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白壁の果て、惨劇の幕開け

いつもお読みいただきありがとうございます!

連載『死に戻った新米刑事は、生真面目先輩とやり直し(と恋)を始める』第1話をお届けいたします。


プロローグの甘々未来から一転、物語はすべての起点となる昭和の面影残る猛暑の7月15日へ。

倉敷美観地区で起きた悪徳実業家・大野木源造の殺人現場にて、新米刑事・いづみと生真面目な先輩・田中が出逢う事件の恐怖と、二人の密やかな体温の交錯をじっくりとお楽しみください!


 昭和の面影を強く残す、7月15日の猛暑の倉敷美観地区。


 ジリジリと照りつける太陽が白壁の街並みを白熱させ、アスファルトからは眩暈を覚えるような揺らめく陽炎が立ち上っていた。


 倉敷川の青々とした柳並木は風もなく垂れ下がり、川面には夏の強い光が反射して眩しくキラキラと輝いている。風情ある白壁の土蔵群を観光客の手漕ぎ舟がのんびりと進んでいくが、その風情ある景観の裏側には、押しつぶされそうなほどの鬱陶しい熱気が満ちていた。


 「……暑いですね、田中先輩。立っているだけで汗が噴き出してきそうです」


 黒のパンツスーツ姿の村瀬いづみは、ポニーテールに束ねた黒髪の根元を指先で軽く持ち上げ、うなじに溜まった微かな汗を拭った。


今年で25歳になる倉敷署刑事課の新米刑事、村瀬いづみ。

すっきりと高い位置で結い上げた黒髪のポニーテールが、彼女が歩調を合わせるたびに軽快でしなやかに揺れ、真夏の強い陽光を浴びて深い艶を放っている。

誰もが思わず足を止めて振り返るほどの瑞々しい美貌と、凛とした知性を宿す涼やかな瞳。


柔道黒帯で長年鍛え上げられた168センチの体躯は、無駄な脂肪が一切存在しない、しなやかで引き締まった極上のアスリート体型だ。

几帳面に着こなした黒のパンツスーツ越しであっても、すらりと伸びた長い脚のシルエットや、キュッと引き締まったウエストのくびれ、そして凛と伸びた背すじの美しいラインがくっきりと浮かび上がっている。


ジャケットの襟元からうなじ、そして首筋にかけて覗くすべすべとした白肌には、酷暑の熱気で生じた微かな汗の雫がうっすらと伝い、太陽の光を受けて真珠のように艶やかに輝いていた。


職場では「隙のないクールで優秀な新米刑事」として周囲から一目を置かれている彼女だが、その凛とした佇まいには、触れれば弾けそうな若々しい張りとしなやかな強靭さ、そして隠しきれない可憐な色香が同居していた。



 「油断するな、村瀬。酷暑だからといって気を緩めれば、一瞬の判断ミスが命取りになる」


低く落ち着いた声が、いづみの隣から届く。

振り返ると、そこには猛暑の屋外であるにもかかわらず、乱れひとつない夏用のスリーピーススーツを几帳面に着用した男――倉敷署刑事課一係の巡査部長・田中健人(29)が立っていた。


黒縁メガネの奥に光る鋭い瞳が、周りの状況を冷徹にスキャンしている。

田中は長身の178センチを生かし、太陽を遮るようにいづみの隣へと自然に歩幅を合わせた。大きな影がいづみをすっぽりと包み込み、酷暑の日差しから静かに守る。


ふと、すれ違いざまに肩が触れ合いそうなほど至近距離に寄った田中の身体から、整髪料と清潔な男の体温が混ざり合った香ばしい匂いが漂ってきた。


(田中先輩……どんなに厳しい暑さでも、少しの乱れも見せずに捜査に集中している……)


いづみの胸の奥に、頼もしい先輩への深い信頼と尊敬が広がる。

着任以来、捜査のいろはを叩き込んでくれた厳しくも最も頼れる先輩であり、相棒(バディ)。職場では厳格な先輩と新米刑事という一線を画しているが、ふとした瞬間に見せる田中の強い責任感と真っ直ぐな眼差しに、いづみは深く救われていた。


「……村瀬、襟元が少し乱れているぞ」


「えっ……?」


立ち止まった田中が、すっと長くて骨太な指先を伸ばした。

いづみの黒ジャケットの襟元に触れ、微かな整えの動作とともに、その指先がいづみの鎖骨の近くに触れた。


「あ……すみません、先輩。自分としたことが……」


不意に触れた指先の体温に、いづみは身をすくめて恐縮した。

一方の田中は、指先に触れたいづみの柔らかく可憐な肌の質感に、黒縁メガネの奥で一瞬だけ瞳を大きく揺らしていた。手元に伝わる密かな可憐さに、胸の奥を激しく突き動かされながらも、田中は生真面目な顔でそれを隠すように小さく喉を鳴らした。


「……よし、整った。気合を入れ直して鑑識と臨場するぞ」


「はいッ、失礼しました!」


表情を引き締め直し、いづみは頼もしい先輩の後ろ姿を追って足を進めた。


* **


 倉敷川から一本奥に入った、古い土蔵と黒漆喰の壁に挟まれた狭い路地裏。

 立ち込める鬱陶しい熱気と、鼻を突く濃密な血生臭さの中、いづみは現場に足を踏み入れ、思わず息を呑んだ。


「……ひどい……こんなの……」


路地の奥、古びた黒漆喰の壁に背を預けるように倒れていたのは、倉敷市内で手広く不動産と闇金融を営む悪徳実業家・大野木源造(58)の無惨な遺体だった。


丸々と肥え太った首元には、太い麻縄で絞められた生々しい紫黒色の鬱血痕が深く刻み込まれている。開かれたままの濁った瞳は、最期に目撃した絶望を凍りつかせていた。


「動くな、村瀬。鑑識が入る前に余計な足痕を残すな」


田中は膝を折り、被害者の首元に残された縄目の結び目をじっと見つめた。


「財布も高級腕時計も手付かずだ。狙いは最初から大野木の命そのもの……それも、かなり手慣れた人間の仕業だな」


「手慣れた……ですか?」


「特殊な南京縛り……ロープワークの心得がある者の手口だ。そして、手際が良すぎる。この美観地区は観光地ゆえ至る所に防犯カメラが設置されているが、この路地裏だけは完璧な死角だ。被害者をここまで誘い出し、音もなく絞殺して去る……地域の地理とカメラの配置を完璧に熟知していなければ不可能だ」


「その通りですよ、田中巡査部長」


カツコツと涼やかなヒールの音を響かせて現れたのは、白衣を纏った美しい女性――岡山県警科捜研の主任・園田美里(35)だった。


「現場周辺の防犯カメラ映像を一次確認しましたが、被害者がこの路地に入る数十秒前の映像を最後に、不審者の姿は一切捉えられていません。まさに『影』のような犯行です」


美里は手帳を開きながら、クールな表情のまま淡々と告げた。


「死亡推定時刻は昨晩の二十二時から二十四時の間。索頸痕の形状から見ても、一気にはめ殺されていますね。迷いがない」


「防犯カメラの死角を突いた暗殺……。プロの仕業ということですか、美里さん」


いづみが問うと、美里は眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、かすかに眉をひそめた。


「可能性は高いわね。……ところで村瀬さん、帰りに倉敷名物の『むらすずめ』を買っていかない? ここの本店の出来たては絶品なのよ」


「えっ……あ、はい! 美里さんが仰るなら是非……って、美里さん、今殺人現場の真っ最中ですよ!?」


「糖分補給は鑑識官の嗜みよ。……じゃ、詳しい鑑識結果は後ほど署で」


クールな雰囲気のまま重度の甘党の素顔を覗かせる美里の去り際を見送り、いづみは思わずくすりと微笑んだ。緊迫した捜査現場の中で、美里の変わらぬペースはどこか救いでもあった。


だが、その和やかな空気も束の間、路地の入り口から威厳に満ちた足音が近づいてきた。


「ほう、二人ともすでに臨場していたか。相変わらず仕事が早いな」


穏やかで温かい、包容力に満ちた声。

現れたのは、倉敷署刑事課一係長・鳥居信一郎(54)だった。


白髪交じりの髪に、温和な目尻のシワ。まるで七福神の大黒天を思わせるような福々しい笑顔を浮かべ、鳥居はいづみと田中の肩をポンと優しく叩いた。


「鳥居係長!」


いづみと田中は即座に直立不動の姿勢をとった。

鳥居は30年以上の現場経験を持つベテランであり、部下たちの失敗をすべて己の身で庇い、温かく見守る一係の「理想の父親像」そのものの人物だった。


「いづみちゃん、初めての大きな殺人事件で緊張しているだろう。だが、心配いらん。お前には頼りになる田中がついているし、最後は俺が全責任を取る。若いお前たちは、自分の直感と足を信じて思い切り捜査してこい」


「はいっ! ありがとうございます、鳥居係長!」


鳥居の「大黒天の笑顔」と温かい言葉に、いづみの胸は深い感謝と尊敬でいっぱいになった。

10年前に殉職した父・村瀬五郎の背中を追いかけて警察官になったいづみにとって、鳥居の存在はまさに亡き父の面影を重ね合わせる理想の指導者だった。


「田中、村瀬をしっかり頼むぞ。被害者の大野木は裏社会でも相当恨みを買っていた男だ。捜査は一筋縄ではいかん」


「はっ。命に変えましても、村瀬と現場を守ります」


田中は背筋を伸ばし、力強く応えた。

その言葉には、単なる先輩としての義務感を超えた、重く切実な決意が込められていた。


3年前、実の姉のように慕っていた女性を理不尽な犯罪で失ったトラウマを持つ田中にとって、いま隣に立つ新米の相棒・いづみは、何としても死守しなければならない『かけがえのない存在』だったのだ。


「よし、署に戻って捜査本部を立ち上げるぞ!」


「はいッ!」


鳥居の威勢の良い掛け声に応え、いづみは力強く頷いた。


夕闇が近づく倉敷美観地区。

川沿いに立ち並ぶ白壁の建物が、橙色の夕日を浴びて長く暗い影を路地に落としていた。


この時、いづみはまだ何も知らなかった。

自分たちが全幅の信頼を寄せる「大黒天の笑顔」の裏に、どれほど冷酷で深い漆黒の闇が潜んでいるのかを。

そして、この猛暑の7月が、仲間たちの惨殺と、自分たちの冷たい死によって終わる「最初の惨劇」の始まりに過ぎないということを――。


第1話をお読みいただき、本当にありがとうございました!


運命の7月15日、猛暑の倉敷美観地区で発生した殺人事件から、すべての悲劇の幕が開きました。

頼れる相棒の田中先輩、温かい鳥居係長、そして科捜研の美里さん――この平穏な警察署の裏に潜む恐ろしい陰謀とは。


次回第2話では、被害者と繋がる画廊『漆黒堂』への追及と、二人の前に現れる「賢者猫ソクラテス」との出会いが描かれます!


少しでも面白いと思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク登録】や【評価(★★★★★)】で応援していただけますと大きな執筆の糧になります!

次回、第2話の更新もどうぞお楽しみに!


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