ミッシングリンク
休日の午後。
沢山の人で溢れかえる小さな通りに在るコーヒーショップ。
古風な内装がいかにもしゃれた雰囲気を醸し出している。
その中に、店の雰囲気とは少し不釣り合いな人間が三人席についている。
「なぁ、直接会う必要があったのかよ」
ラークがぶっきらぼうにハルに声をかける。
ラークはまるで浮浪者のような風貌だった。
ボロボロでしわだらけのシャツは何の物かよくわからないシミがあちこちに残っている。
ぼさぼさの髪の毛と手入れをしていない髭がいかにも"まともじゃない"風に見えた。
ラークはまだ30代前半だが、実年齢よりも老けて見えた。
だがその風貌と反して、ラークは優秀な捜査官だ。
最も、ハルと出会った時点ではそうでは無かった。
だが今ではアメリカ国内でも随一の手腕を持つ捜査官の一人として名前が挙げられるほどの男である。
「済まないな。だが、たまには顔を合わせるのもいいだろう」
ハルはそう言ってコーヒーを口に含む。
ハルは相変わらずラフな格好をしている。
遠目に見れば、完全に休日を満喫している一般市民そのものである。
ラークの横に座るキャメルはただ黙ってコーヒーに角砂糖を入れ続けている。
目の下に広がるクマが、この男の睡眠時間を表していた。
真夏なのにも関わらずニット帽を深めに被り、薄手だが長袖のパーカーを羽織っている。
キャメルはラークと反して、実年齢よりは若く見える。
やはりキャメルも30代なのだが、恐らく10代だと言っても疑う者は居ないだろう。
「まぁいいけどよ。アンタ、どうせ例のイタリアの事件に関しての話なんだろ? 丁度俺達もそれに関してアンタに話したいことがあった。全く、アンタも元捜査官なら俺達みたいな人間にとって休日がいかに大切なものかわかるだろうに……」
ラークはタバコに火を付けながらハルに話しかける。
「本当に済まなかったって。だがな、直接話すべきなんだ。万が一を考えての事だ」
「……つまりぃ、何かしらの監視に気を使わなくちゃならないって事ですかぁ……。そんな大事なんですかぁ?」
キャメルが覇気の無い声でハルに質問した。
直後に大あくびをかいて、怠そうな動きでコーヒーを口に運ぶ。
「端的に言って、そういう事だ、と思う。すまん確証はないが念のためだ」
ハルとラークはそれぞれ自身のラップトップを取り出す。
キャメルはその二人をただ怠そうに眺めていた。
「まぁいい。それじゃ発表会といこうや。まず、アンタの助手さん、姿を消してもうどのくらいになるよ?」
「もうあれから一ヶ月は経つか……。結局彼女の足取りは掴めなかった」
「これが、何かしらのヒントになるといいがな」
ラークはそう言って、ある動画ファイルを開きハルに見せた。
「これは?」
「アンタ達がイタリアで泊まってたホテルの監視カメラの映像さ。どうもアンタの助手さんの動きが気になってな。あの後調べ直したのよ」
「今度こそちゃんと許可取ってるんだろうな……? 前回お前たちが送ってくれた映像は有用だったし感謝もしているが、あれお前ら許可取らないで不正に入手したものだろ? 向こうの警察の署長に追及されかけて大変だったんだ。もしまたキャメルにクラッキングなんてさせたのなら、お前ら二人共昔の立場に逆戻りだぞ?」
ハルの声は少し厳しめな響きを含んでいる。
ラークはそれを聞いて何とも言えない表情を浮かべる。
「まぁ、その……。許可はとってねえな、うん。ま、待てって聞いてくれ! そんないきなり殴ろうとするな! これは曰く付きなんだよ! 説明するから!」
ハルは振り上げかけた拳を下ろし、コーヒーを口に含んでラークを不信そうな視線で見つめた。
ラークは咳ばらいをした後、改まって話し始める。
「あのホテルの監視カメラの映像だが、通称パッツィ・ロイが死んだ直後に何者かが元のファイルを回収しやがったんだよ。ロイが死ぬ数日前くらいの映像からな。俺達が後日改めて映像を確認した時はダミーに差し変わってやがった。キャメルが直ぐに気付いたぜ。そんな事がされてるんだから当然きな臭く感じるだろ? だからキャメルが元ファイルの追跡をしてくれたんだ」
キャメルは怠そうな表情の中に、少し得意げな色を見せる。
ハルはそれを視て呆れつつも、ラークの話を聞き続けた。
「そしたら驚きだぜ? なんと元のファイルは地元の警察が回収していやがったんだ! オルヴィエートの警察署のサーバーから元ファイルを見つけ出して、上手くばれないようにデータを複製させてもらって、見事復元って訳さ。そんで得られた映像がこれだ。証拠の回収にしてもダミーを差し込む意味なんて無いだろ? つまり何か隠そうとしていたって事だろこれは! しかも、これアンタたちがあのホテルに泊まった直後くらいから映像が差し替えられてやがんの! どうだよ俺もだいぶ探偵としての素質がありそうだなおい! ……ははは。まぁいいやこれとりあえず見てくれや」
ラークはハルの方をあえて見ないようにしながら一気にそう言うと、動画を再生する。
そこに映し出されたものを見て、ハルは言葉を失った。
「おいおい、これは……」
そこに映し出されていたのは、パッツィ・ロイの部屋の前で彼と何かを話しているフランチェスカの姿だった。
「どうやらロイと助手さんは繋がりがあったようだな。夜な夜な助手さんがどこかに行っていたのが気がかりだったから調べたんだよ。そしたらこの映像が出てきたって訳だ。それだけじゃねえぜ。俺はこっちをアンタに見て欲しかった。いや、本心を言うとアンタには見て欲しくないんだがな……。このホテルの監視カメラは音も撮れてるみたいだから、そっちも聴いててくれや。ほれイヤホン」
「どういう事だ?」
ハルの問いにラークは答えず、黙って次の動画ファイルを開いた。
ハルはラークから差し出されたイヤホンを装着し動画を見る。
監視カメラに刻印されている日付は、パッツィ・ロイが死亡した日を示している。
ハルはその映像をただ黙って見つめる。
フランチェスカがロイの部屋を訪れるところから映像は始まった。
ロイがフランチェスカを部屋に迎え入れる。
およそ一分足らずでフランチェスカが部屋から出てくる。
そしてその直後、銃声がイヤホンを通して聞こえてきた。
「……俺にはよくわからねえが、探偵さんのアンタにはこれはどう映った?」
ラークが静かに質問する。
ハルはしばらく答えない。
「ロイとフランカには繋がりがあった。そして、邪推だが、恐らくフランカがロイに何かを伝えて、それでロイは自害したのか。私にもわからないよ。考える時間がめいいっぱい必要だ……」
映像を眺めながらハルは呟くように話す。
「……まぁいい。これが俺達の成果だ。さて、アンタの方はどんな要件だ?」
ハルは我に返ったように視線を動画から逸らし、慌てて鞄を漁る。
「この書置きなんだが、一応預かって調べてくれないか? 数年前にフランカが彼女の自宅に残していったものらしい。そして、これを最後にフランカは彼女の育ての母親の元から姿を消したそうだ」
「おうおうおう? 話が見えてこねぇぞ?」
ハルはラークに、フランチェスカについて調べた内容を簡単に伝える。
キャメルは書置きを手に取って、怠そうな目でそれを眺めていた。
「……ハルちゃん、助手ちゃんの手書きの文字が書かれた書類みたいなもの、他に在りますかぁ?」
キャメルが書置きをじっと眺めながらハルに質問する。
ハルは資料を纏めた分厚いファイルブックを取り出して、その中からフランチェスカが手書きで作成していた資料を取り出しキャメルに手渡した。
「時間はかかってもいいから、何か出てきたら教えてくれ」
ハルがそういうと、キャメルは不思議な笑い声を上げた。
「ハルちゃんよっぽど焦ってるんだね。こんなの素人が見ても直ぐにわかる事が一個あるのに」
「なんだ? どういう事だ?」
「ハルちゃんこの書置きの内容とか、そういう所に意識が行き過ぎてたんじゃない? はら、この資料と書置きの筆跡よく見てよ」
そう言ってキャメルは二枚の紙をハルに突き付けた。
「どう見てもこれ、別人の文字だよね?」
ハルが改めてその二枚をまじまじと見つめる。
確かに筆跡が違う。
「どうなっているんだ……?」
「なぁ、アンタもう探偵辞めた方がいいんじゃねえか? それとも事実から目を背けたいって事か? この事から考えられる可能性は俺でも分かるぜ」
ラークがそれまでになく真剣な声でハルに話しかけた。
「つまり、この書置きは昔の助手さんが書いたものじゃないか、もしくはアンタの助手ちゃんはフランチェスカを騙る何者か、って事だろ」
ハルはしばらく黙っていた。
キャメルはその間、ひたすらコーヒーに砂糖を入れてはかき混ぜてを繰り返していた。
考えがまとまったかのか、ようやくハルは口を開いた。
「この書置きより更に過去の筆跡のあるものを探し出し、それと照らし合わせればどっちの可能性が正しいかはわかるな。なんとかしてみる」
「なんとかするって、何するんだよ。というかアンタの考えがわからねえ。見解をそろそろ教えてくれよ」
ハルは良いだろう、と言って一息ついた後、姿勢を正して二人に話し始めた。
「10年前の事件の生存者、アリアは証人保護プログラムによってフランチェスカ・ベネデットとなった、と私は考えている。フランカがこの事件をわざわざ選んできたのは偶然じゃないんだ。思い返してみれば、観光目的でイタリアのオルヴィエートの事件を、それも10年前の事件をチョイスするなんて馬鹿げている。最も、私はそれは彼女の一種のユーモアだと思ってしまっていたが……」
「つまり、意図的にこの事件を選んだと? もしかしてアンタの元に助手として志願してきたのも何かこの事件に関する事を調べる、或いはケリを付ける為だって事か?」
「かもな。フランカがアリアだとして、その目的はわからない。10年前の事件と、アリア自身について更に調べてみないと何とも言えないな。……ははは。そうか。ショックに決まってる。10年前に自分の両親が殺されてしまった現場に改めて足を踏み入れたんだ、そりゃ放心もするか……」
「なんの話だ?」
不思議そうな表情を浮かべるラークとキャメルに対して、ハルはフランチェスカと事件現場に調査に行った時のフランチェスカの様子について話した。
「アンタ……。本当に勘が鈍ってきてねぇか?」
「探偵辞めてまた捜査官にもどっちゃえよぉハルちゃん」
二人の言葉に対して苦笑いしつつ、ハルは話を続けた。
「フランカは、一人で何かを調べていた。それが何か聞いても教えてはくれなかったがな。兎に角、フランカがアリアであるという可能性は高い、というかもう確定だと私は考えている。やはりベネデット夫人にフランカの写真を確認してもらうべきだったな……。夫人の様子を見てためらってしまったんだが」
「また夫人のところに行ってくりゃそれは分かる事だろ。他には何かあるか?」
ハルはメモ用紙を取り出して、何かを猛烈な勢いで書き込み始めた。
その様子を見て、ラークが楽しそうに唸り声を上げた。
「おっほ! 出たぞオイ見ろよキャメル! 考察モードに入りやがった!」
「静かにしていてくれ。考えを纏めるのにもう少しかかる」
ハルの様子を見ながら二人は黙々とコーヒーをすすり続けた。




