忍び寄る黒い影と、パンドラの扉
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【第2部:完全反撃編】序盤フィナーレとなります第14話をお届けいたします!
3周目の初週、昼間は一係執務室で隙のないプロバディとして水面下の先回り手配を進め、夜は二人だけの密室で濃密な愛の体温を重ね合ってきた田中といづみ。
しかし、ふたりの神がかった動きに疑念を募らせた鳥居の指示により、暗黒組織の監視網が田中のマンションへと迫ります。
危機を即座に察知した田中の決断により向かうこととなった避難先――それは、いづみが「乙女の尊厳が灰塵に帰す」と絶叫する、あのみっともない汚部屋(核実験場)で……!?
緊張感あふれる警護サスペンスと、甘い情愛、そしてギャップが交錯する第14話をお楽しみください!
同棲生活を開始してから一週間が経過した、7月21日の火曜日の夜。
倉敷署での緊迫した捜査勤務を無事に終え、田中のアパートの静かな密室に帰還した二人の間には、日に日に深く溶け合う濃密な愛の熱気が満ちていた。
キッチンの小さな食卓には、昆布と鰹節の出汁が利いた温かい三平汁と、手際よく焼き上げられた鰆の西京焼きが並んでいる。
エプロン姿の「オカン化田中先輩」が振る舞う滋味深い手料理を囲み、いづみは身体の芯から解けていくような安らぎに目元を和ませていた。
「あ……っ、健人さんの作るご飯、どうしてこんなに身体にしみ渡るんだろう……っ」
「お前が毎日綺麗に完食するからな。捜査で身体も神経も消耗しているんだ、しっかり精をつけろ」
黒縁メガネの奥の瞳を柔らかく細め、甲斐甲斐しく大盛りのご飯を勧めてくれる田中。
昼間の一係執務室で見せる「冷静沈着で厳格な先輩巡査部長」の佇まいとは違う、私生活での包容力あふれる温もりに、いづみの胸は甘い愛おしさで満たされていく。
食後の和やかなお茶の時間を終えると、部屋の明かりが落とされ、ローテーブルの上に残された小さなスタンドライトだけが、薄暗い室内に柔らかく妖艶な橙色の影を落としていた。
一週間の同棲を経てしっくりと肌に馴染んだ密室の静寂の中に、二人分の少し乱れた熱い呼吸が重なり合い、部屋の温度が静かに上がっていく。
「……いづみ」
「健人……さん……っ」
幾帳面な指先が黒縁メガネの外枠へ添えられ、カタリと静かな音を立ててサイドテーブルへ滑り落ちた。メガネを外した彼の素顔の瞳には、昼間の冷徹な巡査部長の面影などどこにもなく、一人の男としての抑えきれない濁った情熱と、湿り気を帯びた深い愛おしさが甘く濡れて揺らめいていた。
田中は鍛え上げられた骨太な腕でいづみの華奢な腰を引き寄せると、逃がす気など毛頭ない確かな拘束力で自身の膝の上へ抱き上げるようにしてソファーへと腰掛けさせた。
ふわりと舞い上がるラベンダーの甘い香気と、薄手の部屋着越しにダイレクトに伝わる彼女の滑らかで熱い体温。日頃の訓練で鍛えられた田中の武骨で少しザラついた掌がそっと彼女の桜色の頬を包み込み、熱を帯びた親指の腹で愛おしそうに上気した唇の輪郭を丁寧になぞり上げていく。
「一週間……毎日お前の可憐な寝顔を見つめ、お前の手料理の匂いで目を覚ます毎日だ。……だが、どれだけ同じ時を重ねても、お前への愛おしさは募るばかりだな」
「私も……私だって同じですッ。健人さんの隣にいられる時間が、嬉しくて、愛おしくて……私、胸がいっぱいになっちゃって……っ」
感極まったいづみは、自ら細い腕を彼の無骨な首筋に強く回し、たくましい胸板へと甘えるように身体を深く擦り寄せた。
互いの唇が吸い寄せられるように重なり合う。何度も角度を変えながら貪るように唇を食み合い、熱い舌先がすっと滑り込んで絡み合う濃密な口づけが繰り返された。離れるたびにじゅぷりと湿った**微かな甘い水音**が、二人だけの静寂を艶やかに焦がしていく。
田中はいづみのしなやかな身体を強い腕で抱きかかえたまま、ゆっくりとベッドの上へと押し倒し、上から覆いかぶさるようにして体躯の重みを重ね合わせた。ギシリと沈み込むマットレスの感触。
今日この夜のために身に纏ってきた、繊細なレースの勝負下着と薄地の部屋着。その柔らかな生地の上から、彼の温かく大きな手が引き締まったウエストの曲線、滑らかな太ももの内側のライン、そしてしなやかな背筋へと深く滑り込み、逃げ場のない熱量で力強く抱きすくめていく。
「……身体がすごく熱い……っ」
「お前をこうして抱きしめていると、心が叫び出すんだ。……もう二度と、この温もりを失いたくないとな」
「失わせません……っ! どこにも行きませんからっ……ずっと、健人さんの胸の中にいます……っ!」
耳元で囁かれる低い掠れた声に背筋を甘く痺れさせ、いづみは身体を強く強ばらせながら、爪を立てるようにして彼の背中に深く抱きついた。
鍛え上げられた彼の胸板と、彼女の滑らかな胸元の起伏が衣服の生地を透かして隙間なくぴったりと密着し、トクン、トクンと打ち鳴らされる激しい鼓動が互いの体温をどこまでも溶かし合わせていく。
田中の武骨な手が、部屋着の裾から彼女の太ももの内側へとすっと滑り込み、吸い付くような素肌を優しく擦り上げていった。レースの境界線を手繰り寄せるようにして、肌の温もりが一番濃く残る場所へと、愛おしそうに指先が圧をかけながら這い進む。
直に触れられそうで触れられないあと数ミリの甘美な焦らしに、いづみは息を呑んでキュッと足指を丸め、背中を弓なりにしならせて切ない吐息を漏らした。
「健人さん……あ……っ、そこ……手……っ、……っ」
「おかしくなればいい……お前の身体も、心も、すべて俺の愛で満たしてやる……」
低い掠れた囁きとともに、彼の大きな掌が彼女の腰を力強く引き寄せ、下半身の熱量を密着させる。服と肌が擦れる生々しい摩擦音と、上気した互いの肌から立ち昇る甘い汗の香りが部屋の空気をいっそう濃密に染め上げていく。
誰の目も届かない二人だけの密室で、生の体温と息づかい、心臓の鼓動のすべてを溶け合わせ、ふたりは二度と引き裂かれることのない不滅の愛と深い情熱を確かめ合っていく。
何度も愛おしそうに髪や首筋、背中を撫で擦る田中の掌の温もりに包まれながら、いづみは夢を見るような甘い溜息とともに、愛する人の情熱の中に深く身を委ねていった。
二人が過ごす甘く濃厚な夜の熱気は、朝が訪れるまで絶えることなく深く二人を包み込み続けるのだった。
翌、7月22日の水曜日。
倉敷警察署刑事課一係の執務室は、朝から真夏特有の蒸し暑さと、事件処理に追われる刑事たちの熱気で包まれていた。
午前10時。デスクに向かう田中と、その隣で捜査ファイルを整理するいづみ。
ふたりは昨夜の甘く濃密な密室での面影を完璧に消し去り、冷徹で隙のない「プロの刑事バディ」として立ち回っていた。
「田中先輩。水島港周辺の資材置き場に関する防犯カメラの死角ログと、土地権利の移転履歴の突合が完了いたしました。やはり、事件当日の夜、特定の車両が複数回往復した痕跡が浮上しています」
「よくやった、村瀬。そのログの解析結果と関係者のリストを、正規の捜査ラインに乗せるための報告書にまとめろ。同時に、周辺店舗への聞き込みの配置を組む」
「はいッ! 了解いたしました!」
いづみの美しく無駄のない動作と、田中の寸分の狂いもない的確な指揮。
ふたりは1周目と2周目で得た知識を活用し、大野木源造の殺人事件に関わる裏ルートや、画廊『漆黒堂』のオーナー・鶴岡徳次郎に関わる不法資金の移送ルートを、表向きは「地道な聞き込みとログ解析の成果」として完璧に先回りして押さえ込んでいた。
羽島たち同僚刑事も「おいおい、新米の村瀬と田中のペア、最近ノリにノッてないか? まるで犯人の次の手が最初から見えているみたいだぞ」と感心しきりである。
ふたりの視線が、ほんのひと目だけ交錯する。
周囲の同僚には決して見せない密やかな絆と信頼が、言葉のない目線の中で強く通い合っていた。
しかし、その完璧すぎる先回り行動を、奥のデスクから冷ややかな目で見つめている男がいた。
一係長・鳥居信一郎である。
鳥居は高級なスリーピーススーツの胸元に手をやり、陶器の湯呑みを握りしめたまま、微かに眉間を寄せていた。
(……おかしい。何かが狂っている……)
鳥居の脳裏に、不気味なほどの胸騒ぎと焦燥が渦巻いていた。
(なぜだ……? なぜあの真面目だけが取り柄の田中が、俺と漆黒堂の鶴岡しか知り得ない裏の動きや関係者の配置を、こうも完璧に先回りして押さえている……?)
鳥居たちが裏で極秘に進めていた地上げ工作や、証拠隠蔽のための特殊ルート。
それらは警察内部の人間すら把握していない、ごく限られた暗黒組織『とぐろを巻いた蛇』の手先だけが共有する秘匿情報のはずだった。
それにもかかわらず、田中といづみは、まるで未来の出来事をあらかじめ知っているかのように無駄のない動きで先手を打ち、証拠を固めてしまっているのだ。
(あの田中……一体どこで情報を掴んでいる? どこかに情報漏洩の穴があるのか、それとも……拠点と思われる自分の自宅を中心に、秘密の作戦を練り上げて動いているのか……?)
鳥居の細い目が、冷たく不気味に光った。
(野放しにはできん。一連の不気味な先回り捜査を仕切っているのは、間違いなく田中だ。捜査の中心である田中の自宅、奴の行動パターン、接触者……すべてを監視下に置け)
鳥居は静かに席を立つと、手帳を開いて裏の連絡先へと短く暗号メールを送信したのだった。
午後8時すぎ。
公道での警戒を怠らず、時間差で署を出た田中といづみは、田中のマンションへ帰還した。
カチャリとドアを閉め、チェーンを掛けた瞬間、田中は即座にいづみの口元を手で制し、音を立てないよう指先で指示を出した。
「……!? 田中先輩……?」
声を出さずに首を傾げるいづみに対し、田中は黒縁メガネの奥の瞳を氷のように冷たく研ぎ澄ませていた。
元鑑識官としての鋭い観察眼。
田中は部屋の明かりを付けないまま、慎重に足音を殺して廊下を進んだ。
ベランダへ続くアルミサッシの手すり付近――そこには、昼間のうちに外部から侵入を試みた際に付けられたと思われる、微かな金属の擦れ痕と足跡が残されていた。
さらに、エアコンの室外機の裏側を小型ライトで照らすと、送信機が仕掛けられた最新型の超小型盗聴器が静かに取り付けられていた。
田中は静かにサッシのカーテンの隙間から、マンション前の駐車場を見下ろした。
街灯の陰に、スモークガラスを貼り合わせた不審な黒のセダンが、エンジンをかけたまま息を潜めて停車している。
「……俺のアパートは、完全にマークされたな」
田中は低い押し殺した声で呟いた。
「えっ……! 盗聴器まで……!?」
いづみが息を呑む。田中はいづみの肩を引き寄せ、耳元で低く囁いた。
「鳥居たち暗黒組織の連中だ。俺たちの先回り捜査の精度に不審を抱き、主導している俺のアパートを特定して張り込みと盗聴網を敷いたのだろう。……この部屋で作戦会議や生活を続けるのは、あまりにも危険すぎる」
「じゃ、じゃあ……どうするんですか……!?」
田中は黒縁メガネのブリッジを押し上げ、微塵の迷いもない真剣な表情でいづみを見つめた。
「ノーマークの安全地帯へ、今すぐ拠点を移動する。敵の監視は俺一人の動きに集中している。奴らの意識から完全に外れている、完全な死角へ退避するぞ」
「ノーマークの安全地帯……? それって、どこですか……?」
田中は力強く頷き、まっすぐにいづみを指差した。
「お前の部屋だ、村瀬。お前の部屋へ避難する」
「―――――ッ!?!?!?」
その瞬間、いづみの顔面から血の気が一瞬で吹き飛んだ。
「わ、私の部屋……ッ!? 私の部屋ですかぁぁッ!?」
「声が大きい! 抑えろ!」
「だ、ダメですッ! 絶対にダメですッ! あそこはパンドラの箱ですッ! 乙女の尊厳が灰塵に帰しますぅぅッ!!」
先週、一生懸命に自分の部屋へ戻って大洗濯をし、トラベルバッグに着替えをパッキングしたものの、部屋全体の惨状――床を埋め尽くす服の山とサバ缶タワーは、何一つとして解決していないのだ。
世間には「完璧で優秀な新米刑事」を通している自分の、あのかわいそうなプライベートの惨状を、大好きな健人さんに見られるなど死んでも嫌であった。
「何を用意周到に大パニックになっているんだ! 命と捜査には代えられないだろう!」
「命より大切な乙女の尊厳があるんですぅぅッ! お願いです健人さん、ホテルかどこかにしてくださいぃぃッ!」
「不審な潜伏先などすぐ特定される! 敵の意識から外れているお前の部屋以外に安全地帯はない! 行くぞッ!」
大真面目な顔の田中先輩に手首を強く掴まれ、いづみは非常階段から夜の街へと連れ出されたのだった。
午後9時前。倉敷市外縁に佇むマンションの4階廊下。
暗がりの中に浮かび上がる、彼女の部屋の金属プレート。
「……静かにしろ、村瀬。中に刺客が潜伏している可能性もゼロではない。俺の後ろにいろ」
田中は夏用スーツの上着を払うと、右腰のホルダーに収められた警察用拳銃のグリップへ手を開き、プロの警護と緊張感MAXで廊下の死角をクリアリング警戒した。
「……行くぞ、村瀬」
一方、そのプロの背中のすぐ後ろで、村瀬いづみは両手で顔を覆い、ガタガタと生まれたての小鹿のように膝を震わせていた。
刺客の恐怖など、今の彼女には微塵もない。
これから大好きな健人さんに、己の『核実験場(汚部屋)』を完全暴露される恐怖で、絶望の涙を浮かべて半泣きになっているのだ。
「ひ、ひえぇぇ……っ! 神様助けてぇぇっ……!」
カチリ。
静かな廊下に、金属鍵が回る無情な音が響く。
緊張とギャップの扉が、今、静かに押し開かれようとしていた――。
第14話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
田中のマンション周辺に迫る黒い影と元鑑識の冷徹なプロの警戒感、そして二人だけの密室で見せる妖艶で切ない愛の抱擁をお届けいたしました。
そして、「命と捜査のため」と大真面目に押し切られ、パンドラの箱(自室)のドアの前で半泣きになるいづみちゃん!
次回第15話からは、いよいよ扉が開かれ、カオスと愛が炸裂する【自室への避難同棲&オカン化先輩の大掃除編】へ突入いたします!
汚部屋に絶句する田中先輩の手料理&大掃除と、父・五郎の隠された秘蔵ノートの発掘!
怒濤のラブコメとサスペンスの展開をどうぞお楽しみに!




