アシュレイとナナキ
「うぁー痛い。コウエンさん手加減を知らないんだから」
先ほどのわびとしてナナキを宿舎に案内するように言われたアシュレイは、歩きながらそう呟き自分の頭をさする。尻餅を付いたよりもよほど痛かったようである。アシュレイは頭をさすりながら、隣を歩くナナキに視線を向けて首を傾げた。
「兄ちゃんほんとに兄ちゃんなの?」
言外に本当に男かと問う懲りないアシュレイに、ナナキが青筋を立てて笑顔を浮かべた。
「そんなに新しいたんこぶが欲しいのか?」
そう言ってナナキが握り拳を見せると「暴力反対!」といって両手で素早く頭を隠した。
確かにナナキはあまり男らしい風貌をしていないが体格は明らかに男性なので女性に間違われることなど今までなかった。なぜそう思ったのかナナキには甚だ疑問である。ナナキは拳を下ろし嘆息した。髪が長いのがいけないのだろうか。
「どこを見てそう思ったんだよ」
するとアシュレイは頭を傾ける。
「うーん。なんだろ?雰囲気が似てるから?」
「なんだそれ。誰と似てるんだ?」
「うーん?誰と言われると…困るなぁ」
どうにも要領の得ない会話である。さらに聞き返そうとするとアシュレイはその言葉を遮った。
「まぁまぁ!もういいじゃん。悪かったよ兄ちゃん。もう言わないからさ!それよりほら!宿舎見えてきたよ!」
アシュレイの指差す方向には言葉通り2階建てほどの建物が建っていた。
騎士の宿舎は〈聖堂〉とは違い一般の家々と同じ素材で出来ていた。多分人員が増えたためにあとから作られたのだろう。
話をはぐらかされた感は否めないが、堂々巡りになりそうな気がしたのでそれ以上追求するのはやめておいた。
「ところで、さっきの騎士さんがお前は宿舎に住んでるって言ってたけどなんでだ?」
騎士の宿舎に子どもが住んでいるというのは妙な話である。
それに対して話が変わって安心したのかアシュレイは身構えるのをやめて飄々と話し始めた。
「いやぁ…めんどうくさい話なんだけどね。俺捨て子でさぁ。数週間前にこの街の入口で倒れてるのをコウエンさん見つけてくれたんだ。ホントだったら孤児院とかに入るものらしいんだけどこの街にはないらしくて。流石に隣街とかに行っちゃうと、もし親が心を入れ替えて迎えに来たとき困るだろって話になって〈聖堂〉預かりになったって事なんだけど・・・」
「・・・お前それさらっということか?」
数週間前に親に捨てられたとは到底思えないその軽い言いように、ナナキはあっけにとられる。まるで『ハンカチ落としたから取りに来るかな』レベルの話をしているような口ぶりだ。
しかし当の本人は強がりでもないようで「だってホントの事だし」とケロリとした顔でいう。
「でも俺結構ついてると思うよ?だって衣食住も困んないし、ここの人たちかなりまったりしてるから捨て子とかあんまり気にせず接してくれるし。・・・それに親のことはあんまり好きじゃなかったしね」
最後は少しだけ複雑そうにつぶやいたので、なんとも思っていないわけではなさそうだ。
アシュレイがついているといったがナナキもそれは同意できる部分もある。この町の人間の親切さは少し度が過ぎるくらいのものであると感じられるからだ。
「まぁ、親もいろいろいるからなぁ」
空を仰いでナナキも何か思い出すように微妙な顔をした。
「なに?兄ちゃんもワケアリ?」
あまり子どもらしくない言いようだが、その様子からは興味津々であることが伺えた。
「俺も捨て子みたいなもんだったが、運良く拾われてな。まぁ拾ってくれた時点でだいぶ爺様だったから俺がお前くらいの時に天に召されたよ。享年112歳の大往生さ。」
「えっ。そんなに生きられるもんなの?ていうかそんな歳で動けるの?」
驚きに目を見開き、先ほどの話などどこかに飛んでしまっているようだ。その姿に微笑みつつナナキは続ける。
「ああ。多少のんびりだったけど一人で暮らせるほどには動けていたよ」
「超人じゃん!」
この大陸の人間の寿命は健康的にに過ごしても大抵70歳ほどである。アシュレイが驚くのも無理はない。
「『鍛え方が違うんじゃよ』とか言ってたけどね。確かに歳の割に背筋が伸びていて異様に体格がよかったけど、もうそういうレベルじゃない気がしたね。あの爺様は。」
ナナキは呆れたようにそうこぼす。
「ぶっ!筋肉ムキムキのじいちゃん想像しちゃった」
そう言ってアシュレイは吹き出した。
「そう笑ってくれるなよ。人柄はとても良かったんだ」
本来は怒る場面かもしれないが、記憶の中の彼の人を思い浮かべるとアシュレイの言葉を否定することができなかった。あながち間違いではないからだ。
「ふーん。じゃ、コウエンさんをじいちゃんにした感じかな?」
「まぁ、ちょっと雰囲気は似てるけど・・・って、こら笑うな。失礼なやつだな」
また笑い出したアシュレイをナナキが諌める。確かにコウエンという騎士は体格がよく背筋がピンと伸びていて見た目はとても騎士らしい。けれど、その性格は騎士とは思えないほど温厚な人あたりのいい青年のようであった。(怒るべきところはかなりキッチリ怒るようだが。)別に騎士というものに偏見があるわけではないが。
「会って数週間でそこまで親身になってくれる人なんてそうそういないぞ?」
「ははっ。みんな親切だけどコウエンさんはダントツにいい人だから。たまにいい人すぎて困るけどね。」
そう言ってまた思い出したかのように頭をさする。
「それは自業自得だ。というかむしろ俺に殴られなかっただけありがたく思え。」
そういうと態とらしく「ちぇー」と言ってアシュレイは頭の後ろに腕を組む。 しかしその顔はまさしくいたずらっ子の笑みだった。会ってほんの数十分というところだが懲りない子どもだということがよくわかった。そしてナナキもつられて小さく笑った。
二人はそんなやりとりを終えると止まっていた足を再び動かし和やかな雰囲気で宿舎に入っていった。




