【2周目:崩壊】一喝と、雨の美観地区での痛恨
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連載『死に戻った新米刑事は、生真面目先輩とやり直し(と恋)を始める』第5話をお届けいたします。
前話で田中先輩と衝突し、一人で美観地区へ飛び出した新米刑事・いづみ。
自らの「予言者気取り」の慢心を猛省し、地道な物証を探そうとする彼女ですが、黒幕の張り巡らせた陰謀の罠と、冷たい夕立の中で待ち受ける刺客の襲撃に呑み込まれていきます。
雨に濡れる古い路地裏で響く田中先輩の熱い一喝「俺はただの飾りか!」、そして命を賭して相棒を守り抜く姿勢――。
緊迫と情熱が交錯する第5話をどうぞお楽しみください!
田中先輩の制止を振り切り、猛暑の倉敷美観地区を一人走り抜けた村瀬いづみは、肩で激しく息を吐きながら『漆黒堂』から少し離れた白壁の蔵造りが連なる狭い路地裏に身を潜めていた。
黒のパンツスーツは激しい走破によって大量の汗で背中や太ももにべったりと張り付き、額から伝って束になった前髪の先から汗の雫がポタリと湿った石畳へ落ちる。
(悔しい……! でも、田中先輩の言う通りなんだ……。客観的な物証もなしに『未来の記憶』だけを振りかざしたって、いくら先輩や美里さんでも信じてくれるわけがない……!)
いづみは己の未熟さと空回りに激しい悔し涙を噛み締め、濡れた黒漆喰の冷たい壁に額を深く打ち付けた。壁を伝う湿り気が肌に染み込み、乱れた息とともに胸を苦しく締め付ける。
(私……何をやっているんだろう……! 1周目の惨劇を経験したからって、自分だけが未来を知っている気になって……周りのみんなを蚊帳の外に置いて……っ!)
雨の跳ね返る石畳の匂いと、己の身体から立ち上る汗の熱気。頭の中を巡るのは、怒りと困惑を滲ませて自分を制止しようとしていた田中先輩の真摯な表情だった。
亡き父・村瀬五郎が大切にしていた「刑事は地道な足と物証で語る」という警察官としての教え。1周目の凄惨な死のトラウマに囚われるあまり、自分は刑事としての基本すら見失い、ただ焦燥感に背中を押されて「予言者」気取りで暴走していたのだ。
だが、落ち込んでいる暇はなかった。1周目で判明していた犯人・松井誠と画廊主・鶴岡徳次郎の接触現場を単独で押さえ、決定的な裏帳簿や現場写真といった物証を自らの手で掴み取れば、田中先輩も警察官としての自分の主張を納得してくれるはずだ。自分さえしっかりしていれば、1周目のように田中先輩が殺される凄惨な未来を完璧に回避できるのだから。
(見ていてください、田中先輩……。私、絶対に逃げません。あなたと一係のみんなを救う確実な証拠をこの手で持って帰りますから……!)
そう心に強く誓ったその時だった。真夏の強烈な太陽を誇っていた倉敷の空が、突如として黒く重厚な雨雲に覆い尽くされた。
遠雷がドーンと地鳴りのように腹に響き渡り、バケツをひっくり返したような激しい夕立が、柳揺れる倉敷川と風情ある白壁の町並みを一瞬で白く霞ませていく。
「きゃっ……! 急になんて雨……っ!」
容赦なく降り注ぐ大粒の雨滴が、いづみの黒ジャケットを濡らし、すべすべとした首筋を冷たく濡らしていく。いづみが襟を立てて濡れた路地裏を走ろうとした――その瞬間。
「――おいおい。お前があの村瀬五郎の娘か」
背後から響いた、氷のように低く冷酷な男の声。
ハッと振り返ったいづみの視界に、雨の煙る路地の奥から静かに歩み寄ってくる二人の男の影が映った。水島港のドカジャンを着込んだガタイのいい男・松井誠と、その隣で殺気立った鋭い眼光を放つ黒ずくめの刺客。
「なッ……!? 松井誠……ッ!?」
「『10年前の五郎と同じような鼻持ちならない面をした女刑事がウロウロしている。事故に見せかけて消せ』と、上の旦那から頼まれてな」
松井は下品な口調でヘラヘラと笑いながら、雨の中に唾を吐き捨てた。
(鳥居……ッ! もう刺客を放っていたの……!? 1周目での自分の軽率な言動が、奴の警戒心を煽って刺客の襲撃を早めさせてしまったんだ……ッ!)
いづみの背筋に強烈な寒気が駆け抜けた。
1周目の記憶に囚われるあまり、黒幕が動き出すスピードすら自分の軽率な行動によって早まってしまっていたのだ。
黒ずくめの刺客が路地裏の物陰から拾い上げた重厚な鉄の棒を鋭く構え、雨の跳ね返る石畳を激しく蹴って、凶悪な殺気を剥き出しに一気に躍りかかってきた。
(しまっ……! 濡れたジャケットが引っかかって、腰のニューナンブを抜くのが間に合わない……ッ!)
(狭い路地裏で至近距離まで踏み込まれたら、柔道黒帯の組み手すら取れない……っ!)
絶体絶命の危機。身構える余裕すら与えられず、死の恐怖にいづみが歯を食いしばったその時だった!
「――動くなッ!!!!」
激しい雨音を突き破り、雷鳴のような咆哮が路地裏に激しく響き渡った。
ドカッ!!
路地の陰から躍り出た長身の影が、電光石火の旋風脚で刺客の腕を激しく蹴り飛ばした。強烈な衝撃に武器が手から離れ、雨の跳ね返る石畳の床へとカランと音を立てて転がり落ちる。
「がハッ……!??!」
「田中……先輩ッ!?!?!」
いづみが目を剥いた。そこに立っていたのは、全身を激しい雨に打たれ、黒スリーピーススーツをびしょ濡れにした巡査部長・田中健人だった。
「くそっ、警察のお出ましだ! 引くぞッ!」
不意を突かれた松井と刺客の男は、転がった武器を拾い上げる余裕もなく、雨の煙る路地の奥へと脱兎のごとく逃走していった。
雨の中に響く激しい足音。刺客たちの姿が白壁の陰へと消えていく中、いづみは呆然と田中先輩の背中を見つめていた。
「ハァ……ハァ……ッ! くそッ……ギリギリだったか……!」
激しい呼気を吐き出しながら、田中は去っていく刺客たちの背中を鋭い眼光で睨みつけた。
水を含んで重くなった夏用スリーピースのジャケット。黒縁メガネのレンズには激しい雨粒が打ち付けられ、彼のたくましい体躯から白い熱気が湯気となって立ち上っている。
「先輩……! なんで……なんでここに……!?」
「……なぜだと?」
ゆっくりと振り返った田中の瞳は、激しい怒りと、それ以上に深い苦悩と心配に揺れていた。
田中はいづみの元へ歩み寄ると、その力強い右手でいづみの細い手首をしっかりと掴み取った。
「きゃっ……」
「……お前はどこまで一人で抱え込めば気が済むんだッ!!」
田中の魂の叫びが、激しい雨音を突き破って路地裏に木霊した。
黒縁メガネの奥の瞳。そこには、沈着冷静な普段の姿からは想像もつかないほど、生の感情が剥き出しになった怒りと切実な苦悩が溢れていた。
「一人で先走り、危険な刺客に狙われ……死にそうな顔をして自分だけで背負い込もうとしやがって……! 俺はただの飾りかッ!? 一人で暴走するなッ!! 俺たちはバディだろうがッ!!!」
「先輩……ッ!!」
「お前が……お前が命を粗末にするくらいなら、俺は何のために警察官をやっている……! 何のために、お前の相棒として隣に立っていると思っているんだッ!!!」
胸を突く言葉。
掴まれた手首から伝わってくる、田中の激しい怒りと、それ以上に切実な焦燥の熱気。
過剰に身体を近づけたり抱き寄せたりするような真似は一切ない。だが、適正な距離を保ったままでも、田中の力強い手首の圧力と眼差しから、彼がどれほど自分を心配し、一人で危険に飛び込む姿に心を痛めていたかが痛いほど伝わってきた。
「……ごめんなさい……ごめんなさい、田中先輩……っ!」
いづみは背筋を伸ばし、涙を見せることなく、溢れ出る悔しさと深い感謝の想いを込めて深々と頭を下げた。自分を守るために命懸けで駆けつけてくれた相棒の情熱に、胸が熱く震えていた。
父が残してくれた言葉、そして田中先輩が命懸けで伝えようとしてくれた刑事の誇り。目の前の現実から目を背け、ただ未来の記憶を頼りに一人で解決しようとしていた己の慢心が、いかに危険で、そして相棒に対する裏切りであったかを痛烈に自覚していた。
田中先輩は、自分を突き放したのではなかった。自分が一人で暴走して命を落とすことを、心の底から恐れ、心配し、ずっと陰から見守って追いかけてきてくれていたのだ。
「もう一人で先走るな、村瀬。どんな怪しい予感や懸念だろうと、これからは全部俺に話せ。二人で足を使って捜査するぞ。お前を一人には絶対にさせない」
「はい……ッ! はい、田中先輩……っ!」
激しい雨の遮音の中に立つふたり。冷たい夕立の雫が二人の身体を濡らす中で、すれ違いかけていたバディとしての魂の絆が、いま確実にひとつに結ばれ直そうとしていた。
だが――その直後、雨の煙る路地の角から、逃げ遅れた刺客の一人が不意に躍り出て鉄の棒を振り下ろしてきた!
「くっ……!? いづみッ!!」
間一髪の瞬間、田中はいづみの身体を庇うように押し倒し、間一髪で攻撃から遠ざけた。
刺客の振り下ろした攻撃が田中の左上腕を激しくかすめ、激しい打撲と裂傷が走る。
「がッ……!!」
「田中先輩ッ!?!?!」
激痛に顔を歪めながらも、田中はいづみを庇った体勢のまま力強く立ち塞がり、彼女を自らの身体で守り抜いた。いづみを庇う際に石畳へ激しく肩と背中を打ち付け、左腕の傷とともに鋭い衝撃が全身を襲う。
「ハハハ! 痛手を負ったぞ! 畳み込めッ!」
男たちが一斉に躍りかかろうとした――まさにその時だった!
ウーッ! ウーッ! ウーッ!
「――警察だ! 全員、動くなッ!!」
路地の入口から激しく響き渡った、けたたましいサイレンの咆哮と赤色灯の真っ赤な光。
白黒パトカーと捜査車両が数台、タイヤを悲鳴させながら路地の前後を急停車した。
美里が、いづみの異様な言動に胸騒ぎを覚えて即座に手配した応援部隊が到着したのだ。
「くそっ、本隊のお出ましだ! 引くぞッ!」
刺客たちは忌々しそうに吐き捨てると、雨の煙る路地の奥へと一斉に脱兎のごとく散らばり逃走していった。
「田中くん! 村瀬ちゃんッ!!」
雨の中に躍り出てくる美里たちの姿。
左上腕からの出血と、いづみを庇った際の激しい打撲に耐えながら、田中は安怖の息を吐き、静かに目蓋を閉じた。
救急車のサイレンが白壁の街並みに響き渡り、救急隊による迅速な応急手当が行われる中、いづみは雨に打たれる田中の横顔を、痛む胸と溢れる反省の念を抱えて見つめ続けていた。
自分が犯した過ちの重さと、命懸けで守ってくれた相棒の温もり。二度と先輩を一人にせず、客観物証を追う警察官として再起することを、いづみは心の中で強く固く誓っていた。
上腕の創傷処理と、全身打撲の精密検査・加療のため、田中には絶対安静と入院が命じられるのだった――。
第5話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
雨の美観地区で炸裂した田中先輩の魂の一喝「俺はただの飾りか!」、そして不意の刺客の急襲から身を挺していづみを庇い抜く熱い相棒の絆……!
傷の手当てと打撲加療のための「安静入院」へと、緊迫の展開となりました。
次回第6話は、『【2周目:反省と再起】1週間の地道な捜査と、病室での誓い』をお届けいたします!
いづみが1週間自分の足で地道な捜査を積み上げ、退院前夜の病室で田中先輩と凛とした再起の誓いを交わします!
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