クィーアが語る封印の異変
ナナキはランプを片手に別れ際にガランスフィアに教えてもらった方向へしばらく進む。しばらく歩くとそこにはナナキの目線の高さくらいの柵があった。
入口を見つけるのが面倒なので柵に手をついてそのまま柵を飛び越える。するとそこには地面から50センチくらいの高さの石舞台があった。
近づいて少しばかり台座を観察する。表面の大きさは月光鏡より若干大きく、月光鏡のはまっていたであろう場所には一面に水が溜まっている。まるで少し浅い池のようである。
けれど最近雨は降っていないし、水は異様なほど透き通っている。人ならぬ力で故意に貯めている感じがする。
水面には月がはっきりと写りこんでいる。
「これは・・・」
ナナキが眉をひそめてそうつぶやくと水面に波紋を浮かび淡い光を帯びる。水面からゆっくりと浮かび上がるように現れたのは先ほど見た赤い髪と青い瞳の少女の姿だった。ガランスフィアと同じ姿をした聖霊は、ガランスフィアとまるで違う静かな眼差しをこちらに向けた。
「お初にお目にかかります、旅の方。すでにガランスフィアとお会いのことと存じます。紛らわしい姿で申し訳ございません。わたくしは水の眷族聖霊クィーア。アリシスの方陣に組み込まれた聖霊の片割れでございます」
クィーアは自己紹介の後にバカ丁寧にお辞儀をした。
「よろしく。俺はナナキという。ちょっと聞くがこの水を張ってるのはあんたか?」
「ええ、そうでございます。常に澄んだ水を保っております。月光鏡の代わりに月の光を集めるようにしているのですが、やはりその場しのぎにしかなりませんでした」
そう言ってクィーアはぼんやりと月を見上げた。その姿がどこか疲れたように見える。
様々な自然の力を取り込んできた聖霊たちでも月と太陽の光は特別なものである。光が強ければ強いほど聖霊たちに及ぼす。
方陣もその特性を理解して生み出されたものである。当時方陣を編み出したものたちは、様々な物質を媒体として試行錯誤を重ね、たどり着いたのが水晶だったのだろう。
水晶はほかの物質と違って光のエネルギーを溜めこむことができる。そのため一定期間光にさらしておけば、その後光が当たらなくてもしばらくは効果を発揮する。
ちなみにソイルランプはこの特性が利用されているが、エネルギーの循環は方陣よりもずっと効率がよく、小さな水晶も効果は数倍長持ちする。
水晶の有用性は明らかであるが、それ以外で効果が全くないわけでもない。
効果のほどは天と地の差はあれど、そこいらの水たまりでも光が当たっていれば少しくらいの効果は望める。 そしてその水溜りが大きく不純物が少ないほど効果は増す。ただ力の貯蓄はほとんどできないので太陽や月の出ない夜にほとんど効果はない。
クィーアが言っているのはまさのそのことである。
「やっぱり月光鏡が移動したのはかなりの打撃だったっていうことか」
「それもあると思います。ですが、一番最初の原因はまた別でございます」
「別というと?」
「全ては5年前にやってきた盗賊のせいでございます」
クィーアの言葉にナナキは表情を固くした。クィーアの発言はそのままナナキの疑問に触れる部分だった。
「5年前っていうのは月光鏡の盗難未遂のだろう?アナーシャは失敗に終わったって言っていたがやっぱり何かあるのか」
ナナキは疑問系でなく確認のためにそう問いかけた。
アナーシャの話では貴族に月光鏡を盗みだすよう依頼された盗賊が盗む前に実行前に捕まったということだった。ナナキとしては正直妙な話だとおもう。
召使をよこして交渉しに来たあとに盗ませるなど、自分が犯人だと言っているようなものである。しかも侯爵家の領地のものに手を出すなどあほの所業である。さらに言うと、確かに月光鏡は珍しいものだが、貴族なら一から作ることも不可能ではない。盗賊に報酬を支払いかつその後弱みを握られるリスクを負うよりも、作るほうが賢い。
アナーシャの語る通り息子が残念な馬鹿だっただけの話なのかもしれないがそれにしてもお粗末だ。
「わたくしもすべて把握しているわけではありませんが、あれはそんな単純な話ではなかったと思われます。事実、月光鏡は守られましたが、同じくらい大事なものが奪われてしまいました。今の集落の人間のほとんどが知らないので盗まれたことにも気が付いていないでしょう」
「まさか」
おもわず眉間にシワを寄せたナナキにクィーアはどこか遠い目をして頷いた。
「お察しのとおりでございます。標的にされたのはこの台座の4隅に仕掛けられた水晶です」
「最初の封印はもう解かれているってことか?」
「いいえ、盗まれたのは1つだけだったので完全に機能停止にはいたりませんでした。ただ、弊害が大きかったのです。バランスの悪い土台の上に力を加えれば土台が崩れてしまいますので」
クィーアは少し苦い顔でそう言った。
「月光鏡を動かしたのは盗難防止のためじゃなくて、月光鏡の力に不完全な方陣が耐えられないから切り離したっていうことか」
ナナキはクィーアの言葉の後に続くであろう言葉を口にする。それに対し、クィーアは静かに頷いた。
「盗まれるのも困りますが、2つの封印が一挙に破壊されるのを防ぐためには選択肢がございませんでした。実際のところ完全に切り離すというより、物理的に遠ざけて力の流れを無理やり阻害している形です。当然負荷がかかりますし、本来の力の循環に逆らう形をとっているので結局のところ時間稼ぎにしかならなりませんでしたが」
「本来の力の循環っていうのは?」
「わたくしが月光鏡力に宿り力を増幅し、ガランスフィアが台座の封印を強化するというのがこの方陣のただしい力の流れです。ですがガランスフィアの弱体化は私と比べようもないほど著しいものでございました。現状をこれ以上悪くしないためにガランスフィアは月光鏡に宿り力をその身に受けて核に戻らないようにしたのです。そしてその間は力不足と存じていますが、わたくしが台座に水を張って月光鏡の代わりをすることとなったのです」
確かにガランスフィアは弱体化していた。眷族聖霊単体の自助回復力には限度がある。月光鏡がなければとうに力つききていたのだろう。
クィーアについてもいくらガランスフィアより強かろうと少しの供給で自分よりも強い存在である逸脱者を今押さえ込むのもかなり難しいことだ。
クィーア自身が言うとおり時間稼ぎにしかなっていない。
「それにしてもガランスフィアの話とはだいぶ違うな。あんたたちは嘘をつけない。ならあれはどうなっているんだ?」
あれとはさきほどガランスフィアがはなしていたことを指していた。クィーアは正しくそれを読み取り言葉を返した。
「噂好きの風の眷属聖霊たちの話では“魔人創造”という方陣が生み出したものだと聞いております。そのせいでこの一帯の聖霊は随分と弱りました。特に地の聖霊に対する影響は大きく、歪みが消えたあともガランスフィアには後遺症のようなものが残ってしまったのです」
「ガランスフィアの話がところどころ違和感があるのはそのせいか?」
ガランスフィアは昔の話を懐かしげに語っていた。その話は頭にその光景顔も浮かべられるくらいに詳しく語られていた。
だが、歪み始めてから話はどうだろう。歪んだと口にしていても具体的に何があったのかは一切触れていない。現状打破のためには詳細を語るべきところである。
けれどガランスフィアはわざと話を避けている様子はなかった。むしろクィーアの言ったような出来事など知らないかのような話し方だった。
ナナキの問いにクィーアは悲しげに微笑む。寂しいとやるせないが入り混じった複雑な表情だった。その表情もガランスフィアと同様に人間くさくアリシスの方陣の影響がうかがえる。
「私たち聖霊は人のように病気をすることも老いることもありませんでしたから初めは気がつきませんでした。ですが、言葉を交わすごとにおかしな点が増えていったのです。アリシスの精神と会話することができなくなり、ふたりでこの地を守るために幾度も話し合いましたが、その時によって忘れたり覚えていたり記憶が曖昧になっているようです。特にここ5年のものはひどく曖昧で、忘れていることさえ気が付いていないようです」
クィーアの反応にナナキも顔を曇らせる。歪みはナナキの思うより深刻だったようだ。
ガランスフィアに聖水を与えたが、なにか思い出した様子はなかった。聖水でも回復できないということは精霊として根本的な部分が壊れてしまったということを示している。
「核に傷かもしくは不純物がまぎれこんだのか・・・」
ナナキは俯いて思案し、クィーアは首を振る。
「わかりません。でも聖水で治らないのであればきっともう治らないのでしょうね。わたくしも自覚はありませんがもしかしたら忘れていることがあるかもしれません。でもう起こってしまったのですから仕方がありません。いろいろ良くしていただいて感謝しております。ガランスフィアが誓約を受けたらわたくしもそちらに参ります。ここには聖堂がありませんが数年後には兵士の派遣が行われるそうです。だからそれまではこの封印を保ってみせます」
そう言ってクィーアはっ直ぐな瞳で微笑んだ。もうこれ以上どうこうする気はないという意思表示だった。ナナキはなにか策を講じてやるなどという気休めは言わない。
「今度は頭だけ出すなよ」
ナナキとしては珍しく笑って茶化すと少し恥ずかしげに「今度はお化けと間違われないよう努めさせていただきます」とクィーアが答えた。
その時である。
つい最近も感じたことのある感覚だった。唐突な浮遊感に背筋が寒くなる。目の前にクィーアの驚く表情が大きく歪んだと思った瞬間、体に重い衝撃が走りナナキが思わず目をつぶる。
そして次に開いたときには先程までと違う景色が広がっていた。
先程まで目の前にあった月明かりに照らされた台座はどこにもない。
そこは、薄暗い石壁の何もない部屋だった。
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