紅纏う若き乙女
森の中に隠れるように存在しているのは、3階建ての建物と同じくらいの高さの丸太が縦に並んで打ち立てられたまるで砦のような囲い。その囲いの中にあるのが〈イナースイグナ〉である。
門の向こうにはその外観と打って変わって、小さな家々と畑があり、拓けた場所には羊や馬が放たれ、子どもたちはそこで楽しそうに駆け回っているのが見える。とてものどかな光景だ。
その子どもの中にはよく見知った水色と金と赤がある。
ナナキは荷物運びの最中、子どもたちの様子を見て笑みをこぼす。
「はは、楽しそうだね」
後ろから声をかけてきたアナーシャがナナキの視線の先を見て微笑んだ。
「旅をしていると普通に遊べる機会が少ないからな。誘ってもらえてよかったよ」
「そりゃ、よかった。まぁ、あの子達は単純に自分たちの興味の赴くままに生きてるからね」
互いに苦笑を浮かべながら子どもたちの様子を見守った。
イナースイグナについた後、ナナキたちはそのまま荷下ろしを手伝う予定だったが、それは集落の子どもたちの熱烈なさそいによって阻まれた。
子どもたちは外から来たナナキたちに並々ならぬ興味を持っているようで「遊ぼう!」と熱心に誘ってきたのである。
ナナキとしてはこの集落に長居する気はない。早ければ一泊して明日の昼には出立するつもりでいる。日が
暮れればもう外では遊べない。遊ぶなら今しかないのである。
ナナキは遊びたくてウズウズしているのが窺えるアシュレイとライラの背を押した。
それから「二人をよろしく」と集落の子どもたちに笑いかければ「任された!」と子どもたちの頼もしい返事をしてアシュレイトライラの手を取って野に駆けていった。
そして最後に残っていた数人の少女が期待に満ちた瞳でイヴの手を見上げていた。それに対してイヴは判断を仰ぐかのようにナナキの方を見た。それにナナキが手を振って合図するとイヴは少女とともに少年たちのあとを追った。
その後は、残ったナナキはアナーシャの指示通りに荷下ろしを始めたのである。
「ごめんなさいね。外から来る人が珍しいのよ。それにあんたたちの外見は興味をそそるでしょうし」
アナーシャは面白そうに笑う。
「なんていうか4人そろうとカラフルで何か楽しいことが起きそうな感じがするもの」
「まぁ、珍しいのは否定しないが」
アシュレイ以外はあまりない色合いの髪色なのは確かである。
「特にイヴちゃんはこの土地の伝承にある守人みたい」
「守人?」
ナナキが聞き返すとアナーシャが一つうなずいて諳んじる。
「“その身に紅纏う若き乙女、この地に折りたたん。森の民を導き守りの壁を築き、邪悪なるものを退けた”これが伝承の一部。その紅纏う若き乙女っていうのがいつの間にか守人って呼ばれるようになったらしいよ。ここの子どもはみんなそれを聞いて育ったわ」
「確かにイヴは紅纏う若き乙女だな」
「だろう?特に女の子はその話が好きなのさ」
少女たちのイヴに向ける視線はそのせいかとナナキは納得した。
「その邪悪なるものって逸脱者か?」
「多分ね。私も詳しくは知らないけど、歴史的にはアウローラ大戦前からあった集落ってっていわれているよ」
「それは随分な歴史だな。でもそれくらい古いならこれだけ仰々しいのもうなずけるけどな」
アウローラ大戦時、ここから北の大地は一年の半分の間は雪で覆われていたらしい。それゆえ戦火を逃れたが、ほかの土地より随分遅くに聖堂が建てられたという。
そして、この集落について言うと〈聖堂〉はないという。大変珍しい土地である。
守人についてはさておき、砦と行っても過言ではない囲いは突如現れた逸脱者への対抗策として造られたと考えるのが妥当である。
「まぁ、昔のことは知らないけど、今は魔物や盗賊避けに役立ってるよ。それにやんちゃな子どもたちが勝手に外出て迷子になる心配もない」
それが一番の利点だと言わんばかりにアナーシャは子どもたちを見やる。身軽な子どもたちは猿のごとく木に登っている。イヴに支えられてライラたちもともに気によじ登っている。
「確かにあの子たちは囲いがないと飛び出していきそうだな」
「そうだろう?」
ナナキの感想にアナーシャが快活に笑う。
牧歌的ともいう光景の中、ナナキたちは再び作業に戻ることにする。まるで何事もないかのような平和な時間であった。




