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旅の馬車の上で

 晴れ渡る空の下、あまり人が通ることのない山道を一台の馬車が走る。そしてその馬車の屋根の上、ナナキとアシュレイは積まれた干しわらに寄りかかるようにして座っていた。

不意にがたんととってやったから大きく揺れて馬車が急に泊まった。


「うわっ!」


 アシュレイが驚いて声を上げる。危うく落ちそうになったアシュレイをナナキが支える。すると御者の男が下から言葉がかけてきた。


「平気か坊主ども!」


「大丈夫だ!車輪に石でもかんだのか?」


 ナナキがそう声をかけると声の主はそれを否定した。


「でっかい虫が俺の顔めがけて飛んできやがった!すまんな!もう大丈夫だ!」


 そう言って馬車は再び出発した。


 アシュレイはふうっと息を吐いた。


「疲れたか?アシュレイもライラたちと下に乗ったほうがよかったかもな」


 ナナキが苦笑を浮かべる。それに対してアシュレイは嫌そうに首を振った。


「あんな女の人ばっかりの中は嫌だよ。それにここは別に悪くないよ。見晴らしいいし」


 この馬車の中に乗っているのは若い女性ばかり。別に女性専用ということではなく、たまたま乗り合わせたのが若い女性ばかりだったというだけである。

 さすがにそんな中にまざるのは気が引けた。喜んで乗る男もいるだろうが、ナナキは当然のごとく馬車の屋根上に座ることにした。アシュレイも同じく馬車の屋根の上を選択した。満員の時はそうやって乗る人間は少なくない。ただ今回はそうではないが、御者はこちらの心境を察して特に何も言わなかった。


「ふぅん。じゃ、なんのため息だ?」


 ナナキがそう尋ねるとアシュレイは少しうなり声を上げた。

ため息の原因はたくさんある。だが具体的に口にしようとするとよくわからない。それがアシュレイの現状だった。

 アシュレイたちがナナキたちと出会い、そして〈アルビレオ〉を発った日からおよそ半月が経っていた。




 目が覚めたとき、ベッドの上に寝ていて体を起こした途端ライラに飛びつかれ、再びベッドに倒れた。

 コウエンと同じ顔の兵士を倒したあと、ヴェントゥスの聖霊域を無事に出られたのだが、アシュレイは気を失いそのまま丸一日目が覚めなかったらしい。


 イヴの言ったとおり聖霊域は聖霊の加護がないといられない空間である。アシュレイはヴェントゥスに一時的に加護を受けたが、結局ヴェントゥス自身が不安定になっていたので、体力を大きく消耗したらしい。

 起きた頃には疲れは全くなかったので、そんなに寝ていたのかと驚いたものである。

 それからもう暗いのでそのまま宿にもう一泊して、今回のことを説明してもらうこととなった。


 そこで語られたのは次のようなことだ。




 禁異目録という本をナナキが探しているということ。


 それを利用して今回の事件が起きたということ。


 いろいろな条件が重なって、コウエンや騎士たちの存在ははじめからいないことになってしまったということ。


 これからまた同じようなことが起こりうるかもしれないということ。


 それをどうにかするためには相手の目的を知る必要がある。目的を知るための手掛かりとして手に入れた封印術の媒体を調べるためにナナキの研究所に行かないといけないということ。


 その研究所が学術都市〈セロウ・スプリウス〉にあるということ。

 

 聖霊術師の里に行くのはそのあとになるということ。




 これらのことを説明してもらうのに他にも色んな話を聞いたのだが、まだ飲み込めていない部分が多い。

 とんでもないことに巻き込まれてしまった気がするが、アシュレイにはどうしようもない。

 ライラにはスキアーがついている。そしてスキアーの聖霊域を狙われればライラにも影響があるかもしれないらしい。

 アシュレイは聖霊のことなどほとんど何も知らないので、何か起きたとき頼りになるのはナナキとイヴしかいない。

 ライラがモヤを出さなくなってもナナキたちについていかないという選択肢はないのである。

 別にナナキたちが嫌だということはない。ナナキたちは初めにあった時と態度は変わらない。表面上は優しいという感じではないが、かなり親切であった。

 アシュレイたちの旅の道具をすべて揃えてくれた、食事を普段と遜色ないものを与えてくれるし、旅慣れないアシュレイたちを気遣ってくれているのがよく分かる。

 

 ナナキたちに不満などはないのだが、ただアシュレイの心中は複雑だった。今のところそれは言葉にならず、ただ溜息としてアシュレイの口から漏れるのだ。

 応えることアシュレイを見てナナキが笑う。


「下手の考え休むに似たり」


「何それ?」


 意味がわからなかったのでアシュレイが問い返す。


「考えても時間の無駄ってこと。お前は頭を使うタイプじゃない。ごちゃごちゃ考えないでその時の直感に従うといい」


「・・・それ褒めてないよね」


 少し考えて不満そうに眉をひそめたアシュレイの頭をナナキがくしゃっと撫ぜる。


「山を越えるまでまだ長い。天気もいいから寝ちまえ」


 肯定も否定もせずそう言ったナナキの言葉を耳にアシュレイは空を見上げる。本当にいい天気である。確かにぐちゃぐちゃ考えたところで結局答えは出ないだろう。そう思ってアシュレイは体を後ろに投げ出した。その体を受け止めた柔らかい干し草が気持ちいい。

 アシュレイは思い切り息を吸い込んで、そのまま静かに目を閉じた。


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