旅先で起こるべくして起こったある事件4
遠くで声が聞こえる。それ声は誰かを呼んで泣いている。その声に引きずられるように目を開くと見られぬ天井が目に入った。
「・・・ここは?」
ナナキが身を起こすと、その身に覆いかけられていたもう毛布がはらりとめくれる。左の肩がズキンと痛む起き抜けの頭が少しずつ覚醒し、先ほど少女をかばって剣で斬り付けられたことを思い出す。どおりで痛いはずである。よく見えないだどうやらきちんと手当がされているようで包帯が巻かれている。普通に起き上がれるところを見るとき傷はそう深くないようだ。
周りを見るとそこは木造りの簡素な部屋。部屋の端にはかまどがありそこには調理器具が置かれており、その付近には食料らしきものが積まれている。誰かが住んでいるとわかる生活感にあふれた家だった。
そこは確かに人間が住んでいる形跡がある家である。窓の外は木々が生い茂っており、ここが街中ではないことを物語っている。
ナナキは切りつけられて倒れたあとのことを覚えていない。たぶん倒れたとき頭をぶつけて脳震盪を起こしたのだろう。そして気絶している間ここに連れてこられたのだろう。
逃げたほうがいいのだろうかと思いはしたが、逃げる気が起きなかった。根拠はないがナナキの本能的にここは安全だと感じていた。
そんなことを考えていると不意に物音がした。
ナナキが少し身構えると戸が開き、そこからあの少女が現れた。だが、少女はナナキと目が会った瞬間、目を見開いてこちらにかけてきた。そしてそのナナキの足元、もといベッドの目の前の地べたに額をすり合わせるようにひれ伏した。
「!?ちょっ!?何してんだ!!?」
突然の少女の行動にナナキは面くらい目を剥いた。それはまさしく土下座である。
「主さま。ごめんなさい!私のせいで主さまが!!本当にごめんなさい!!」
ひれ伏したままの少女は、涙声でそう言って謝罪した。
多分肩の怪我のことを言っているのだろう。主さまというのが未だになんなのかはわからないが、縮こまっている年端もいかない少女に詰め寄るほどナナキは非情でもない。ナナキは静かに声音で少女をなだめる。
「落ち着いてくれ。それでとりあえず頭を上げてくれ」
その言葉に反応して少女はそろりと頭を上げる。少し土で汚れた額の下の瞳は涙こそ流してはいないが、ほとんど泣きっ面である。先程見せられた強烈な戦いぶりをみせた人間と同一人物とは思えない。
ナナキは毒気を抜かれる。牢の中では少女が逸脱者なのかそれとも聖霊術師なのかどうなのか判断がつかなかったが今なら断言できる。この少女は逸脱者ではなく血の通った人間であると。
「かばったのは俺の意志だから謝らなくてもいい。ちゃんと手当してくれたみたいだし、ありがとう」
ナナキが礼を言うと少女は真っ赤になってちぎれるんじゃないかと思うほど首をふった。
「そんな!!滅相もありません!!手当なんて当然です!!」
少女はうろたえた様子で泣きそうに視線を泳がせた。ナナキはまるで自分がいじめているような気分になった。
「わかった。わかった。もうそれについてはもうお互い言わないことにしよう。それよりも俺にとっては今どういう状況に置かれているのかの方が重要だ。質問に答えてくれると嬉しいんだがどうだ?」
「はい!なんでも答えます!!」
少女は表情を明るくして即答した。どうやら生来とても素直な性格のようである。
ナナキの家ではないが足元にそのまま座っていられるのも居心地が悪いので椅子に座るよう促すと、少女は素直に返事をしてベッド脇にあった背もたれのない木の椅子に座った。
「じゃあ、名前を聞かせてくれ。俺はナナキだ」
「イーヴァと申します」
「じゃあ単刀直入に聞こう。街の人間も聖堂の堂主もお前を逸脱者だといっていたが、俺にはそうは見えない。もしかしてお前は聖霊術師じゃないのか?」
ナナキはある種の確信を持ってイーヴァにそう問いかけた。だが、イーヴァは瞬きを数回したあとコテンと首をかしげた。
「ええと、アウトブレイカーってなんですか?あとセイレイジュ?」
その単語の意味がわからないといった様子でイーヴァは答える。その答えにナナキは肩すかしをくらい思わず間抜けな顔になった。イーヴァの様子からしてとぼけているということはないだろう。本当に知らないようだ。
考え込むナナキにイーヴァは少し不安そうにナナキを見上げる。
「えっと、それは外の世界ではみんな知っている言葉なのでしょうか?」
イーヴァがさらに続けた答えはまた不可解なもの答えに窮する。後者については知らない者がほとんどだろうが、前者についてはイーヴァの言葉通り、子供でも知っている存在である。
イーヴァは外の世界といった。まるでこの場所が他の場所と断絶されているかのように。それについてはナナキも心当たりがあった。この場所はナナキが今までいた場所と何かが違う。ではここはどこなのか?
「・・・イーヴァ、ここはおまえの家みたいだが正確にはどこだ?どうやら森か林みたいだが街をからみてどのへんに位置している?」
「ええと、私の家なのですが、街からどの辺なのかはちょっとわかりません。ここは結界の中ですから」
「結界?それはなんだ?」
「結界はこの森を守る見えない壁ことです。ずっと主さまが創ったものときています。覚えていらっしゃいませんか?」
「・・・あー、どうだろう」
イーヴァの返事と共に純粋に疑問を投げかけてきた。ナナキはどう答えるべきか迷い言葉を濁した。
だが、イーヴァはナナキを主さまいう存在だと信じ切っているが故に素直に話してくれているのだろう。今否定しても余計な混乱を招くだろうし、そうでないと分かったら敵意を向けられないとも限らない。
イーヴァには申し訳ないがとりあえずその誤解については後回しにして、ナナキは話を変えることにする。イーヴァに話を着てさらに湧いた疑問を口にした。
「そういえば、あのあと聖堂の牢からここまでどうやって逃げてきたんだ?イーヴァが俺をここに連れてきたんだろう?」
ナナキここに連れてきたのはイーヴァで間違いないだろう。だが、どこだかわからないという。では、どうやって連れてきたのか。
牢でのイーヴァは強かった。だがそれは腕力というよりテクニックであり、気を失った大の男を抱えて逃げられるとは思えない。
「この腕輪を使って結界の中に入りました。これを使うとどこからでも扉を開けるのです」
イーヴァは左腕をナナキに差し出した。その腕にはコインほどの大きさの透明な石が埋め込まれた腕輪がはまっていた。
「本当に忘れてしまったんですね。でも仕方がないですよね。主さまはいろんなお力を持っていていろんな場所に行かれているからここのことを忘れてしまっても仕方がありませんよね。ここに来てくださっただけで私は嬉しいです」
イーヴァの発言にさらに疑問が深まる。主さまとは一体何物なのだろうか。
「・・・そうか。じゃあ、悪いんだけどもう少し詳しく聞かせてもらってもいい?」
はにかむように笑って頷く少女になんとも言えない罪悪感を覚える。だが、聞かないわけにはいかないのでナナキは焦らずまた順を追って尋ねることにする。
「イーヴァはずっとここで暮らしているのか?」
「はい、そうです。私はここで生まれてここで育ったので外に出たことはありません」
イーヴァの言葉にナナキは驚いた。
「一人で?他には誰もいないのか?家族は?」
「ええと、家族は1年前までおばあ様がいたのですが死んでしまったので。でも、仕方がありません。人間には寿命があります」
「それは、わるいこと聞いたな」
寂しそうなイーヴァにナナキがそう言うとイーヴァはまた頭を振った。
「でも!今はもう寂しくないですよ!お友達がいますから!」
イーヴァは明るくそう言った。
「友達?」
「あ、ええと、ちょっと待っててくださいね」
そう言ってイーヴァは目をつぶる。すると何もないのにふわりと風を感じる。
イーヴァが静かにまぶたを開けた。その顔には先程までの笑顔はない。
「お初にお目にかかります。ナナキ様。私はイーヴァから誓約を受けている聖霊イリアリーゼと申します。ここからは私が代わりにお話します」
聖霊イリアリーゼと名乗った子どもはその姿のそぐわぬ平坦な声音でナナキに語りかけてきた。




