路傍の花
「2班、早くお昼の用意!それから3班は備品のチェックを急いでね!」
フォルツァ邸の昼。2班と3班を束ねるメイド、コルナ・シリングの声が館の中で響いている。
そして皆が忙しく働くその中を、
「あら、精が出ますわね」
エリーが悠々と歩いていく。
「って、アンタ・・・えーっと確か」
「エルフィール・ノキアですわ。以後お見知りおきを」
「あ、よろしくお願いします・・・ってそうじゃないわよ!何呑気にしてるの!」
勢いで下げてしまった頭を持ち上げると、コルナは勢いよく言った。
忙しい時にこうほっつき歩かれては全体の士気に関わる。
「と、申されましても。私は命じられたことは全てこなしましてよ?」
「そんなウソに・・・」
そうコルナが言いかけた時、
「嘘ではありません」
それをルフィヤが制した。
「メイド長?」
「エリーはマルク様の部屋の掃除、裏庭の倉庫の整理を午前中に全て終わらせています。貴女達も、彼女に負けないように」
「なっ・・・!」
「返事は?」
「は、はい分かりました!ほ、ほら皆さっさとやるわよ!」
慌てて返事をすると、コルナ達は普段の業務へと戻る。
同時にルフィヤはエリーに向いた。
「でも、こんなに早く終わらせるなんて少し予想外だったわ」
「あら、どうして?」
「失礼かもしれないけど、貴女はそういう事とは無縁の世界で生きている雰囲気がしたから」
「そうでもありませんわ。お姉様の部屋を勝手に掃除したり、お姉様の私物を整理したり、お姉様のスケジュールを完全に把握したり・・・」
「・・・それ以上は聞かないでおくわ。ところで、マルク様がどこに行ったのか知ってる?今朝から姿が見えないのだけれど」
「さぁ?『ちょっと外に出てくる』と言って、どこかに行ってしまいましたわ」
「またそれなのね・・・困ったものだわ・・・そうだエリー」
「何?」
「マルク様を探してきてくれるかしら。あの人は危険な所に入り込む癖があるから・・・」
「な、何で私が?」
「あら、マルク様の専属メイドなのでしょう?フラン様が同じ状況なら私はそうするのだけれど。何、不満なの?」
「はいはい、わかりましたわ・・・」
エリーは溜息を一つ付くと、その場を後にした。
***
王都マラッカ、繁華街から少し外れた、さびれた路地。
ゴルド王国は長年続いた平和と他国との友好な関係の為、比較的に富んだ国である。
だが、市場に一切介入しない姿勢を取る王政の方針により、国内の格差は目を覆うものがあった。
マラッカと地方都市の生活レベルは半世紀ほどの時代錯誤を見せ、マラッカですらも貧困層が集まるスラムが出来ていた。
そのスラムの中を、マルクは歩いていた。何も今回が初めてという訳では無い。昔からちょくちょくこういう所に入り込んではルフィヤに怒られてきた。
「(まぁ、最近は怒られなくなったけど)」
特に目的があってこういう所をほっつき歩いている訳では無い。単に館の中や、中央通りなどの煌びやかな場所が自分にとって合わない為、逃げるように暗い路地裏に来ているのだ。
「今日はなんか面白い事ねぇかなっと・・・」
とは言ってみるものの、そうそう面白い事など起こらない。今日もいつも通りただほっつき歩いて帰ることになるだろう。
歩き始めからそう思っていたマルク。だが今日は様子が違った。
「(やめて下さい・・・!)」
『(そう言われてもな、こっちにも都合ってモンはあるんだよ嬢ちゃん!)』
角を曲がった先の方から、何やら不穏な駆け引きが聞こえてくる。
「(何だ何だ・・・?)」
そろりと、角から顔を出す。
するとそこには予想通りの光景が広がっていた。
少女が一人に、男が二人。二人の男は何やら少女に要求しているようだ。
『借りたものはキッチリ返すのが世の中の約束ってものじゃないか?』
「ち、違うもん。私が借りたんじゃ・・・」
『親父が借りていようがテメエが借りていようが、こっちはそんなの関係ねえんだよ!』
「ひっ!」
どうやら金銭関係のトラブルらしい。よくある話だ。
「(大方親父の借金を娘が頑張って返済してるって感じか)」
そして背景も、どうやらよくある話らしい。
『あ~あ、泣いちまったよ。どうすんのこれ?』
『泣いて金が出るってのか?だったらもう少し泣かせてみるか!』
そしてこういうのを放って置けない輩も、よくいるのだ。
「はいはい、ちょっと待った」
自分の中でもかっこつけていると思いながら、マルクは出て行った。
『あん?何だお前は?』
「何だっていいだろ。それよりも、そこまでにしといてやれよ。泣いている女の子を殴るなんて趣味が悪いぜ?」
『テメエには関係ねぇ話だ、引っ込んでな』
「いいや、そうもいかないね」
『だったら力づくで・・・!』
そう言って男が腕まくりをした時、
『お、おいちょっと待て・・・!』
もう一人の男が何かに気が付いた。
『何だよ?』
『あれ見てみろ・・・』
『あれって・・・げっ・・・!』
二人が目にしたのはマルクの服に付いた紋章。盾の後ろに二本の剣が交叉したフォルツァ家の紋章だ。この国で、このマークを知らないものなどいない。
『ど、どうする・・・?』
『どうするって、逃げるしかねぇよ・・・』
『クソッ!』
そしてそそくさと、二人は逃げ出していった。
「(こういう時は役に立つんだよな、家の名前・・・)」
少し複雑な思いを抱きながら、
「おい、大丈夫か?」
マルクは少女に話しかける。
「う、うん・・・ありがとう。お兄ちゃん、強いんだね!」
「(うっ・・・)」
少女は涙を湛えた青い瞳をマルクに向けた。年は12、3歳といった所か。着ている服はボロボロだが、それでも色褪せない可愛さを持っていた。
「話は一寸聞いていたんだが・・・大変なんだな」
「・・・うん。お父さんの借りたお金が多くて・・・お母さんもいないから・・・」
「そっか・・・」
これ以上、言葉が出て来ない。これ以上関われば情が移ってしまうことを、マルクは重々承知していたからだ。
金の取り立てに来ていた男たちも、このスラムの一員だろう。貧困層が貧困層から搾取する悲惨な現実がそこにあった。
「そうだ!」
重くなりかけた空気を、元気な少女の声が破った。
「お兄ちゃん、うちに上がっていって!さっきのお礼がしたいから!」
「え、いや俺は・・・」
「いいから、ねっ!」
「(ま、いいか)」
こういう非日常を求めて路地裏に来ているのだから、いいだろう。
マルクは少女に引っ張られて襤褸小屋に入っていった。
***
「(これは・・・)」
扉も無い玄関を潜って、マルクは部屋の中を眺めまわす。
まず、暗い。照明らしき照明もない。日の光だけで生活をしているものと思われる。
生活感もまるでない。台所と思しき所と、床に直接敷かれた襤褸布位しか、生活を感じられるアイテムがない。
「(それ以外のものは、差し押さえられてしまったのか)」
入って部屋を見たそれだけでも、この少女の窮状が手に取るように分かって来る。
と、そんな事を考えていると少女が何かを盛り付けた皿を持ってきた。
「これは・・・?」
そこにはパンと、少し萎びた果物が乗っていた。
「私の事、助けてくれたから・・・そのお礼」
「い、いや・・・受け取れないよ・・・」
「あっ、ごめんなさい、こんなので・・・」
「いやいや、違うって」
こんな状況に陥っている少女から食料を貰うなど、人殺しの片棒を担いでいるようなものだ。
「君・・・いつもこんな生活をしているのかい?」
「うん・・・でも、お父さんの借りたお金を返すまでは仕方ないかなって・・・」
「君の借りたお金じゃないんでしょ?」
「そうだけど・・・返さないとあの人たちも困るから・・・」
こんな状況でも、他人を気遣う心の余裕を持ち合わせている。
自分の心を自然と蔑んでしまう位に、その少女は綺麗だった。
「(あー、ダメだ)」
自分でも分かってしまった。既にこの少女に情が移っていると。
スッ・・・
ほぼ無意識に、マルクは右手を差し出していた。
「え?」
唐突な事態に、少女の思考が追いつかない。
「行こう。うちに、おいで」
「・・・」
暫し、少女は躊躇ったが、
「・・・うん」
おずおずと、その手を取った。
***
「で、テメェらは一文も取らずに逃げ帰ってきたって訳だ」
スラムの一角。荒れ果てた土地の中でもいくらか整理されたこの区画に、ならず者たちが溜まっている。
『す、すみません・・・まさかあんな大物が出てくるとは・・・』
そこで、先程の男二人が土下座していた。
「大物ねぇ・・・」
土下座の相手である大男は、機嫌の悪い顔をしている。
バイザ・ブトゥツ―このならず者たちを束ねる大男の名前である。
「あのな、テメェら貸した金返させてんだろ?何も道理が通らねえことやってねぇよな?」
『は、はい・・・』
「だったら何で逃げ帰って来てんだボケェ!!」
『す、すみません・・・』
「ケッ、能無しが・・・!」
そしてもう飽きたと言わんばかりに、バイザは次の思考を巡らせる。
「(ま、取りに行かせたところでもうあのガキに返済能力はねぇだろうな)」
と、なると。
「おい」
土下座したままの二人に、声をかける。
『は、はい』
「テメェらにもう一度チャンスをやる。あの金を返さねぇガキをここに連れてこい。借りた金返さないとどうなるか、見せしめにしてやらねえとな。分かったか?」
『は、はい!』
「だったらとっとと行け!愚図共が!」
二人は顔を上げ、返事もせずに駆け出して行った。
***
路地裏を、明るい方に向かって二人は歩いていく。
着ているものの彩度が違うが、それはさながら兄妹のようであった。
「ねね、お兄ちゃんの家ってどんな所?」
「どんな所って言われてもなぁ・・・取り敢えず賑やかだぞ、色々なメイドがいて」
「メイド?」
「えっと・・・まぁ、家族さ。中には口うるさいやつもいるが・・・」
「家族がいっぱいいるんだね!楽しみ!」
「おぅ!楽しみにしててくれ・・・ん?」
そろそろ中央通りに出ようという時に、異変が起きた。
『へっへっへっ・・・』
下衆な笑いと共に、男が一人彼等の前に立ちはだかる。
「お前、さっきの・・・」
『いやぁ、襤褸小屋にいないものだから焦ったぜぇ。・・・さて、申し訳ないがやっぱり金を貰わねえとこっちも帰れねえんだわ。つー、事で・・・』
ギラリ、と男の手元でナイフが光る。
「そこのガキ、置いて行って貰えるか?」
その言葉に、フンッとマルクは鼻で笑って見せた。
「そう言われて、はいそうですかと応じるかよ」
腰に付けた剣をスラリと抜く。
ルフィヤの教育を受けたマルクにとって、こんなチンピラ程度敵ではない。
「そこ、どいて貰うぜ」
自信と共に、前に出た。
それが、いけなかった。
「キャッ!」
マルクの後ろで、短い悲鳴。
「・・・しまった・・・!」
振り向いて、そんな声が漏れる。
『・・・油断したなぁ、貴族の兄ちゃん』
後ろでは、もう一人の男が少女を捕えていた。
「おい、その子を・・・!」
放せ、と言いかけて
「ガッ・・・!?」
鈍い痛みと共にマルクは蹲った。背を見せてしまった男に、わき腹をしたたかに殴られてしまったのだ。
『悪いな、こっちも死にたくないんでねぇ』
「くそっ・・・!屑共が・・・!」
『へぇ、屑ねぇ。ま、アンタらみたいな立派な貴族から見ればそうだろうよ』
「・・・」
『でも、アンタらが作り出した俺らだって事も分かっておいてくれよ』
そう吐き捨てると、蹲ったマルクを余所に二人の男は引き返して行った。
***
「く・・・ぅっ」
わき腹を抑えながら、マルクがよろよろと立ち上がる。
「あの子は・・・」
行かねば、助けなければ。
「(場所は大体見当がつく・・・)」
ああいう手合いが拠点にする場所など、このスラムでは限られてくる。
しかし
「(思ったより、殴られた所が悪かったか・・・?)」
ダメージの回復が遅い。足取りも、いつもより不安定なものとなってしまう。
「(ま、そんな事言っている場合じゃあねえよな・・・)」
だがそんな事より優先すべき事がある。
「待ってろよ今俺が・・・」
助けてやる。
そう、強く誓った。
***
『ブトゥツ様、つ、連れてきました・・・』
二人の男の片割れが、おどおどしながら報告する。
「あぁ、ご苦労」
『い、いえとんでもない事で・・・』
少女をバイザに引き渡すと、二人はおどおどとしたまま引き下がった。
「おい」
その二人を、バイザが呼び止める。
『へ、へい?』
「お前ら、貴族の小僧が邪魔してきたと言っていたな?」
『へ、へい・・・間違いなくフォルツァ家の関係者でした・・・』
「フン・・・」
面白くなさそうな顔を作ると、バイザは少女を指さし、
「で、その小僧はこのガキと一緒にまだいた。そうだな?」
『へ、へい・・・』
「じゃあお前らは・・・」
面白くなさそうな顔に、暗く鈍い眼光が宿る。
「ちゃんとその小僧を殺して来たんだろうな?」
『『え・・・』』
二人が共に絶句する。それが否定の意であると、バイザは理解した。
「ハァ・・・お前らはどうしようもない愚図共だな」
『し、しかしあの家に喧嘩売るのは・・・』
「スラムで事故死なんて、よくある話だろうがマヌケ」
パチン、とバイザが指を鳴らす。するとズラッとボウガンを構えたならず者たちが二人を囲んだ。
「『処分』、ですかブトゥツ様?」
「ああ。只の穀潰しだ」
「はっ」
その指示を受け、
ヒュンヒュンヒュン!!
何の迷いもなく、ボウガンの引き金が引かれる。
二人の男は、瞬時に二つの肉塊に変わった。
「さて・・・と」
二人が死んだ事などにはまるで興味が無いと言わんばかりに、バイザは少女に視線を移した。
「あ・・・あ・・・」
「見たな?貴様がああなるのも時間の問題かもしれんぞ?」
「どうして・・・?」
「あ?」
「どうして、あんな、酷い、事・・・?」
「・・・このスラムに、役立たずを食わす飯は無い。只それだけの事だ」
ブォン!
「痛っ・・・」
バイザは少女の身体を壁に投げつけた。そして、ボウガンを少女に向ける。
「貴様も、その一人になるか?」
「嫌・・・嫌っ・・・」
恐怖から身を守るように身体を縮こまらせて、
「助けて・・・お兄ちゃん・・・」
ぽつりと口から、言葉が漏れた。
「(ん?)」
そこで、バイザに一つの考えが浮かぶ。
「(確かフォルツァのガキはコイツと一緒にいたと言っていたな・・・)」
そしてそのガキは、まだ生きている。
「(そして正義に篤い貴族様の事だ・・・)」
ここに、助けに来るだろう。だが、こんな所に多くの手勢を向けて騒ぎを大きくするとは考えにくい。
「・・・」
そして考えを纏めると、
「来い」
バイザは少女の頭を掴む。
「貴様には、利用価値がありそうだ」




