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5 男爵の手紙 一枚目

親愛なる友人、イザーク。


君は私が事業を始めて以来、苦楽を共にしてきた無二の友だ。


そんな君に、今まで話せていなかったことがひとつだけある。

それをいまこそ打ち明けんと筆をとった。


隠していたのは無論君を信じていないからではない。

私自身、自分の目を疑うほどに奇妙な出来事だからだ。

あまりの奇怪さに驚くと思うが、どうか最後まで読んでほしい。


あれを最初に見たのは、私がまだ20歳そこそこの若者だったときだ。


私は父のつてで、さる貴族の邸宅で開かれた夜会に出席した。


若かった私は、ひとりの令嬢に目を奪われた。

彼女はダニエラ嬢という、子鹿のような凛とした黒い目をした女性だった。


私は彼女の付き人を通し、ダニエラ嬢にダンスを申し込んだ。

私はダニエラ嬢と3曲目のワルツを踊る約束を取り付けることに成功した。


しかし、3曲目のワルツをダニエラ嬢と踊った男は、私ではなかった。


その男は、私と同じ年頃で、背格好もよく似ていた。

それどころか、黒い巻き毛と青い目まで私と同じだった。

私の嫌いな、父譲りの鷲鼻でさえも。


何より、ダニエラ嬢の「フォーゲル男爵令息」と呼ぶ声に当然のように応えていたのだ。


なんとも奇妙な出来事だった。

自分の生き写しのような男に、ダンスの相手を奪われたのだ。


それから一年後、私は再び夜会に呼ばれた。


そこで参加者のひとりが、私に「ご結婚おめでとうございます。」と言った。

身に覚えのない私は驚き、私は未婚だと伝えた。

けれどその人は、「フォーゲル男爵のご子息は今年結婚なさった。」と譲らない。


ちょうどそのとき、会場にあの男が現れた。

一年前に出会った、私によく似た男だ。


あろうことか、奴がエスコートしていたのは、ダニエラ嬢だったのだ。

さらに驚いたことに、奴の左の薬指にはダニエラ嬢と揃いの指輪があったのだ。

照れくさそうに、けれども親しげに微笑み合う二人が夫婦なのは誰の目にも明らかだった。


それ以来、私は恋愛を避けるようになった。

どんなに美しい女性に出会ったとしても、またあの偽物に奪われるのではないか、と怖くなったのだ。



そして今から8年前、病を患った父が姿を消した。


父は家を空けることが多く、長ければ数ヶ月帰らないことも珍しくなかった。

母にも私にも関心がなかったのだ。

父は自分の死を悟り、残された時間を自分の為に使うことにしたのだろう。


父は、母と私を置いて出て行った。


そうして私は、失踪した父に変わって、男爵の爵位を引き継いだ。


父が姿を消して数日後、男爵家の私有財産が3分の1の額に減っていることに気づいた。

残りは父が持ち出したのだろう。


もとより下級貴族だった私の生活はさらに困窮した。


私は悩んだ末に、老いて弱った母を病院にいれ、屋敷を売り渡しその金で事業を始めることにした。


その先の話は、君もよく知るところだろう。


工場を開き、君という友を得て、苦労の末に事業はなんとか軌道に乗り始めた。

充実した毎日の中で、私は自分の偽物のことなど忘れていた。


けれども、奴は存在していた。

私の気づかぬところで、奴は私の人生を奪い続けていたのだ。






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