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スケープゴートの逆襲  作者: おにすずめ
24/24

スケープ・ゴート

「ヘーイ、こっちだ!」

ドブラが挑発をまじえてエリーを誘い出す。

『グルル・・・!』

その誘いにエリーは乗った。コルナ達と反対の方向に、ドブラを追いかけていく。

ドブラが入り込んだのは大通りから一歩逸れた、狭い路地。

広場では自然と平面・二次元の戦闘になりやすいが、ここなら壁等を利用した三次元的な戦いが可能になる。

「(それでも、勝てるかどうかわかんねえけどな)」

その路地に、エリーが入り込んでくる。

すぐさま、ドブラは動いた。

「そらよっ!」

炸裂弾を、相手が十分な構えを取る前に投げつける。

『!』

パァン!

投擲された炸裂弾はエリーの目の前で爆発し、

グサグサグサッ!

身体の至る所に、破片が突き刺さる。

「(よっしゃ!)」

合わせて、鉤爪を構えてドブラが突っ込む。

ダンッ!

正面からではない。壁を利用し、エリーの左斜め上から爪を振り下ろしていく。

が、

ギィン!

止められた。

「(チィッ!)」

ヒュン!

ドブラはすぐに離れ、

ダダダダダンッ!

再度壁を利用、上方へ移動する。

バァン!

同時に投下した炸裂弾が、再度エリーの目の前で爆発。

「そぉらっ!」

同時に、上方からエリーへ再度突撃を掛ける。

だが、

「ゲッ・・・!」

それも、ダメ。全身に金属片が刺さっているというのにエリーの動きは全く鈍らず、ドブラの攻撃を易々と避けた。

ガッ!

そしてエリーはドブラを軽く蹴り上げる。

同時に、右腕を引き絞った。

「(ヤッベェ、死ぬ!)」

無駄と分かりながら、ドブラは防御の姿勢を取った。

カヒュッ!

そこへエリーの右腕が容赦なく繰り出され、

ゴゴゴゴゴ!!

衝撃波が、路地裏の壁を抉っていく。

「ハァッ、ハァッ・・・!」

その一撃を、ドブラは躱していた。いや、

「全く、危ない所だったわね。私がいなければ死んでたわよ、アンタ」

コルナに、助けられていた。

「いやいや、間一髪・・・サンキュー」

「・・・アンタにも助けられたからね。これでチャラよ。て、いうか・・・」

こちらを振り向いたそのバケモノに、コルナは一瞬たじろいだ。

「とんでもない奴ね・・・」

そしてソイツの背後で瓦礫と化した建築物を唖然として眺めていた。

「いやいや、全く。・・・で、どうする?」

「どうするって・・・決まってるじゃない」

短刀を二本、コルナは腰から抜いた。

「止めるのよ、ここで。それが今の私たちの仕事でしょ」

「はいはい。そう言うと思ってましたよ。んじゃ、もうちょっと頑張ってみますか!」

ドブラもまた、コルナの横で構える。

『グルル・・・!』

それを見て、

バキャ!

エリーが、右隣の建物に腕を突っ込む。

「お、おい・・・」

「まさか・・・」

バキバキバキ!!

まさかは、起きた。

『GAAAAAA!!』

建物を丸ごと一軒、エリーは基礎から持ち上げてしまったのだ。

「・・・なぁ、コルナちゃん」

「・・・何よ」

「・・・前言撤回していい?」

「・・・私もそう言おうと思ってた」

『UGAAAAAA!!』

大きく振りかぶると、

グォッ!

そのまま、引っこ抜いた家をドブラ達へ放り投げた。

「逃げろ!」

「言われなくても!」

ズドォォン!!

ガラガラガラ・・・!!

ガラスの破片、砕けたレンガ、折れた木材等が、ドブラ達に降り注ぐ。

細い路地は、小さな広場に様変わりしてしまった。

「ハァッ・・・おい、コルナちゃん、生きてるか?」

「ええ、何とかね・・・にしても・・・」

立ち込める埃の向こう側にうっすらと映った影。およそ人のそれとは思えぬ風体に、改めてコルナは身震いした。

「ホント何よアレ・・・あんなのを作るのが国の目的だったって言うの?」

「いーや。アレは失敗だな。まるで力を制御出来ていない。あの時の路地裏にうじゃうじゃ出てきた奴等と同じようにな」

「失敗・・・」

「と言っても、力だけは上手く引き出しやがったみてえだ。厄介なもん作りやがって」

再度、ドブラが鉤爪を構える。同時に、立ち込めた埃も晴れた。

『ガルルル・・・!』

「(・・・覚悟決めっか!)」

三度、突撃を行おうとするドブラ。

それを、

「待て!」

響いた声が止める。

『・・・!』

「お前・・・!」

「マルク様・・・!」

声の先には、マルクが一人で立っていた。


***


―15分前―

「血清を完成させる?」

フランから結論を先に聞かされたが、マルクは意味が解らなかった。

「はい、お兄様。あの血清に足りない後一つのもの。それをエリーさんの体内に入れるんです。そしてエリーさんの体内で血清を完成させてしまう。完成した血清は、完全に身体へ溶け込み、拒絶反応から来る暴走も止められます」

「そ、そうか・・・じゃあ、そうしよう」

「・・・ちゃんと解ったのですかお兄様?」

「うっ・・・と、取り敢えず血清が未完成だから暴走している。だから完成させてしまおうって話だろ?」

「・・・まぁ、大方その通りです」

「じゃあ、善は何とやらだ。早速・・・」

はやるマルクを

「待て」

ケツァルの声が諫めた。

「確かに現状その方法しかエリーを止める手は無い。だが、その方法には危険が伴う」

「え・・・?」

「まず、血清が体内で完成したとして、その急激な変化にエリーが耐えられるかどうか定かではない。あれは最初から完成品を使用したとしても、死者が想定される劇薬だ」

「・・・」

「次に仮に血清が完成し、エリーがその変化に耐えられたとしても・・・」

「・・・耐えられたとしても?」

言葉の途切れたケツァルに不安を感じ、マルクは続きを促す。

「・・・血清の完成は、吸血鬼の完成だ。即ち・・・」

「・・・」

ケツァルが何を言いたいか。マルクは理解した。

「エリーが、人間ではなくなる・・・」

「・・・然り」

残酷な肯定が、ケツァルから返って来た。

「・・・」

暫し、マルクは思考する。

だが、答えを出すのにさほど時間は掛からなかった。

「・・・やろう」

「・・・良いのか?」

「大丈夫さ。どうなろうとエリーはエリーだ・・・フラン、どうすればいいか、教えてくれ」

「・・・分かりました」

フランはふぅ、と小さく息をつく。

「最後の要素、それは私の血です。私の血を一滴でも打ち込めば、血清は完成します」

「お前の、血・・・?」

「はい。お兄様、剣を貸して頂けますか?」

「あ、ああ・・・」

マルクは剣をフランに渡す。

ピッ

「・・・んっ」

その切っ先で、フランは指に傷を付ける。

「お、おい・・・」

そして切っ先にうっすらと血が付いた剣を、マルクに返す。

「お兄様、これを」

「これを、エリーに・・・」

「はい。後は、お兄様とエリーさん次第。早く、行ってあげて下さい。私はここで、クーナさんと待ってますから」

「・・・分かった。ありがとな、フラン」

「お兄様・・・」

「そんな心配そうな顔すんなって。大丈夫、きっと上手くいくさ」

「あっ・・・」

「じゃあ、また後でな」

そして、マルクは王宮を後にしていく。ケツァルとアルバ、リエルもそれに続いた。

「・・・私の血」

それは『中和』の血。異なる者同士、争い合う者同士を交わらせ、平穏に、対立をなくす異能の血。

「(お兄様は、私にその事を聞かなかった)」

只、自分の血が役に立つと言っただけ。理由も何も、明示していない。

それでも、兄は自分を信じた。それだけ、自分の事を信用してくれているのだ。

「(でも、分かる。お兄様は、エリーさんの事を、もっと信用している。・・・何故かは、分からないけど)」

そっと、フランは気絶したクーナに近づく。

「ハァ・・・妬けちゃいますねクーナさん」

そして、どこかやるせない笑顔を彼女に向けた。


***


「・・・」

『・・・』

二人は、暫し見つめあう。

「エリー・・・」

『ウ、ガ・・・』

その瞳に囚われたかのように、エリーは動きを止めた。

「大丈夫だ。今、助けてやる・・・」

『グ、グ・・・』

瞬時、苦しむような挙動。

『ウ、ウ、ウォオォオオオ!!』

そして何かを振り払うように、エリーはマルクへ突撃した。

「おい!」

「マルク様!」

一直線に、

『ウォ、ウオオオオオ!!!』

エリーはマルクへ向かう。

だが、

ジャラッ!

ブォン!

―COLD LOCK―

右腕を鎖が、左腕を影が、両足を氷塊が、それぞれ固めエリーの動きを抑える。

『!?』

「(予定通り!)」

ダッ!

マルクが動き出すのは、エリーが捕えられたのとほぼ同時。

一直線に、エリーとの距離を詰めていく。

が、

『ウ、ォォォ・・・!』

すぐに、事態は変わる。苦しげにエリーは右腕と首を動かすと、

「!まさか!」

バキン!

まずは鎖を噛み切り、

「(影を!?)」

バシュ!

左腕に絡みついた影を引き千切り、

「え、ウソ!?」

自由になった両手で、足元の氷を叩き割った。

拘束の無くなったエリー。

マルクとの距離は、まだ5メートルほどある。彼女が迎え撃つ姿勢を取るのに、十分な距離だ。

「いかんマルク、引き返せ!」

ケツァルの叫びが響く。

それが耳に届いていながら、マルクは止まらない。

『ガッァアァァア!!』

エリーが、向かうマルクを切り裂かんと右腕を振り上げた。

「ヤベエ、死ぬぞアイツ!」

「マルク様!」

そしてその腕は、

グォッ!

容赦なく、マルクに振り下ろされた。

だが、

フッ・・・

唸りを上げたその拳が、マルクを捉える事はない。

『!?』

当のエリーだけではない、皆その状況に目を丸くしていた。

避けたのだ。只の人間、騎士でもない一人の青年が、バケモノの渾身の一撃を。

そして、

「エリー!!」

『!』

ズバンッ!!

剣の切っ先で、流れるように斬った。

「マジかよ・・・」

「すごい・・・」

ドブラとコルナから、思わず感嘆の声が漏れる。

「(まるで・・・)」

メイド長のようだと、コルナはマルクの姿をルフィヤに重ねていた。

「エリー・・・!」

『ウ・・ガ・・・』

振り向いたマルクの瞳に、エリーが映る。

『ウ、ウゥウゥウゥゥゥ・・・!!』

彼女は、苦しんでいた。

まるで自分と戦って、何かに溺れてしまわないようにもがいている。

そして何かに助けを求めている。

ちょうどあの日、彼女の手を取った日の様に。

「エリー!」

気付けば剣を捨て、マルクはエリーを抱きしめていた。

抱きかかえた翼も、頭に生えた角も、少し冷たく感じる体温も、マルクは全てを抱きしめた。

「負けんな、エリー!俺は知っている、お前は強い!こんなくだらない狂気の産物なんかに、お前は絶対負けない!」

『・・・』

「勝て!勝って、生きてくれ!エリー!」

『・・・マ、ル・・・ク・・・』

「・・・!」

ドンッ!

直後、エリーはマルクを突き飛ばし、

ブォッ!

そのまま、街外れへ飛び去っていく。

「エリー!」

そこへ、

―ACCEL―

リエルの強化魔法が、マルクに掛かる。

「これは・・・!」

「ボーっとしてない、さっさと追っかける!」

動きの止まったマルクに、リエルが喝を入れる。

「あ、あぁ。サンキューな!」

そしてエリーの姿を追って、マルクも走り出した。

「上手く行きますかね、ケツァルさん?」

訝るアルバに対し、

「問題ない。あの者ならば」

自信たっぷりに、ケツァルは返した。


***


「ウッ、ハァ・・・ハァ・・・」

マラッカの外れ。街が一望できる丘の上まで、エリーは飛んだ。

「ッ・・・!」

ガクン

そしてそこまで来て、彼女は落ちた。

「(随分と、派手にやってくれますわね・・・)」

意識は戻っていた。斬られた傷も元通り。

力の暴走も、もうない。後は、身体に慣れるだけだろう。

だが、

「(改めて見ると、少しショックですわね・・・)」

2本の角に、4枚の羽。牙はギルダーと戦った時より尖り、尻尾も生え、白かった肌は青紫色に変色している。

それらの事実が、自分の身体が、本物のバケモノになってしまった事を否応なしに痛感させて来る。

「・・・」

エリーは更に外れへと、目を向ける。

もう、ここにはいられない。もう人と過ごすことも、出来ない。

これは自分が選んだ道だ。この結果に、後悔はない。

心残りはある。だがそれに囚われてはいけない。

バサリ

翼を、広げる。

「(最後に・・・)」

もう一度、この街を見ておこう。そう思って振り返ったエリーの目に、

「・・・まさか」

一つの影が、飛び込んでくる。息を切らせて、フラフラになりながらこちらへやって来る、一人の男の影が。

「や、やっと・・・ゼェ、追いついた・・・お前、速すぎる・・・だろ・・・」

「マルク・・・」

「どう、やら・・・上手く行った、みたいだな・・・」

「!」

近づこうとするマルクに、

「・・・来ないで!」

下がるように、エリーは言う。だがそれで止まるマルクではない。

一歩一歩、エリーに近づき、

「・・・」

目の前に、立った。月光に照らされたその姿を、瞳に映した。

「見ないで・・・」

彼女は、見られたくなかった。この醜い姿を。自分の弱さが導き出した、この有様を。

「うっ、うぅ・・・」

「・・・」

嗚咽を上げるエリーに、

スッ

マルクは右手を差し出した。

「帰ろう。エリー。もう、終わったんだ」

「・・・」

その手を、

「・・・ダメですわ。私は、そちら側には行けません」

素直に握り返すことは出来ない。自分はもう、彼とは違うモノなのだ。そうなってしまったのだ。

翼を広げたまま、クルリとマルクに背を向ける。

「待て!・・・どこへ、行くんだ?」

「どこか、もう、貴方と合わない場所・・・マルク?一つお願いがございますの」

「・・・」

「今回の騒動、全て私の仕業にして下さいます?」

「!?」

何を言っているのか、マルクは分からない。

「何言ってんだよ、お前・・・」

そこに、エリーが続けた。

「『ある日、平穏なゴルド王国に一匹の怪物が現れました。その怪物は王宮に入り込み、所構わず暴れまわりました・・・ギルダー・デリゲートを筆頭とする諫言の騎士及び騎士達は果敢にその怪物に挑みました。両者の実力は拮抗、しかしあと一歩の所で騎士は怪物に敗れてしまいました。そこへ一人の貴族が現れ、怪物を退治しました』」

「・・・おい」

「『怪物がいなくなったゴルドは、その貴族の下でいつもの平穏を取り戻し、皆楽しく暮らしました』」

「待ってくれ・・・そんな事・・・」

「・・・聞きなさいマルク。もしこの事実が一片の嘘偽りもなく世に知れたらどうなると思いまして?国が、民を欺いて狂気の道を歩んでいたことが知れたら」

「う・・・」

「国に対する信頼など、無くなってしまう。間違いなく、暴動が起きる。そしてその矛先は、必ず貴方にも向かう」

「・・・」

「これは、私の選択ですわ。私は家族を守る為に、ここを去る」

「・・・お前は」

それでは、まるで、

「スケープゴートに、なるって言うのか」

「・・・私たちは、二度と会わない。触れ合わない。・・・全ての罪を一匹のバケモノが背負い、残された人間は平和に暮らす。我ながら、中々出来た結末だと思いますわ」

「ダメだ!!」

そんなウソの結末を、マルクは肯定出来ない。

「行くな!行けば・・・不幸になる」

「それが、私の役目」

「誰にだって、幸せになる権利がある!」

「・・・マルク」

もう一度、エリーが振り返る。

「貴方は知らないでしょうけど・・・私はこれまで、多くの人間を不幸にしてきましたわ。今更、私が・・・」

「違う!」

ザァッ・・・

夜風が、二人の間を流れる。その風を押し返さんとばかりに、マルクは叫ぶ。

「俺の権利だ!!」

「・・・えっ?」

「俺はお前が好きだ!俺は、お前と一緒に幸せになりたいんだ!!」

「えっ、あっ・・・えぇ!?」

月明かりしか無い中でもはっきりと分かるほど、エリーの顔が赤くなっている。

「・・・ま、参りましたわね。こんな所で、プ、プロポーズ?」

「ああ、そうさ」

「・・・でも私、こんな姿になって・・・」

「気にしない」

「貴方にも、迷惑が・・・」

「承知の上だ」

「それに、わ、私は・・・もう、バケモノですわ・・・」

「違う!心があればそれはヒトだ!お前はバケモノなんかじゃない!!」

サァァ・・・

夜風がまた、流れる。

「いいの、私?し、幸せに・・・なって」

「当たり前だろ。ほら」

差し出された、マルクの右手。

「・・・うん」

迷いを吹き抜ける夜風に乗せ、エリーはその手をしっかりと取った。


***


トゥグルグ宮殿、吸血鬼研究室。

研究室と銘打っておきながらも、隠せない日常の跡を見せるその空間に

「やっぱり、ここか・・・」

ダラス・フロイトはやってきた。ここが元々何の部屋であったのか、彼は知っている。

そう、ここは

「(ギルダーと、クローネ様の部屋・・・)」

そしてここは、彼等が過ごした場所であり、分かれた場所であり、狂気が始まった場所でもある。

「その狂気も、終わりましたよ・・・クローネ様」

ギルダーとクローネは、夫婦であった。

クローネは元々、隣国であったゲヴェールの貴族の娘。ゲヴェール末期、貴族連盟の衰退期にギルダーの下へ嫁ぐ形で保護されたのだ。

お互いに人として立派だった事もあり、夫婦仲は非常に良く、二人の間に子供も一人いた。

だが、貴族連盟が中枢に入ることを恐れた国により、二人は勅命を持って別れさせられることとなった。

「ギルダーは勿論国の決定に憤っていました。ですが、彼は悲しいほど国に対して忠実でした」

そして幼子と共に、クローネは王宮を追放された。

「それを救ったのがパダカでしたね」

だが、フランが産まれると共にクローネは死んでしまった。

「ギルダーは別にパダカを恨んでいた訳じゃありません。・・・それでも、クローネ様の死にパダカは責任を持つべきと考えていました。・・・そして、ギルダーはクローネ様への想いを捨てきれていませんでした。本人は心の奥に抑え込んでいましたが・・・」

それが、バルボアの言葉によって噴出してしまった。

「口では国の為、騎士団の為と言っておきながら、この計画は自分の為だったのですよ」

生命のやり直し、自己の巻き戻し。即ち、

「・・・ギルダーは、貴女を忘れたかったのです。ギルダー・デリゲートという悲しいスケープゴートの、最後のわがままだったのですよ」

パキン

ダラスが、ライターを取り出す。

「でも、彼の苦しみも終わった。後は、ここだけです」

最後に残った、狂気の残滓。これを消さねば、再び悲劇は起こる。

「それでは、又後ほど」

ポロリと、火のついたライターを足元に落とす。

「(皆、今帰るよ)」

直後、轟音と共に研究室は爆散した。


***


―1ヶ月後―


「うぅ~、肩が凝った・・・」

パキパキと全身を鳴らしながらマルクは王宮の廊下を正門に向けて歩く。

「(しかしあれから1ヶ月か)」

吸血鬼計画は結局、世間に公表される事はなかった。

一連の騒動はディルハム卿のクーデターによるものとされ、ギルダーの死はディルハム卿との相討ちとされた。ギルダーは国の守護者として葬られることになったのだ。

諫言の騎士は現在ケツァルが首席に繰り上がった。同じ形で次席となったクーナと共に、しばらくは2人体制で騎士団の再編成に取り組むらしい。

アルバとリエルは現在フォルツァ邸に居候中だ。アルバはメイド達に対する戦闘指南役に、リエルは倉庫の片隅を勝手に魔術工房に改造し怪しげな研究をしている。ただそれは一時的なもので、いつかはフロイト家をもう一度復活させるつもりらしい。

コルナは今ルフィヤの後を継いでメイド長となっている。騒動の際にメイドを結集させた事、メイド達へ的確な指示を出した事を見込まれての人選だったが、本人はまだ前任に対するコンプレックスを感じているようだ。

ドブラは騒動の後、情報屋になった。コルナが執事になってはどうかと言ったが、「こんなダサい家にはもう立ち寄るのもゴメンだ」と素っ気なく断ったらしい。ただ、時々コルナに食事をたかりに来ているのをマルクは知っている。

次のニュルタム王には、フランが女王として冠を受け継ぐことになった。

そして今日戴冠式が執り行われ、フォルツァの現当主としてマルクは出席したのである。

「(随分と、遠くに行っちまったもんだフランも)」

これからは、以前のように気軽に話しかけるという事も出来ないだろう。そう思うと、やはり寂しさが胸を突く。

だが、その寂しさに縛られているわけにはいかない。しっかりと前を見据えて、マルクは館への道を歩む。

ドンッ

「わっ!」

考え事をしながら歩いていたせいか、角から出てきた人影とマルクはぶつかってしまった。

「てて・・・あ、すみません。大丈夫ですか?」

ぶつかった相手は紫髪の女性だった。どうやら戴冠式に来ていた来賓のようだ。

「いや、こちらこそ前方不注意だった。申し訳ない。おや、貴方は確か戴冠式にもいた・・・」

「あ、俺マルク・フォルツァって言います」

「フォルツァ・・・という事は、貴方はニュルタム女王の兄君・・・」

「えぇ、まぁ」

「これはとんだご無礼をいたしました」

「いえいえ、こっちも不注意だったんですし。ところで、貴女は?」

「申し遅れました。私は帝国にて武官府保安局局長代行を務めております、フェンリル・ロンドと申します。以後お見知りおきを」

そう言うと、フェンリルは深々と頭を下げる。

「いやいや、そんなに畏まらなくてもいいですよ。王の兄って言っても、半分は血が繋がっていないですし」

「?」

「あぁ、俺とフラン・・・ニュルタム女王は父親が違うんです」

「親の違う妹、ですか・・・」

「えぇ。でも、大切な家族である事は間違いないですよ。フランだけじゃない。血が繋がっていなくたって、フォルツァの皆は家族ですから」

「・・・」

フェンリルが、マルクを見つめる。その瞳にはどこか羨望の眼差しが入り込んでいた。

「私も・・・」

「え?」

「いえ、何でもありません。それでは、私はケツァル・ベルデ様との打ち合わせがございますので」

「えぇ、それでは」

そして、フェンリルの背をマルクは見送った。

「(さて、俺も帰りますかね)」

そのまま王宮を出ると、外は眩いほどに晴れ渡っていた。

「うっ・・・」

ずっと室内にいた為、マルクの目はまだその明るさに慣れていない。思わず目をすぼめてしまう。

「・・・ん?」

ようやく明るさに慣れた目を開くと、そこには一人のメイドがいた。

肌の露出を最小限にした長袖ロングスカートのメイド服。何かを隠しているのかと疑いたくなるような大きめの帽子。

「さぁ、帰りましょう」

「ああ」

差し出されたエリーの右手を、マルクは優しく取る。

いつか、エリーの正体が世間に割れる日が来るかもしれない。エリーの血がまた暴走する事も、あるかもしれない。二人のこれから歩く道には、大きな壁が幾つもあるだろう。

それでもこうして手を取り合って、これからも二人で歩いていく。そうすれば、いつまでも歩き続けることが出来る。マルクは、そう思った。

ギュッ・・・

「・・・どうしましたの?」

「いいや、何でもない」

握るその手が、少し強くなる。

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