王都マラッカ
『どうして家出などなさろうとしたのですかマルク様?』
『・・・』
『その様なことをなさって、天国にいらっしゃるお母様がお喜びになると?』
『・・・違う』
『?』
『違うんだよルフィヤ!僕は家を出たんじゃない、家を探しに行ったんだ!ここは僕のいるべき場所じゃないんだ!』
『そんな事はございません。マルク様はフォルツァ家の・・・』
『じゃあ何で、誰も僕を相手にしないのさ!?誰も僕の話を聞いてくれない。目を合わせてくれないメイドだっている!前からそうだったけど、フランが生まれて、同時にお母様が死んで、それは一層酷くなった!』
『・・・』
『僕は、フォルツァ家の子供じゃないんだ。この家に、僕はいらないんでしょ?この家に、僕の味方はいないんでしょ?』
『・・・』
『だったら、僕の方からいなくなった方がいい。それで僕も幸せだ、皆も幸せだ。誰も傷つかない。誰も、誰も!』
ギュッ・・・
『・・・ルフィヤ?』
『私が、傷付きます』
『・・・え?』
『私は、貴方の味方です。例え世界中が敵になったとしても、私は貴方の味方でいます。・・・それでは不足ですか?』
『・・・』
『マルク様・・・』
***
「んあ・・・」
そこで、目が覚めた。
「夢・・・?」
随分と懐かしい夢をみたものだ。
「何と言うか・・・今から考えると信じられない出来事だったなアレ・・・」
夢を反芻しながら、コメントを添える。
「ん?」
そこで、マルクは布団の異変に気が付く。
気付くと同時に、
「おはようございます。お兄様」
マルクはベッドから転げ落ちた。
***
「少し、よろしくて?」
フランの部屋。バルコニーの片付けが終わったルフィヤに、エリーが話しかけた。
「あら。マルク様のお部屋に行かれたと聞いていたのですが」
「元気そうだったから放っておきましたの。それよりも」
そう言って、バルコニーに出ると堂々とフランの椅子に座った。
「・・・何ですか?」
少々不快感を顔に出したものの、それ以上の追及はせず、ルフィヤは話を促した。
「先日の襲撃者の一件。貴方はどう考えておりますの?」
「どうと仰りましても・・・金目当ての馬鹿がこの家を襲わせた。それでは駄目ですか?」
「・・・嘘を付くのは下手ですのね、貴方。そんな単純な話ではない。それ位、気が付いているのでしょう?」
「・・・何か、掴まれたのですか?」
「・・・さぁ、これがそうだといいのですけど」
スッ・・・
勿体ぶった言い方をしながら、テーブルの上に一枚のワッペンを出した。
「・・・これは」
「昨日の襲撃者が持っていたものですわ」
そこには、弓とクロスした矢の紋章。銀の刺繍が施されていた。
「フロイト家の紋章・・・」
ルフィヤの口から、言葉が漏れる。
「フロイトと言うと、先日この家にいらした感じの悪い片眼鏡の?」
「ええ。しかし、まさか・・・」
そこまで言って、ルフィヤは口と目を閉じ、何かを思考し始める。
そしてすぐに、目を開いた。
それを思考のまとめが完了したと受け止め、エリーはニタリと笑う。自分の思考がまとまったのと丁度同じタイミングだったからだ。
エリーが口を開く。
「考えられる選択肢は」
それにルフィヤが応じる。
「三つ」
「一つ、金目当ての馬鹿者がここを襲わせた。雇われた者が偶然紋章を持っていた」
「二つ、フロイト家が誤解に基づき、先日の復讐を考えた」
ニヤリと、今度は二人が笑う。
「「三つ、裏で何者かが糸を引き、フォルツァ家とフロイト家をぶつけようとしている」」
同じだった。そして、想定している答えも同じ。
だが、
「では誰が?」
「何の為に?」
ここから先の答えがないのも、同じだった。
「・・・ここまでみたいですわね」
「その様ですね」
「それじゃあ、ここから先はお任せしますわ」
「貴女も強制的に巻き込まれるかもしれませんが」
「・・・フフッ」
もう一度笑顔を交わすと、エリーはフランの部屋を出て行った。
***
「散策・・・?」
マルクの部屋に戻ったエリーは、いきなりの提案に少々戸惑っていた。
「そう、散策。街のな。そういえばエリーにまだこの街の案内をしていなかったなーって思って」
「本当の所は?」
「へ?」
「本当の要件は?」
鋭く、射抜くようにエリーが睨む。
「えっと、その・・・ちょっとお買い物に行くんで荷物持つのを手伝って頂けるとありがたいかなーって・・・ほら、お前俺のメイドだし」
一撃必殺。マルクが本音をあっさりと口にする。
「・・・ウフッ」
「・・・ハハッ」
ニッコリと笑うエリーと、どこか歪な笑顔のマルク。
そして
「お断りしますの」
予想通り。あっさりと断って、背を向けた。
「(はぁ、やっぱりダメだったかー。・・・ていうか、俺主なんだよな一応?)」
小さく、マルクが肩を落とす。
そこへ、
「なに小さく縮こまっているんですの?早く仕度でもしてはいかが?」
予想外のエリーからの言葉。
「え?いや、だって今お前・・・」
「荷物持ちはお断りですの。でも、外に行くことまで拒んだ覚えはありませんですわ」
「・・・」
一瞬、マルクは固まったが。
「いいや、仕度ならもう出来ている」
すぐに立ち上がって部屋を出た。
***
王都、マラッカ。ゴルド王国の首都であり、人口は100万を超えるとも言われる大都市だ。
王宮を中心に都市は円形に作られ、王宮に近ければ近い程、街は賑わいを増していく。
その中心近く。王宮から東に3kmも離れていない位置にフォルツァ邸は存在していた。
マルク曰く、
「200年以上前からここに屋敷を構えていたんだってさ。それ以上の事はよく知らねぇ」
そのフォルツァ邸から南西方向に1km近く。ここに王都最大の商店街が存在していた。
日用雑貨、食品類が揃うのは言うまでもなく、鞄、服、酒屋、タバコ、貴金属、宝石、武器、裏路地に入れば王国公認の風俗店や麻薬の密売人まで見つける事が出来るレベルであった。
「もしかしたらアソコに行くことになってたのかもな」
風俗店を指しながらそう言ったマルクがエリーにぶん殴られたのは言うまでもない。
そして今、二人はマルクの言う「目的地」に向かって歩いている。
「それで、その目的地というのはまだですの?」
「お、おうもうすぐだ」
右の頬を抑えながらマルクが先導する。
「あ、見えた」
そして程なくして目的地を発見した。
「アレは・・・酒屋ですの?」
「おう。良い酒が入ったからって知らせが入ってな。ちょっと買い込んで行こうかと思ってんだ」
「ふぅん?」
「お前も飲むか?味は保証するぜ。あの店はハズレなしだ」
「お気持ちだけ受け取って差し上げますわ。私、身体の内側も綺麗にしておきたいので」
「・・・既に汚れている様に見えるが」
「何か?」
「いえ、何でもありません」
キィ・・・
最早どちらが主なのか全く分からなくなった会話を続けながら、二人は酒屋の扉を潜る。
「ん?おお、マルクじゃないか。待っていたよ」
すると店主と思しき初老の男がすぐさま反応した。
「なんだ、今日は女連れかい。・・・随分と何だ、可愛らしい子じゃないか」
店主の目が一瞬胸に落ちていたのを、エリーは見逃さなかった。
パリ・・・
「止めろエリー。止めて下さい」
少しだけ滲み出た殺気を敏感にキャッチし、マルクはエリーを止めた。
「あぁ、そうだ。良い酒が入ってるって手紙でよこしたよな?どんな酒だ?」
そして慌てて本題を話す。
「おお、そうだった。まぁ、良い酒というよりは珍しい酒と言った方がいいんだがな」
「珍しい?」
「ああ。実物を見て貰った方が早いだろう」
そう言うと、店主は二人をカウンターの所まで連れて行き、
「よいしょっと」
カウンターテーブルの下から、一本の瓶を取り出した。
「なんだこりゃ?水か?」
それは透明な酒だった。だが、
「まぁ、香りを嗅いでからだな」
ポン
栓を開けると、甘い香りが漂う。水ではない。
それを一口、マルクは口にする。
「おぉ、これは・・・今までにはない何と言うか・・・何だろうな。何の酒なんだ?」
「それが俺も詳細は知らないんだが・・・どうも『コメ』というものを使っているらしい」
「『コメ』?何だそりゃ?」
初めて聞いた名前に、マルクは首を傾げる。
「それが良く分からんのだ。これは外国からやって来た酒でな。まぁ、上手い酒だから店に並べておこうと思ってな」
「へぇ・・・で、幾ら?」
早速、財布に手を伸ばす。
「100Tだ」
「よっしゃ、じゃあ・・・」
と、
「それを二つ、貰おうか」
購入しようとするマルクの後ろから、女の声。
「ん?あ・・・」
その女の姿を認め、マルクは声を漏らした。
そこに立っていたのは、一人の女騎士だった。褐色の肌を白の甲冑に包み、マルクを上から見下ろしている。紺の髪はショートに纏められ、全体的にシャープで美しい女性だ。
「これはこれは・・・」
間抜けな反応を示したマルクとは違い、店主の方は恭しく対応を始めた。
「ウィンタース様。何故この様な所へ・・・?」
「いや何、そこに居るマルクに手紙を貰ってな。美味い酒がこの店に入ったと」
チラリと、マルクに視線をやる。
「それでわざわざ・・・」
「美味い酒と聞いては来ない訳にもいかないからな」
そう言うと彼女はニィッ、と笑ってみせる。
「・・・どなたですの、この品性が欠けたような女性は?」
一連のやり取りを見て、眉をしかめながらエリーがマルクに問う。
「ああ、この人はだな・・・」
そしてそれにマルクが答えようとした時、
「ん?何だ何だ、マルク。お前よく見たら女連れじゃないか。偉くなったもんだなぁ!」
彼女の方から、歩み寄って来た。
「いや、女っていうかメイドなんだけど・・・」
「どっちでもいいさ。お前がフラン以外の女と二人っきりなんて初めて見たよ」
そして右手をエリーに差し出し、
「アタシはクーナ・ウィンタース。そこに居るマルクとはちょっとした昔馴染みでね。ま、よろしく!」
明るく、握手を求めた。
「・・・エルフィール・ノキア、ですわ」
その手を握り返すことなく、エリーは静かに名前だけ述べた。
「あれ・・・もしかしてこういうタイプはお好みではない・・・?」
少し調子を狂わされ、クーナはそそくさと手をひっこめた。
「ああ、ごめんクーナさん。コイツ無愛想でな・・・」
「ま、別にアタシは構わないんだけどね。・・・それよりもマルク~?」
「な、何?」
「今夜空いてるかい?折角面白い酒が手に入ったんだから、アタシの家に来て飲まない?」
「い、家?いや~それは・・・あ?」
渋るマルクは、目の前にいるエリーへと視線を移す。
「・・・帰ってますわね」
呆れた眼を投げかけて、エリーは酒屋を出て行った。
「え、おいちょっと待て!」
エリーを野放しにしては何が起こるか分からない。
マルクもエリーを追って酒屋を出て行った。
「あ、ちょっと待ちなよ。まだ答えを聞いてないよ!」
その後ろ姿を、クーナも追いかける。
「『諌言の騎士』の一員といえど、男の扱いは苦手ですか」
その後ろ姿に、店主がポツリと呟いた。
***
「んっん~♪」
気持ち悪い鼻歌を歌いながら、ドブラが飯を口に運ぶ。
「しっかしさぁ(モグモグ)何でこの家は(モグモグ)こんなに美味い飯を捕虜なんかに食わせてくれるのかねぇ」
「・・・食べるか喋るかどっちかにしなさいよ」
呆れた様子でコルナが答える。
「これはフラン様の命でもあるの。捕虜に対しては優しくって」
「だから尋問も温いのかい?指も折られなければ歯も抜かれない。こんな尋問は初めてだ」
「法の問題もあるの。大体、アンタ歯を抜かれた事なんてないでしょ」
「そんな事ないぜ」
「じゃあ何で思いっきり奥歯でご飯を噛みしめてるの」
「あ・・・」
嘘がばれた気まずさからか、ドブラは黙って食べ始めた。
「呆れた。私なんかに見栄張ってどうすんの」
溜息一つ付くと、コルナは牢を出る。
「・・・あ、そういえばさぁ」
何かを思い出したかのように、ドブラが口を開く。
「今度は何?」
「いつも尋問の時監視しているアンタの所の主人、今日は庭園鑑賞だからっていなかったんだけど。そんなにスゲエの、ここの庭園?」
「・・・え?何言ってんの?今日はアンタの尋問をするから庭園のご鑑賞にいらっしゃらなかったのよ」
「・・・おん?おかしいなぁ?」
「・・・」
二人の間に、静かに空気が流れる。
そして、
「・・・ねぇ、アンタの所の主人、今何処にいるの?」
「・・・!」
ドブラの言葉と同時に、コルナは駆け出していた。
***
「ほらほら、ちゃんと荷物持ちなさいよアルバ」
マラッカの商店街。その宝石や貴金属の店が立ち並ぶ区画で、
「・・・今日はオフではないぞリエル」
はしゃぐリエルと無表情のアルバが並ぶ。
「分かってるわよ。『今回の件についてマラッカで手掛かりを探せ』でしょ?別にダラスの言う事を無視している訳じゃないわ」
「それにしてはやたらと訪問するところが偏っているがな。どうせ魔術の研究に使う石や金属を物色しているのだろう」
「それはそれ、これはこれ。目的が達成できればその過程なんて別にいいでしょ?
「・・・」
その言葉に、反論はしなかった。この外出で大したものが望めないであろうことはアルバもある程度予測はしている。ならば久しぶりの外出を楽しんでいる彼女の選択も、誤ったものではないように思えてくるのだ。
『今回の件』とは勿論先日の襲撃者二人に関係した事である。
昨日フォルツァ邸が襲われた一件で、フォルツァ家がフロイト家に攻勢を仕掛けた筋は無くなった。
しかしそれで全容が解明された訳ではない。襲撃者が相手方の家に囚われている以上、寧ろフォルツァ家の筋が無くなった事は手掛かりの消失を意味していた。
だからと言って迷宮入りと簡単に投げ出すわけにもいかない。そこでフロイト家の筆頭エージェントの二人が駆り出された訳なのだが、
「あ、あそこの店石英置いてる」
どうやら大したものが望めない事は二人の共通認識らしい。素直にフォルツァ家に回答を求める方が効率的ではないかと思うが、それは主が許さないだろう。
「(分かってはいたが・・・面倒な事だ・・・)」
はしゃぐリエルの後を追って、店に入ろうとする。
その時、
「・・・!」
視線の端、路地の奥に、アルバは何かを見た。
「?どうしたのよアルバ?」
「・・・」
そして持っていた袋をリエルに投げると
「ちょ、ちょっと何してんのよ。これ高かったんだから・・・」
「急用が出来た。お前はショッピングをしてろ」
その後を追って駆け出した。
***
王都マラッカ。その裏路地をいくつも曲がった日の当たらない場所。
ならず者や世のはみ出し者が吸い寄せられては消えていく場所。
ドサリ。
そこで音を立てながら、一つの麻袋が降ろされる。
「おいおい。あまり乱暴に扱うなよ。そのお方は貴賓でいらっしゃるのだからな」
袋を乱暴に扱う者に、ならず者たちの中心から野太い声が掛かった。
「へ、へい。すみません親分」
「・・・フン」
声の主は袋に歩み寄ると
バサッ!
一気にそれを開封する。
「・・・ほぅ。これは紛れもなく・・・」
そこに居たのは猿轡を噛まされ、後ろ手に縛られたフランだった。
同時に鋭い眼光が男を射抜く。
「随分と怖い顔をなさる・・・しかし、よく攫って来れたものだな」
「何があったかは知りやせんが、街中を一人で歩いていたんでね。結構簡単なものでしたよ」
ヘラヘラと下っ端の男が笑う。
「(お兄様の様子をコッソリ見に行ったらこれだなんて。もう、最悪!)」
エリーとマルクが酒屋に入った所までは見ていた。恐らくはその後何かで眠らされてここに至るのだろう。
しかしこの男たちはいったい何が目的だというのだろうか。
「(・・・やっぱりお金かしら)」
取り敢えず思いつくといったらそれ位だ。
「ん?もしや我々が金目当てで貴女を攫ったとお思いですかな?それは違いますな」
「(え?)」
頭領と思しき男が、こちらの心を見透かしたかのように語る。
「我々はあるお方に命じられて貴方を攫ったのです。まぁ、ご覧の通り下っ端の薄汚い存在なので、その方の目的までは存じませんがね。さ、お前等報告に上がれ!ご依頼の内容はつつがなく達成しましたとな!」
男が手下達に向かって号令を掛ける。
「(へぇ・・・)」
その様子を、屋根の上からアルバは眺めていた。
同時に、
「(これは何か掴めるかもね)」
好奇心を、否応なく昂らせていた。




