【2周目:疑心と空回り】失敗の旋律と、焦燥の距離
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連載『死に戻った新米刑事は、生真面目先輩とやり直し(と恋)を始める』第4話をお届けいたします。
第3話でのあまりにも凄惨な1周目の惨劇――鳥居の裏切り、田中先輩の絶命、そして冷たい雨の中での「愛の初自覚」を経て、物語はいよいよ【2周目の世界】へと突入いたします!
1周目の記憶を持ったまま7月15日の朝へと帰還した新米刑事・いづみ。
「今度こそ私が田中先輩とみんなを絶対に守る!」と意気込む彼女ですが、未来の知識(予言)に囚われて一人で空回りし、暗雲が立ち込め始める【2周目:波乱の開幕】をどうぞお楽しみください!
「はぁっ……!??! あ、ガハッ……!??!」
強烈な虚脱感と、胸の中央を直に穿たれたような絶望の激痛に襲われ、村瀬いづみは跳ね起きるようにベッドの上で上半身を起こした。
荒い吐息が喉を吹き抜け、激しい動悸に合わせてたおやかで美しい胸の起伏が大きく上下する。
全身からどっと溢れ出た冷や汗が、すべらかな首筋から華奢な鎖骨の窪みを辿り、しなやかな素肌の谷間をぬめりを帯びて滑り落ちていく。
さらに柔道でキュッと引き締まったウエストのくびれから、下着のショーツのゴムが肌を締め付ける境界線へと落ち、無防備な素肌を濡らして艶やかに輝かせていた。
肩を激しく上下させながら、いづみは震える両手の指先を、自らの胸元へと必死に這わせた。
掌が直に触れる自身の胸は、冷や汗でしっとりと濡れて吸い付くような感触で、柔らかな体温としっかりとした弾力を帯びている。
しなやかな胸のふくらみと、その中央に立つ小さな頂を包み込むように掌を強く押し当て、指先を滑らせて傷を探るが、そこには先ほどまで確かに感じていた血のぬくもりも、鳥居の放った凶弾の絶望的な激痛も、赤黒い傷痕すら存在しない。ただ、掌の奥でドクドクと早鐘を打つ、生々しい自らの脈動だけが指先を通して伝わってきた。
冷や汗がすっと引いていく中で、いづみは荒い息を吐きながら、素肌のまま自らの身体を強く抱きしめた。
(撃たれた……んじゃない……!? 私……生きているの……!?)
脳裏に直接、あの灰色の老猫・ソクラテスの神聖でしわがれた声が蘇る。
『――やり直す覚悟はあるか、新米。時を戻せば、3割の確率でお前か私の存在は消滅する……お前のその諦めぬ瞳になら、賭けてみる価値はある――』
あの言葉は夢ではなかった。ソクラテスの奇跡によって、自分は本当に過去へと戻ってきたのだ。
いづみは震える手で枕元のスマートフォンを掴み取り、画面の表示を凝視した。
【7月15日(月) 午前7時20分】
「あ……あぁ……っ!! 戻れた……! 本当に、あの惨劇の日の朝に戻れたんだ……ッ!!」
ポロポロと溢れ出す涙。
1周目の冷たい雨の中、自分の腕の中で冷たくなっていった田中先輩の体温と、絶命の瞬間の絶望が胸を締め付ける。
だが、いまのいづみの胸に宿っていたのは、絶望ではなく激しい執念の情熱だった。
(田中先輩は……生きている! まだ誰も死んでいないんだ……ッ!)
いづみは溢れる涙を素肌の腕でぐっと拭うと、迷いを振り払うようにベッドを滑り降りた。
冷や汗で肌にピッタリと吸い付いていたショーツのゴムに指先を掛け、すべすべとした太ももから膝、足首へと一気に滑り落とす。
脱ぎ捨てたばかりの僅かに湿り気を帯びたショーツを指先で丸めると、部屋の隅に置かれた洗濯カゴを目掛けて「えいっ」と投げつけた。
しかし、ショーツは虚しくもカゴのフチに当たって弾かれ、散らかったフローリングの床へとポトリと転がり落ちる。
「……あ、外れた。まあいいや、帰ってきたら片付けよ!」
そんなズボラな独り言をつぶやきつつ、クローゼットから新しい下着を取り出す。
清潔なショーツと柔らかいインナーを滑らかな素肌へと滑り込ませ、その上から彼女の勝負服である黒のパンツスーツを素早く重ねていく。
柔道でしなやかに引き締まったアスリート体型にスーツが吸い付くようにフィットし、フロントのボタンを留めると、先ほどまでの無防備な色香は影を潜め、スキのない凛としたシルエットが完成した。
ドレッサーの前に立ち、散乱する小物の中から黒いヘアゴムを一つ指先でつまみ上げる。
背中へと散れていた艶やかな黒髪を手ぐしで勢いよくかき上げると、首筋とうなじを露わにしながらポニーテールをきつく結び直した。
鏡の中に映るのは、もう怯えるだけの弱き乙女ではない。大切な相棒を守り抜くと誓った、凛とした強靭な「刑事」の顔だった。
歩くたびに軽快に揺れるポニーテールを確認し、いづみは凛とした足取りで402号室のドアを開け、朝の光の中へと強く蹴り出した
午前8時15分、倉敷警察署三階・刑事課執務室。
朝の喧騒が満ちる執務室のドアを押し開けた瞬間、いづみの視界に『その姿』が飛び込んできた。
デスクで几帳面に書類を整理している、夏用スリーピーススーツ姿の長身――巡査部長・田中健人。
「あ……田中……先輩……っ」
いづみの声が震え、目頭が熱く込み上げた。
生きている。黒縁メガネの奥の知性あふれる瞳も、几帳面に着用したスーツも、たくましい体躯も、すべてが目の前で息づいている。
いづみは足をもつれさせながら田中へ歩み寄ると、今にも抱きつきそうな勢いでその手元へと迫った。
「……ん? どうした、村瀬。そんなに息を切らせて。顔色も少し青いようだが……大丈夫か?」
田中は不審そうに眉をひそめつつも、いつもの厳格で温かい声でいづみを見上げた。
立ち上がった178センチの長身が生み出す大きな影がいづみを包み込み、田中は心配そうに手を伸ばした。その骨太な指先がいづみの頬に付着していた汗に触れ、優しく拭う。
「あっ……」
指先から伝わってくる、温かく力強い男の体温。
1周目のあの冷たい雨の中で、自分の頬を濡らした赤黒い血の温もりと重なり、いづみは胸が押し潰されそうなほどの愛おしさに息を呑んだ。
(本物だ……。田中先輩が……生きて、私を見つめてくれている……!)
「なんだ、妙にしがみつくような目をして。朝から何かあったのか?」
一方の田中もまた、直触れしたいづみの柔らかく可憐な頬の感触に、黒縁メガネの奥で一瞬だけ瞳を大きく揺らしていた。いつも以上に必死な眼差しで自分を見つめてくる後輩の姿に、胸の奥を激しく揺さぶられながらも、田中は生真面目な顔でそれを隠すように小さく喉を鳴らした。
「い、いえッ! なんでもありません! 今日もよろしくお願いします、先輩ッ!」
「ああ。……まあ、無理はするな。お前は真面目すぎるからな」
その時だった。執務室の奥から、聞き覚えのある温和で重厚な声が響いた。
「おお、おはよう二人とも。相変わらず朝から仲が良いな」
振り返ったいづみの身体が、一瞬で凍りついた。
仕立ての良いグレーのスーツを着こなし、丸い顔に「大黒天」のような福々しい笑顔を浮かべて現れた男――一係長・鳥居信一郎(54)。
(鳥居……信一郎……ッ!!)
1周目のあの雨の夜、自分たちを『とぐろを巻いた蛇』の手先として冷酷に嘲笑い、父・五郎を殺した事実を自白し、そして田中先輩の胸を撃ち抜いた裏切り者。
温和な笑みの奥に潜む悪魔の素顔を知っているいづみは、無意識のうちに拳を強く握り締め、殺気立った眼差しで鳥居を睨みつけてしまった。
「……ん? どうしたね、村瀬くん。そんなに怖い顔をして。私の顔に何か付いているかな?」
鳥居が不審そうに目尻のシワを深めた。
「しまっ……!」
いづみはハッと息を呑み、慌てて視線を泳がせた。となりの田中がいづみの異様な殺気に気づき、黒縁メガネの奥の瞳を鋭く光らせる。
「村瀬……お前、係長に対して失礼だぞ。一体どうしたというんだ?」
「す、すみませんッ! 少し寝不足で……申し訳ありませんでした、鳥居係長ッ!」
頭を下げながら、いづみは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
(落ち着け私……! 今の鳥居は、まだ誰も殺していない『理想の上司』を演じている最中なんだ。ここで悟られたら、奴は別の方法で仕掛けてくる……!)
「ハハハ、構わんよ。若い内は色々と悩みもあるだろう。さあ、仕事だ。美観地区の路地裏で、地上げ屋の大野木源造という男の遺体が見つかった。二人で臨場してくれ」
「了解しましたッ!」
鳥居の言葉に、いづみの胸が高鳴った。
(始まった……大野木さんの殺人事件! 1周目の知識がある私なら、犯人の手口も裏の仕掛けも全部知っている……! 私が先回りして、全部解決してみせるッ!)
午前9時過ぎ、酷暑の日差しが照りつける倉敷美観地区。
黒漆喰の土蔵と古い白壁に挟まれた路地裏には、すでに黄色い規制線が張られ、鑑識課員たちが慌ただしく動き回っていた。
「……被害者の大野木源造(58)。絞殺だな」
臨場した田中が、遺体の頸部に残された絞殺痕を観察しながら低く呟いた。
その時、カツコツと涼やかなヒールの音を響かせて現れたのは、白衣を纏った美しい女性――科捜研主任・園田美里(35)だった。
「あら、田中くんに村瀬ちゃん。暑い中ご苦労様。これから首のロープ痕と防犯カメラの解析に入るところよ」
「美里さん……!」
1周目で自分たちを温かくサポートしてくれた美里の姿に、いづみは意気揚々と胸を張った。未来の記憶を持っている今、自分は『予言者』なのだ。事件を早期解決すれば、田中先輩も誰も死なずに済む。
「美里さん! その索頸痕は、水島港の港湾作業員が使う特殊な『南京縛り』の手口です! 被害者の大野木は闇金融の顧客トラブルで恨みを買っていて、犯人は水島港の松井誠! さらに、犯行現場の防犯カメラは近くの画廊『漆黒堂』のオーナー・鶴岡が位置をずらしていますッ!」
いづみは1周目で判明した事実を、一気呵成に捲し立てた。
「……は?」
園田美里が呆気にとられたように眼鏡の奥の目を丸くした。
「ちょっと、村瀬ちゃん……? 鑑識の物理鑑定も始まっていないのに、なんで現場に立ってたった数分で、そこまで具体的な個人名や手口が分つの……?」
「それは……私の刑事としての勘ですッ! 間違いありません、今すぐ『漆黒堂』の鶴岡と松井誠を押さえるべきですッ!」
自信満々に主張するいづみ。だが、隣に立っていた田中の表情は、今まで見たこともないほど冷たく引き締まっていた。
「……村瀬。ちょっと来い」
田中はいづみの細い腕を強い力で掴むと、美里たちから離れた狭い路地裏の陰へと強引に引きずり込んだ。
古い黒漆喰の壁に挟まれた、すれ違うのがやっとの細い路地。
背中を壁に押し付けられるように立たされたいづみを見下ろし、田中は黒縁メガネの奥の瞳に激しい怒りと困惑を帯びながら、低く押し殺した声で問い詰めた。
「お前……一体何をやっているんだ」
「田中先輩……? 私は事件の真相を……」
「ふざけるなッ!」
いつも沈着冷静で生真面目な田中が、ここまで感情を露わにして怒りをぶつけてくるのは初めてだった。
「警察官の捜査を何だと思っている! 『勘』だと!? 鑑識の物証も、地道な聞き込みも、客観的な証拠も何一つ揃っていない段階で、個人の名前を挙げて犯人扱いするなど、刑事として絶対に許されることじゃないぞッ!」
「でも、私の言っていることは本当なんです! 鶴岡も松井も、絶対に事件に関わっていて……!」
「なぜそれを『知っている』ような口ぶりで話すッ!?」
田中の鋭い追求に、いづみは言葉を詰まらせた。
(言えるわけがない……! 1周目で鳥居に裏切られて、田中先輩が私を庇って撃ち殺されたなんて……タイムループしたなんて言ったって、信じてもらえるはずがない……!)
言葉に詰まるいづみを見て、田中は切なそうに眉をひそめた。だが、その瞳に宿る厳しい光は消えなかった。
「お前は着任以来、素直で筋が良い刑事だと思っていた。……だが、今日の支離滅裂な言動は一体どうしたんだ。まるで……何か巨大な恐怖に怯えて、一人で暴走しているようにしか見えん」
「恐怖なんて……私はただ、先輩を……みんなを守りたいだけで……ッ!」
「俺を守る? 何から守るというんだ! 目の前の現実を見ろ、村瀬ッ! 刑事の仕事は、地道な足と客観的な物証を積み重ねることだ。予言者の真似事をして現場を混乱させるなら……俺はお前を相棒として現場に立たせるわけにはいかない!」
「先輩……ッ!!」
厳しく言い放たれた言葉。
田中はいづみを庇うように路地裏の影を作りながらも、失望と苛立ちの混ざった溜息を吐いて背を向けた。
(違う……違うの田中先輩! 私はただ……もう二度と先輩を死なせたくないだけなのに……ッ!!)
胸が引き裂かれるような切なさと焦燥感。
未来の記憶を持っている自分が『予言者』として先走れば先走るほど、頼れる相棒である田中先輩との距離が遠のいていく。
いづみは込み上げる涙を噛み締め、背を向けた田中のスリーピースの背中を見つめた。
「……私一人でも、絶対に証拠を掴んで見せます……ッ!」
「村瀬ッ!? 待てッ!」
田中の制止の声を振り切り、いづみは猛暑の美観地区へと一人走り出した。
すれ違い、深まる溝。
1周目の惨劇を阻止するために戻ってきたはずの2周目の世界で、二人の運命は激しく狂い始めていた――。
第4話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
2周目の世界へ帰還し、「今度こそ自分が全員を救う!」と気負い立ついづみでしたが、未来の知識(予言)に頼って先走った結果、警察官としての客観的物証を重んじる田中先輩と激しく衝突し、すれ違ってしまう苦い開幕となりました。
次回第5話では、一人で暴走した姿を鳥居の刺客に狙われ、2周目最大の危機と挫折を迎える『【2周目:崩壊】一喝と、雨の美観地区での敗北』へと突入いたします!
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