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月光鏡に透ける満月

 長の家は集会所のすぐそばにあった。この集落は備え月の明りというものがないらしく、家の中は真っ暗で廊下や階段はさらに暗い。ライラを抱えているので先頭を行くアナーシャに足元を照らしてもらって二回へ上がる。

 そして開けてもらったドアの向こうには意外な光景が広がっていた。


「うわぁ、すごっいね!」


 眠そうに目をこすっていたはずのアシュレイがそう言いながら部屋の奥までかけていく。そこにあるのは壁一面に張られたガラスであった。そのガラス越しに優しい月明りが部屋を照らしている。そしてその明かりを受けた窓ガラス自体からも淡く不思議な輝きを放っている。

 2階ということもあって遮るものは何も全くなく、夜空を切り出したような光景はとても幻想的に見える。


 アシュレイはすっかり眠気が飛んでしまったようで、興奮気味にガラス越しの空を見上げていた。イヴも珍しく興味を持ったようで、近くに寄ってそのガラスを熱心に見つめている。


「確かにすごいな」


 ナナキも感心したように声を漏らした。

ガラスは高級とまではいかないがそれなりの値が張る。それが部屋一面を覆うサイズともなると相当である。


「はは、すごいだろう?これは月光鏡っていうんだよ」


 ナナキたちが見入っていると、アナーシャは誇らしげに笑う。そして、と言って「とりあえずライラちゃん寝かせてあげようね」と言ってそこに並ぶベッドの一つを整えた。


 ナナキはアナーシャに指示通り、ライラをベッドに寝かせ布団をかぶせてやる。その時、もごもごと何かつぶやいたように聞こえたが、すぐに健やかな寝息が聞こえてくる。どうやらただの寝言のようだ。


 ナナキはベッドから離れ、不思議そうにガラスを触るアシュレイの横に並んで、その月光鏡に目を凝らす。ただのガラスでないのは一目瞭然であるが、何かと言われるとはっきりとはわからない。


「これって外は特になにも見えなかったところを見ると、内側にだけ細工してあるのか?」


 ナナキは今のところ思い至った結論について尋ねた。するとアナーシャは少し目を見張る。


「よくわかったね。大した観察眼だ。このガラスの内側には夜光石っていう石の粉末が塗られているんだよ」


「夜光石って、確か高級塗料の原料じゃないのか?」


 夜光石は暗く寒い岩山などで発掘される大変希少な石である。光を当てると淡く輝く性質があり、装飾品の表面をコーティングや、女性のマニュキアに材料に使われている。基本的に金持ちの娯楽品としての用途である。

 もとから少ないのと加工が難しいこともあって、ガラスなどとは比べようもないほどに高い。ひとつまみあれば半年は普通に暮らせる位の価値がある。


「そうらしいね。でもこの月光鏡はずっと昔、それこそ伝承と同じくらい古くからこの集落にあったものだから、私らにとってよそからの評価はあんまり関係ないのさ。5年くらい前までは集落の中央の石舞台にはめ込まれてて、その周りを囲って今日よりもっと盛大歌ったり踊ったりして騒いでたよ。ただ、こういうものが好きな金持ちが結構いるらしくてね。立ち寄った商人がある貴族にその話をしたら、興味を持ったらしくてね。召使をよこして売れと言ってきたのさ。もちろん長が断ったけどね」


「貴族か。よく拒めたな」


「ここは聖堂がないから自治を任されているけど、北方守護侯爵領地には変わりないからね。普通の生産物以外は勝手に売買はできない取り決めになってるのさ。それを説明してその貴族は諦めたらしいんだけどその息子が残念な馬鹿でね。何度もしつこく使いをよこして結局手に入らないと分かって最終的に盗賊雇って盗もうとしたのさ」


 アナーシャが何でもないことのようにあっさりとそう語る。ナナキは貴族の息子のの行動に呆れながら先を問う。


「それでどうなったんだ?」


「もちろん、このとおりガラスは無事。その盗賊たちがまた間抜けでね。〈カリューセロ〉でその貴族と盗みの算段しているところを街の人間に聞かれてそのままそこの騎士に捕まったのさ」


 おかしいだろうと言わんばかりにアナーシャが告げる。確かにその貴族の息子も盗賊も相当な間抜けである。だが、もし聞かれていなかったとしても、この集落を囲う塀を突破する力量があるとは思えない。


 ここの塀は高いだけではなく、乗り越えられないように板が垂直に打ちつかられているので普通には登れない。さらに穴を開けるには時間がかかるし、まず音で気づかれるだろう。


「まぁ、そんなこともあって外に置いておくのはどうかって話になってね」


「それで、ここに隠したってことか」


「そういうこと。ちょうどその頃から男たちが働きに出ることになって祭りらしい祭りができなくなったからね。どうせなら安全でかつここの人間が見られるようにってことで、ここの窓変わりにすることにしたんだよ」


「それは画期的だな」


「デーフェ様は”伝統は人の心に残して、あとはその時にふさわしい形を見つける方が心安らかに暮らせる”ってよくおっしゃるわ」


 アナーシャがそう言って微笑んだ。どうやら、この窓は長の意見らしい。確かにそういうこともあるだろう。

 普通そういった古くから大切にされてきたものを動かすというのは反対意見が出るものだ。もし動かすとしても、こうして使うという発想はなかなかないだろう。

 もとより話していて好感を持てる人物だったが、それ以上に柔軟な思考の持ち主でもあるようだ。


 だが、先程から話を聞きいていて解せない事がいくつかある。


「一応あえて聞くけど、本当に俺たちここで休んでいいのか?」


 ひと目に触れないように隠しているという話だったのに、なぜよそ者の自分たちを通したのかと尋ねるとアナーシャはおかしそうに笑う。


「良くなかったら通してないさ。まずデーフェ様が許可しない。あんたたちは大丈夫だと判断されたからいいんだよ」


「思いのほか信用されたもんだな」


「はは、安い信用と思うかい?」


「いや、こっちとしてはありがたいもんだよ。子どもふたり連れて暗い森の中に追い出されたらたまったもんじゃない」


「確かに子どもと女の子連れっていうのは大きいね。しかもこんな無邪気なおちびさんと、あら?」


 アナーシャがそう言葉を切ったので、ナナキもつられて視線の先を見ると窓に額をつけるように寄りかかったまま寝息を立てるアシュレイがいた。


「静かだと思ったら・・・随分器用な寝相だな」


 膝立ちで窓に張り付くように寝ている姿はとても寝苦しそうだ。先ほどは眠気が覚めたのかと思ったが、どうやらそれはいっときのことで睡魔には勝てなかったらしい。


 ナナキは苦笑を浮かべアシュレイもライラの隣のベッドに運ぶ。たまにこまっしゃくれた口を聞くが、基本年よりも幼く寝顔もあどけないものである。


「ふぅ、私もそろそろ片付けに戻らないとね。ランプは二つここに置いておくよ」


「ああ、ありがとう」


「どういたしまして、じゃおやすみなさい。満月の加護がありますように」


 アナーシャはそう言い残して静かに部屋を出ていった。


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