名もなき花
大通りから離れたスラムの奥地。
ここに、ブトゥツ率いるならず者たちの拠点がある。路地裏の開けた土地を、占拠した形になっている。
「ここだ・・・」
そこに、場所に似合わない格好をした青年が一人。
「・・・フゥー・・・」
そしてその青年、マルクは豪邸が廃墟となったような建物の前で深呼吸を一つ。
やはり、いきなり飛び込むには心の準備がいる。
トントン・・・
その時、背後から何者かに肩を叩かれる。
『よぉ、兄ちゃん。待ってたぜぇ』
「・・・!」
待ち伏せされていた。そう思った時にはすでに身体が横に動いていた。
ガァン!
マルクのいた場所を鉄パイプが通り過ぎ、鈍い音を立てる。
「このっ!」
隙だらけになった男に対し、鞘を付けたままの剣で殴りつける。
『ぐぁっ!』
後頭部をいい具合に殴れたようで、一発でKOすることが出来た。
「(次・・・!)」
すぐさま、構えなおす。待ち伏せをしていたという事は、ここに来ることは見通されていたという事だ。
が、
「・・・」
次の襲撃が、来ない。返って、不気味であった。
「・・・来いよ、いるんだろ・・・!」
虚空に、呟きを一つ投げる。
パン、パン・・・
それに答えるように、廃墟の中から手を叩く音。
そしてその音を追うように、ブトゥツが一人で廃墟から出てきた。
「お前は、何だ?」
剣を鞘から抜いて、マルクは問う。が、問いながらもその男の素性は大体理解できた。
「(恐らく、コイツが頭・・・)」
すると、その大男は恭しく頭を下げた。
「初めまして、マルク・フォルツァ様。私はここら一帯を管理しております、バイザ・ブトゥツと申します」
「(やっぱり・・・!)」
と、なれば。
「あの子を・・・返して貰うぞ!」
要求を、ストレートに伝える。
「・・・ああ、あの小娘の事ですか」
「そうだ。あの子に罪は無い!」
「借りた金を返さないのは罪では無いと?」
「あの子が借りた訳じゃねえだろ!」
「しかし、私が貸した金はあの小娘の生活と成長を支えました。それでも借りていない、と?」
「・・・!」
マルクの言葉が詰まる。
「・・・まぁ、私も鬼という訳ではありません。只、金さえ返して貰えれば良いだけの事」
「・・・何が言いたい?」
「貴方もある程度予想がついているのでは?」
「まさか貴様・・・!」
「はい。あの小娘の借金を肩代わりして下さるというのであれば、解放致しましょう。貴方のような貴族であれば、簡単な話だとは思いますが」
「人質を盾に恐喝か・・・!」
「貴方がた貴族の金も、我々から脅し取ったようなものでしょう?それを少し返して貰おうって話ですよ。さて、小娘が借りている金額ですが・・・」
「断る」
最後まで言わせずに、マルクは要求を断った。
こういう手合いの要求、それも主導権を完全に握られた状態での要求は聞いてはいけないと、マルクは叩き込まれていた。
「・・・そうか。馬鹿だな、テメエ」
「あの子は返して貰う。力づくでもな!」
「じゃあやってみろや、思い上がった馬鹿貴族がよォ!」
パチン!
指を鳴らすと、廃墟の陰、ダストボックスの陰、柱の陰、様々な陰からならず者たちが顔を現す。
ぐるりとマルクを取り囲むように、彼等は出てきた。
「やっぱり、いたのかい」
剣の構えを、周囲を警戒する形に変える。
『ブトゥツ様、いかがしましょう?』
「適当に捕まえとけ。場合によっちゃ殺しても構わん」
『ハッ!』
「上等だコラァ!」
ぐるりと自分を取り囲む一角に、マルクは自分から斬り掛かりに行った。
***
『ひ、ひぃっ・・・!』
『な、何だよこの女・・・!』
路地裏、その一角にて男たちの悲鳴が飛び交う。
「・・・いい加減、質問に答えてくれませんこと?それに私、あまりお金は持って・・・」
それを作り出しているのは、エリーだった。
『こ、このアマ・・・!』
男の一人が、角材を振りかざしてエリーの後頭部に殴り掛かる。
バキャン!
『げぇ!?』
しかし振り下ろした角材は、エリーにヒットすると同時に砕け散ってしまった。
ブン!
『ぐはっ・・・!』
同時に繰り出された裏拳が男の顔面にクリーンヒット。
結局この小競り合いは三人の男が情けなく地面に転がる結果となった。
「さて」
指を鳴らしながら、エリーが近づく。
「確か、身体で払えば質問に答える、でしたわね?この通り、私は貴方達に触れてあげましたわ・・・だから、次は貴方達の番。『ここを、貴族の男が通らなかったか?』が質問なのですけれど」
『こ・・・の・・・』
「早く」
『ひっ・・・』
ズイっと詰め寄ったエリーに、男が恐怖する。
そして、答える代わりに震える指先を奥に示した。
「よろしい」
そう言うと、
バチィ!
脚部を強化し、その方向にある屋根へとエリーは跳んだ。
***
「クソッ・・・!」
4人を打ち倒した所で、マルクは膝を付いた。
まだまだ、敵はいるというのに。
「どうした。あの小娘を取り戻すと息巻いていた割には、随分と情けないな」
「・・・」
「どうだ。今ならまだ金で解決してやっても・・・」
「うるせぇよ・・・!」
マルクは立ち上がり、バイザに剣を向けた。
「物わかりの悪い馬鹿だな」
「悪かったな馬鹿で。・・・でもそんな馬鹿でもな、あの子を人質に金を巻き上げるのが許されない事ぐらいなら、理解できるんだよ!」
「・・・チッ」
舌打ちと同時に、バイザは部下を下がらせた。
「俺がやる、どいてろ」
大型のメリケンを嵌め、バイザはマルクに歩み寄る。
「直接やろうってか、おっさん」
「そうだ。テメエみたいな思い上がったガキは、一番癪に障るんだよ!」
振り下ろされた拳を、
「ちぃっ!」
マルクは剣で防ぐ。
ガイィン・・・!
だが衝撃にマルクの手が耐え切れず、剣はマルクを放れていった。
ドゴン!
「ごっ・・・!?」
そして追撃の一撃が、マルクの腹部を捉える。
「ゲホッ、ガァッ・・・!」
身を縮こまらせて、マルクはその場に蹲ってしまった。
「無様だな、貴族様」
蹲ったマルクを、蹴り飛ばす。
「ぐぁっ・・・!」
「所詮家の名が無ければ何も出来ない、ただの無力な人間なのだ、貴様は」
「・・・へっ」
蹲りながら、マルクは鼻で笑う。
「無力、ね。悪いが、か弱い女の子を盾に取るような弱虫には言われたくないね」
「まだ言うかこのガキ・・・!」
バイザは、拳を再び振り上げ、
「いい加減黙ってろ!」
マルクの頭を目掛けて、振り下ろした。
グワァン!!
「んなっ!?」
が、それはマルクの頭を捉えるでも、外れるでもなく、
「その程度にしてやって下さいますか?」
エリーの左腕だった。
「何だ、この小娘は・・・?」
「あら、小娘とは失礼なお方」
「そこをどけ、じゃないとテメエも殴り殺すぞ」
「それはこちらのセリフですの。さっさとその汚い腕をどかして下さりません?」
「ほざけぇ!」
左の拳を、エリーに向けて振り上げる。
ドゴォ!!
が、それが振り下ろされるよりも先に、エリーがバイザの懐に潜り込んでいた。
「!?」
容赦のない一撃が、バイザをノックアウトした。
『ブ、ブトゥツ様!?』
『な、何なんだよアイツ!?』
周りがざわめく中、よろめきながらマルクは立ち上げる。
「エリー・・・お前・・・何で・・・?」
「メイド長に命じられまして・・・話は大体聞かせて貰いましたわ」
「!そうだ、あの子を・・・!でも、どこに・・・」
「・・・」
エリーは周りで怯えている男たちをチラリと見やると、
「私にいい考えがございます」
ほんの少し、口端を釣り上げた。
***
「こっちか・・・」
ならず者の一人から無理矢理聞き出した場所へ、二人は向かう。
曰く、彼らが根城としている廃墟の最奥部に閉じ込められているとの事だ。
「罠だと思うか?」
「さあ。ただ仮にそうだとしても、叩き潰すのみですの」
「・・・そっか。お前は強いな」
自分もこれ位強ければ、彼女を連れ去られる事もなかったのかもしれない。
「(無力な人間ね・・・)」
先程バイザに投げつけられた言葉が脳裏をよぎる。
「ここですわね」
そんな事を考えている間に、最奥部へとたどり着いた。
元々誰かを閉じ込めるために作られたのか、随分と厳重そうな扉が目の前に立ちはだかっていた。
バチィ・・・!
扉ごと吹き飛ばす為に、エリーが右腕を強化する。
「マルク・・・」
そして扉を吹き飛ばす、その前にマルクに確認を取る。
「分かっているさ。・・・この中に、希望が待ち受けているなんて思っちゃいない・・・」
「・・・貴方の想像を軽々と上回る、絶望的な現実が待ち受けている可能性もありますわ。覚悟は宜しくて?」
「・・・」
マルクが首肯し、エリーが承諾した。
ドゴン!
廃墟に響く音と共に、扉が壊される。
「「・・・・・・」」
そこに広がる光景に、二人は挙動と言葉を失った。
彼等が見たのは、血溜まり、少女の服、それと
「ワン、ワン!!」
「ガルルルル・・・!!」
人の骨を取り合う、二頭の大型犬だった。
エリーは理解に時間が掛かった。
マルクはそれを認めてしまう事に、時間が掛かった。
だが、
「これが・・・こんな事がっ・・・!」
「・・・酷い・・・」
「・・・俺の・・・弱さがっ・・・!」
ガクリと、マルクが膝を付いた。
「・・・!」
同時に、エリーは背後に気配を感じた。
はたしてその勘は正しく、ボウガンやら鉄パイプやらを持ったならず者たちと、
「・・・フン。どんな気分だ貴族様?」
モーニングスターを手にしたバイザが囲んでいた。
そのバイザを、エリーは心底見下した目で見つめる。
「糞虫が」
「どうせ生きていても幸せを掴めないガキだ。殺してやった方が、優しいもんだろう。それに犬の腹も満たせた。誰かの役に立てて、あのガキも本望だろうさ!次に会う時は犬の糞だろうがな、ハハハ!」
「・・・」
バイザの高笑いを聞いて、マルクがゆっくり立ち上がる。そして剣を抜いた。
「エリー」
「はい」
「人は捕えろ、狗は殺せ」
「御意」
そしてマルクは二頭の犬に、エリーはならず者たちへと斬りこんでいった。
***
「・・・そんな事が」
フォルツァ邸。夕食の準備が済んだ厨房で、コルナは事の次第をルフィヤから聞かされた。
「ええ。その為、マルク様は本日の夕食において、食卓にはいらっしゃいません。いつもの配膳から数を1、マイナスしておくように」
「・・・随分と、事務的ですねメイド長」
「ええ、何か?」
「何かって・・・もう少し、その、可哀想だとか、そういう感情を持たれても宜しいんじゃないでしょうか・・・?」
「・・・確かに、為されたことは悲惨よ。でも、起こった結果は珍しい事ではない。これからマルク様も国の中枢に関わる事もあります。そうなれば、更に辛い事にも出会う。今回のような事でいつまでも心を痛めておられるようでは・・・」
カチャ・・・
そこまでルフィヤが言った所で、エリーが厨房に現れる。
そして何も言わず、マルクの夕食が乗った盆を持ち上げた。
「流石、『完璧』ですわね、貴女は」
「エリー・・・」
「これは私が持っていきますわ。よろしくて?」
「ええ・・・」
「ルフィヤ」
「何かしら?」
「もう少し、自分を出しても良いと私は思いますわ」
それだけ言って、エリーは厨房を後にした。
***
コンコン・・・
マルクの部屋のドアを、エリーがノックする。
「入っても?」
「ああ」
抑揚のない声が、部屋の中から聞こえ、エリーはドアを開けた。
マルクはベッドに座っていた。泣いているわけでも、怒っているわけでもない。ただ、何かを考えながら虚空を見つめていた。
「夕食、机の上に置いておきますわね」
「あぁ、ありがとうな」
「・・・」
エリーが再びマルクを見る。やはり、虚空を見つめたままだ。
「(一人にしておいた方が、良さそうですわね)」
そのまま、エリーは背を向けて部屋を出ようとする。
「エリー」
その背に、マルクが言葉を投げかけた。
「・・・」
「見てみろよ、コレ」
返事をせず、エリーはゆっくりと振り返った。
「それは・・・」
マルクが右手に持っていたのは、花の髪飾りだった。
「これしか、残っちゃいなかった・・・俺は、何も出来なかったよ」
「・・・」
「どう思う、エリー?」
「え?」
「俺が奴等の交渉に応じていたら、あの子は助かっていたのかな?」
「・・・いいえ。既に交渉の段階で、あの少女は殺されていましたわ。あくまでアレは、貴方をゆすっただけの戯言」
「やっぱり、そうだよな・・・」
「最後に貴方と出会えた、それだけでもあの少女にとっては十分な幸せだったと、私は思いますわ」
「そう、言ってくれるか。ありがとな・・・でも、でもな・・・」
心なしか、マルクの声が震える。
「俺はあの子に、別の世界を見せてやりたかった。自己満足でも傲慢でもいい・・・俺はあの子を救いたかった・・・!」
「・・・」
「エリー・・・」
「はい」
「俺、強くなるよ。エリーにもルフィヤにも頼らなくても、守りたいものを守れるように・・・!」
震える声を抑えるように、マルクはそう絞り出した。
「・・・貴方なら・・・なれますわ」
真っ直ぐ瞳を見つめ、エリーはそう言葉を返した。
パタン・・・
エリーが部屋を後にする。
ドアの向こうで、嗚咽が聞こえた。




