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後編(1)

 そういうわけで、俺はホーコとフタマさんと共に生まれ育った街エルージャを出ることになった。

 俺達はすぐに出る準備ができたが、割とこの街の行政に入り込んでいたフタマさんは、その引き継ぎやらがあるということで、一週間ほど待たされた。その間にすることと言ったら、ホーコが勝手に借りてきて延滞しまくっていた図書館の本の返却、……はまあ、いいとして、地元の冒険仲間(卒業してからはただの友達だが)に別れを告げることだった。連中はある程度手に職をつけて、家族ごっこみたいな家庭すら持っている奴も居たが、誰一人としてハンターなる職の存在は知らなかった。だから、俺がハンターになる、と言ったところで目を点にして、

「漫画の読み過ぎか?」

 と、訊いたものだった。それからさっさとハンターなる漫画じみた職には興味を失って、ホーコについて根掘り葉掘り訊いてくる。こういう奴らには、「親が秘宝と称して準備した許嫁」とか適当なことを説明しておいたが、桃色髪のミステリアスな(少なくとも外聞では)少女は、興味の的となるに決まっている。

 旅立ちの前日、飲みから帰った俺を出迎えたホーコは、今までずっと着ていた服を脱いで、バスローブなんぞを着てブランデーなんぞを飲んでいた。別段色っぽくも艶っぽくもないが、初めてそんな洋風かぶれな姿を見たので、俺は呆気にとられた。

「リアルだな」

「文明開化ってやつさ」

 ホーコはおどけたように言ったが、呂律が回っていないので却って真面目に見えた。

 翌朝、迎えに来てくれたフタマさんと共に、両親を始めとする俺の18の誕生日会に来てくれた面々に見送られて、俺達は出発した。そういえば、本当にあんな盛大な誕生日会だったのはあの時だけで、19、20の誕生日は何にも無かったな。別に構わないんだけど。

 エルージャを出てすぐタクシーを拾い、隣の新都市ライナーにて新幹線に乗り込んだ。初めてこんなリアルな乗り物に乗ったホーコは大はしゃぎで、内心わくわくしていた俺すら冷静になるくらいテンション高く、席に荷物を置くやいなや、探検してくると言ってどこかへ行ってしまった。シートに腰掛けた途端にフタマさんは寝始めるし、俺は窓際に寄って流れていく風景を見ているほかなかったが、意外とこれも面白かった。

 少しして、ホーコが見るからに不貞腐れて戻ってきた。

「どうしたんだよ」

「いいえ、なんでも……」

 そう言いながら自然に俺との距離を詰めて、というか俺を押しのけるようにして窓の外を眺めはじめた。よくわからないが、思ったよりも面白くなかったんだろうか。

 それから一時間ほどで、東京に着いた。ホームに降り立って、思ったよりも人が多いのに驚いた。

 改札を抜けて、電車に乗り換える。そこでフタマさんが思い出したように、

「出自を訊かれたらエルージャじゃなくて、群馬の桐生市から来たって言うのよ、いいわね」

「何で群馬?」

「リアルな地名だからよ」

 新宿から地下鉄に乗り換える。人が多いのもそうだが、街というものがびっちりと輪郭に覆われているのに、頭がクラクラしてきた。ホーコは平気そうで、ブティックのショーウィンドウの前で時たま停まって目を輝かせている。彼女のピンク髪に、行き交う人々はちらちらと視線を寄せるので、何だか俺の方が気恥ずかしかった。

 生まれて初めて地下鉄に乗る。感想は特に無い。ホーコは真っ暗な窓の外をずっと眺めていて、フタマさんはずっとスマホをいじっていた。俺はどうしようもなくて、ホーコと一緒に窓の外を眺めていたが、どす黒い壁が順繰り流れていくだけで、何にも面白いところはなかった。

 地上に出ると、ホーコがくしゃみをした。ホコリがスゴイのかと思ったが、そうでもないらしい。フタマさんのもともとの家の近くを流れていた川を6つ並べたくらいある幅の道路に、びっちりと車が詰まって信号が変わるのを待っていて、それと交錯する道路をせわしなく車が通過していく。「あ、セダン」と、ホーコが小さく言う。ホントかよ。

 エルージャのうちの内装みたいなタイルが敷き詰められた歩道を数分行って、大きなビルにフタマさんは入っていった。俺とホーコも続いていく。エレベーターに乗り込み、降りた階の目の前にある無人のオフィスに入ってやっと一息。時刻は昼を回ったところだ。

「ガチガチのリアリティね」

 フタマさんは今までずっと息を我慢していたかのように、そう言った。

「それで、俺たちはこんな都心で何をすればいいんですか?」

「仕事はいくらでもあるわ」

「火を吹くトカゲとか、火を吹かないドラゴンとか、どこにいるんですか?」

 ホーコがパタパタと自分の手で顔を仰ぎながら訊く。するとフタマさんは手近な椅子に腰掛けて、

「これから作るのよ」

 女社長さながらの表情で言った。


 俺とホーコは真夜中の池袋をぶらぶらしていた。そう書いてしまうと、酔っ払ったカップルがラブホでもなんでも探しているように思われてしまうが、実のところ俺は一人で歩いていて、ホーコは腰の鞘に収まっているので、まあ、ただの独身の酔っぱらい。というか酔っ払ってすらいないので、俺の見てくれは何処も実質に忠実ではない。しかもいる場所はオフィスビルの屋上なのだから、ここまで来ると突っ込みどころしか無い。

 俺の目の前では、大きなトカゲが火を吹き続けている。トカゲというか、コモドドラゴンである。彼らはリアルの子どもであるのだが、何故か火を吹くとかいうファンタジーをしている。なので、ハンターである俺のところへ依頼が回ってきた。

 この妙ちくりんな謎の存在が、本当にフタマさんによって作られたものなのかはよくわからない。でも、いくらファンタジー最前線の人でも、こんな存在を作ってしまえばリアルに対する宣戦布告と何も変わらない。だから、流石にそんなことをしないとは思うのだが。

 俺はロングソードであるホーコを引き抜く。東京の夜の中でも、こいつはギラギラと輝いている。エルージャの未明だろうが東京の夜だろうが、同じ空の下であることに変わりはないのだから、当たり前の話なんだが。

「あいつ、火吹いてるよ!」

「見りゃ分かる」

 お決まりのやり取りをした後に、俺はコモドドラゴン(火)に向かって用心深く近づいていく。間合いに入るか入らないかのところで、相手は火をこちらに向けてぶおっと吐いてきた。慌てて飛び退ってかわす。あんなガスコンロみたいな火だが、皮膚がむき出しになっている場所へ直撃するとシャレにならない。

 どうしようかと考えあぐねていたら、

「私、耐火性抜群だし、ゴリ押ししようよ!」

 と、ホーコが提案してきたので、そうすることにした。

 もう一度コモドドラゴン火属性に近づいていくと、例によって首をこちらに振り向け、口をカッと開いて火が噴き出してきた。その火を斬るようにホーコを振り下ろすと、するとまあ、見事に火が裂けた。べろん、とチーズのように剥けた火は俺を避けていき、ホーコはそのままコモドドラゴンの喉奥に突き刺さる。

「きゃあああああ!」

 手応えを得たその瞬間、ホーコが悲鳴を上げた。俺は嫌な予感がして、

「大丈夫かっ!」

「トカゲの気持ちを代弁してみた」

 割と本当に腹がたったので、そのまま思い切り地面に切っ先をぶつけてやった。カンッと乾いた鋭い音と、「いったぁい!」という悲鳴が夜の池袋に染み渡っていく。


 火を吹く爬虫類が都会の高地に出現するという非現実を、ファンタジーの進出というのか、リアルの欠損というのかよくわからない。少なくとも、東京かその周辺に住む人達は、俺達以上にファンタジーとリアルの拮抗についてあまり関心がないから、リアルの無敵を信じて疑わない。よくわからないロジックだが、そういうわけでどちらかというと、ファンタジーの諜報的戦略が功を奏していると判断するのが妥当かも知れない。

 フタマさんは明らかにファンタジーに傾倒しているけれど、傾倒することで即ちファンタジーが現前するというわけでもないから、今、事務所でホーコが餌を与えている子どものドラゴンについては、自然発生したとしか言い様がない。ただ、リアルを信じて疑わない人たちにとって、このドラゴンは犬猫にしか見えないだろうし、第一鮭を川で取るドラゴンが居るなんて想像するんだろうか。まぁ、想像可能なことはいつか実現するが、現実が想像に先行する事例は無数にあるから、必要のない想像ではある。

 この小さいドラゴンは、俺が某所の山奥で鹵獲してきた。別に何も難しいことはなかった。探検部の経験があったからということになるんだろうが、実際この程度ならば誰だってできたんじゃないかと思う。

 俺達は川でクマと一緒に鮭を取るドラゴンを見つけてしまった。そこに漂う異常な調和をぶち壊すのは気が進まなかったが、仕事なので仕方がない。ドラゴンは抵抗せず、むしろ打合せてあったかのような物分かりの良さで俺達に同行してくれた。が、問題はクマ達であって、自分の子どもを盗られたような勢いで襲いかかってきた。

「ガオーッ!」

 と、叫ぶ短剣が無かったらどうなっていたことか。襲ってきた一頭の首筋をざっくりと切り裂いたところ、他のクマたちは唐突に勢いをなくして、異端な空気に触れてしまったかのような具合に立ち去っていった。

「血まみれだあ。シリアルキラーみたいでカッコイイ」

 麓まで下りてきて少女に戻り、子ドラゴンを抱きかかえたホーコは俺を見て笑った。子ドラゴンは火の代わりにちろちろと舌を覗かせて、ホーコの手の中にすっぽりと収まっている。一見、爬虫類のようだが、それにしては温かい。人間が動物の死についてシンパシーを得るには、体温が重要な役割を担っているとどこかで聞いたことがある。コモドドラゴンをこいつはあっさりと殺したけれど、この子ドラゴンを殺せと言われたら、躊躇ってしまいそうだ。いずれにせよ慣れの問題なのだろうが。

 帰りはフタマさんが迎えに来てくれた。どっかから借りてきたらしい乗用車を、夜中の高速道路に走らせながら、後ろで子どもドラゴンと遊ぶホーコを横目で見る。

「……クマを殺した?」

「やむを得なかった」

 助手席の俺が、静かに告げる。未だに、着ているパーカーは返り血で汚れていた。合流していの一番に、「あとでファブリーズしておけいてね」、とフタマさんに言われたから、なかなかにクサイらしい。

「狩人になられると困るわ。ハンターでないと」

「ハンターを名乗るなら、このドラゴンも仕留めたほうがいいんじゃないのか」

「いいえ、この子はうちの事務所で育てるの。大きく育ったら、いいアシになってくれるわ」

「ああ、そうだな。こんなレンタカーよりはマシだ」

 東京の空をドラゴンが飛んだら、自衛隊に撃ち落されそうな気がするが、いずれにせよとんだファンタジーである。


 そういう活動をしていたら、いつのまにか俺のハンターとしての知名度はぐんぐん伸びていった。最初は新聞に広告を出したり、ウェブサイトを作ったり、営業の電話をかけまくったり、涙ぐましい努力があったらしいのだが、フタマさんは案外そういう事務仕事を地道にやるのが得意らしく、それがようやく実を結んだ、と他人事みたいに言っていた。

「いつもお世話になっております、『エルージャ狩人新社』でございます」

 なんていう風に電話を出るフタマさんの板の付きっぷりは、正直気持ち悪かった。そんなやり取りを長く聞いているうちにエルージャという故郷の地名が、実は元から会社の名前だったんじゃないかと思えるようになってきた。

 俺はクライアントから依頼を受けたら、まず地下鉄に乗って大まかに移動する。ホーコは乗合にいると猫を被ったようにおとなしく、どちらかというと仕事仲間というような風情で行動を共にしていた。プライベートとの態度のギャップに、俺はらしくもなく動揺したりする。

 戦う相手はたいてい4足歩行動物で、一番小さくてアリだった(コイツは昆虫だが)。このアスファルトを融かしてしまうアリは、果たしてファンタジーの産物なのかリアルの産物なのか。予め米軍の資料を参照していたホーコが、火炎放射器となって(武器ならなんでもありらしい)一帯を焼け野原にするという、おおよそギャグとしても笑えない手段を選んだけど、クライアントは満足していた。どうせ明日には元通りになっているから、って。

 ここ最近で一番危険だったのは、人間だった。俺はまさか人間を殺すことになるとは思わなかったが、あらゆる哺乳類の筋肉をごっちゃにして練り上げたという「かまぼこ人間」は、どちらかというとSF的な存在だ。クジラか何かの骨を削って作り上げたボーンブレード(?)は、むちゃくちゃに振りが速くて、謎のフラットさを誇るロングソードでなければ対処できなかった。最終的に「ムカついた」と呟いたホーコが急激に本気を出して切れ味を倍増させ、相手の獲物もろともすっぱり切断してしまった。いきなりそんなことをされたものだから、俺は大きく姿勢を崩してしまい、ロングソードはご存知諸刃の剣なので、危うく足首を切り落とすところだった。

 ある日、事務所に戻ると、バイトの鋤崎くんという高校生が入っていて、フタマさんに紹介された。彼からは清潔感のある、奥ゆかしい印象を受けた。彼はずっとホーコの方をチラチラ見ていて、ホーコはその視線に呼応して、桃色の髪を揺らしてみせる。俺はその無言のやり取りを見て、なんだか心もとなく思うのだった。

 ホーコは東京に出てきてから、俺にべたべたしなくなった。まあ、俺達はカップルでも何でも無くて後継者とそのモノという関係なのだから、それは別に構わないことなのだが、そんな急な変化を不安に思うところの方が多い。

 だから、それについて指摘してみたら、

「ううーん、なんだろう。エルージャに居た頃は浮足立った感じで、君のそばに一秒でも長くいたいと思ってたんだけどね」

「今は?」

「どっちでもいいのかも」

 それ以来、非番でも別行動を取ることが多くなっていた。別段、ホーコが鋤崎くんとそういう関係になるのはそれはそれで結構だし、面白くも思うのだが、もどかしいという気持ちも正直なところだった。よくわからない、という方が正確か。


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