡単だとは思っていない」


アレンは静かに続けた。


「それでも、君が一人で抱え込む必要はない。もし君が忘れてしまったら、俺たちが覚えている。俺たちが忘れてしまったら、君が思い出させてくれればいい」


リリアは目を瞬かせた。


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


「……うん。そうだね」


彼女は小さく頷いた。


「みんなで行こう。誰か一人だけが真実を背負うんじゃなくて、みんなで確かめたい」


その言葉に、カイルが静かに顔を上げた。


「リリア。もし、その真実が君を傷つけるものだったら?」


「それでも知りたい」


「……もし、君自身が望んでいないことを、過去の君が決めていたとしても?」


リリアは少し考えた。


創造主エリシア。


世界を生み出した少女。


そして、自分と同じ魂を持つ存在。


彼女がどんな約束を交わし、どんな過ちを犯したのか。


それを知ることは、きっと簡単ではない。


「過去の私が決めたことだからって、今の私が何も考えずに従う必要はないと思う」


リリアは顔を上げた。


「でも、知らないまま否定するのも違う。私は、エリシアのことを知りたい。彼女が何を守ろうとして、何を失ったのか」


そして、少しだけ笑った。


「そのうえで、私がどうするかを決めたいんだ」


カイルは目を伏せた。


彼の指にはめられた銀の指輪が、朝の光を受けて淡く輝いていた。


「……そうか」


その声には、安堵と、かすかな痛みが混じっていた。


*


出発の準備を終え、一行は北へ向かった。


忘却の谷までは、馬を使っても数日の道のりになる。


途中には人の住まない荒野が広がり、古代の魔法によって封じられた遺跡も点在していた。


その道中、セフィルは何度も不思議そうに周囲を見回していた。


「……なぜ、ミラは同じ話を三度もするのだ?」


「ちょっと! それは忘れてよ!」


「記憶する必要がないと判断したため、記録を消去した」


「そういう意味じゃない!」


ミラが声を上げる。


リリアは思わず笑ってしまった。


セフィルは彼女を見た。


「なぜ笑う?」


「ううん。なんだか、普通の旅みたいだなって」


「普通の旅?」


「うん。みんなで歩いて、話して、時々けんかして。そういうのって、いいなって思ったの」


セフィルは考え込んだ。


「……私は、そのような経験をしたことがない」


「これから、たくさんできるよ」


「保証できるのか?」


「絶対とは言えないけどね。でも、私はそうなるといいなって思ってる」


セフィルは、少しだけ視線を逸らした。


「……そうか」


その耳が、ほんのわずかに赤くなっていたことに、リリアは気づかなかった。


だが、アレンは気づいていた。


彼は小さくため息をつき、何も言わずに前を向いた。


*


夕方。


一行は、忘却の谷の入口に到着した。


そこは、異様な場所だった。


切り立った岩壁に挟まれた谷は、地面まで白い霧に覆われている。


風が吹いているはずなのに、霧は動かない。


鳥の声も、虫の音も聞こえなかった。


まるで、世界から音だけが切り取られたようだった。


「……ここから先は、気をつけろ」


レオンが告げる。


「記憶を奪う力は、本人が気づかないうちに作用する。大切なものほど、先に失われる可能性がある」


「大切なものほど……?」


リリアの胸に、不安が広がった。


もし、アレンのことを忘れてしまったら。


ミラやレオン、カイルのことを忘れてしまったら。


ようやく手に入れた、自分の意志で未来を選ぶという決意まで失ってしまったら。


そんな想像が、頭をよぎった。


「全員、互いの名前を確認しながら進もう」


アレンが提案した。


「それと、途中で誰かの様子がおかしくなったら、すぐに知らせること」


「わかった」


リリアは頷いた。


そして、谷へ一歩踏み出した。


その瞬間。


「――リリア」


誰かに名前を呼ばれた気がした。


彼女は振り返る。


しかし、後ろにいるのは仲間たちだけだった。


「どうした?」


アレンが尋ねる。


「今、誰かに呼ばれたような気がして……」


「俺たちは呼んでいない」


「そっか……」


気のせいだったのだろうか。


リリアは前を向き、歩き始めた。


だが、彼女の背後。


誰もいないはずの霧の中に、一瞬だけ人影が浮かび上がった。


銀色の髪。


白い衣。


そして、リリアと同じ青い瞳。


人影は彼女の背中を見つめ、悲しそうに呟いた。


「……また、忘れてしまうのね」


その声は、霧の中へと消えていった。


*


谷へ入ってから、どれほど歩いただろうか。


時間の感覚が、少しずつ曖昧になっていた。


太陽は沈んだはずなのに、空は明るいまま。


同じ形の岩が、何度も目の前に現れる。


「……おかしい」


レオンが足を止めた。


「どうしたの?」


「この場所、先ほども通ったはずだ」


彼が指さした先には、三つに割れた巨大な岩があった。


ミラが顔をしかめる。


「えっ、じゃあ、私たち、同じところをぐるぐる回ってるの?」


「その可能性が高い」


カイルが周囲を警戒する。


「道そのものが、俺たちの認識を書き換えているのかもしれない」


セフィルが目を閉じた。


「周囲の法則を解析する。……待て、これは……」


彼の表情が変わった。


「空間を歪めているのではない。私たちが認識した場所の記録を、過去へと巻き戻している」


「つまり?」


ミラが尋ねる。


「進んだという記憶そのものが、消されている可能性がある」


その言葉に、一同は息を呑んだ。


リリアは目を閉じ、意識を集中させた。


《創世の理》が、周囲に残された法則を読み取っていく。


確かに、何かがある。


この谷には、古い契約の痕跡があった。


だが、その仕組みは、彼女の力に対しても異様な反応を示している。


まるで、彼女の接近を拒んでいるようだった。


「……見つけた」


リリアは目を開いた。


「この谷の奥に、何かがある。でも、そこへ近づこうとすると、私たちの記憶を巻き戻す仕組みが働いている」


「解除できるか?」


アレンが尋ねる。


「やってみる」


リリアは手を伸ばした。


《創世の理》を通じて、谷に刻まれた法則へ干渉する。


けれど、触れた瞬間。


頭の中に、強烈な映像が流れ込んできた。


燃え上がる世界。


崩れ落ちる神殿。


泣いている銀髪の少女。


そして、その少女を抱き締める、顔の見えない青年。


『約束しただろう』


青年の声が響く。


『君を、一人にはしないと』


「……っ!」


リリアは手を引いた。


全身から力が抜け、膝をつく。


「リリア!」


アレンが駆け寄る。


「大丈夫か!」


「うん……でも、今……」


彼女は震える手で額を押さえた。


見えた光景は、これまでの記憶と違っていた。


エリシアが世界を終わらせようとした記憶ではない。


世界が滅びる直前、誰かが彼女を抱き締めていた。


そして、彼女は泣いていた。


「……エリシアは、一人じゃなかったのかもしれない」


リリアが呟いた、そのときだった。


「誰が、そんなことを言った?」


霧の奥から、低い声が響いた。


全員が一斉に振り返る。


そこには、一人の男が立っていた。


黒い外套。


長い銀髪。


そして、左右で色の違う瞳。


片方は青。


もう片方は、金色だった。


男はリリアを見つめると、ひどく冷たい声で言った。


「創造主の魂を持つ者よ。ここから先へは進ませない」


アレンが剣を抜く。


「何者だ!」


男は答えなかった。


ただ、リリアだけを見つめていた。


「お前が何を知ろうと、真実は変わらない」


「どうして、私を拒むの?」


リリアは立ち上がり、男を見返した。


「あなたは、私を知っているの?」


男の表情が、ほんのわずかに歪んだ。


「知っているとも」


その声には、憎しみだけではない、深い悲しみが混じっていた。


「私は、お前が世界に生まれ変わることを、誰よりも恐れていた」


男の足元に、金色の紋様が広がる。


それは、リリアの手首に現れたものと同じ形だった。


「……だが、もう遅い」


男はゆっくりと手を上げた。


「お前が最初の契約を思い出す前に、ここで終わらせる」


霧が渦巻いた。


谷全体が、まるで巨大な生き物のように震え始める。


そしてリリアの脳裏に、再びあの少女の声が響いた。


『お願い……その人の言葉を、すべて信じないで』


リリアは目を見開いた。


少女は、男を知っている。


そして、男もまた、少女を知っている。


この二人の間に何があったのか。


それこそが、最初の契約の真実へとつながっているのかもしれなかった。


――第十九話・完


次回、第二十話「忘却の番人と、拒まれた再会」


忘却の谷に現れた、左右で異なる瞳を持つ謎の男。彼はなぜ、リリアを創造主と呼びながら、その存在を拒絶するのか。


男の力によって、仲間たちの記憶が少しずつ失われ始める。


そしてリリアは、最も忘れたくない記憶を代償に、谷の奥へ進む選択を迫られる。


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