フランチェスカ
※2017/04/13
本文の一部を修正。
ベネデット夫人が立ち上がり窓のカーテンを開ける。
午後の温かい光が部屋を照らした。
「……ストーナーさん、証人保護プログラムはご存知ですよね?」
「もちろん。その名の通り証人の身元を保証し、保護する為のシステムですね。多くの場合、マフィアや過激な勢力から告発者を守るために用いられるものですが」
証人保護プログラム。
それはアメリカで採用されている証言者の保護の為の制度である。
アメリカ国内において、マフィアやギャング達が裏切り者や内通者、事件の被害者等が法廷で告発をした際に、その告発者が生涯にわたって安全に生きていけるように取り計らうシステムだ。
「それが何か……」
「あの子は、フランカはその証人保護プログラムによって保護された子なんです。過去の経歴も、名前も、何をやっていたのかも全て抹消され、新たな人生を歩んでいました。フランチェスカという名前は私が付けたんです」
「フランカはマフィアかなにかと繋がりがあったと?」
「いえ、そうではありません」
ベネデット夫人が立ち上がり、戸棚から何かを取り出した。
よれよれになった書類を取り出すと、ハルにそれを見せる。
「これはアメリカ政府から私の夫に向けて送られてきた通知書です。読んでみてください」
ハルがその書類に目を通す。
夫人は話し続けた。
「私と夫の間には子供が出来ませんでした。その為、当時は養子をとろうと思っていたのです。でも養子縁組って準備も何もかもがとても大変で。そんな時に送られてきたのがその書類です。様々な条件こそあれど、普通の手続きよりも早く養子を迎え入れられると聞いて、私と夫は直ぐに承諾しました」
「なるほど……。フランカは、何かの事件に巻き込まれて、"お礼参り"から守るためにプログラムで経歴を抹消されてあなた方の元へとやってきたんですね」
「そうです。フランカを受け入れてから、夫は常に周りに気を遣う様になりました。常に家の周りに警戒し、不用意にフランカを外に出さないようにしていました。フランカはそれを不満に思っていたのかもしれません。ある日、私達の元を黙って去ってしまったのです」
「その、フランカが関わっていた事件というのは」
ベネデット夫人は黙って首を横に振るだけだった。
そこで、ハルは自分のラップトップを取り出し、ベネデット夫人に資料を見せる事にした。
「これは、つい数日前まで私とフランカが調べていたとある事件に関する資料です。イタリアはオルヴィエートで10年前に起きた事件。これと何か関係はありますか」
ベネデット夫人はその資料をゆっくり読んでいく。
その様子をハルは黙って見守る。
資料を読み終えた夫人がハルに目を向ける。
「……あの子は、フランカはやっぱり何か未練があったのかしら。そうです。私達がフランカを受け入れた、保護した時に聞かされた事件はまさにこの事件でしょう。最も、私は詳しくは知らないんです。受け入れについて主に進めていたのは夫で、その夫はもう……」
「お気の毒に……」
「でも、わからないわ。未練があったとしても、なぜあの子が探偵さんの助手にまでなってこの事件に拘るのかしら。あの子は、私達と一緒に生活していくうちに事件の事は忘れて、フランカとして生きていく決心をしていた様子だったのに」
二人はそれからしばらく沈黙する。
すっかり冷めてしまった紅茶を口に含んだ後、ハルは再び夫人に質問する。
「フランカは行方不明になった、と言ってましたがそれはいつ頃のお話ですか?」
「多分あの子が二十歳を迎えてすぐくらいの事です。あの子は姿を消す前に書置きだけ残していなくなってしまったの」
「その書置きというのは、まだ手元に残っていますか?」
ベネデット夫人は頷くと立ち上がって、部屋を出ていく。
暫くして夫人が戻ってくる。
「これです。私にはよく意味が解りませんでした」
ベネデット夫人はそう言って、ハルに1枚のメモ用紙を手渡した。
"母さん、ごめんなさい。私は逃げなきゃ。
絶対に探しちゃダメ。
二度ある事は三度あるって言うでしょ?
その二度目が来たのかも。
でもそうはさせない。
だから私は逃げなきゃならないの。
いままでありがとう、お元気で"
書置きにはそれだけ記されていた。
「……この書置きを、少しの間預かっていても宜しいですか?」
「勿論かまいません」
ハルはその後、ベネデット夫人に感謝の言葉を述べて、家を後にした。
ハルは頭の中を整理しながら帰路につく。
「証人保護プログラム、か。少なくともこれでこの事件にアメリカの何かしらが関わっているのは間違いないな」
車道に沿って並ぶ木々の間から夕日が差し込んでいた。
その景観もやはり、どこかオルヴィエートを想起させるものだった。




