第11話 忘れられた騎士団と、最初の試練
第11話 忘れられた騎士団と、最初の試練
森を抜けた先には、灰色の山々が連なっていた。
雲に覆われた空から、冷たい風が吹きつける。
リリアたちが目指しているのは、その山々の奥深くに眠る古代騎士団の遺跡だった。
「……本当に、こんな場所に遺跡があるの?」
ミラは地図と目の前の険しい山道を交互に見比べた。
「地図が正しければ、この先だ」
先頭を歩くレオンが答えた。
「もっとも、最後にここを訪れたのは何十年も前だ。道が残っている保証はない」
「何十年も前って……」
ミラは顔を引きつらせた。
「それ、ほとんど保証がないって言ってるのと同じじゃない!」
「だからこそ、慎重に進む必要がある」
「うう……。せめて、もう少し歩きやすい道だったらよかったのに」
ミラがぼやくと、アレンが小さく笑った。
「文句を言える余裕があるなら、まだ大丈夫そうだな」
「何よ! アレンだって疲れてるくせに!」
「俺は平気だ」
「そういう人が一番危ないんだからね!」
二人のやり取りを聞きながら、リリアは思わず笑みを浮かべた。
ここ数日、神々に追われ、命を狙われ、知らなかった過去を次々と突きつけられてきた。
正直に言えば、今も不安は消えていない。
それでも、こうして誰かと笑える時間がある。
それが、リリアには何よりも大切に思えた。
「リリア?」
隣を歩いていたカイルが、心配そうに顔を覗き込む。
「疲れましたか?」
「ううん。大丈夫だよ」
「無理はしないでください。あなたは、私の契約を解除するために……」
カイルは、そこで言葉を止めた。
彼の表情が曇る。
「……すみません。私のせいで、あなたに負担をかけてしまいました」
「また謝ってる」
リリアは、少しだけ頬を膨らませた。
「カイルさんは、謝るのが癖なの?」
「え?」
「何かあるたびに謝ってる気がするから」
「それは……」
カイルは困ったように笑った。
「昔から、そうだったのかもしれません」
その言葉に、リリアの胸がわずかに痛んだ。
彼はまだ、自分の過去を取り戻せていない。
けれど、失われた記憶の向こう側には、きっと彼自身の人生がある。
「じゃあ、ひとつ約束しよう」
リリアは足を止めた。
「これからは、悪いことをしたと思った時だけ謝ること。自分がここにいることまで、謝らないでね」
カイルは、目を見開いた。
「……私が、ここにいることを?」
「うん。あなたが仲間になってくれたこと、私は嬉しいから」
カイルはしばらく黙っていた。
やがて、ほんの少しだけ笑った。
「……分かりました。努力します」
「うん!」
リリアが笑い返すと、カイルは眩しいものを見るように目を細めた。
その瞳の奥に、一瞬だけ懐かしさが浮かんだことに、リリアは気づかなかった。
◇
◇
それから一時間ほど歩いた頃だった。
「止まれ」
レオンの声が、鋭く響いた。
全員が足を止める。
「……どうしたんですか?」
リリアが尋ねると、レオンは前方を見つめたまま答えた。
「着いたぞ」
木々の向こうに、巨大な石造りの門が姿を現していた。
山肌に埋め込まれるように建てられた門は、長い年月を経て苔に覆われている。
その両側には、剣を掲げた騎士の石像が立っていた。
石像の胸元には、七つの星。
そして、その中央には一輪の白い花が刻まれていた。
「これが……古代騎士団の遺跡」
リリアは、門を見上げた。
なぜだろう。
初めて訪れた場所のはずなのに、ひどく懐かしい。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
まるで、ずっと帰りを待っていた誰かがいるような感覚だった。
「……おかえりなさい」
不意に、そんな言葉が口からこぼれた。
「え?」
ミラが振り返る。
「今、何か言った?」
「ううん……。自分でも、よく分からない」
リリアは戸惑いながら首を振った。
その瞬間、門の中央に刻まれた白い花が、淡く光った。
ゴゴゴゴゴ……。
重い音を立てて、巨大な門が開き始める。
「全員、警戒しろ!」
アレンが剣を抜く。
レオンも構えを取った。
門の向こうから、冷たい風が吹き抜けてくる。
その風には、かすかに声が混じっていた。
『……お待ちしておりました』
リリアの背筋が凍った。
声は、遺跡の奥から聞こえてくる。
『創造主の名を継ぐ者よ』
『どうか、こちらへ』
門が完全に開いた。
その先には、地下へと続く長い階段が伸びていた。
階段の両側には、無数の騎士の石像が並んでいる。
誰もが剣を胸に当て、頭を垂れていた。
まるで、リリアを迎えるために整列しているかのように。
「……行くしかないな」
レオンが呟いた。
リリアは、ゆっくりと頷いた。
◇
階段を下りると、広大な石造りの広間に出た。
天井には星々を描いた壁画が広がり、床には複雑な魔法陣が刻まれている。
広間の中央には、ひとつの台座があった。
その上に置かれているのは、錆びついた一本の剣。
飾り気のない、古びた剣だった。
しかし、リリアはその剣を見た瞬間、息を呑んだ。
胸の奥で、何かが強く反応している。
《原初の権能:遺跡内記録を検知》
《対象:守護騎士団・最終記録》
《創造主の魂との共鳴を確認》
《試練を開始しますか?》
「……試練?」
リリアが呟いた、その時だった。
広間の奥で、鎧が擦れる音がした。
カシャン。
カシャン。
暗闇の中から、一人の騎士が姿を現す。
全身を古びた銀色の鎧で覆い、顔には無表情の仮面をつけている。
その手には、巨大な剣が握られていた。
騎士はゆっくりと歩み寄り、リリアの前で立ち止まった。
『創造主の名を継ぐ者よ』
低い声が、広間全体に響き渡る。
『我が名は、守護騎士団の最後の番人』
『この地に眠る記録を求めるのならば、まず答えよ』
騎士が剣を床に突き立てた。
『お前は、何のために力を求める?』
リリアは、息を呑んだ。
力を求める理由。
そんなもの、考えたことがなかった。
神々から逃げるため。
自分の身を守るため。
失われた記憶を取り戻すため。
いくつもの理由が浮かぶ。
けれど、どれも答えとしては足りない気がした。
『答えよ』
騎士の声が強まる。
『力を得たお前は、何を成すつもりだ?』
アレンが一歩前に出た。
「リリア、慎重に答えろ。こいつは、おそらくお前の本質を見極めようとしている」
「……うん」
リリアは頷いた。
そして、騎士をまっすぐ見つめた。
「私は……」
言葉を探す。
自分は何がしたいのだろう。
神々を倒したいのか。
世界を救いたいのか。
かつてのエリシアのように、誰もが自由に生きられる世界を作りたいのか。
その答えは、まだはっきりとは分からない。
けれど、ひとつだけ確かなことがあった。
「私は、誰かに決められた未来を生きたくない」
広間が静まり返った。
「神々に命令されるから従うんじゃなくて。昔の私が何かを決めたからって、今の私まで同じ道を歩かなきゃいけないわけじゃない」
リリアは、自分の胸に手を当てた。
「私はリリア・エヴァンジェル。エリシアの記憶を持っているかもしれないけど、それだけじゃない」
彼女の瞳に、確かな光が宿る。
「だから、私は自分で選びたい。誰を守るのかも、どんな世界を目指すのかも。失敗したとしても、誰かのせいにするんじゃなくて、自分で責任を持ちたい」
リリアは、一度息を吸った。
「そのために、力を学びたいんです」
騎士は動かなかった。
ただ、仮面の奥から、リリアを見つめているようだった。
やがて、低い声が響く。
『……不十分だ』
その瞬間、騎士の剣が振り上げられた。
「っ!」
アレンがリリアの前へ飛び出す。
しかし、騎士の剣はアレンには向かわなかった。
床に叩きつけられた剣から、衝撃波が広がる。
「うわっ!」
ミラが吹き飛ばされ、カイルが慌てて彼女を受け止めた。
レオンは剣で衝撃を受け流しながら、叫ぶ。
「リリア! これは言葉だけの試練じゃない!」
『答えは口先だけでは意味をなさぬ』
騎士が剣を構え直した。
『自らの意思で選ぶと言うのならば、その意思を示せ』
『己の力で、我が試練を越えてみせよ!』
◇
騎士が動いた。
その姿が、一瞬で消える。
「速い!」
アレンが叫んだ直後、リリアの目の前に銀色の刃が迫った。
反射的に、彼女は手を掲げる。
「《創世の理》――!」
銀色の障壁が生まれ、剣を受け止めた。
だが、次の瞬間。
障壁に無数の亀裂が走った。
「えっ……!」
衝撃が全身を貫く。
リリアは後方へ吹き飛ばされ、床を転がった。
「リリア!」
アレンが駆け寄ろうとする。
しかし、騎士が剣を横に振ると、二人の間に光の壁が出現した。
『この試練は、創造主自身が越えねばならぬ』
騎士の声が響く。
『他者の力に頼ることは許されない』
「そんな……!」
ミラが壁を叩いた。
「リリア、一人で戦えっていうの!?」
『そうだ』
騎士は、リリアに剣を向けた。
『お前が選ぶと言った未来だ。その一歩を、他者に委ねるな』
リリアはゆっくりと立ち上がった。
全身が痛い。
呼吸も乱れている。
目の前の騎士は、これまで戦った相手とは明らかに違った。
神々の権能に匹敵する力を持ちながら、無駄な殺気がない。
ただ、リリアを試している。
彼女が本当に、自分の意思で立っているのかどうかを。
「……分かりました」
リリアは、手のひらを握りしめた。
「私が、自分で越えます」
《警告》
《対象の戦闘能力:測定不能》
《現在の権能出力では、正面からの突破は推奨されません》
「正面から突破する必要なんて、ないよ」
リリアは、騎士を見つめた。
相手の力を上回る必要はない。
剣で勝つ必要もない。
自分にできることを、自分で考えればいい。
騎士が再び踏み込んできた。
リリアは、その剣を避ける。
刃が頬をかすめ、髪の一房が宙を舞った。
続く二撃目を、床に刻まれた魔法陣の上を転がってかわす。
そして、三撃目。
リリアは逃げなかった。
剣が迫る直前、彼女は騎士の足元へ手を伸ばした。
「《法則干渉》――!」
床に刻まれた魔法陣が淡く光る。
騎士の足元だけ、重力の向きが変わった。
巨体が一瞬、バランスを崩す。
その隙に、リリアは台座へ走った。
古びた剣が置かれている場所。
なぜか分からない。
けれど、そこに何かがある気がした。
「お願い……!」
リリアが台座に触れた瞬間、古びた剣が光を放った。
その刀身に、銀色の文字が浮かび上がる。
『守るとは、支配することにあらず』
『選ぶことを許し、その選択を見届けることなり』
リリアは息を呑んだ。
その言葉は、かつてエリシアが神々に伝えた教えと同じだった。
そして、次の瞬間。
騎士の剣が、リリアの頭上へ振り下ろされた。
「――っ!」
リリアは古びた剣を手に取った。
刃がぶつかり合い、広間全体に光が溢れる。
しかし、リリアは騎士を押し返そうとはしなかった。
彼女は剣を両手で握りしめ、静かに告げた。
「あなたも……誰かを守るために、ここにいるんですね」
騎士の動きが止まった。
「ずっと、一人で待っていたんですか?」
仮面の奥から、何も聞こえない。
それでも、リリアは続けた。
「私は、あなたに勝ちたいわけじゃない。あなたが守ろうとしたものを知りたいんです」
剣が震えた。
騎士の身体から、銀色の光が溢れ始める。
『……創造主よ』
その声は、先ほどまでの冷たさを失っていた。
『お前は……また、同じ過ちを繰り返すのか』
リリアの胸が痛んだ。
「……分かりません」
彼女は正直に答えた。
「私は、まだ何も知らないから。でも、知らないまま決めつけたくない。あなたのことも、神々のことも、昔の私のことも」
リリアは、古びた剣をそっと下ろした。
「だから、教えてください。あなたが守ろうとしたものを」
長い沈黙が落ちた。
やがて、騎士はゆっくりと剣を引いた。
『……試練を、終了する』
広間を満たしていた光が、静かに消えていく。
『お前は、まだ弱い』
騎士は告げた。
『力も、知識も、覚悟も足りぬ』
「……はい」
『だが、少なくとも、お前は自分の意思を偽らなかった』
騎士は、片膝をついた。
『それでよい』
その姿を見て、リリアは目を見開いた。
『創造主エリシアの魂を継ぐ者、リリア・エヴァンジェル』
『我が名は、ガレス』
『かつてお前を守ると誓い、その誓いを果たせなかった騎士なり』
リリアの心臓が、大きく跳ねた。
「あなたが……?」
ガレスは、仮面に手をかけた。
その奥から現れた顔は、驚くほど若かった。
けれど、その瞳には長い年月の悲しみが刻まれている。
「私は、あなたを守れなかった」
ガレスは、深く頭を垂れた。
「そして、あなたがいなくなった後も、この場所で待ち続けていた。いつか、あなたが再び生まれ、自分の意思でここへ戻ってくる日を」
リリアは、言葉を失った。
自分を待っていた人がいる。
遠い過去から、ずっと。
その事実が、胸の奥に静かに染み込んでいく。
◇
ガレスが手を掲げると、広間の奥の壁が開いた。
その先には、小さな石室があった。
中央には、白い花が一輪、透明な結晶の中に保存されている。
花の下には、古い手紙が置かれていた。
「これは、創造主が最後に残した記録です」
ガレスが告げた。
「神々との戦いが始まる直前、あなたが私たちに託したものです」
リリアは、そっと手紙に触れた。
その瞬間、文字が淡く光る。
そして、銀色の髪の少女の姿が、空中に浮かび上がった。
エリシアだった。
『もし、この記録を見ている者がいるのなら』
少女は静かに語り始めた。
『私は、きっと大切なものを失ったのだろう』
『そして、私はその理由を、未来の自分にさえ伝えられなかったのかもしれない』
エリシアの表情が、悲しげに曇る。
『だから、ひとつだけお願いがあります』
『どうか、私を正しい存在だと思わないでください』
『私は世界を創った。でも、世界のすべてを理解していたわけではない』
『私は神々を信じた。そして、その信頼によって、多くの命を危険にさらした』
リリアは、息を呑んだ。
エリシアは、ゆっくりと顔を上げた。
『もしも私が再び生まれたのなら、どうか教えてほしい』
『私は、あの時……本当に、別の道を選べなかったのだろうか』
映像が揺らぎ始める。
最後に、エリシアは微笑んだ。
『未来の私へ』
『あなたは、私とは違う答えを選んでいいのよ』
映像が消えた。
石室に、静寂が戻る。
リリアは、頬を伝う涙を拭った。
「……エリシア」
かつての自分は、完璧な存在ではなかった。
間違えたこともある。
誰かを信じ、傷ついたこともある。
そして、未来の自分にさえ、答えを押しつけたくなかったのだ。
リリアは手紙を胸に抱いた。
「私、あなたとは違う答えを探すね」
その言葉に応えるように、手紙が淡く光った。
《原初の記憶:第四封印の断片を確認》
《新たな記録を解放》
《記録内容――創造主と七つの誓約》
リリアの視界に、最後の一文が浮かび上がる。
《警告――七つの誓約のうち、一つは現在も有効です》
「……え?」
リリアが顔を上げた、その時。
石室の奥で、低い地鳴りが起こった。
ガレスの表情が変わる。
「そんな……。まさか、封印が……!」
床に刻まれた魔法陣が赤く染まる。
遠く離れた神々の領域で、アステリオンが笑った。
「ようやく、最初の扉が開いたか」
神々の王は、目を閉じた。
「さあ、知るがいい。創造主エリシア」
「お前がかつて交わした七つの誓約。その一つが、今もこの世界を縛っていることを」
そして、遺跡の地下深く。
長い眠りについていた何かが、ゆっくりと目を開いた。
第十一話・完
### 次回予告 第十二話「七つの誓約と、目覚めた守護者」
遺跡で発見した、創造主エリシアの最後の記録。
そこには、神々と交わした七つの誓約が記されていた。
しかし、そのうち一つは今も有効であり、世界の法則を静かに縛り続けている。
そして、地下深くで目覚めた謎の守護者。
「創造主よ。誓約を果たせ」
その声を聞いた瞬間、リリアの胸に刻まれた《創世の理》が、初めて彼女自身の意思に反して動き始める――。




