エピローグ
「おいおい、また戻ってきたのか」
くたびれた帽子を被り直して、駅員の猿が私を出迎える。
その張り裂けそうな口元と、皺の多いスーツがやけに懐かしかった。
「戻ります、って言ったじゃないですか」
「しかしだなぁ」
そう言葉を切って、猿はきっぷの入った箱をまさぐる。
「次は、特別サービスなんてないぞ」
そう言って、猿は私にきっぷを差し出した。
「ありがとうございます――ねぇ、駅員さん」
猿は私の呼んだ声に首を傾げる。
「俺のことか? なんだ?」
「ここは、一体どういう場所なの? どんな人が、この駅を使うの?」
ああ、そんなことか。と猿はその長い手を顔の前で振る。
「教えてやってもいいが、全てを話すことは許されてないんでな。この駅のことだけなら、まぁ――この駅は、選別機みたいなものだな」
「選別機?」
一体、どういうものなのだろうかと次いで訊く前に、猿は話を続ける。
「どの場所で生きるのか、どの姿になるのか、それを列車が決める。列車の声を聞いて、俺ぁきっぷを渡してるんだ。本来なら、な」
どうやら私は、本来の利用用途から逸脱しているらしかった。
「あぁ、いいってことよ。あんたはいいって、列車が言ってるからな――おっと、これ以上は何も言えねぇ。何も訊くなよ」
そう言って、猿は口を一文字にしてチャックする仕草を見せた。
一体、どういうことなのだろう。
列車には意思があって、私を特別に扱っているのだろうか。
この列車は、一体なんなのだろう。
「――さぁ、行った行った。これ以上は仕事が滞っちまう」
そう急かされて、私はホームへ向かった。
列車へ乗り込もうとした時、マダム・ペンシルベニアの言葉を思い出した。
――強く願い続けることは、魔法の初歩です。
そして、願いや想いは世界へ細い線を伸ばすのだと、マダムは言っていた。
私は手に持ったきっぷを、折れないように両手で包んだ。
「――どうか、兄さんがこの世界にいるなら、その手がかりのある場所へ、私を連れていって」
もちろん、返事はない。
それでも、強く、強く願った。
この想いが、世界へ伝わるように。
少し遅れて、汽笛が鳴った。
それが答えなのか、肯定なのか、否定なのかは分からない。
ただ、列車が私の願いを聞いたのだと、そう思いたかった。
夢から覚める方法は、まだ分からない。
兄さんの居場所も、まだ分からない。
それでも、私はもうただ運ばれるだけの乗客ではなかった。
ただ今は、この列車の揺れに身を預け、窓の外を流れていく次の世界を眺めていようと思った。




