第12話 七つの誓約と、目覚めた守護者
第12話 七つの誓約と、目覚めた守護者
遺跡の最奥にある扉が、重い音を立てて開いた。
その向こうに広がっていたのは、巨大な地下空間だった。
天井は遥か高く、壁には見たこともない文字が幾重にも刻まれている。床の中央には円形の祭壇があり、その上空には七つの光が浮かんでいた。
赤、青、緑、金、白、紫、そして――黒。
七つの光は、それぞれ異なる色で明滅しながら、まるで何かを封じ込めるように祭壇を囲んでいる。
「……これは、神殿なのか?」
アレンが剣の柄に手をかけた。
レオンは険しい顔で壁の文字を見つめていた。
「違う。神殿ではない。ここは……誓約の保管所だ」
「誓約?」
私が尋ねると、レオンはゆっくりとうなずいた。
「創造主エリシアが、七柱の神々と結んだ約束。その記録が残されている場所だ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がかすかに痛んだ。
エリシア。
私の前世であり、私と同じ魂を持つ存在。
けれど、今の私にはまだ、彼女のすべてを受け入れる覚悟はない。
私はリリア・エヴァンジェル。
過去の彼女とは違う人生を歩むと決めたのだから。
「ねえ、リリア。あの黒い光だけ、変じゃない?」
ミラの声に顔を上げた。
確かに、六つの光は穏やかに明滅しているのに、黒い光だけは不規則に脈打っていた。
まるで、内側から何かが扉を叩いているように。
そのときだった。
――ゴォン。
地下空間の奥から、鐘のような音が響いた。
床が揺れ、祭壇を囲む七つの光が一斉に強く輝く。
そして、頭の中に声が響いた。
『創造主よ』
低く、重々しい声。
『ようやく、お戻りになられたか』
「誰……?」
問いかけた瞬間、足元に青白い紋様が広がった。
見覚えのある文字だった。
騎士団の遺跡で見た、創造主の記録に刻まれていたものと同じだ。
けれど、その意味は理解できない。
いや――理解したくない何かが、私の魂の奥底で警鐘を鳴らしていた。
『誓約は未だ果たされていない』
声が続く。
『世界の理は、七つの誓約によって縛られている』
レオンが息をのんだ。
「まさか……今も残っているのか?」
「レオン、何を知っているの?」
「かつてエリシア様は、神々に世界の管理を任せた。しかし、その際に七つの誓約を結んだと言われている」
レオンは祭壇を見つめたまま、言葉を続けた。
「神々が世界を自由に支配しないようにするための制約。そして……創造主自身にも課された、絶対の約束だ」
「創造主にも?」
「ああ。神々だけを縛る契約ではなかったんだ」
胸の奥が冷たくなった。
なぜ、エリシアは自分自身まで縛る必要があったのだろう。
世界を守るため?
それとも、自分が何かをしてしまうことを恐れていたから?
答えを探す間もなく、祭壇の上に文字が浮かび上がった。
《第一の誓約――創造主は、世界の意思を踏みにじってはならない》
《第二の誓約――神々は、定められた管理の権限を越えてはならない》
《第三の誓約――魂の循環を、何人も独断で断ち切ってはならない》
文字は次々と現れた。
第四、第五、第六。
そして最後の七番目が浮かび上がろうとした瞬間――。
黒い光が、激しく明滅した。
文字が乱れ、空間そのものが軋む。
「っ……!」
頭に鋭い痛みが走った。
視界が歪む。
身体の奥で、何かが勝手に動き始めていた。
《創世の理》。
私の力が、私の意思とは関係なく目を覚ましている。
「リリア!」
アレンが駆け寄ろうとした。
だが、私の周囲に透明な壁のようなものが生まれ、彼の接近を拒んだ。
「来ないで……!」
叫んだ声が震える。
止めなければ。
自分の力なのだから、自分で止められるはずだ。
そう思って意識を集中させる。
けれど、力は止まらなかった。
むしろ、私の身体を通して祭壇へと流れ込み、七つの光を一本の糸のようにつなぎ始めた。
そして、見知らぬ記憶が流れ込んでくる。
銀色の髪をした少女。
かつての私――エリシアが、祭壇の前に立っていた。
彼女の前には、七柱の神々がひざまずいている。
『この誓約は、世界を守るためのものよ』
エリシアは静かに告げた。
『もし私が世界を壊そうとしたなら、あなたたちは私を止めなさい』
神々の一人が顔を上げる。
『たとえ、あなた様を傷つけることになろうとも?』
『ええ。それが必要なら』
エリシアは微笑んだ。
その笑顔には、悲しみがあった。
そして――恐れも。
『約束して。私が間違えたときには、誰かが私を止めてくれると』
記憶が途切れた。
「……そんな……」
私は息を詰まらせた。
エリシアは、神々に裏切られただけではなかった。
彼女自身が、いつか自分を止めるための仕組みを作っていたのだ。
ならば、黒い光は何なのか。
なぜ、今になって私の力に反応しているのか。
答えを求めるように黒い光を見つめた、その瞬間。
祭壇の真下から、轟音が響いた。
床に亀裂が走り、巨大な鎖が次々と姿を現す。
鎖は地下空間のさらに深い場所へと伸びていた。
その先に――何かがいる。
何千年ものあいだ、眠り続けていた何かが。
『認証を確認』
先ほどの声が、今度ははっきりと響いた。
『創造主の魂。確認』
『第七の誓約。未完了』
そして、最後に。
『守護者、再起動』
鎖が一斉に砕け散った。
地下深くから、巨大な影がゆっくりと立ち上がる。
それは人の形をしていた。
全身を古びた鎧で覆い、顔には無表情な仮面をつけている。背中には、折り畳まれた六枚の金属翼。
胸の中央には、黒い光が埋め込まれていた。
その存在が顔を上げる。
仮面の奥で、二つの光が灯った。
『創造主よ』
守護者は片膝をついた。
そして、私に向かって手を差し伸べる。
『誓約を果たせ』
その瞬間、全身を激痛が駆け抜けた。
「きゃあああっ!」
《創世の理》が暴走する。
目の前に、無数の文字が浮かび上がった。
世界の法則そのものが、私に何かを要求している。
――誓約を果たせ。
――誓約を果たせ。
――誓約を果たせ。
「やめて……! 私は、何も知らない!」
叫んでも、力は止まらない。
鼻の奥に鉄の味が広がり、膝が崩れそうになる。
そのとき、アレンの声が聞こえた。
「リリア! お前はエリシアじゃない!」
はっと顔を上げる。
「お前はリリア・エヴァンジェルだ! 過去の記憶に、お前自身の答えまで奪わせるな!」
その言葉が、暗闇に差し込む一筋の光になった。
私は唇をかみしめた。
そうだ。
私は、まだ何も決めていない。
エリシアが何を望んだのか。
七つの誓約が何を意味するのか。
そして、この守護者が私に何をさせようとしているのか。
何一つ、理解していない。
ならば――。
「私は……私の意思で答える!」
震える手を、祭壇へと伸ばした。
《創世の理》の流れを、無理やり自分の内側へ引き戻す。
身体が悲鳴を上げた。
視界が真っ赤に染まる。
それでも、私は力を制御しようとした。
世界の法則を書き換えるのではない。
今はただ、世界の声に従うことを拒む。
「私が何者なのかを決めるのは……私自身よ!」
青白い光が弾けた。
暴走していた力が、一瞬だけ静まる。
その隙に、ミラが私の腕をつかみ、アレンが反対側から支えてくれた。
「リリア、もういい! 無理するな!」
アレンの声を聞きながら、私は最後の力で守護者を見つめた。
「……誓約は、必ず調べる。でも、何も知らないまま従うつもりはない」
守護者は、しばらく沈黙していた。
やがて仮面の奥の光が、わずかに揺れる。
『……拒絶を確認』
『創造主の意思に、変化あり』
その声には、ほんのわずかな戸惑いが混じっていた。
『記録を更新する』
守護者はゆっくりと立ち上がった。
『ならば、創造主よ。あなたが誓約を果たせぬ場合――世界は、再び裁定を開始する』
「裁定……?」
問いかけた瞬間、守護者の胸に埋め込まれた黒い光が消えた。
巨大な身体が音もなく崩れ落ち、再び深い眠りにつく。
地下空間に静寂が戻った。
私はアレンに支えられながら、荒い息を繰り返す。
レオンが祭壇へ歩み寄り、青ざめた顔で最後に残った文字を読み上げた。
「……第七の誓約」
彼の声が震えていた。
「『創造主は、世界を終わらせる権利を持つ。ただし、その代償として――』」
そこで文字が黒く塗りつぶされた。
まるで、誰かが意図的に続きを消したかのように。
「代償として、何なの……?」
私の問いに、誰も答えられなかった。
その頃。
神々の神殿では、アステリオンが玉座から立ち上がっていた。
彼の前に浮かぶ水晶には、地下遺跡で起きた一部始終が映し出されている。
「守護者が目覚めたか……」
アステリオンは目を細めた。
「しかも、あの娘は誓約への服従を拒んだ」
彼は水晶に手をかざす。
映像の中で、リリアがアレンに支えられている姿が映った。
「エリシア。お前はまた、私たちに選択を突きつけるつもりか」
神の指先に、黒い亀裂が走る。
「ならば、今度こそ決着をつけよう」
彼の背後で、巨大な扉が開いた。
その向こうには、七つの神座とは別に設けられた、空席の玉座があった。
玉座の前には、一本の剣が封じられている。
かつて創造主が、自らの手で封じた剣。
アステリオンは、その封印へ手を伸ばした。
「第七の誓約を完成させるために――」
暗闇の中で、剣がかすかに鳴った。
まるで、誰かの目覚めを待ちわびるように。
第十二話・完
次回、第十三話「消された第七の誓約」
地下遺跡から脱出したリリアたちは、消された誓約の続きを探すため、かつて創造主が封じた禁書庫を目指す。しかし、リリアの力には新たな異変が現れ始めていた。
そしてアレンは、父から受け継いだ剣に刻まれた、見覚えのない文字に気づく。
そこに記されていたのは――「創造主を斬る者」という、残酷な称号だった。




