信じる神
ホールで愉快な騎士たちの話に付き合わされたあと、ナナキは部屋に案内された。使われていない割には綺麗できちんと掃除がされており、広くはないが備え付けられたベットに小さなテーブルが有り、1泊するには十分であった。
テーブルの上に荷物を置き、窓を開けると聖堂に向かって歩く人達が見える。時計塔の時刻の針は5時を示していた。皆〈聖歌〉を聞きに行くようだ。
「みんな熱心だな」
ナナキはカルディアーナに対して関心はあるが信仰していない。というより、とある事情でそれはナナキにとっては研究対象という位置づけである。その一つの要因として逸脱者の存在があった。それはナナキのその人生に大きく関わっているものであった。
逸脱者と言う名で呼ばれる存在には明確な定義はない。ただ言えるのは前時代から存在する “異端な力を持つ存在”の総称として認識されている。そして魔物とは区別される。この存在もカルディアーナの神話と同じくらい有名な存在である。
呼び名の元となった人物として〈破滅の魔人〉と呼ばれた者がいた。
それはカルディアーナの神話の序章にも出てきた戦争での出来事である。戦乱の最中、あるひとつの小国に他と一線を画した戦士がいた。
その戦士は素性の知れない者であったが、その力は大国の軍隊を圧倒するものであり、小国の王はその力を見初めその戦士を将軍に任命した。そしてその後、戦では負け知らずの戦果をおさめ、国民から救世主として国内で多くの支持を得たのである。
しかし多くの土地を占領したあと、思いもよらぬ出来事が起きたのである。それは“救世主”による無差別大量虐殺であった。それだけにとどまらず、国民とそしてさらには自国の王まで殺害したのである。その時既にその名が大陸全土に知れ渡っていたのでその事実は多くの国に衝撃を与えた。
“救世主”と呼ばれた男はそれだけにとどまらず、自分の配下の一軍とさらには魔物を従えて、他国に侵略し多くの屍の山をつくり上げたという。その所業から〈破滅の魔人〉という呼び名が付けられ、その状況に戦争している暇などないと思ったいくつかの国は同盟を組み、さらに連合軍をつくり、その男の討伐にあたった。その戦いは歴史に残るものとなった。
その中には当時の人々が信仰していた聖霊の力を借りた術を使う一族が参戦していたのだが、これについてはどこにも記録が残っていない。
この戦いは数年にわたり、両軍ともに多くの死者を出した末、連合軍の勝利でその戦いは幕を閉じたのである。
しかし、戦火の傷が癒える間もなく各地で不穏な動きがあった。それは〈破滅の魔人〉と同質の力を持つ存在の出現である。〈破滅の魔人〉程の強大な力を持っているわけではなかったが、それでも普通の人間が持ち得ない力を持ち土地を荒らしたという。
その後、戦火を逃れた王国クラウディスが台頭していき、王家はその存在を逸脱者と名づけ兵士によって討伐が行われるようになった。
それから国が安定し現在に至るまで完全に根絶やしにされることはなかったが、その存在は数を減らしていった。そして、各地に聖堂が建てられたころからはその討伐はその土地の聖堂の兵士に任されることになったのである。
しかし、長い歴史の中でひとつの誤解が生まれてしまった。
戦乱を機に、〈破滅の魔人〉と戦った一族は逸脱者と同当の力を持つものとして認識が強く持たれていた。そして平穏が訪れると力を持つ者たちが〈破滅の魔人〉のように突然牙をむくかもしれないという危惧が生まれ、〈聖霊〉に対する信仰は次第に恐れに変わっていった。
聖霊信仰が完全にカルディアーナに取って代わられたことで、遂には聖霊の力を使う〈聖霊術師〉のことも一様に逸脱者と呼ばれるようになってしまったのである。
現在ではその区別をつけることができる者は殆どいなくなってしまった。
ナナキは逸脱者と呼ばれている者たちの全てが悪でないことを知っている。
今生き残る聖霊術師は隠れ里で細々と暮らしており、ナナキは彼らと彼らの歴史をよくよく知っている。彼らは聖霊という神を信じ、愛している。そして、自分を律し、他を憎むことのない善良な一族である。
今ではもうほとんどの人間が彼らの存在を知らない。長い歴史の中で人々に根付いてしまったものはそうそう簡単に取り払える訳もなく、差別は起こるべくして起こってしまう。気のいい店主でさえ、それが当たり前として生きているのである。
ナナキはもう一度窓の外を見た。道行く人すべてがカルディアーナを信じている。
“違う神を信じる者たちが共に歩める道”
それは幼い頃の約束。今のナナキが旅を続ける理由の一つである。




