ガランスフィアとイヴ
ガランスフィアに聖水を与えてりと、イヴの体がぐらりと揺らぐ。そしてイヴから体が淡い光が抜け出た。
ナナキは解放されたイヴを支えて安否を尋ねる。イヴは頷いたあと直ぐに自力で立ち上がり「話がついたようでよかったですね」といってガランスフィアに声をかけた。その口ぶりからして乗っ取られている最中も意識はあったようだ。大事ないようで一安心である。
ナナキは光の集まる先を見た。そこに浮き上がったのはイヴよりもいくらか年上の女性の姿。赤い髪に青い瞳で話に出てきたアリシスの特徴を宿していた。たぶんアリシスを模しているのだろう。聖霊はいくらでも姿を変えられる。その点は別段驚くことはなかった。
だが、たいていの聖霊は誓約者の姿を避ける。その理由は普通に考えて同じ姿は紛らわしいからである。
ガランスフィアがその姿で現れたということはアリシスという術師の精神がガランスフィア自身に強く影響を及ぼしているのだろう。
ガランスフィアはアリシスを助けてとは言わず、集落を守ることにを優先しているあたりにそれが色濃く現れている。
特殊な方陣を使った封印に組み込まれたことも大きな要因かもしれない。 千年という月日は人間でないガランスフィアでも十分に長かったのではないかと思う。
ひどく人間的なガランスフィアは申し訳なさそうに眉を下げた。
『はい、この度は突然失礼いたしました。考えなしにいろいろご迷惑をおかけしてすみません』
そう言って深々とお辞儀をした。それに対して顔色を変えずイヴは首を振る。
「私は別に構いません。それと、これからクィーア様のいる台座に行くとのことですが、時間はあまりないのでしょう。二手に別れたほうがよろしいかと思いますが」
イヴはナナキを見上げた。合理的でイヴらしい発言にであった。ナナキはその意見に頷いた。
「そうだな。でもシャーナとの接触をどうするか。そう言えばガランスフィア。シャーナの家がどこか知っているか?家族はいるか?」
『は、はい。場所知っています。あと一人で暮らしています』
ガランスフィアはワタワタしながら質問に答えた。
「そうか、言っちゃ悪いが好都合だ。なら、ガランスフィアとイヴはそっちに行ってくれ。俺は台座の方に行く」
『幽霊と間違えられないでしょうか』
ナナキの言葉にガランスフィアは情けない顔をする。それに対してイヴは少しだけ表情を和らげてガランスフィアの顔を正面から見据えた。
「ガランスフィア様はもうしっかりと具現化しておられます。それに、術師の素養があるのであればあちらが落ち着いて感じ取れば大丈夫です。わたしも口添えいたします。だからどうか心配なさらないでください」
イヴは表情こそ変わらないものの、真摯な瞳でガランスフィアにそう伝えた。慰めでもなく本当にそう思って言っているのだろう。
ナナキから見てガランスフィアはだいぶ頼りない感が否めないが、イヴは聖霊に対してどこまでも寛容で敬意を持って接する。
イヴの言葉が心の底からのものであることを感じたのだろう。ガランスフィアははにかみながら『よろしくお願いします』と微笑んだ。
一見微笑ましいような気もしないでもないが、ナナキは何とも言えない疎外感を覚えながらそのやりとりを見つめる。
普通にきいていれば”大丈夫”とは思えないが、ナナキは口を挟む気は毛頭ない。
それには一応理由がある。
聖霊術師の素養という存在は聖霊が見えるというだけのものではない。
聖霊は人の意思を読み取る。正確に言えばその人間そのものを写し取るってその情報を自分のものにする。その人間がどんなに強い意志を見せようが、聖霊を心から受け入れることができなければ、聖霊はその人間に誓約を持ちかけることはないという。
ナナキは聖霊が見えるが誓約を持ちかけられたことはない。ナナキが聖霊術師でないのはまさにその部分の違いである。
聖霊が見えて、その性質についても詳しくてもナナキには聖霊術師としての素養はないといえるだろう。
聖霊術師ではないナナキは本当の意味で聖霊を受け入れるということがどういうことかはわからない。その代わりに多くの聖霊と術師たちの話を聞き、その行動を観察した上で物事を捉えていた。
その知識の元にふたりの会話を聞いていると、ガランスフィア自身も最も心配しているのも”幽霊に間違われないか”という部分であって、それさえクリアできれば”大丈夫”だと思っているのが分かる。そしてイヴも同じ視点で返事をした。
ナナキはイヴの”大丈夫”に共感することはできないが、聖霊と聖霊術師でしかわからない根拠が存在するのだということを理解はしている。
疎外感はあるが別に声を立てて言うほどのことではない。それに、イヴ自身にも信頼をおいている。だから、その”大丈夫”を否定しない。
「とりあえず、時間もないことだし行動開始しよう。スキアーは・・・」
話がひと段落ついてということでスキアーを探した。視線を送ると、いつの間にかライラのそばでその寝顔を覗き込んでいたスキアーがこちらを振り向いた。
「む?」
どうしたといった様子で首をかしげた。さきほど頑張れと言っていたとおり何もする気はないのがうかがい知れる。妙な話だがこの自由なところこそ聖霊らしいと思えた。だからナナキは一言こう告げることにする。
「留守番を頼む」
『ふふ、任されよう』
その言葉に微笑んでスキアーはまたライラの方に向き直る。
ナナキはランプを二つ手に取り、片方をイヴに渡す。そしてスキアーが再び『頑張ると良い』という激励の元、そのまま二人を促し部屋を出ることとなった。
時刻は深夜、夜明け時間は残り少ない。




