【2周目:二人跳躍】阿智神社での誓いと、3周目の朝へ(第1部完結)
いつもお読みいただきありがとうございます! 連載『死に戻った新米刑事は、生真面目先輩とやり直し(と恋)を始める』【第1部:時をかける誓い編】の第10話(第1部完結編)をお届けいたします。
鳥居の自決と隠蔽の絶望を乗り越え、恋人として心も魂も結ばれた田中先輩と新米刑事・いづみ。 ふたりは自らの意志で阿智神社の賢者猫ソクラテスのもとへ向かい、各自に『成功率50%/消失率50%』のリスクが課される苛酷な二人時空跳躍へと挑みます。
それぞれの自室で目覚め、全記憶を保持したまま阿智神社で再会を果たしたふたりが、姿を消したソクラテスの遺志を継いで運命の3周目完全攻略へと踏み出す、第1部フィナーレをどうぞお楽しみください!
7月24日、早朝5時。
倉敷美観地区の白壁の蔵群と、川面にゆらゆらと佇む青々とした柳並木が、淡い薄桃色の美しい朝靄の中に静かに佇んでいた。
真夏の夜が明けたばかりの、涼やかで清廉な空気。倉敷警察署からほど近い巡査部長・田中健人のマンションの一室には、窓のブラインド越しに柔らかい朝光が差し込み、昨夜の甘く激しい情熱の余韻がしっとりと満ちていた。
「……ん……っ……」
ベッドの上、重厚で温かい羽毛布団の中で村瀬いづみはゆっくりと長い睫毛を揺らし、薄く目を開けた。
ポニーテールをほどいたしなやかな黒髪が、真っ白なシーツの上に艶やかに広がっている。
自分が全裸であることを自覚した瞬間、いづみの顔は熟したトマトのように一瞬で真っ赤になった。
掛け布団の隙間から覗く、昨夜の熱い愛撫の余韻を色濃く残したほんのり桜色の素肌。
柔道で鍛え上げたしなやかな鎖骨やくびれたウエスト、滑らかな素脚に、朝の光が妖艶な陰影を描いている。
昨夜、見晴らしの丘で涙とともに「タイムループの全真実」を打ち明け、激しい雨の中で幾度も濃密な唇を重ね合わせたふたり。
田中の部屋へ辿り着いたあとも、雨に濡れた衣服をすべて脱ぎ捨て、お互いの素肌と体温を貪るように確かめ合いながら正式に心も体も完全にひとつに結ばれたのだ。
普段、倉敷署刑事課の現場で見せる凛とした新米刑事としての隙のない佇まいはどこにもない。
愛する男性の傍らで見せるいづみの瞳には、とろけるような甘い安らぎと羞恥心が満ちていた。
恐る恐る横へと視線を滑らせると、すぐ隣の枕に頭を預け、穏やかな寝息を立てている健人の精悍な横顔があった。
普段の勤務で完璧に着こなしているスリーピーススーツを脱ぎ、黒縁メガネを外した無防備な素顔。
布団からはみ出た健人の骨太な腕が、全裸のいづみの細い腰を引き寄せるように優しく抱きかかえている。
(あ……あぁぁ……っ! 本当に健人さんのベッドの中で、私…裸のままで抱きしめられてる……っ!)
嬉しさとあまりの羞恥心に心臓が破裂しそうになり、いづみがそっと布団を頭まで被ろうとした、その時だった。
「……ん……ふぅ。……おはよう、いづみ」ガラガラ声の低い男らしいモーニングボイス。
目を覚ました健人が、布団から目元だけを出していちごのように真っ赤になっているいづみと真っ直ぐ視線衝突させた。
メガネのない深い瞳には、職場で見せる厳格さとは違う、底知れぬ愛おしさと熱い情熱が満ち溢れている。
「た……田中先輩……っ」
「……もう『先輩』ではないと言ったはずだ」
バツの悪そうな顔をしながらも、健人は布団の上からいづみの身体を丸ごと大きな腕で強く引き寄せると、素肌のままのいづみを己の逞しい胸元へと深く抱きすくめた。
「あっ……健人さん……っ!」
シーツ越しに密着する、お互いの生の体温。健人の厚い胸板に押し当てられたいづみのしなやかな胸元と引き締まったお腹に、彼の生き生きとした灼熱の肌の熱と力強い鼓動がダイレクトに伝わってくる。 健人は逃がす気など毛頭ない力強い腕力でいづみの細い腰を抱きしめ直すと、彼女の柔らかい額から鼻筋、そして昨夜の余韻でうっすらと開いた赤いいづみの唇へと、深く、濃厚な口づけを重ね落とした。
「ん……っ……ふぁ……っ」
朝の澄んだ光の中で重なり合う熱い呼吸。
唇が離れると、健人は愛おしくてたまらないというように、いづみのボサボサの黒髪を撫で上げ、敏感な首筋から鎖骨の窪みへと低い吐息とともに甘い唇を這わせていく。
「健人さん……ダメです、そんな……朝からまた私、おかしくなっちゃい……っ」
口では照れくさそうに制しながらも、布団の中で全裸のいづみの細い腕はしっかりと健人の背中に回され、拒絶するどころか互いの存在を確かめ合うようにその身をぴったりと委ねていた。
「ふぅ……朝からそんな可愛い顔されたら、容赦できなくなるだろ」
健人は低い掠れた声で囁くと、愛おしそうにいづみの頬を包み込み、引き締まった彼女の体をもう一度強く己の胸へと引き寄せた。
しばらく互いの熱い体温と鼓動を貪るように噛み締めたあと、健人は名残惜しそうにベッドから静かに起き上がった。
逞しい背中を朝光に晒しながらキッチンへ向かうと、冷えたミネラルウォーターをふたつグラスに注いで戻ってくる。 グラスをいづみに手渡し、彼女の隣に腰掛けた。
布団を胸元まできつく手繰り寄せ、照れくさそうに冷たい水を口に含むいづみ。
喉の奥から身体が静かに覚醒していくのと同時に、真横に座る健人の熱い視線と、朝光に照らし出される互いの素肌の体温に、胸の奥の甘い熱気は再び爆発寸前まで膨らんでいくのだった。
「健人さん……。私……どうしても諦めたくないんです。取調室での鳥居係長の吐血自決も、本庁上層部による冷酷な病死隠蔽工作も……このまま苦い敗北として終わらせたくありません。父の念願だった警察内部の暗黒組織『とぐろを巻いた蛇』の解体も、先輩や一係の仲間たちの命も、私は絶対に守り抜きたいんです」
いづみの通る声には、二度の周回を駆け抜けてきた強固な意志と、最愛の相棒を得たことへの迷いない情熱が宿っていた。1周目で田中を失った絶望と、2周目で一人抱え込んで空回りした悔しさ。そのすべてを乗り越えた彼女の瞳は、今や真実の光で澄み渡っている。
田中はいづみの細い指先に己の大きな指を固く絡ませ、彼女の深く澄んだ瞳を見つめ返した。
「ああ。俺もまったく同じ想いだ。二度目の世界で客観物証を積み重ね、鳥居を追いつめた成果は無駄ではなかった。……お前一人にそんな重い地獄を歩ませはしない。お前が命懸けで俺を守ろうとしてくれたように、今度は俺がお前のすべてを支え抜く。一度死を経験し、愛を確かめ合った俺たちだからこそ、見えてくる真実があるはずだ」
田中はいづみの黒髪に指を適わせ、深く力強く頷いた。
「……二人で阿智神社のソクラテスのもとへ行こう。全記憶を抱いたまま二人で過去へ戻り、今度こそ鳥居の罠を完璧に先回りして、すべての悲劇を未然に打ち砕くんだ」
「……はいッ! 健人さんと一緒なら、どんな未来も切り拓けます……ッ!」
互いの身体から伝わる暖かな体温と、決意の息づかい。ふたりは恋人として、そして固い絆で結ばれた相棒として固く手を取り合い、朝靄の残る倉敷の街へと足を踏み出していた。
部屋の壁にかけられた時計の静かな針の音がトック、トックと時を刻んでいた。昨夜の激しい雨から一転して澄み渡った倉敷の朝。田中はいづみの肩を温かく抱きかかえ、互いの生きている鼓動を感じ合いながら静かな眼差しを落とした。
「俺たちが二度の周回で得た最大の収穫は、何よりもお前と俺が互いの存在を真に理解し、バディとして、そしてひとつの魂として結ばれたことだ。予言や未来の知識だけに頼るのではなく、お前の直感と俺の客観捜査、そしてふたりの不屈の意志があれば、どんな闇も必ず切り拓ける」
「はい……! 田中先輩……ううん、健人さん。私、もう一人で抱え込んで暴走したりしません。先輩の隣で、相棒として、そして最愛の人として、一緒に最後まで走り抜きます!」
いづみは田中の胸元へ顔を埋め、彼の柔らかい体温と落ち着く香りを胸いっぱいに吸い込んだ。言葉だけではない、互いの命を預け合った者同士の熱い絆が、静かに部屋を満たしていく。
早朝6時。静寂に包まれた阿智神社の参道。
長い石段を一段ずつ踏みしめるように上り詰めると、静まり返った本殿の脇、樹齢数百年の大楠の根本に、灰色の毛並みを誇る老猫・ソクラテスが静かに佇んでいた。
朝露に濡れる境内の静寂の中で、その佇まいはどこか浮世離れした異彩を放っている。
「……ほう。二人揃ってやってくるとは、物好きな二本足どもだな」
二人が歩み寄ると、ソクラテスの重厚で気品ある思念波がふたりの脳裏に直接響き渡った。
田中といづみは一切の迷いなくソクラテスの前へ進み出ると、拝殿の敷石の上に膝をつき、深々と頭を下げた。
「ソクラテス……折り入って頼みがある。私たちふたりを、すべての起点である7月15日の朝へ跳躍させてくれないか」
田中の低く重厚な直訴に応え、いづみもまっすぐな瞳で老猫を見つめた。
「お願いします! 私たちふたりで全記憶を持ったまま過去へ戻り、鳥居の罠を先回りして完封したいんです! もう誰も死なせたくないんです!」
ソクラテスは黄色い瞳を細め、フンと小さく鼻を鳴らした。
「言っておくが、時空跳躍は気まぐれな戯れではないぞ。時の河を遡る試みには、参加者各自に独立した『成功率50%/消失率50%』の厳格な賭けが下される。誰かが無事に過去へ戻れても、誰かが時空の狭間へ弾き飛ばされ、二度と存在を保てなくなる恐れがあるのだぞ。正真正銘、命懸けの博打だ。お前たちのその浅はかな愛と覚悟で、その重みに耐えられるのか?」
過酷な運命の理。誰かが必ず無事に帰れる保証などどこにもない。成功するか、存在そのものが時空の塵となって消滅するかは、各自の確率のみが握っているのだ。
だが、互いの手を繋ぎ合う二人の表情に、怯みや迷いは微塵も存在しなかった。
田中はいづみの細い手を強く握り締め、凛とした声で言い放った。
「どんなリスクがあろうと覚悟の上だ。一度死を分かち合い、愛を誓い合った俺たちの魂は、もう二度と離れない」
「私だって同じです! 健人さんと一緒なら、どんな過去もリスクも怖くありません! ふたりで一緒に未来を掴み取ります!」
互いを深く愛し、魂の奥底で信頼し合うふたりの不退転の絆。
ソクラテスはそのまっすぐな魂の輝きを見つめると、静かに髭を揺らした。
「……フン、どこまでも往生際の悪い二本足どもめ。……ならば往くがよい。お前たちの真実の愛が、時空の理を超えて奇跡を紡ぐか試すがいい」
ソクラテスの瞳が眩い銀色の光を放った瞬間、境内の空気が激しく渦を巻き始めた!
時空の歪みが空間を折り畳み、眩い光の渦が二人を包み込んでいく。
田中はいづみのしなやかな腰を引き寄せ、熱く深く唇を重ね合わせた。
世界が白光の中に溶けていく中で交わされる、愛と誓いの濃厚な口づけ。
(絶対に……二人で生きて勝つ……っ!)
ふたりは固く指を絡め合わせたまま、過去へと繋がる光の奔流の中へと飛び込んだ――。
ジリジリと耳を刺す蝉の大合唱と、肌を灼く夏の猛烈な酷暑。
ガッと目を開けた瞬間、いづみは猛烈な虚脱感と浮遊感に襲われながら、自室――402号室のベッドの上に倒れ込んでいた。
「……っ……ハぁ……っ!??! ここは……!? 私の、部屋……!?」
弾かれたように跳ね起き、周囲を見回した。
窓の外からは夏のギラギラとした強い陽光が部屋の畳や服の山を照らし出し、エアコンの効いていない室内には息も詰まるほどの真夏の生ぬるい空気が充満している。
ふと自分を見下ろすと、うっすらと汗ばんで白く輝く綺麗な鎖骨と、柔道で鍛え上げたしなやかな胸元のふくらみ。
その瑞々しい起伏の頂点には、ほんの数時間前まで健人の熱い指先で丁寧に愛でられ、焦らされていた記憶を鮮烈に物語るように、ほんのり桜色に上気してキュッと小さく熱を帯びた愛くるしい突起が、隠しようもなく露わになっていた。
動揺と焦燥に駆られながら、いづみは震える指先を己の体に這わせ、身体の隅々まで確かめるように丁寧になぞりはじめた。
首筋から滑らかな鎖骨の窪みへ、そしてしなやかな胸の膨らみへ。健人の骨太な手で幾度も慈しむように包み込まれ、指先で焦らすように愛でられたふたつの瑞々しい起伏。
その中央で今なお微かに熱を帯び、愛らしくキュッと尖っている小さな頂へと指先が触れると、まだ余韻が残ってるのか背筋を甘い痺れが駆け抜けて「あ……っ」と情熱的な吐息が漏れた。
指先はさらに引き締まったウエストのくびれ、しっとりと汗ばむお腹からショーツの境界線、そして健康的で瑞々しい太ももの素肌へとゆっくり滑り落ちていく。
銃弾の傷跡などどこにも存在しない、傷ひとつない自分自身の生々しい体温。
胸の奥から溢れ出す圧倒的な歓びと、全裸の上半身を愛おしそうに自らの両腕で強く抱きしめた。
「あ……っ……健人さん……私戻ってこれましたっ」
湿った赤いくちびるから漏れ出たのは、愛する男性へ贈る甘く甘美な名前。
猛暑の部屋の中で、いづみは熱狂的な恋心とタイムループの確信に、そのしなやかな体を強く打ち震わせるのだった。
身体を駆け巡る歓喜の震え。ほぼ同時に、手元のスマートフォンが激しく震えた。画面に浮かび上がるのは『田中巡査部長』の文字。
『……村瀬か!? 無事か!?』
「健人さん……ううん、田中先輩! はい、無事です! 自分の部屋で目覚めました! 記憶も全部残っています!」
『よし……! 俺も自分のマンションで目覚めた。全記憶を保持したまま、3周目の朝へ無事に生還したぞ……!』
通話越しに聞こえる田中の冷静でありながら力強い声に、いづみの胸が歓びと愛おしさで熱く震えた。
二人はそれぞれ独立した50%の確率判定を切り抜け、無事に全記憶を保持したまま3周目の朝へ辿り着いたのだ。
『ああ、間違いない。窓の外の陽光も、セミの鳴き声も、すべてがあの日――7月15日の朝だ。鳥居も鶴岡も、まだ俺たちが未来の記憶を抱いていることなど知る由もない。今度の3周目は、俺たちの完全な先回り捜査の舞台だ。……だが、決して油断は禁物だ。まずは阿智神社で合流し、ソクラテスの無事を確認しよう』
「はい! 今すぐ着替えて向かいます!」
通話を切ったいづみは、急ぎ黒のパンツスーツに袖を通し、ポニーテールを凛と結び直すと、部屋を飛び出して阿智神社へと駆け上がった。
朝靄の残る阿智神社の境内。
石段を駆け上がってきた順番に、田中といづみは互いの姿を視界に捉え、弾かれたように駆け寄った。
「先輩……っ!」
「村瀬……っ!」
二人は言葉よりも先に互いの身体を強く引き寄せ、引きちぎれそうなほど固く抱き締め合った。
朝靄の静寂の中、肌越しに伝わる激しい鼓動と、生きている確かな体温。
田中はいづみの細い腰を力強く抱きすくめ、いづみもまた彼の首筋にしがみつくように爪を立てた。
どちらからともなく求め合うように重ねられた唇。
朝風に揺れる大楠の下で、互いの口内を満たす灼熱のような吐息と甘い熱気を探り合い、生き直すことができた歓びと溢れる愛おしさを確かめ合うように、深々とした口づけを幾度も交わした。
離れがたい唇をゆっくりと離すと、二人の隙間から甘く白い吐息がこぼれ落ちる。
ふと足元へ視線を落とし、本殿の脇や大楠の周りをどれほど探しても、灰色の老猫の姿も気配も跡形もなかった。境内に漂っていたあの独特の気品あふれる気配は消え去り、ただ夏の朝風が大楠の葉をさやさやと揺らしているだけだった。
ソクラテスは自らに課された50%の確率判定に弾き飛ばされ、時空の狭間へと姿を消してしまっていたのだ。
「ソクラテス……私たちのために……」
いづみと田中は本殿に向かって深く静かに頭を下げ、相棒として肩を並べた。
「……ソクラテスの払った犠牲は、絶対に無駄にはしない。……行くぞ、村瀬。出勤前の時間を使って作戦を練り、今度こそ鳥居の罠を完璧に先回りして、誰も死なせない完全勝利を掴み取るんだ」
「……はいッ! 田中先輩……ッ!」
二人は職場でのプロとしての節度と凛とした距離感を取り戻すと、運命の3周目・完全攻略へ向けて、力強く一歩を踏み出すのだった――。
第10話(第1部完結編)をお読みいただき、本当にありがとうございました! 愛を誓い合った二人が自らの足で阿智神社へ向かい、ソクラテスへの直訴を経て挑んだ『個別50%独立確率の二人時空跳躍』!
それぞれ自室で目覚め、全記憶を抱いたまま阿智神社で再会を果たした二人。 姿を消したソクラテスの思いを胸に、全記憶保持の「最強恋人バディ」として3周目の完全攻略へ船出するフィナーレを感じていただけましたら幸いです。
次回からは、いよいよ第2部(完全反撃編)『【3周目:完全反撃】田中の部屋での先回り捜査と、402号室汚部屋への緊急避難!』が開幕いたします! 鳥居たちの追手から逃れるための同棲避難生活と、父の遺品ノート発掘による怒涛の反撃劇をどうぞお楽しみにお待ちください!
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