大空洞と二人の子どもの事情
夜の林は暗く、唯一の頼りである月明かりも木々の影で殆ど何も見えない。けれどイヴの精霊術とは便利なもので、暗くても道に迷うことはなく最短の距離で目的地に向かうことができる。しかし、ただ一つけ問題があった。
「うおっ!痛っ!」
暗闇の中、生い茂る木々の間を走るのは自殺行為に等しい。木の枝がまるで凶器のようである。
「ナナキ様。もし必要とあれば手を引きますが」
「・・・いやそれは遠慮するよ。こんな傷くらいすぐに治る」
それはさすがに恥ずかしいだろう。
「距離としてはそう遠くありません。もうすぐ拓けた場所に出ると思います」
イヴにとっては見えないことは問題にならない。気配を感じてスイスイと木を避けて進んでいく。
「本当に羨ましい限りだよ」
話しているうちにイヴが言っていた通り、拓けた場所に出た。そして光に照らされた巨大な岩があり、そこにはぽっかりと穴が空いていた。
「あれが大空洞か」
「そのようですね。あの中から気配を感じます」
「ひとりじゃないよな?」
アシュレイが力の根源ではないのならほかに根源となるものがいるのは確実である。
「・・・二人ですね。私より強い力が働いていてそれ以上はわかりません」
ナナキは少し考え込む。すると大空洞の穴から淡い光がみえる。見たところ普通の明かりのようである。
「ランプか?」
「多分そうでしょう。若干力が弱まったようです。どうされますか?」
「取り敢えずアシュレイがいるはずだから俺が先に行くよ。イヴは後からついて来てくれ。」
「ですが、」
「大丈夫だよ」
ナナキが心配するなというように笑うとイヴは少しのあいだ沈黙した。無表情ながら若干不満そうに見える。
「では何かあった場合は武力制圧いたします」
イヴの目は揺るぎない。ナナキは苦笑しながらポンポンと彼女の頭を軽く叩いた。
「お手柔らかにね」
彼女は一度言いだしたら止まらないのでそうなる前に話を付けようと心に決め、ナナキは大空洞へ歩み寄る。すると入口には黒いモヤがかかっており、その隙間から光が見える。そして、微かに声が聞こえる。足音を立てないように一歩一歩進んで行くと声は鮮明になっていく。
声の主の1人は確実にアシュレイである。もうひとりの声に耳を澄ませていると、どうやらアシュレイと同じく子どものもので、さらに言えばもっと幼いようである。ナナキは少し考え、試しにそこらへんに転がっている小さな石を穴の奥に向かって軽くけってみた。
カツンっという音が穴の中に響いた瞬間ぴたりと声がやみ、辺りがしーんと静まり返る。
「・・・誰かいるのか。」
聞こえてきたのはアシュレイの声。昼間の明るい声と違い、警戒したような低い声である。さらに足を進めナナキは最奥にいる子ども二人の前に姿を見せた。
「さっきぶりだな、アシュレイ」
ナナキは片手を上げてアシュレイに笑顔を向けた。するとアシュレイは驚いたように目を見開いた。
「えっ、もしかして聖堂であった兄ちゃん?」
「そうだ。そういえば名乗ってなかったな。俺はナナキだ。アシュレイはいいとして、そっちの子の名前は?」
ナナキがそう聞いた瞬間後ろに座っていた少女がびくりと震えると再びアシュレイの青い瞳に警戒の色が宿る。
「もしかしてつけてきたの?」
アシュレイの表情は険しい。その瞳はこちらの目的がなんなのかを探ろうとしているように見える。
「確かにつけてきたが、お前たちに危害を加えようっていう気はさらさらない。どうしても話がしたくて来たんだ。」
「・・・話?なんの?」
返ってきた声は相変わらず警戒心がこもっている。
「このモヤについてだよ。多方、困ってるんだろう?」
「兄ちゃんこのモヤのこと知ってるのか?!」
ナナキのその言葉に反応し、アシュレイが身を乗り出した。
「俺は似たような力を持っている人間を知っている。多分、力になれることがあると思うぞ。どうだ、話してみないか?」
なるべく警戒させないようにできるだけ柔らかく話しかけると、先に少女の方が反応した。
「ねぇ、お兄ちゃん。私お話してみたい」
ずっと黙っていた少女が懇願するようにそう言ってアシュレイの服の袖を掴む。するとアシュレイも少し考える様子を見せたあと頷いてナナキをまっすぐ見上げる。
「知っていることがあったら教えて欲しい」
「よしきた。じゃあ、とりあえず座ろう。あ、それともうひとり仲間がいるんだ。呼んでもいいか?」
「いいけど、どこにいるの?」
アシュレイが見た限りではあたりに人影はない。すると唐突に近くから声が降ってきた。
「こちらです」
するとナナキの背後から突然イヴが現れた。その登場の仕方にアシュレイと少女は目が点になっていた。
「…イヴもう少し登場の仕方を考えたほうがいいぞ?」
驚きのあまり声が出ない様子の子どもたちを尻目に、イヴにそう語りかけると「以後気をつけます」と変わらぬ無表情で返事が返ってきた。彼女の聖霊術は姿を隠すまではいかないが、気配を薄くして見つかりにくくすることができる。 ナナキはそれに慣れているので時に気にはしなかったが、二人は未だにポカンとしている。その様子にナナキは苦笑を浮かべたあと、パンっと手を軽く叩いた。
「大丈夫か?」
その音にはっとっとしてアシュレイ達はナナキの方を見た。
「驚かせて悪かったな。彼女はイヴ。さっき言っていた“同じ力を持つ人間”だ。安心していい」
「お姉ちゃん私と同じ?」
何か感じるものがあったのか少女がイヴにそう問いかけると、彼女は「ええ。そうですよ」とだけ答える。それはそっけない物言いだったが少女は先程までの不安げな表情と違い嬉しそうに目を輝かせた。アシュレイは未だに不思議そうにイヴを見ていたが警戒心はだいぶ和らいだようである。
「まぁ、とりあえず話をする前に名前を聞かせてくれるか?」
「えっと、ライラです」
ライラと名乗った少女も歳の割にはしっかりしているようで、名乗ったあとぺこりと行儀良くお辞儀をした。
「ライラか。宜しくな」
「宜しくお願いします。えっと、ナナキお兄ちゃんと…イヴお姉ちゃん?」
緊張した面持ちで言うライラに、ナナキが優しく頭を撫でてやると安心したようにふにゃりと笑う。だいぶ気を張っていたらしい。笑うととても愛らしい子であった。
「ところで二人は兄弟か?」
二人の子どもは青い瞳は同じだが、アシュレイは金髪に色黒で、ライラは水色の髪に色白。面差しもあまり似ていない。
「同じ村の孤児院で育ったんだ。血は繋がってないけど兄弟みたいなもんだよ」
「それってここより北の方にある?」
「うん、そう。ルーナ村っていうんだ。兄ちゃん達はもう噂で聞いてるかもしれないけど、2週間前に俺たちの村で逸脱者狩りがあったんだ。それでライラが標的にされて逃げてきたんだ」
その時のことを思い出したのかアシュレイは憎々しいといった様子でそう語り、ライラに至っては瞳にじわりと涙が滲んだ。相当辛い目にあったのが伺える。どうやら噂はだいぶ尾びれ背びれが付いていうようである。どう見てもライラのモヤにはまるで攻撃性がない。ナナキは深く聞くことをやめて話を進めた。
「とりあえず俺から言えるのはライラの力が逸脱者のものではないってことだ。それは聖霊術と言って〈セント・カルディアーナ〉が創設されるよりも前の時代に信仰されていた聖霊の力だ」
「聖霊?」
ライラは首をかしげ、アシュレイは少し考えるような仕草をした。
「そう。聖霊。その力は悪いものじゃない。かつては神として崇められていた存在だったんだよ。今はほとんど知られなくなってしまったから誤解されがちだけど、今でもその信仰は残っている。聖霊の力を借りて力を発揮する者を聖霊術師と呼ぶんだけど、彼らの皆ひとつの里に集まって暮らしている。イヴもそこの出身だ。ライラは多分聖霊術師の血筋なんだろう」
ライラには少し難しかったようだが、自分と同じ力が悪いものでないと言われて少し安心したような顔を見せた。
「見たところ制御できていないみたいだが、その力はいつから現れたんだ?」
ナナキがひとつ質問する。
「えっと、2週間とちょっと前だったと思う。突然体から黒いモヤモヤがでて、それが何日か続いた後聖堂の人が来て・・・」
そう言ったあとライラは悲しげに俯いた。
「そうか・・・大変だったな。その様子じゃ街に近づけなかったんだろう」
ナナキがそう言葉をかけるとアシュレイが応じる。
「街に聖堂があるからライラは連れて行けなかったんだ。ライラ自身も嫌がった。でも食料が必要だったから、仕方がなく行き倒れのふりして聖堂で食料もらうことにたんだ。そこでこの大空洞で魔物が討伐されたって聞いて、雨風しのげるここを一時宿がわりにすることにしたんだけど、予想外なことに聖堂の人たちが親切ですぎてさ。すぐに顔を覚えられちゃったから、そうそう街から出られなくなっちゃって。だから、毎日夜に抜け出してここでライラと過ごして、朝になったら宿舎に行くようにしていたんだ。本当は食料だけでよかったけど怪しまれるといけないから」
幼い子どもたちにとって取れる手段は限られているが、アシュレイなりに精一杯ライラのことを考えてとった行動なのだろう。しかしそれはその場限りの策でそう長く続けられるものではないことは明らかである。アシュレイ自身もそれが分かっているようで少し困ったような顔をしていた。
「なぁ、提案があるんだが聞いてみるか?」
「何?」
四つの瞳がナナキを見つめる。
「もし二人が良ければ聖霊術師の里に連れて行ってやるけど、どうする?このままここに居るわけにもいかないし、普通に生活するためにはライラは聖霊術を制御する力を身につけないといけない」
その言葉に二人は驚き目を見張る。
「実を言うと俺たちの目的はそれなんだ。旅の最中、里のことを知らない術師がいたら保護して欲しいと里長から頼まれているんだ。どうせそろそろ里を訪ねようと思っていたから丁度いいし」
「え、でも…俺は聖霊術師ってやつじゃないよ?」
驚きながらためらうようにアシュレイがそう告げると、ライラがまた彼の袖をぎゅっと握って不安そうな顔をした。その様子にナナキは笑う。
「アシュレイが来ないとライラはきっと動かないよ。それに心配しなくてもいい。彼らは寛容だ。こちらが受け入れれば同じように受け入れてくれる。心配ないさ。なぁ、イヴ?」
ナナキは先程からずっと黙って話を聞いていたイヴに同意を求めた。
「私たちは来るものを拒みません。里には術師でない孤児もいますし、里の外から来て住み着いた者もいます。このままここで暮らすよりは生きやすいと思います」
淡々とした様子でナナキの言葉を肯定する。
アシュレイは横目でライラを見た。その表情は先程までにない期待に満ちている。その表情を見てアシュレイは心を決めた。
「兄ちゃん達がいいなら連れて行って欲しい」
アシュレイが真っ直ぐナナキの目を見てそう言うとライラがホッとしたように笑顔を浮かべた。きっとこの先のことをずっと不安に思っていたのだろう。希望の光が見えたようにその表情は明るくなった。




