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小鹿と姉御

 山を越えた麓につくと馬車はとまった。ここは北方守護侯爵領の最南端に位置する大森林の入口である。女性たちは皆この大森林にある唯一の集落・イナースイグナの住人であった。

 馬車はその集落と山の向こうの街をつなぐ唯一の交通手段であり、これ以上先は馬車では進めない。ここで荷を降ろして、荷車に載せかえなくてはならない。その荷車を持ってきたのはなぜか皆年若い少年少女たちだった。


 年の頃はアシュレイとさして変わらないといったほどである。ナナキはそれをいぶかしみながらも、手伝いを申し出る。

 重い荷を率先して下ろし、女性たちが荷車に積んでいく。積み終わった荷車は何人かの少年と女性が協力して運んでいき、荷車は後ひとつ。そして荷物も後あと麻袋二つほどといった頃、不意に声をかけられた。


「すっ、すみません!」


 目をやると10代半ばくらいと思わしき金髪の少女が顔を真っ赤にして立っていた。

 迎えに来た少年少女のうちのひとりかだろうか、人慣れない様子でなにか言おうと口をパクパクさせている。若干挙動不審であった。

 少女の言葉を待っていたナナキだがその挙動不審な中でも、幾度と向けられる少女の視線の先に気がついて問いかけた。


「これあんたのか?」


 ナナキがそう言って手に持つ麻袋を掲げると、少女は首がもげるのではないかと思うほど大きく首を縦に振った。荷物は女性が持つにはだいぶ重い麻袋だった。一体何がはいいているのか気になる位に重く、少女の細腕で持てるのだろうかと疑問に思いつつも少女にそれを差し出した。


「重いけど持てるか?」


「あっありがとうございます!」


 慌てた様子でそれを受け取って少女は腕をブルブルと震わせながら麻袋を持ち上げる。少女の動きはまるで生まれたての子鹿のようである。


「・・・荷車に積むなら運ぶぞ?」


「だ、ダメです!!いそいでいますのでこれで失礼しますっ!!」


 はっきりと手伝い拒否したかと思うと、少女はあわあわしながら麻袋を引きずって行った。どうやら荷車に積む気はないらしい。集落の人間ではないのだろうか疑問に思い再び声を掛けようとすると、先に背後から呼びかけられる。


「兄ちゃーん、終わったー?」


 屋根の上の藁を下ろすのを手伝っていたアシュレイとイヴがやってきた。その手には束ねられた藁。


「そっちは終わったのか?」


「これを荷車に積めば終わりです」


「俺もこれでおしまいだ」


 そう言ってナナキが持ち上げたのは、先ほどの少女に渡したものと同じ位の重さのかごである。中には大量の芋が入っている。

 先ほどの少女の進んだ先を見る。思いのほか引きずるスピードが早かったようで、その姿はもう見えなくなっていた。


「イヴちゃんたち!荷下ろし手伝ってくれたありがとう!集落まで案内するよ!」


 溌溂とした女性の声が響く。そう言ったのは乗客の一人で、健康的な肌をした20代半ばほどの女性だ。集落の人間でここにいる人間のまとめ役で、イヴが馬車の中で案内を頼んだ人物だった。


「アナーシャ、お願いします」


 イヴが礼を言うとアナーシャと呼ばれた女性はニッと歯を見せて「任せときな!」と笑う。まさしく姉御肌といった雰囲気である。


「おーい。姉ちゃんたちー。もう出発するからお嬢さん起こしてくれー」


 御者の男が顔を出した。お嬢さんというのはここにいないライラのことである。イヴの話だともう少しで付くというところで寝てしまったらしい。


「そういえば寝かせたままだったな。アシュレイ起こしてやってくれ」


「おうともさ!」


 アシュレイはナナキの指示にすぐさま反応し威勢のいい掛け声とともに馬車の中に駆け込んだ。しばらくしてアシュレイは寝ぼけ眼のライラを連れてやってきた。


「ライラ、これからしばらく歩くけど平気か?」


 ナナキが声をかけるとライラはこくりと頷いた。若干心配だが、歩けなくなったら荷車に乗せればいいかとナナキは自己完結し荷車を引く役をかってでた。

 すると女性たちは、それぞれ荷物を持ちながら大げさに歓声を上げた。あまりの喜びように何かあるのかもしれないと心の中で思いつつ、ナナキはイナースイグナに向けて荷車を引き歩き出した。


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