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夜の使者と去る人影

 ナナキが瞼を開けると目の前には薄暗い闇が広がっていた。


「あれ?」


 どうやらいつの間にか寝ていたらしく起き上がってみると窓の方を見るとそこに置かれた机が月の明かりに照らされていた。


「…しかし本当に無用心だよな」


 ふと窓を見て、昼間の騎士たちの話を思い出す。当たり前のことであるが、この宿舎窓に鍵がついているがついている。しかし問題は鍵穴の有無ではない。


 なんと彼らは窓を締めないそうだ。


 理由は災害時の避難路確保のためらしい。その話を聞いたとき、ナナキは部外者ながらこの平和な騎士団が本当に心配になった。二週間ほど前に魔物を討伐したというが、先ほど見た騎士団の姿からは、まったくもってイメージがわかない。この街は強盗や傷害など人的な被害にあったことがないのだろうか?とそう思わずにはいられない無防備さである。


「まぁ、相当平和だってことだろうな」


 祭りでなければもっとのどかなのだろう。ふと自分が疑心暗鬼なのだろうかと思いもしたがこれはあまりに異常だと感じる。


「そういえば…イヴはどこまでいったんだろう?」


 その時ふわりと風が流れ込む。


「こちらにいますよ」


 いきなり聞こえてきた静かな声にびくりとして振り返り、声の主を確認するとほっと一息吐く。


「なんだ、イヴか。驚いたよ。随分遅かったな。ていうか、どこから入ったんだ」


「こちらの窓からです」


 そう答えたのは少女であった。月明かりに照らされた少女は14、5歳ほどで小柄な体型をしており、さらには珍しい赤い髪に民族衣装という変わった出で立ちをしている。その表情は無機質で感情らしきものが殆ど伺えない。


「・・・鍵掛けてあっただろう?」


「さして複雑な鍵ではなかったので術で開けました」


「いや、そんな潔く言われても」


「壊してはおりませんよ」


 イヴの視線の先には最初に見たときと代わりのない窓があり、鍵も壊れたようすはない。だが、壊していないからといって窓から入るのはどうだろうか。さらに言えばここは2階である。しかし、ナナキは彼女に何を言っても、この手の常識についは意見が平行線なのがわかっていたのでそれ以上は口をつぐんだ。


 けれど、その術をもっと別なところに生かして欲しいというのがナナキの本音でもある。


「とりあえず報告を聞こう」


 そこでナナキの雰囲気が変わる。それを察したイヴは小さな瓶を取り出しナナキに手渡した。


「これは何だ?」


 見たところどこにでもありそうな何の変哲もない瓶である。ただ月の光に反射するばかりである。


「それは我が一族の者が作り出した、聖霊の力をとどめる為の呪具です。中には既に先ほど見つけた力の一部が封じてあります」


「随分小さいな」


「中は異空間に通じていますので、呪具の力が及ぶ限りであればそう難しいことではありません」


 淡々としてイヴの説明を聞いてナナキは興味深そうに小瓶を眺めた。やはり外からはただの瓶のようだ。


「それで、それはどこら辺で見つけたんだ?さっき街で聞いた話では、北の村で逸脱者アウトブレイカーが出たっていう話だったけど。もしかしてこの街の近辺まで逃げてきているのかも・・・」


「そうかもしれません。これは街を出たすぐの林の中で見つけたものです。しかし本体でなく、広範囲に霧散されており根源は見つけられませんでした」


「そうか。そうだもう一つ。最近北にある大空洞で魔物群れが討伐されたとも聞いたんだけどそこには行ったか?」


「いいえ。呪具を使った場所より先は、強い力が働いていたようなので行っていません。多分その先に聖霊とその力を行使する存在がいるはずです」


 ナナキはその言葉にしばし考え込む。ふと頭の中には数週間前拾われたと言っていた少年の顔が思い浮かんだ。


「なぁ、イヴ。その中の力と同じ気配をこの建物で内で感じるか?」


「探ってみます。その呪具をかしていただけますか?」


 ナナキが言葉どおりに小瓶を手渡すと、イヴはそう言って瞼を閉じて精神を集中する。すると小瓶が淡く光二人を照らした。ナナキは黙ってその様子を見守っていた。


 そして、しばらくしたあと光が消えイヴが目を開けたかと思うと、彼女はおもむろに窓の方へ向かった。そしてその扉を解放し、外に体を乗り出した。


「どうした?」


 何かあるらしくナナキも後ろから外を覗き込む。外は暗い。けれどイヴの視線の先には宿舎の横を駆け抜ける小さい人影があった。


「・・・あの背丈はもしかするとアシュレイか」


 人影は明らかに大人のものではなかった。


「お知り合いですか?」


 イヴはナナキを振り返り、首をかしげた。その顔は無表情であるがその仕草はなんとなく愛らしい。


「さっきあったばっかりだ。最近、ここの騎士に保護されたそうだ。本人は捨て子だと言っていたけどね・・・。もしかしなくても今の人影にそれと同じ気配を感じた?」


「限りなく近い気配はしますが薄いです。根源ではないと思います」


「でも、無関係じゃない。」


 ナナキは脱いでいたコートをはおり、荷物を腰にくくりつける。


「多分ビンゴだ。アシュレイを追おう。多分大空洞に行くはずだ」


 イヴはその言葉に頷くと窓に脚をかけた。


「そこから出るのか・・・」


 ナナキは何とも言えない顔をするが、イヴはなぜそんなことを聞くのかという顔だ。


「玄関から入っていない私がこんな夜更けに入口から出るのはおかしいと思います。不審がられます」


 じゃあ初めから玄関から入るという選択肢はなかったのだろうかとナナキは思った。彼女その術を持って一番の近道を通ってきたのだろう。


「いいけど怪我するなよ?」


「大丈夫です。慣れていますから」


 そう言うとひらりと窓から飛び降りた。


「・・・俺も急ぐか」


 そしてナナキは急いでイヴのもとに向かうことにした。


  

 その後、イヴの心配は杞憂であるとそのあとナナキは心から思った。理由は単純。 しまっているべき玄関の扉が全開なのである。

 掛け忘れなのか、アシュレイの言う”通常運転”なのかは知らないが、無用心もここまでくればもう何も言えない。ナナキはこの街の”平和加減”にはこれ以上何も考えないことに決めた。


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