帰り道
「結局、昨日はあの後何かの調査をしたのか?」
タクシーの中で、ハルはフランチェスカに話しかける。
「あっ……。えっと、その事に関しては、何も進展はありません。忘れてください」
「そうか。なんにせよ、お疲れ様。このインターンで何かしらフランカにとって実になる経験があれば良いが」
「わざわざ私のわがままに付き合ってもらっちゃってすみませんでした。さぁ先生、空港につきましたよ」
二人はタクシーを降りて、ロビーへ向かう。
ハルは空港に入る前、少し後ろを振り返る。
空港の周りはタクシーやシャトルバスだらけだ。
その中のある一点に、ハルは視線を向けていた。
フランチェスカはタクシーを降りてから一言も話さなくなった。
ハルはその様子を見て、彼女の心境を想像した。
やがて二人は飛行機に乗り込んだ。
飛行機が飛び立ち、イタリアの街が次第に眼下へ消えていく。
フランチェスカは座席で静かに寝息を立てていた。
「安いビジネスクラスの席で申し訳ない」
眠るフランチェスカにハルは小声で話しかけた。
そして彼女を起こさないように、静かに座席を立つ。
通路を進み、後方に進む。
最後方にはトイレが設置されていた。
区分けされている座席の最後方まで戻るとハルは突然足を止めた。
「こんにちは。奇遇ですね」
ハルは最後方左側の座席に座る男に唐突に声をかけた。
「……はい? なんでしょうか? 何処かでお会いしました……?」
男はハルから突然声をかけられたので戸惑っている様子だった。
「オルヴィエートのホテルのロビーに居ましたよね?」
「あ、あぁなるほど。あなたもあのホテルの利用客だったんですね。いや散々な目に逢いましたね。折角の休暇が台無しだ」
「まぁ私は外に出ていたものですから、皆さんほど拘束はされていなかったんですがね」
「まぁ何かの縁です。ほら、この座席は空いているのでどうぞここにお座りになって下さいや」
ハルは言われるがままに座席に腰掛けた。
「しかし、よく僕なんかがあのホテルにいたという事に気づきましたね。僕はほら、見たとおり目立たない感じですから」
その男はチェック柄のシャツにチノパンでメガネで、いかにも気弱そうな雰囲気を醸し出していた。
「実は、私は探偵をしていましてね。人の顔を覚えるのが得意なんですよ」
男はそれを聞いて大袈裟に驚いてみせた。
「僕なんかが探偵さんとお話できるとは! これは土産が増えそうだ。僕はジャックと言います」
「よろしくジャックさん。いやしかし本当にすごい偶然ですよ。同じホテルを利用していて、帰国の便まで同じとはね」
ハルはジャックを名乗る男に話しかける時は柔らかい雰囲気を醸し出すように努めていたが、その視線は鋭い。
「いやぁ全くです。ハルさんも僕もきっと帰国したら良いことがありますよ。旅行先で殺人の犯人扱いされる経験なんて、これ以上最悪なことはありません」
ジャックはキャビンアテンダントにワインを持ってくるように伝えた。
ハルは笑いながら相槌を打つ。
「そう言えばジャックさん、少し気になることが」
「はて、何かなハルさん」
「私は職業柄、否応にも様々な所に意識が向いてしまいましてね。少しでも気になったものがあるといても立っても居られなくなる。例えば人の目線の動きなんかをついつい追ってしまう、とかですね。困ったもんで、これがなかなか止められない」
「ほう、それはまた疲れそうな……」
ジャックの返事は先程までと比べると、少し元気が削がれていた。
ハルは少しだけ間を空けて、先程よりも低めのトーンで静かに話し始めた。
「さてジャックさん。私の名前はどこから知りましたか? 私はあなたに名乗ってはいませんが」
「それは……。実はあなたのお仕事が探偵だと聞いて、昔何かで見た有名な探偵さんに似ているなと思ったんですよ! で、その人っていうのがハル・ストーナーです! あなたに違いないと思いましたよ」
「そうですか……。私は関連機関や要人、依頼人以外には基本的に顔を明かしていません。なので、私の名前は知れ渡っていても私の素顔を知るものは少ないのです。さて、どこかで見たというのなら大変だ」
「あっ、いや……。実は友人が警察機関の人間でして。多分そこで知ったのかもしれないです」
ハルはなるほど、と言って一旦間を作る。
そしてゆっくりとジャックの様子を観察する。
「な、なんですか! 全く、私はただ楽しく語り合おうとしているだけなのに。何かのゲームなら怒りますよ!」
「そうじゃないんですよジャックさん。私の名前を知っていた事以外にも気になる点がある。今私が座っているこの座席です。この旅行シーズンで、座席がよく余っていましたね? 空港には、キャンセル待ちの人達が沢山いたのにも関わらず、ここは空席なのですね」
「そ、そんな事は僕に言われてもわかりませんよ!」
「たしかに。しかし気になりますね。そう言えば、実は私はずっとあなた方を見ていた。というより、私達を追跡してくるあなた方に気づいていたといったほうがわかりやすいですか? とにかく、あなたの相方さんはおそらくすぐそこのトイレに入っていますね。私に顔を見られている誰かでしょう。慌てて隠れたみたいですが」
ジャックは声にならない声を上げる。
「ベンジャミン氏には、もう関わることはないから安心してください、とだけ伝えておいてください」
それだけ伝えると、ハルは座席を立ち、自分の席へ戻っていった。
ジャックはため息をついたあと、席を立ち上がりトイレに向かう。
ドアを叩いて、中にいる人物へと合図を送った。
中からジャックの仲間と思われる人物が出てきた。
「フレデリック、やはりバレていたよ。僕がボロを出してしまった。でも、あの探偵さん勘違いしてるみたいだ。僕達の真意には気づいてなかった」
フレデリック、と呼ばれた人物は不気味な笑みを浮かべていた。




