第13話 消された第七の誓約
第13話 消された第七の誓約
地下遺跡を脱出した頃には、空はすっかり夕闇に包まれていた。
山の稜線に沈みかけた太陽が、森の木々を赤く染めている。
けれど、私の心には、あの地下空間で見た光景が焼きついたままだった。
七つの光。
世界を縛る誓約。
そして、私に向かって「誓約を果たせ」と告げた守護者。
――創造主は、世界を終わらせる権利を持つ。
あの言葉の続きには、何が記されていたのだろう。
「リリア、少し休もう」
隣を歩いていたアレンが、私の顔をのぞき込んだ。
「顔色が悪い。さっきの力の反動が残っているんだろう」
「大丈夫。もう平気だよ」
「その台詞は、今日だけで三回聞いた」
「……数えてたの?」
「お前が倒れる回数を数えるよりはましだ」
真剣な顔で言われて、私は思わず笑ってしまった。
ほんの少しだけ、胸の重さが軽くなる。
私が笑ったのを見て、アレンも安心したように息をついた。
「無理はするな。お前が一人で全部背負う必要はない」
「……うん」
私は小さくうなずいた。
前世の私は、誰かに迷惑をかけることを恐れていた。
助けを求めるくらいなら、一人で我慢した方がいい。
そんなふうに考えていた。
でも、今は違う。
アレンも、ミラも、レオンも、そしてカイルもいる。
まだ互いに分からないことだらけで、完全に信じきれるかどうかも分からない。
それでも、彼らと一緒に歩くことを、私は自分で選んだのだ。
「ところで、次はどこへ向かうんだ?」
カイルが尋ねた。
レオンは懐から古びた地図を取り出した。
「禁書庫だ。かつて創造主エリシアが、世界の根幹に関わる記録を保管していた場所だと言われている」
「そんな場所が、まだ残っているの?」
ミラが驚いたように目を丸くした。
「ああ。ただし、場所を知る者はほとんどいない。神々が過去の記録を消し始めた際、最も厳重に封印された場所の一つだからな」
レオンは地図の端を指でなぞった。
「北東にある古都、ヴェルグラント。今は廃墟となっているが、その地下に入口があると伝えられている」
「そこで第七の誓約の続きを探すんだね」
「そうだ。あの誓約が何を意味するのか分からない限り、リリアの力を安全に扱うことも難しい」
私はうなずいた。
世界を終わらせる権利。
そんなものを、私が持っているというのなら。
知らないままではいられない。
たとえ、その先に恐ろしい真実が待っていたとしても。
◇
その夜、私たちは森の中で野営することになった。
ミラが焚き火を起こし、カイルが食料を配り、レオンは周囲の警戒にあたっている。
アレンは少し離れた場所で、自分の剣を手入れしていた。
私は水筒を持って、彼のそばへ歩いていった。
「アレン。少し、いい?」
「もちろん」
彼は手を止めた。
焚き火の光が、黒い髪と青い瞳を柔らかく照らしている。
「その剣……前から気になっていたんだけど」
私は彼の膝元に置かれた剣を見つめた。
古びた鞘には、細かな傷がいくつも刻まれている。
けれど、剣そのものからは不思議な気配を感じた。
懐かしいような。
それでいて、触れてはいけないもののような。
「お父さんから受け継いだ剣なんだよね?」
「ああ。父が亡くなる前に、俺に託してくれた」
アレンは鞘を持ち上げ、焚き火の光にかざした。
「父は、神々に反逆した騎士団の一員だった。俺が幼い頃から、この剣だけは絶対に手放すなと言っていた」
「どんな意味があるのか、聞いたことは?」
「ない。父は詳しいことを話す前に亡くなったからな」
アレンは剣を見下ろした。
「ただ、一度だけ言われたことがある」
「何て?」
「この剣を抜く日が来たら、俺は大切なものを選ばなければならない、と」
その言葉に、私は息をのんだ。
大切なものを選ぶ。
まるで、あの誓約と同じだ。
「……見せてもらってもいい?」
「ああ」
アレンは剣を鞘ごと差し出した。
私は両手で受け取り、ゆっくりと表面を観察した。
その瞬間。
視界の端に、かすかな文字が浮かび上がった。
普通の人には見えない文字。
《創世の理》が、何かを読み取ろうとしている。
「これは……」
鞘の内側に、隠された文字が刻まれていた。
私は指先でそっとなぞった。
すると、文字が淡い光を放つ。
――創造主を斬る者。
「……っ!」
手から剣が滑り落ちそうになった。
アレンが慌てて支える。
「リリア? どうした?」
「この剣に……文字があるの」
「文字?」
「『創造主を斬る者』って……」
その場の空気が凍りついた。
少し離れた場所にいたレオンが、こちらを振り返った。
「何だと?」
彼は急いで歩み寄り、剣を確認する。
そして、刻まれた文字を見た瞬間、顔色を変えた。
「そんな……この剣は、まさか……」
「レオン、知っているのか?」
アレンが問い詰める。
レオンはすぐには答えなかった。
ただ、苦しそうに目を閉じた。
「かつて創造主エリシアのそばには、彼女を守るための騎士がいた」
「それは知っている」
「だが、その騎士たちの中には、もう一つの役目を与えられた者がいたんだ」
レオンは剣を見つめた。
「創造主が世界を破壊しようとしたとき、その命を止めるための剣。それを振るう役目を負った者がいた」
私は唇をかみしめた。
「……それが、アレンの剣なの?」
「断定はできない。だが、その刻印が本物なら……」
レオンはアレンに視線を向けた。
「お前の父親は、創造主を守る騎士であると同時に、創造主を討つための剣を継ぐ者でもあった可能性がある」
「そんな馬鹿な……」
アレンの声がかすれた。
彼は剣を見つめたまま、しばらく動かなかった。
私は何か言おうとした。
けれど、どんな言葉をかければいいのか分からなかった。
彼はずっと、自分の意思で私を守ってくれていた。
神々の命令に逆らい、危険を承知で私と共に歩んでくれた。
なのに、彼の父が残したものは――私を斬るための剣かもしれない。
「アレン……」
「心配するな」
彼は静かに言った。
「俺はまだ、この剣の意味を知らない。父が何を考えていたのかも分からない」
そして、私をまっすぐに見つめた。
「だからこそ、確かめるまでは何も決めない」
「……うん」
「俺が誰を守るのかは、俺が決める」
その言葉に、胸が熱くなった。
それは、私が目指している答えと同じだった。
過去に何を託されたとしても。
誰かにどんな役割を与えられたとしても。
最後に選ぶのは、自分自身なのだ。
けれど、そのとき。
アレンの剣が、突然震え始めた。
鞘の内側から黒い光が漏れ出し、刻まれた文字が赤く染まっていく。
そして、誰の声でもない声が響いた。
『継承者を確認』
『創造主の魂を確認』
『第七の誓約に基づき、執行権限を解放します』
「何だ……!?」
アレンが剣を手放そうとした。
だが、剣は彼の手に張りついたように離れない。
黒い光が彼の腕を這い上がっていく。
「アレン!」
私は駆け寄ろうとした。
「来るな、リリア!」
彼の声が鋭く響く。
次の瞬間、剣がひとりでに鞘から抜けた。
黒い刀身には、無数の文字が浮かんでいる。
その切っ先が――私へと向けられた。
アレンの青い瞳が大きく見開かれる。
「違う……俺は、お前を……!」
彼の身体が、意思に反して動き始めていた。
剣を握る腕が震え、足が一歩、また一歩と私へ近づく。
「アレン、しっかりして!」
「逃げろ……リリア……!」
彼の声は苦痛に満ちていた。
それでも、身体は止まらない。
剣の黒い光が、彼の意識を覆い尽くそうとしている。
私は理解した。
これは、あの地下遺跡で目覚めた守護者と同じだ。
古い誓約が、今も生きている。
そして、その誓約は――アレンに私を殺せと命じている。
剣が振り上げられた。
ミラの悲鳴が響く。
レオンが叫ぶ。
けれど、間に合わない。
私は逃げなかった。
アレンの瞳を、まっすぐに見つめた。
「大丈夫。あなたは、あなたの意思で選べる」
「リリア……!」
「私を守ると決めたのは、あなた自身でしょう?」
黒い剣が、私の頭上へ振り下ろされる。
その瞬間、私は《創世の理》を解放した。
世界の法則に干渉し、アレンを縛る誓約を見つけ出す。
そして――その根元に触れた。
そこに刻まれていたのは、見覚えのある文字だった。
エリシアの筆跡。
私の魂が、確かに覚えている文字。
そこには、こう記されていた。
――創造主が世界を終わらせようとしたとき、選ばれし剣はその命を断つこと。
――ただし、その剣を振るう者は、己の意思で決断しなければならない。
私は息をのんだ。
この誓約は、単純にアレンを操っているわけではない。
彼の意思を試しているのか。
それとも――私自身を。
剣が、私の額に触れる寸前で止まった。
アレンの手が、かすかに震えている。
「……俺は……」
彼は歯を食いしばった。
「俺は、お前を斬らない……!」
黒い光が激しく弾けた。
剣が甲高い音を立て、アレンの手から離れる。
地面に突き刺さった剣は、しばらく震えた後、静かに光を失った。
アレンは膝をつき、荒い息を繰り返した。
私は彼のそばに駆け寄った。
「アレン! 大丈夫?」
「ああ……何とか」
彼は弱々しく笑った。
「悪い。怖い思いをさせた」
「そんなこと、気にしないで」
私は首を横に振った。
「あなたが自分の意思で止まってくれた。それだけで十分だよ」
そう言いながらも、私は地面に刺さった剣を見つめていた。
消された第七の誓約。
創造主を斬るための剣。
そして、自分の意思で決断しなければならないという条件。
エリシアは、いったい何を恐れていたのだろう。
なぜ、自分を殺せる剣を用意しなければならなかったのだろう。
その答えを知るためにも、禁書庫へ行かなければならない。
私は静かに決意した。
けれど、誰も気づいていなかった。
剣が突き刺さった地面の下で、黒い紋様がゆっくりと広がっていたことに。
そして、遥か遠い神々の神殿で、アステリオンが満足げに目を細めていたことにも。
「よい兆候だ」
彼は玉座に腰を下ろし、暗闇に向かって告げた。
「剣は、まだ彼女を殺せる」
その背後で、封じられた剣とは別の何かが、静かに目を覚ました。
「さあ、エリシア。今度こそ、お前自身の誓約に裁かれるがいい」
神の微笑みは、深い闇に溶けていった。
第十三話・完
次回、第十四話「禁書庫への道と、裏切りの予言」
アレンの剣に隠された秘密を知った一行は、禁書庫が眠る古都ヴェルグラントへ向かう。
しかし道中、カイルの銀の指輪が突然反応し、彼の失われた記憶の一部が蘇り始める。
そこに映っていたのは、創造主エリシアが世界を滅ぼそうとする姿。
そして、彼女に剣を向ける――若き日のカイルだった。




