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満月の夜の伝承とささやかな祀り

「ねぇ、さっき伝承がどうとか言ってたけどなんのこと?」


 ガヤガヤと楽しそうな夕食会の中、お腹がそこそこ満たされたアシュレイは先ほどの疑問をデーフェに問いかけた。するとデーフェは静かに語り出す。


「“その昔、美しき森に暮らす人びと有り。その人々、森の民と称す。森の民、戦好まずただ森を守り、それを使命とする。時過ぎて森に禍呼ぶもの現れん。

森の民それに成す術なく多くの者倒れん。わずかに残りし森の民、命を賭して森を守らんと決す。満月の夜、 その決意、神に届く。

その身に紅纏う若き乙女、この地に折りたたん。森の民を導き、守りの壁を築き、邪悪なるものを退けた。  後、その乙女、森に眠り、この地の永劫の平和の礎とならん”。

この集落に古くから伝わるはなしよ」


「ああ、そういうことか」


 ナナキが納得したとばかりに頷くとアシュレイが首をかしげた。


「えっ?どういうこと?」


「要約すると“紅纏う若き乙女”っていうのが満月の日にこの土地を救ったとされているってことだ。今日は

丁度満月だ」


 ナナキはそう言って視線をデーフェに送る。するとデーフェもそれに頷き言葉を続けた。


「今日は森を救ってくれた乙女に感謝を捧げるための祭りの日よ。昔から収穫後の満月の夜に行っておる。た

だ今年は女子どもしかおらん故、このように晩餐を共にするくらいしかできないがのう」


 そう言ってデーフェは少しばかり寂しげに笑う。それを見てナナキはずっと気になっていたことを聞いてみ

た。


「昼間も思ってたんだが、何で女子どもしかいないんだ?」


「男は全員、出稼ぎよ」


「この辺りで言うと〈アルビレオ〉か?」


「ほとんどは〈カリュセーロ〉で事業に参加しておる」


「事業?」


「建築事業よ。この森の端から木を伐採して〈カリューセロ〉に運んでおる」


 ナナキは訝しげにデーフェを見た。


〈カリューセロ〉というのはこの森を抜けて東にいくらか進んだところにある街で、〈アルビレオ〉よりもずっ

と大きな街である。だが、そこは北方守護侯爵領ではない。セターシャス男爵が収める領地である。


 〈イナースイグナ〉は〈カリューセロ〉は目と鼻の先であるが、事実上は北方守護侯爵領地である。

 基本出稼ぎは誰がどこに行ってしようと自由だが、その資材が北方守護侯爵領から運ばれているというのは

妙な話である。


 この森林が街に近いからといって勝手に取って行っていいわけがないので領主同士で交渉する必要があるし

ただで提供してもらえるわけがない。


 さらに、セターシャス男爵領地内にはここよりは小さいが森があり、小規模であるがほかに土地に輸出する事業も行っている。となりの領地から貰う必要性はないはずである。


 ナナキは疑問に思いつつも問うことはしなかった。デーフェの浮かない様子からしてあまり首を突っ込むのは良くないと感じる。

 だからナナキは話をそらすように別の質問を口にした。


「俺たちもここから次は〈カリューセロ〉に行くつもりだから、もしかしたらここの人間に会うかもしれないな」


「その可能性は高かろうの。男たちは外に出てもここの装束のまま故」


 あったらきっとわかるだろうと言った様子でデーフェは自身の服を軽く叩いた。デーフェの着ている温かみのある白の厚手の上着には蔦のように絡み合う複雑な模様が赤い糸で縫い込まれている。

 服自体は簡素であるがその模様は非常に特徴的である。

 デーフェの服の模様を観察していると横からアシュレイがナナキを呼んだ。


「兄ちゃん、ライラもう限界みたい」


 アシュレイの方を見ればその肩にコロンと頭を傾けたライラの寝息が聞こえる。さっきから随分静かだと思ったらいつの間にか寝ていたようである。声をかけてきたアシュレイも若干眠そうである。


 食う、寝る、遊ぶ、が仕事のような年頃の子どもなのだから、遊んで満腹になれば眠くなるものである。特にここ最近は野宿や歩きなどもあったので疲れがたまっていても仕方のない話である。

 食器を見たところ皆食べ終わっている。先ほどおかわりもしていたのでちゃんと食べることはできたようである。


 ナナキはデーフェに寝床を打診することにした。


「長、寝床を借りても?」


「ああ、わしの家に案内しよう」


「重ね重ね感謝する。アシュレイは歩けるか?」


「だいじょうぶ」


 ナナキがライラを抱き上げるとアシュレイも立ち上がる。イヴもそれに倣って立つとデーフェに呼びかけられてアナ―シャこちらに駆け寄ってきた。


「あら、寝ちゃったのね。デーフェ様、2階に案内していいんですよね?」


「ああ、ランプを持っていくのを忘れんようにの」


「分かりました。それじゃついてきて」


 アナーシャが船頭を切って歩き出しナナキたちはそのあとを付いていく。

 通り過ぎると皆口々に「おやすみなさい」「またあした」など陽気に声をかけられ、ナナキは手がふさがっていたので「ごちそうさま」といって軽く会釈をした。


 それからアナーシャが入口の棚の上に置いてあった珍しいタイプのロウソクのランプ片手に扉を開いて外へ出る。

 外は存外に明るい。それは空には煌々と光る満月の姿があるからであった。


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