眠れない夜の始まり
ガランスフィアは話し終わり、ナナキは渋面を作る。それに対してガランスフィアは不思議そうに首をかしげた。
「何か問題ありましたか?」
「ひとつ聞く。封印は今夜解けるんだよな?」
「はい。ですが、最初の封印は無事なので逸脱者が出てくることはないと思います」
ガランスフィアはナナキの質問の意図を汲み取ってそう答える。
それに対してはよかったとナナキは思っただが、もう一つ現実的な問題がある。ナナキはさらにガランスフィアに尋ねた。
「術師であるアリシスがいなくなったら聖霊術でできたこの月面鏡はどうなる?もしかして消滅したりするか?」
ふたりの問にしばしの沈黙が落ちる。そんな中まるで空気を読まないスキアーが言った。
「消滅というよりはほとんどは水と砂に戻るじゃろうな。中にはガラスのままの部分もあるじゃろうから、この部屋で寝たらひどいことになるぞ?」
「やっぱりか!」
ナナキは頭を抱える。百歩譲って元に戻るのはいいとしよう。だがそうなったあとの惨状をどうするかが問題である。一夜のうちに壁一面にはめ込まれた窓ガラスが消え、代わりに水と砂まみれになる。しかもそこには偶然旅の人間が泊まっている。
しかも、数年前に盗まれそうになった末ここに置くことになったとう背景がある。
ガランスフィアは今更ながらに気がついたようではっとして今度はオロオロとしだす。どうやらそこまで考えていなかったようである。しんみりした話だったはずなのに一気に面倒な話になった。
「す、すみません!そうですよね。急に月光鏡がなくなったらあなた方に疑いが・・・」
そんなガランスフィアの様子にスキアーは顎に手を当てて思案する。
「そう、慌てるな。なくなるものはどうしようもない。核を埋めて早々にこの集落を出ていけば良いではないか?どうせ二度と訪れることもないじゃろう?」
「却下」
なんの解決にもなってない意見である。ため息しか出ない。どうしようかと考えていると再びスキアーが口を開いた。
「そうじゃ!新しい術師と誓約して一時的に術を引き継げばよい!数日くらいは時間稼ぎができるじゃろう?」
閃いととばかりにスキアーはナナキを見た。疑われないかもしれないが2階から突然大量の水と砂とガラス片が降ってきたら大変なことである。近くにいたら怪我をするかも知れないし下手をすれば死ぬ。一見悪くないように見えて、またしても解決になってない。
「ここには聖霊が見えるやつがいないんだろう?いや、そもそもガランスフィアにもう力は残ってないんだから引き継ぐも何もないだろう?」
そう言ってナナキがガランスフィアの方を見た。すると少しためらう様子を見せたあと「すみません」と謝ってきた。
「そなたの聖水をかければ一発で復活する。そなたもこのままでは困るのじゃろう?ならばこの者に協力して己に降りかかる火の粉を振り払うと良い。このままではライラが安眠できぬからの」
こともなげにスキアーがそうのたまった。だいぶ勝手な話である。
「聖水をお持ちなんですか?」
ガランスフィアが驚いたように瞬きを繰り返した。いまさら否定する気もないので頷く。
「持っている。でもあんたに聖水をやったとして術師がいなけりゃ意味がない。それにあんたの希望はアリシスのそばで眠ることなんだろ?」
ナナキがそう言うとガランスフィアの表情が少し曇った。冷たいと言われるかもしれないが、ナナキは聖人じゃない。割に合わないことはしない。
「意味はなくないぞ?術師の候補はおる。と言っても自覚のない娘じゃが、のう?」
スキアーナナキにそう告げてガランスフィアに同意を求めた。
「いるのか?」
先ほどの話でこの集落にはコンタクトを取れる人間はいないということだった。ナナキがガランスフィアの方を見ると困ったように眉をさげた。
「いる・・・といえばいます。でも私のことは見えていませんし声も聞こえません。ただ感じるというくらいなので」
「いるのか。なら聖水で力が戻れば誓約出来そうだが・・・やるなら今日中にどうにかしないといけな。娘って言ってたけどどんな子だ?集会場にいたか?」
「ええと、シャーナというと言う名でとてもおとなしい子です」
「あれじゃ、荷を降ろす時にいたそなたが麻袋を渡した金髪の細い娘じゃよ」
昼間のことを思い出し弱々しい子鹿のような少女の姿を思い出した。
「あの子か。うーん、言っちゃ悪いがちょっと難しい気がするな」
「ふむ、確かに誓約を捧げるのに少々時間のかかりそうな娘じゃが、伝わってくる意思は悪くないぞ」
「今その時間を一番問題にしてるんだが?」
今日中であることをまるで考えていない返答にナナキは呆れる。そんなやりとりをそわそわと落ち着かない様子で見ていたガランスフィアが見ている。
「ええと、どうしましょう?」
ナナキは考える。もしあの子が術師になってくれるとして聖霊はあんたとクィーア両方に誓約しないといけない。
月光鏡は二つの聖霊術の組み合わせでできているのだから当然だが非常に手間がかかる。
「そうえば、クィーアはどこにいるんだ?」
「クィーアは台座の方にいます。あの、クィーアは私よりも少し強い聖霊なんです。だから、ちょっと興味本位であの子の前で具現化しようとしたらしいんですが・・・」
ひどく言いにくそうなガランスフィアの様子にナナキは続きを促した。
「何かあったのか?」
「あの、大分前に中途半端に頭だけを具現化したために怯えられてしまったようで、それ以来あの子は台座に近寄らなくなってしまったそうです。どうやら幽霊と勘違いしているようです。クィーアとしてはインパクトを求めたらしいのですが失敗でした」
そんなインパクトはいらない。シャーナがビクビクしていたのはきっとクィーアのせいじゃないだろうか。そのせいでこれからやらなくてはならないことのハードルが上がった。
ナナキは深くため息を吐いた。
「ガランスフィア」
「は、はい、なんでしょう?」
「あんたの当初の願いと違うけど、今話した方向で進めていいか?」
ナナキの言葉にガランスフィアは目を見開いたあとに恐縮したように立ち上がってお辞儀をした。ひどく人間くさい動きだった。イヴの姿でされるとやっぱりなんだかお菓子な感じである。
「はい、むしろありがたいです!」
「ふふ、頑張るとよい」
全く違う態度の聖霊たちにナナキは苦笑を浮かべた。今夜は面倒な夜のなりそうだ。
そう思いながらナナキはカバンから聖水の入った小瓶を取り出すことにした。




