迎撃
ガチャ・・・
施錠された扉を難なく通り抜け、リタスは館へと侵入する。
「さて・・・」
ここからだ。深くリタスが息をつく。
そして同時に、
「別に姿を潜めなくても構わんが」
明かりのついていないホールで、そう呟く。
ハァ
すると闇の向こうで溜息が一つ。
パチン!
そして指が鳴り、明かりが付いた。
ズラッ!
そこには、二階からボウガンを構えたメイドの一隊が並ぶ。
その真ん中には、指揮を取るマルクの姿があった。
「こうも早く侵入が露呈するとはな」
「うちの門番の根性を舐めてたみたいだな。連絡なら既に信号弾で伝わっているぜ」
「・・・フン」
リタスがトンファーを構えようとする。
「おっと待った。アンタこの状況分かってる?わざわざ言葉にしなくても、伝えたいことは分かると思うんだけどな」
「『動けば撃つ』」
「ご名答」
「では、そうしてみろ」
カッ、カッ・・・
警告などまるで無かったかのように、リタスはマルクに向かって歩みを進める。
「マルク様・・・」
ボウガンに指を掛けたメイドが問う頃には、
「撃て」
既に命は下されていた。
ヒュヒュヒュン!
矢の雨がリタスに降り注ぐ。
キンキンキン!
それをリタスはトンファーで弾いた。
「マジか!?」
「・・・温い」
フワッ・・・
軽やかにホールから二階の手摺、マルクの目の前にリタスは飛び移る。
「マルク様!」
ヒュヒュン!
メイド達が二発目を撃ち込む。
「鬱陶しい・・・!」
キキン!
リタスは今度はそれらを弾き『返した』。
「ぐぅっ・・・!」
弾き返された矢は、メイド達の肩に刺さる。
「次」
トンファーが、マルクに迫る。
「なろぉ!」
ガキィ!
右からの一撃を防ぐと、
「そりゃぁ!」
「何っ!?」
流れるように、突きを繰り出す。
「くっ!」
回避、それと同時に後方に一回転しながら、リタスは二階から一階へと移る。
「マルク様!」
「何やってる、撃ち込め!」
「は、はいっ!」
ヒュン、ヒュン!
態勢を立て直したメイドから、ボウガンを撃ち込む。
「この程度・・・!」
キン、キン!
まばらに放たれる矢を、リタスは難なくトンファーで撃ち落とす。
だが、足は止まっていた。
「そりゃぁあ!」
それを好機と見、二階から飛び降りる形でマルクが斬りかかった。
「小癪な・・・!」
ギィン!!
トンファーをクロスさせ、その一撃をリタスは受け止める。
「はぁっ!」
「どわっ!?」
そのまま押し返し、マルクの身体は床を転がった。
「あいたた・・・そう簡単にはいかねぇってか」
「この俺に防御をさせた事は褒めてやる」
「指南役のメイドが中々鬼でね」
「だが、俺と対等に渡り合うには遠すぎるな」
「へへ、そうかい・・・」
カッ、カッ・・・
ニヤリとマルクが笑うと同時に、足音が近づいて来る。
「ん?」
「それじゃあ、真打登場と行こうじゃないか」
カッ!
ホールにその足音を響かせて、槍を構えたルフィヤが姿を現す。
「・・・何だ、貴様も兵を務めるメイドか」
「初めまして。フォルツァ家メイド長を務めます、ルフィヤ・ディナールと申します」
「そうか。俺は・・・」
「いえ、結構です」
リタスの名乗りを、ルフィヤは聞かなかった。
「何?」
「貴方は、私の主を泣かせた。名など、聞く気もありません」
「・・・そうか。上等ではないか」
トンファーをクルリと回すと、リタスは攻撃態勢に移る。
「ならばそれもいいだろう。全力で相手を・・・」
カラン・・・!
それと、トンファーが床に落ちたのはほぼ同時。
「な・・・に・・・?」
強い手の痺れと、状況を理解するのに少々時間を要した。
しかし、すぐに理解する。
「(弾・・・かれただと!?馬鹿な!全く見え・・・)」
理解と同時に、混乱する。
「どうしました?」
そこに、恐怖を塗す声。
「早く拾いなさい。早く。死にますよ?」
「ぐっ・・・うおぉ!」
叫ぶと同時に、リタスが動く。床に転がったトンファーを拾うと、
ギィン!
ルフィヤに容赦なく殴りかかる。
「そらぁ!」
上方から繰り出されるトンファーを、
ギン!
ルフィヤは槍を横にし、受ける。
「(今だ!)」
ヒュン!
それを見て、リタスはルフィヤの足を殴りに行く。
だが、
フワッ・・・
繰り出したトンファーは空を切り、ルフィヤは宙に『浮いて』いた。
ドゴォ!
直後、リタスの左頬に蹴りが入る。
「ぐぉっ・・・」
怯んだ所に、
ヒュン!
槍。
「くそっ!」
ギン!
槍、槍、槍。
「(付いて行けない・・・!一太刀交わすごとに、確実に差が開くっ・・・!)」
刃と石突が交互に襲い、リタスの余裕を確実に削っていく。
「はぁっ・・・このっ、調子に・・・!」
防御から、リタスは攻撃に移ろうとする。
ヒュン!
しかし、同時に槍が脇の下を潜り抜けた。
「うっ・・・!」
そして彼は固まってしまった。
「(違う・・・!外れたのではない・・・!俺は、今・・・!)」
そう、自分は今『死んだ』。そして分かった。
「(俺では・・・勝てない・・・!)」
それが分かれば、することは一つだ。
「くそっ!」
プシュゥゥゥ・・・!
スプレー缶を投げつけ、煙幕を発生させると
「(一時撤退だ・・・!)」
窓を開き、庭へとリタスは逃走した。
「・・・逃げられると思わないことです」
ブォン!
槍を一回転させて煙幕を晴らすと、ルフィヤもその後を追った。
***
フォルツァ邸、庭園。
「ヒャッハァ!」
エリーとドブラの戦いは、一進一退だった。
ガキィン!
「このっ・・・!」
「おっと」
突き出されたナイフをドブラは余裕で避ける。
「ヒャハ!」
避けると同時に攻撃に移る事も忘れない。
「そんな単調な攻撃・・・!」
上からの振り下ろしをエリーは難なく避けた。
ピッ!
「うっ!?」
しかし、返しの爪は完全に避けることは能わなかった。エリーの顔に薄らと傷がつく。
「・・・」
「オラオラ、どうした嬢ちゃんよぉ!」
「・・・」
ギン、キィン!
「受け身なだけじゃ、いつまでたっても勝てないぜぇ!?」
「・・・糞が」
「あぁ?」
「そんなに死にたいなら、お望み通りにして差し上げますわ!」
ドン!
足に強化を回し、エリーは思い切り地面を踏んだ。
ベコッ!
衝撃で石畳が捲れ上がり、
「のわっ!?」
てこの原理でドブラの身体が宙に浮く。
「シィッ!」
その身体目がけて、エリーがナイフを投げつける。
「舐めるなってんだよぉ!」
キキン!
鉤爪でドブラはそれらを弾く。
そこをエリーは見越していた。
「なあっ!?」
捲れた石畳を台にして、態勢が崩れた所に、身体を滑り込ませる。
「可哀想に。お馬鹿ですわね」
「・・・ぃ!」
ドゴォン!
強化された拳がクリーンヒットし、石造りの門にドブラは身体を叩きつけられた。
「ゴホァ!」
壁から剥がれると、ドブラは石畳に血を吐いた。
カッ、カッ・・・
「あぁ・・・?」
そこへ、一歩一歩、エリーが歩み寄っていく。
「もう終わりなどと、そんな事は仰りませんわよね?」
「へっ、へへ・・・当ったり前だろうがよ、お嬢ちゃん」
「ならば、立ちなさい。私の心は、まだ燃え始めたばかりですことよ」
ベロリと、エリーの舌が唇を一舐めする。
「・・・」
「立ちなさい、早く。早く!この腕が、身体が、貴方の内臓をドロドロのシェイクにして差し上げたいと、唸りをあげて仕方がないのですから!」
バチィ!!
「(何だぁ、今のは!?)」
見えた。一瞬だが、ドブラには見えた。
エリーの『全身』に、赤い閃光が走った。
「ドブラ!」
それと、こちらへと走って来るリタスの姿がドブラの目に映ったのは同時。
「あ、兄貴?」
「一旦撤退する!態勢を立て直すぞ!」
「はぁ?一体何で・・・」
「いいから撤退だ!このままでは・・・!」
ピタリ
そこまで言った所で、リタスの動きが急に止まった。
「ど、どうしたんだよ兄貴?」
しかし、リタスからは何も返事が返ってこない。文字通り、『止まって』いる。
咄嗟に、ドブラは目の前のエリーに噛みついた。
「おい、テメェか?兄貴に何しやがった?」
しかし、
「・・・いいえ、私ではありませんわ」
返って来たのは予想外の答え。エリーにも、一体何が起こっているのか理解が出来ていないのだ。
「お前じゃねぇってか?んじゃあ一体・・・」
コッ、コッ・・・
「誰・・・」
コッ
「が・・・」
そこまで言って、エリーとドブラはこの状況を創り出した者を目にした。
正門を潜り、庭へと入って来た一人の少女。幼い顔立ちと未発達な身体とは対照的に、月夜に照らされた白と紫の法衣が艶やかに光る。
左手に持っている本は余程重要な物なのか、鎖と鍵で厳重に閉じられている。
「あーらら♪任務を途中で放棄するなんて、とんだ三流ね」
スッ
女は甘ったるい声と共にリタスに手を翳すと、
―BLAST―
ドォン!
詠唱。瞬時にリタスは爆発した。
「あ、兄貴ィ!!」
「・・・何ですの、今のは・・・?」
叫ぶドブラと驚くエリー。
「アハハッ!何て雑魚。アルバは何を手こずっていたのかしら?」
そんな二人を無視し、女は月夜に高笑いを響かせる。
「テメェ!」
そこへ、怒りに身を任せたドブラが襲い掛かる。
―SHOOT―
ドォン!
しかし、触れることすら出来ないまま元居た場所へ弾き飛ばされた。
「何?アンタも死にたい訳ぇ?」
まるで子供のような笑顔を浮かべ、
キィィ・・・
指先に、何かの力を少女は収束させる。
「じゃ、死のっか」
そしてその力は、
「お待ち下さい」
解放されなかった。
館の方から現れたルフィヤの声が、それを留めたのだ。
「あら、メイド長さん。こんばんは」
「今晩は、リエル様。申し訳ありませんが、これ以上当家の庭で暴れないで頂けますでしょうか」
「えー、いいじゃない。そこに居る虫一匹殺すだけなんだから」
「そこの男には色々と聞く事がございます。処分はその後にこちらで致そうかと思っておりますので」
「・・・うーん」
シュン・・・
集めた力を発散させ、少女は水晶玉を取り出した。
「だってさ。どうする、ダラス?」
そして、水晶玉に話しかける。
ザザッ・・・
すると一瞬ノイズが入り、その後からダラスの声が届いた。
『構わんさ。目的は果たされた。向こう側が掃除してくれると言うのであれば、その方が楽だろう。・・・それとリエル』
「なあに?」
『お前はもう少し主人に対する態度というものを・・・』
ブツッ
そこで、リエルは通信を強制的に終了した。
「まぁ、そういう事だから。アンタ達に任せるわ」
「ご理解いただきありがとうございます」
「礼なんていいわ。ま、ちょっとした暇つぶしにはなったわよ。じゃあね♪」
シュン・・・
そう言い残し、リエルは闇に溶けて行った。
「な、何ですの、あの女は・・・?」
「リエル・エルメス。フロイト家に仕える魔術師です」
訝るエリーに、ルフィヤが答えた。
「魔術師・・・つまりあの女もあなた方が呼ぶ『異能者』ということですの?」
「いいえ。少し括りが違いますが・・・まぁ、今はよいでしょう。それよりも・・・」
視線が、倒れるドブラに向く。
「んあ?」
ドブラも、歩み寄るルフィヤに視線を向けた。そして開口一番、
「よぅ、エプロンババア」
ブスッ!
挑発。同時に太腿に槍が突き刺さる。
「だぁっ!痛え!!」
「軽口を叩く事は許しません」
「へっ、へへっ・・・殺しなよ。怒ってんだろ?」
「まだ殺しません。まだ。貴方には聞きたいことがありますので」
パチン!
指を鳴らすと、待機していたメイド達が姿を現す。
「この男を地下牢に。暴れたら腕を潰しなさい」
「・・・甘いねぇ、アンタら」
メイド達に縛られて、ドブラは館へと連れて行かれた。
***
「それで。館の方は問題なかったのね」
翌朝、自室のバルコニーで朝食をとりながら、フランはルフィヤより昨夜の報告を受けていた。
「はい。メイド達に負傷者が少々出ましたが、幸い大きな傷を負った者はおりません」
「ちゃんと手当してあげてね。彼女達一人一人が、この家の宝なのだから」
「存じております」
「そうだわ・・・エルフィールさんはどうしているのかしら。確か昨夜活躍なされたのでしょう?」
「はい。エリーは今マルク様の下におります」
「お兄様の?」
「はい。マルク様も昨夜の件で掠り傷程度ですが負傷を・・・」
ガタッ!
ルフィヤの言葉が終わる前に、フランは立ち上がっていた。
「何故それを先に言わないのルフィヤ!?」
「は、はい?」
「私もお兄様の部屋に行きます」
そして言い終わるより先に、身体を動かした。
「お、お待ち下さいフラン様!まだ朝食を・・・」
バタン!
聞かず、フランは部屋を出て行った。
ハァ・・・
「全く。世話の焼けます事・・・」
笑顔で、ルフィヤは朝食を片付けに掛かった。
***
「はぁ~あ、手緩いねぇ」
フォルツァ家地下牢。二百年前から使われているこの牢で、
「まぁこうやって毛布を上手く使えば、快適にはなるか」
ドブラは悠々と過ごしていた。片手を壁に繋がれてはいるものの、それなりに身体は自由に動かせる。
「尋問だって言うから歯の一本や二本ぶっこ抜かれるかと思いきや・・・五、六発鳩尾をぶん殴られるだけだったもんなぁ」
それに、ドブラからすればこの家の尋問は温いものだった。
「おまけに風雨がしのげる場所まで用意してくれちゃって・・・んで」
カッ、カッ・・・
地下牢に、何者かの足音が響く。
足音の主が何を目的に近づいて来るのか、彼には分かっていた。
「三食昼寝付と来たもんだ」
そこには余った食材で作られた粗食を持ったメイドが立っていた。
キィ・・・
鍵を開け、メイドが牢の中に入る。
「ほら。食事よ」
「へいへい、ありがとな。ん、嬢ちゃん?」
その顔に、ドブラは見覚えがあった。
「ん~っと・・・」
「何よ?」
「あ、思い出した。嬢ちゃんアレだろ、門番のー・・・俺が殴った方!」
手を叩いて、ドブラは笑顔を浮かべる。一方メイドの方は不快極まるといった表情だ。
「あのね。そんな雑な覚え方しないでくれる?私にはコルナ・シリングっていうちゃんとした名前があるの」
「へぇ。名前で呼んでいいんだ?」
「んなっ・・・そんな事言ってないでしょ!・・・これ、要らないの?」
手に持った食事をさしてコルナが脅す。
「あーはいはい。すみませんでした」
その脅しには素直にドブラは屈服した。
「ところでコルナちゃん?」
「・・・何よ?」
「男性経験はどれ位?」
パカーン!
良い音を響かせて、コルナはドブラに食器を投げつけた。
「痛てて・・・あ~あ、飯が台無しだぁ」
「最っ低!!」
そのまま憤慨し、コルナは牢を出て行く。
ズゾゾゾゾ・・・
だが、背後から聞こえた何かを啜る音が彼女の足を止める。
見れば床に零れたスープをドブラは啜っていたのだ。
ガッ、ガッ・・・
それが終わると、今度はシチューとパンを手で拾って口の中に突っ込んでいく。
「アンタ・・・何してんのよ・・・」
「ん?見ての通りお食事中さぁ。あんまり食い物を粗末にするんじゃないぜぇ?」
「・・・気持ち悪い」
吐き捨てて、コルナは地下牢を出て行った。




