3 ふたりの男爵
「あの男、絶対に嘘をついていますよ。」
ハドソン警部補はそばかすのある顔を顰めてそう言う。
「カメリア嬢、貴方は人が良いですね。」
ハドソン警部補は野心家の若者である。
以前カメリアが関わった事件で彼女と出会って以来、カメリアに対抗心を燃やしている。
カメリアへの態度にやや棘があるのはそういう理由だ。
ハドソン警部補は「ヒルダさん、貴方も疑わなかったんですか。」と私にも嫌味を投げかけた。
「フォーゲル男爵を自称するあの男は、思うにフォーゲル男爵の所有地に勝手に住み着いた浮浪者でしょう。
あの男の話は信じられません。」
カメリアから連絡を受けたハドソン警部補は、カメリアのもとを訪れた男をまるで信用していない。
ハドソン警部補は、フォーゲル男爵失踪の重要参考人である身元不明の男として彼の身柄を引き取った。
「行方不明になったジキル・フォン・フォーゲルは、紡績業で知られる実業家です。
しかし我々が捉えたあの男は、フォーゲル男爵の経営する紡績工場の場所を知らないどころか、工場なんか持っていないというんですよ。」
ハドソン警部補がいうには、フォーゲル男爵の情報とカメリアの依頼人の話は噛み合わない。
「あの男は、生まれたときから川沿いのあの屋敷で暮らしていると言っていますけどね。
フォーゲル男爵は7年前に事業を始める際に生家を売り払い、現在は王都のフラットに住んでいるんですよ。」
さらに、カメリアの依頼人は亡くなった妻の話をした。
けれども、フォーゲル男爵は未婚だとハドソン警部はいう。
カメリアは、「フォーゲル男爵の失踪が発覚したのはいつですか。」と聞いた。
ハドソン警部補は「今日の午前中です。」と答える。
「朝早くから重要な商談があったそうですが、フォーゲル男爵は現れなかった。
彼の秘書、イザーク氏がフォーゲル男爵のフラットを尋ねましたがそこにも姿はなかった。
前日の様子がおかしかったことから、イザーク氏はフォーゲル男爵に何かあったのではと考え、警察に連絡したのです。」
カメリアは「前日の様子がおかしかった、というのはどういうことですの。」と首を傾げる。
「イザーク氏によれば、フォーゲル男爵はいつになく思い詰めた顔をしていたとか。」
貴族でありながら紡績業で成功したフォーゲル男爵が失踪したことは確かなのだ。
ふたりのフォーゲル男爵と、それぞれの異なる人生。
私はある小説を思い出した。
「フォーゲル男爵は、ひとつの肉体にふたつの魂を持っていたのではありませんか。
実業家になった魂と、妻をもった魂が肉体を共有していたのでは。」
ハドソン警部補は「ヒルダさんはフォーゲル男爵が二重人格だと言うんですね。」と私に顔を向ける。
彼は少し考えて、「その可能性もゼロではないかもしれません。」と譲歩した。
「調べたところ、川沿いのあの屋敷がフォーゲル男爵家の所有地であるのは事実ですから。」
しかし、一夜明けた朝、その仮説は間違いであったと判明する。
カメリアが朝食を取り終えた頃、公爵邸に電話のベルの音が響いた。
私が電話をとると、「おはようございます、ヒルダさん。」というハドソン警部補の声が聞こえた。
彼はあいさつもそこそこに知らせを告げた。
「行方不明になっていたフォーゲル男爵が遺体で見つかりました。
遺体が川を流れているところを近隣の者が発見し、通報したのです。」
ふたりのフォーゲル男爵は、それぞれの肉体を持って存在していたのだ。




