【2周目:鳥居逮捕と不完全な勝利】一係での対峙と、取調室の自決
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連載『死に戻った新米刑事は、生真面目先輩とやり直し(と恋)を始める』第8話をお届けいたします。
科捜研の科学解析と画廊『漆黒堂』へのガサ入れで掴み取った決定的な三大客観物証を胸に、一係執務室へと帰還した田中と引き締まった表情のいづみ。
全署員が見守る中、ついに「大黒天の笑顔」を被った黒幕・鳥居信一郎との直接対峙、そして電撃逮捕の瞬間が訪れます!
しかし、取調室で待ち受けていたのは、警察内部の暗黒組織『とぐろを巻いた蛇』の冷酷な深淵と、不完全な勝利の苦い衝撃でした――。
職場でのプロの緊張感と、行間に漂う静かな情熱が交錯する第8話をどうぞお楽しみください!
7月23日、午後3時。
夏の強い陽光が西に傾き、倉敷警察署三階・刑事課一係執務室の窓ガラスを赤金色の鈍い光で染め上げていた。
室内にはエアコンの冷気が低く唸りを上げていたが、どこか重苦しく淀んだ空気が漂っている。
「――鳥居係長。少々、お時間をいただけますでしょうか」
重厚な扉を押し開け、一係執務室へと踏み込んできたのは、夏用スリーピースを隙なく着こなした巡査部長・田中健人と、その隣で黒のパンツスーツにポニーテールを凛と揺らした新米刑事・村瀬いづみだった。
二人の手には、画廊『漆黒堂』への電撃的な家宅捜索で極秘押収したばかりの『二重裏帳簿』と、科捜研から上がったばかりの分厚い鑑定報告書が固く握られている。
「ん? どうしたんだね、田中くん、村瀬さん。二人揃ってそんな険しい顔をして」
執務室の奥、一係長デスクに腰掛け、手持ちの扇子をあおいでいた鳥居信一郎が、いつもの「大黒天」のような福々しい笑みを浮かべて顔を上げた。
その隣では、デスクワーク中だった若手巡査の神田拓海や、ベテラン刑事たちが不審そうに手を止めて振り返る。
田中といづみは、一切の迷いなく鳥居のデスクの前へと歩みを進めた。
いづみは168センチのしなやかな背筋をすっと正し、同僚たちの視線が集中する中で、相棒としての節度と凛としたプロの誇りを保って鳥居を見据えた。
無用な感情の乱れや甘い素振りは一切ない。だが、隣に立つ田中の凛とした側顔と視線が交差する一瞬の隙間に、言葉にならない硬固な信頼と、静かな熱気が火花のように散る。
「鳥居係長。あなたに、重大な事件の容疑でお話を伺いたい」
田中の低く重厚な声が、静まり返った執務室に響き渡った。
「ははは、なんだね急に。冗談なら後にしてくれたまえ。私はこれから本庁との会議が――」
「冗談ではありません」
いづみが一歩踏み出し、手にしていた『二重裏帳簿』と科捜研の鑑識書類を、鳥居のデスクの上へ静かに叩きつけた。
「先ほど私たちが正規の許可状に基づいて画廊『漆黒堂』の二重金庫から押収した裏帳簿です。そこには、あなたが過去十年にわたり、鶴岡徳次郎を通じて警察内部の暗黒組織『とぐろを巻いた蛇』へ多額の裏金を流していた詳細な記帳が刻まれています」
「なッ……!? う、裏金……!?」
神田拓海が椅子を引いて立ち上がり、目を剥いた。他のベテラン刑事たちも、耳を疑う言葉に息を飲んで固まる。
鳥居の扇子を動かす手が、ぴたりと止まった。
福々しい笑顔の瞳の奥に、一瞬だけ鋭い刺すような光が走り、すぐに消えた。
「何を言い出すかと思えば……村瀬さん、妄想も大概にしてくれ給え。私がそんな帳簿に関わっているとでも?」
「捏造ではありません」
田中がメガネのブリッジを指先で押し上げ、二枚目の鑑識報告書を突きつけた。
「被害者・大野木源造の首に残されていた索頸痕。科捜研の3D解析により、水島港の作業員・松井誠が使用する『南京縛り』の手口と完全に一致しました。そして事件当夜、松井が監視網を潜り抜けて漆黒堂裏口へ侵入した4分15秒間の防犯カメラの死角ルート……。松井誠は取り調べに対し、すべて『上の旦那』の指示に従ったと供述を開始しています」
「……」
「さらに、その松井に指示を出し、十年前の村瀬五郎元警部の殺害を含め、一連の事件を裏で操っていた黒幕……。その口座の動きと連絡端末のIPアドレスは、すべてあなたに直結しています、鳥居信一郎係長」
いづみの通る声が、真実の刃となって執務室の空気を切り裂いた。
1周目の惨劇で自分たちを冷酷に殺害し、大黒天の仮面の下で一係の仲間たちを欺き続けてきた怪物。
未来の記憶という「予言」に頼るのをやめ、自分の足で泥を歩み、科捜研の科学捜査とともに掴み取った揺るぎない三大客観物証。もはや鳥居のどんな弁明も届かない完璧な包囲網が完成していた。
「鳥居信一郎。あなたを、十年前の村瀬五郎殺害教唆、および一連の連続殺人事件における殺人教唆・職務強要の容疑で緊急逮捕します」
田中の宣言とともに、手枷の重い金属音が執務室に響いた。
「か……係長が……!?」
神田が声を震わせ、誰もが言葉を失って立ち尽くす。
その時だった。
デスクに突いていた鳥居の肩が、くっくっ、と不気味に揺れ始めた。
「……フフ……ハハハハハハッ!!」
腹の底から湧き上がるような、低く冷酷な高笑い。
鳥居はゆっくりと顔を上げると、これまで見せたことのない、氷のように冷たく濁った邪悪な瞳でいづみと田中を睨みつけた。
「大黒天」の福々しい笑顔は完全に崩れ去り、そこには警察内部に潜む『とぐろを巻いた蛇』の冷血な刺客としての本性が剥き出しになっていた。
「……見事だよ、村瀬の娘。そして田中。まさか、そこまで完璧に外堀を埋めてくるとはな……。五郎の血は、伊達ではないということか」
「鳥居……ッ!」
いづみは両手拳を強く握り締め、爪が掌に食い込むほどの強い怒りで胸を詰まらせた。
鳥居は抵抗することなく、静かに両手を差し出した。
田中が手枷をその手首にはめ、カチリと冷たい音が鳴り響く。
一係の仲間たちが騒然とする中、鳥居は不敵な冷笑を浮かべたまま、取調室へと連行されていくのだった。
午後4時。倉敷警察署地下にある第一取調室。
コンクリートの壁に囲まれた無機質な狭い室内には、一筋の灰色の光と、重苦しい鉄の匂いが充満していた。
中央のパイプテーブルを挟み、手錠をかけられた鳥居がパイプ椅子に深々と腰掛けている。その向かいには、鋭い眼光を宿した田中と、背筋をすっと正したいづみが並んで着席していた。
取り調べが始まってから30分。
鳥居は取り調べに対して一切の雑談に応じず、ただ薄笑いを浮かべて天井を見つめていた。
「鳥居係長。観念してすべてを話してください」
田中が重厚な声で問いかける。
「あなたが所属している警察内部の組織『とぐろを巻いた蛇』とは何だ。誰の指示で十年前の村瀬元警部を殺害し、鶴岡や大野木を処分した?」
鳥居はゆっくりと視線を落とし、机の上の手錠をかけた両手を弄んだ。
「……田中くん。君は真面目で優秀な刑事だ。だが……世の中には、知らぬ方が幸せな闇というものが存在するのだよ」
「質問に答えてください!」
いづみが強い瞳で鳥居を射抜く。
「父は、あなたたち警察内部の不正と闇資金のルートを暴こうとして殺された……! あなたが父を背後から狙い、事故に見せかけて命を奪ったのですねッ!?」
鳥居はいづみのまっすぐな瞳を見つめると、ふっと寂しげで、それでいて酷く冷ややかな笑みを口元に浮かべた。
「五郎は……正義感が強すぎたのだよ、村瀬さん。組織の歯車として生きることができず、巨大な蛇の尻尾を踏みつけてしまった。……だから消された。それだけの話だ」
「そんな……っ!」
「私を逮捕できたことで、君たちは完全な勝利を収めたと思っているのかね?」
鳥居の低い声が、取調室の壁に不気味に反響した。
「私一人を捕まえたところで……何が変わる? 『とぐろを巻いた蛇』の深淵は、本庁のさらに上、国家の基盤にまで根を張っているのだよ。私など、ただの末端の尾一本に過ぎん。……君たちがどれほど足掻こうと、この闇の深さに触れることすらできんのだ」
「なんだと……!?」
田中が身を乗り出した、その瞬間だった。
鳥居の表情が、ふっと奇妙に歪んだ。
奥歯の奥で、カチリと小さな骨の砕けるような異音が響く。
「……がッ……!??!」
「鳥居係長……!?」
突如、鳥居が胸をかきむしるようにして大きく身体をのけ反らせた。
その口唇から、黒い猛毒の血が激しく吹き出し、無機質なパイプテーブルと取調室の床へバシャリと飛び散る!
「がハッ……っ! く……ふふ……『蛇』に……裏切り者の生は……ないのだ……」
「しまっ……! 奥歯の毒薬カプセルかッ!!」
田中が弾かれたように立ち上がり、パイプ椅子を倒して鳥居のもとへ飛びついた。
「係長ッ! 吐き出せッ! 吐き出すんだッ!!」
いづみも即座に取調室の扉を突き開け、廊下に向かって絶叫した。
「救急隊をッ! 医者を呼んでくださいッ!! 早くッ!!」
「く……が……村瀬……田中……」
血みどろの口元で、鳥居はいづみの胸元を血濡れた指先で強く掴み込もうとしたが、その手は力なく宙を掻き、激しく痙攣した。
「お前たちに……次の『死』が……訪れる……」
「鳥居ッ!! 喋るなッ!!」
しかし、毒の効果は劇的かつ冷酷だった。
鳥居の瞳から光が一瞬で失われ、白目を剥いたまま、その巨体がガタリと床へ倒れ込んだ。
床に広がる血の海と、静まり返る取調室。
駆けつけてきた神田たちや救急隊の悲鳴が遠くで響く中、いづみと田中は、息絶えた鳥居の遺体の前で呆然と立ち尽くすしかなかった。
午後7時。倉敷警察署三階・一係執務室。
窓の外はすでに深い濃紺の夜に包まれ、冷たい街灯の光が白壁の街並みを淡く照らしていた。
鳥居の自決からわずか3時間。
本庁から緊急介入してきた監察官と上層部の手によって第一取調室は封鎖され、一係の捜査資料や押収した『二重裏帳簿』の大部分が「本庁特命捜査チームへの引き継ぎ」という名目で強引に回収されてしまっていた。
「……そんな……! 捜査疲労による突発性の心臓麻痺だなんて……!?」
デスクに突っ伏した神田拓海が、悔し涙を浮かべて声を荒げた。
「あんなに血を吐いて倒れたのに……本部が『心臓麻痺による病死』で処理するなんておかしいですよッ! 鳥居係長が裏で何をしていたのか、なんで全部隠蔽されちゃうんですかッ!?」
ベテラン刑事たちも、苦い顔で黙り込むしかなかった。
上層部からの圧力は絶対であり、警察内部の不正や『とぐろを巻いた蛇』の存在は、メディアに対しても「長年の過労による急死」として内々に処理されることが決定してしまったのだ。
黒幕・鳥居を逮捕し、十年前の父の無念を晴らしたはずだった。
だが、手に入ったのは完全勝利などではなく、巨大な組織の暗闇の前に突きつけられた、あまりにも苦く切ない敗北感(2周目の限界)だった。
執務室の片隅。
いづみはデスクの前に佇み、自分の両手を見つめて小さく肩を震わせていた。
(私……何をやってたんだろう……。未来の記憶を知っていて、客観物証を揃えて鳥居を追い詰めたのに……。組織の闇は、私たちが思っていたよりもずっと深くて……恐ろしい……ッ!)
父を殺し、1周目で自分たちを殺した敵の深淵。
鳥居一人の自決によって全貌は再び闇の中へと葬られ、自分たちの力ではこれ以上先へ進むことができないという虚無感が、いづみの胸を冷たく締め付けていた。
その時、隣に静かに立ったのは田中だった。
大勢の同僚たちが行き交う執務室の中で、彼は凛とした捜査員の姿勢を崩さず、静かにいづみの傍らに立った。
余計な慰めの言葉は口にしない。だが、スリーピースの袖口から覗く彼の大きな手が、悔しさを押し殺すように力強く握り締められているのを、いづみは見逃さなかった。
だが、彼のスリーピースの袖口から覗く手が、力強く握り締められているのをいづみは見逃さなかった。
「……村瀬」
田中の低く落ち着いた声が、いづみの耳元に届いた。
黒縁メガネの奥の瞳には、敗北の悔しさを超えた、深く包み込むような温かさと、相棒を守り抜くプロとしての静かな決意が宿っていた。
「……今日の捜査は、ここまでだ。……引き揚げよう」
「……田中先輩……」
「一人で抱え込むなと言ったはずだ。……行くぞ」
「……はい……ッ」
二人は一係の同僚たちに静かに一礼すると、重い足取りで執務室を後にした。
静まり返った倉敷警察署の長い廊下。
並んで歩く二人の影が、月光の差す床の上に静かに重なり合っていく。
言葉にしなくても、互いの胸の中に溢れる深い虚無感と、それ以上に強い「お互いを支え合いたい」という切ない熱気が、行間の息づかいとなって二人の間に静かに満ちていた。
冷酷な現実と巨大な闇を前に、二人の運命の針が、静かに、そして力強く動き出していた――。
第8話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
決定的な三大客観物証を手に、一係執務室で「大黒天の仮面」を剥ぎ取った鳥居の電撃逮捕劇!
しかし取調室で待ち受けていたのは、奥歯の猛毒カプセルによる自決と、警察内部組織『とぐろを巻いた蛇』による冷酷な隠蔽工作でした。
職場でのプロとしての厳格な距離感を保ちながらも、互いを深く思いやる田中といづみの凛とした佇まいを感じていただけましたら幸いです。
次回第9話は、物語がいよいよ大きな局面を迎える『【2周目:夜風の中の誓い】』をお届けいたします!
鳥居の自決と組織の深淵に打ちひしがれるいづみを前に、田中がとった行動とは――。
ふたりが重い現実と向き合い、絆を深めていく第9話をどうぞお楽しみにお待ちください!
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