旅先で起こるべくして起こったある事件6
木々の密集した森の薄暗い茂みに隠れて息をひそめる。イーヴァの意識が浮上したあと直ぐにあの家を出て森に隠れている。
何が起きているのかはわからない。だが、イリアリーゼの最後に発した言葉をそのまま受け止めるのならば、あそこはもう安全な場所ではない。
それに森の中には怒号が響き、金属がぶつかるような音が聞こえる。
どうやら、交戦中なのは明白である。
木の隙間から見ると兵士が10人ほどと黒い影がいくつか見える。
その兵士は明らかに聖堂の所属とわかる白いローブを身にまとい、黒をまとった存在を打ちのめしていく。
その黒は明らかに逸脱者である。確かに人間の形をしており、遠目から見ても人間と見紛うばかりである。
街で聞いた記憶では逸脱者が生まれる遺跡が発見されて兵士を派遣するといっていた。
ということは、ここはその遺跡のすぐそばなのかもしれない。遺跡に来るのは明日の予定だったと思ったがそれはイーヴァが暴れたことで繰り上げられたのだろうことは想像にかたくない。
「・・・また、変な気配がします。人間、じゃありません」
小さくそう呟いたのはとなりには震えるイーヴァであった。それはたぶん逸脱者のことだろうがイーヴァはその存在を知らないと言っていた。突然壊されたという結界とそれと同じくして出てこなくなったイリアリーゼ。気になることが多過ぎるがとりあえずパニックを起こしそうなイーヴァの方が先決である。
ナナキは声を潜めて声をかける。
「確かにそれは人間じゃない。逸脱者というやつだ。昼間捕まったのはあれと勘違いされたからだ。だから今動けばまた勘違いされて兵士が襲ってくる。だから、見つからないように隠れていないといけない。まぁ、心配するな。いざとなれば、イーヴァを抱えて逃げてやる。これでも意外に足は早いんだ」
そう言ってナナキが軽口をたたいてみるとイーヴァは少し肩の力を抜いた。そしてそっとナナキの服の裾を掴んで「頑張ります。」と小さく言葉を返す。強い子だとナナキは思う。
状況はだいぶ悪い。ナナキたちは既に一度捕まった身で、その後脱獄までしている。二人は非常に特徴的な緑と赤の髪は既に兵士に伝達済みだろう。
一目見ればきっとすぐに気づかれる。
それのナナキは肩を怪我している。深くはなくとも激しく動くのは厳しいところである。 いまはここでことが過ぎ去るのを待つしかない。
だが、それは叶わぬこととなる。
「見つけちゃった」
はずむような楽しそうな声が背後に響く。イーヴァですら気づかなかったその声の主は白いローブの兵士。
ナナキは勢いよく地を蹴ってイーヴァを後ろにかばい兵士から距離を取る。
兵士は若い男だった。男はなぜかまた笑う。ナナキがいぶかしみ睨むように男を見ると男はそのまま後ろを指差した。
「これからちょっと、兵士さんたちにちょっと試練を与えまーす。死んじゃうかもしれないから気が向いたら手伝ってあげてね」
「何を、」
言っているのかと問う前に、先程聞いた轟音が兵士の後方に響いた。その音と共に逸脱者はハラハラと崩れ落ち跡形もなく消滅する。気づけば目の前にいたはずの男ももういない。
だが、それに変わるようにして今度は黒い獣たちがぞろぞろと現れた。
すると一人の兵士が叫ぶ。
「魔物だ!!」
目の前にいるのは逸脱者ではなく、魔物だった。襲いかかる魔物に兵士達は剣を振り応戦する。一応魔物の退治は騎士の仕事に分類されるが非常時を備えて聖堂の兵士も普通の訓練をしているので、魔物相手でも遅れをとることはない。
だが、今回はイレギュラーであり随分と数が多い。
10や20どころの話ではない上、場所が悪い。
森で獣型の魔物と戦うのはどう考えても不利である。近くにいるナナキたちの姿も目に入らないほど余裕がなく、このままでは確実に何人か死ぬだろう。
「たっ助けないと!でもどうしたら・・・」
イーヴァは震えながらもこう言った。自分を殺そうとした人間たちを助けたいという。善良な子どもだ。
ナナキとしても牢に入れられたからといって見殺しにする気はない。
ナナキはイーヴァの頭を撫ぜた。
「助けるよ。でも、これからちょっといろいろと起こるけど、何の心配もないから。そこに座ってじっとしていてくれ」
ナナキの言葉にイーヴァは笑顔を見せるそしてしっかりと頷いた。
なんだか信用され過ぎているようで怖いところである。ナナキは首からチョーカーを外してひとつ呼吸をして口を開く。
次の瞬間あたりに不思議な音が響く。
そしてそれと同時にあたりがキラキラとした光が浮かび、魔物たちに集まっていく。
その光景にイーヴァだけでなく兵士たちも驚きの表情を浮かべているうちに魔物は身動きが取れず倒れふした。それを好機と見極めた兵士たちはすぐさま体制を立て直し魔物たちを切り伏せていった。
そしてしばらくすると魔物は全て一掃され兵士の勝利が確認された。
ナナキは口を閉じて見つからないうちにさっと隠れる。
兵士たちはナナキには気がつかなかった。ただ不思議な出来事に驚きつつ兵士はしばらくすると皆まとまって撤退していったのである。
ほっと息を吐いてイーヴァの方を見てナナキはまた面食らう。
イーヴァは再びひれ伏していた。まさに神を崇めるかのように。
「えーと、イーヴァそれはしなくていいから」
ナナキの言葉にイーヴァは顔を上げる。向けられた視線はキラキラと輝いている。ナナキとしてはなんと言っていいのやらというのが正直な感想である。
「ええと、まぁ、とりあえずここを離れようか」
ナナキはもう諌めることも面倒になって苦く笑うしかなかった。




