旅先で起こるべくして起こったある事件3
鉄格子と石壁で造られた薄暗い牢の中。地べたに座るナナキの隣で、横たわる少女を視界の端におさめる。ナナキは大きくため息を吐いた。
「おい、あんた無事か?」
壁をたたいて隣の声をかける。
「無事でーす。いや全く抵抗してないのにあの乱暴な扱いったらないよ」
男はおどけた口調でそう答える。見た目が怪しいので気づかなかったが声だけ聞くと随分若い声である。
男は問答無用で牢屋に押し込められたというのに時に慌てた様子は見られない。
さすがに、状況を把握していないということはないだろうと思う。随分と肝が座っている。だが、反対に言えば少しのんきすぎるとも言えなくもない。
「それにしても驚いたなぁ。さっきも聞いたけど、本当にその逸脱者に知り合いじゃないの?」
「いや、知らない」
「えー?主さまとか呼んでたけどぉ?」
「人違いだ」
「ふーん?」
二人の間に沈黙が落ちる。どんなに疑われようと身に覚えのないのだからそれ以外答えようもない。
こうして捕まっているのは、目の前に眠る少女が自分を“主さま”とやらと勘違いしたせいである。その誤解を解かない限りどうにもならない。
「まぁ、過ぎたことはどうでもいいけどさぁ。兄ちゃんがそいつ知らないって言うんならどうにか誤解を解かないとだよね。ていうか今更だけど同じ牢屋で大丈夫?」
「まぁ、今のところは。なんか普通に寝てるし」
「逸脱者って寝るの?」
「さぁ、こいつは寝てると思うけど・・・」
ナナキは少女を見やる。
神話時代の負の遺産、逸脱者。
魔物と同じく人を害し、人の形をした人でない異形の力を持つ存在である。
ナナキ自身は逸脱者を間近で見たことはないので、人間との外見的差異がどれほどのものかはわからないが、目の前の子どもは人間にしか見えない。
ナナキはある可能性を頭に思い浮かべた。
もし、この子どもが逸脱者ではなく、人の身で人外の力を行使すると言うならばもしかしたらとナナキは思う。
聖霊術師
それは、神話時代に信仰された聖霊という世界のありとあらゆるものを操ることができる存在の力を借りて力を行使できる人間たちのことである。
彼らの存在は歴史からほぼ完全に抹消されているため、今の世では逸脱者と区別されることなく迫害されている。
もし自分の誤解を解けたとしてもこのままでは少女はどうやっても殺されるだろう。誤解が解けなかったらナナキは逃げるつもりでいるが、そうすると少女の処遇に困る。
どちらかわからないのに連れて逃げるのは問題がある。そしてそれはおいていくのも同じことである。
起きる様子のない少女の顔を見ながらナナキはあれこれと考えていると、扉が開く重い音が聞こえた。それに続いて複数の足音が牢に響く。
数人の兵士に守られるように牢屋の前にやってきたのは背筋が少し曲がった小さな老人であった。
「お前は人語を解するならば聞きたいことがある。どうじゃ?」
唐突にそう語りかけてきた老人はナナキを注視した。案の定ナナキは眠る少女の同類と思われているようである。だが、こうやって対話を試みたところを見ると問答無用で殺しにかかる気はないようだ。
「話せるよ」
ナナキはそれだけ答え、まず相手の出方を見ることにした。
「では聞こう。その逸脱者がお前を主と呼んだそうだがそれは事実か?」
「主と呼ばれたのは事実だが主であることは事実じゃない」
ナナキが冷静にそう答えると老人は目を見張った。
「では、その逸脱者はなぜお前を主と呼んだのだ?」
「それは俺も分からない。だが、俺は生まれてこのかた主なんて呼ばれたことはない。俺が今のところ推測できるのは、こいつが主と呼んでいるやつが俺に似ているのかもしれないっていうことくらいだ。俺からも質問したいんだがいいか?」
今度はナナキが問いかけた。すると兵の一人が吠えた。
「先程から無礼な!!聞いておられるのは堂主さまだ!逸脱者に問う権利などない!!」
一際大柄な男が憤怒の形相をしている。随分血の気の多い男のようだがナナキ眼中にはない。それより老人がこの聖堂の堂主であることに眉をひそめた。堂主であるならば落ち着きぶりに納得がいく。だがこんな場所に堂主自らやってくるというのはそうそうない話である。
堂主自らここに来なければならない理由は何なのか。ナナキは冷静に思考を巡らせながら堂主を見つめる。
堂主はすっと手を伸ばし兵士を制した。
「よい。私はこの者の話を聞きたい」
堂主がそう言うと渋々といった様子で兵士は口を閉じる。その目はまだナナキを睨んでいた。堂主はナナキの
言葉を促した。
「して、何が聞きたい?」
「聖堂では逸脱者をどうやって判別するかは知らないが、とりあえずここに来てこうやって話すってことは、俺がそうかそうでないかはどうはまだはっきりとは分かっていないんだろう?こうやって話してみてあんたはどっちだと思った?」
堂主と知ってもへりくだる気もないナナキは先ほどと変わらずにそう問いかけた。斜め横ではさっき吠えた兵士が今にも噛み付きそうな目で睨んでいる。だが、堂主は特に気分を害する様子はなく、ナナキを見てひとつ頷いた。
「ふむ、その逸脱者の発言からして仲間と判じられなくはないが、それだけで処分するのはいささか乱暴かと思うてここに来たのじゃが・・・どうやら来て正解のようじゃの。お前は違う。私にはそうだとわかる。申し訳ないことをしたの」
堂主はそう言ってあっさり謝罪する。少し拍子抜けしたが、ここで余計なことを言うつもりはない。
「いや、誤解が解けたならそれでいい」
「そうか、じゃが、その者が主と呼んだのも事実。ならばいくつか問わねばならぬことがある。牢からは出すがその質問に答えてもらわねばならぬが良いかの?」
その言葉は形ばかりの問いですでに決定事項なのだろう。逸脱者だという誤解は解けた
が、全く無関係であるとは思ってもらうには判断材料が足りないのだろう。ナナキとしても当然の判断だと思ったので反論はしない。
「構わない。だがもうひとつ聞きたい」
「何じゃ?」
ナナキは目を細める。
「この娘は本当に逸脱者か?」
ナナキは身を脇に寄せて少女が見えるようにした。堂主は一歩前に出て視線を少女に向ける。規則正しい寝息とそれと同じように上下する胸元。見た目はどう見ても人にしか見えない少女。
「それはまだなんとも言えん」
堂主は断言しなかった。
堂主の視線は未だ眠ったままの少女に向けられている。ナナキは堂主の視線に何か違和感を覚えたがその正体がなんなのかはわからなかった。
ナナキも少女のことは気になるが、堂主の口ぶりではまだ猶予があるようだ。まず自分の身動きが取れるようにしなくてはならない。
「・・・そうか。じゃ、とりあえずここから出してくれないか?」
「ふむ、では鍵を」
堂主の声と共に兵士の一人が鍵を開けた。そしてガシャンッと鉄格子の扉が開く。その時ふと隣の男のことを思い出す。さっきから全く反応せずにいたのでナナキはすっかり忘れていた。
「そうだ隣の、」
その言葉を口にしたとき後ろから布の擦れる音がした。そしてナナキの横を黒い影がすり抜けた。
それは先程までナナキの後ろで寝ていたはずの少女である。
次の瞬間、黒い影は鍵を開けた兵士に体当たりをかました。驚く周囲をよそに少女は体当たりで後ろに倒れこんだ兵士を足蹴にした。
兵士の一人が「堂主様を守れ!」と叫ぶ。すると兵士たちが堂主をかばうようにしながら剣を構えた。
ナナキからは少女との表情は見えないが対峙している兵士の強ばった顔がみえる。武器を持っていない小さな少女が兵士に威圧感を与えていた。
緊張を破るように掛け声と共に兵士の二人が一斉に少女に襲い掛かる。だが、少女は流れるように剣をかわし、そのまま地を蹴って素早い身のこなしで体を回転させて蹴りを繰り出した。それは兵士の首を的確に捉え兵士はその身ごと横にはじかれて床に思い切りたたきつけられた。それを見て先ほどナナキに吠えていた兵士が大きく剣を大きくふりかぶった。
「このっ!化物め!!」
まっすぐ振り下ろされた剣は少女狙う。
だが、その剣は少女に触れる前にあっけなく砕け散る。鈍い音と共に兵士は傾き、音を立ててその身が床にひれ伏す。
少女は素手であっという間に3人の兵士を気絶させた。圧倒的な強さを見せつけられ、このままでは不利と察したのか残りの兵士が堂主を守りながら後退していく。
兵士たちが牢から撤退し、その姿が見えなくなると少女が小さく息を吐いたのがわかった。
「主さま!」
少女が振り返る。先程まで兵士を圧倒していた人物とは思えない笑顔をナナキに向けた。
「主さま、ここは危ないです!ここを出ましょう!」
少女はナナキの手を取った。だがその時、少女の背後に影が見える。
それは最初に気絶したと思った兵士だった。兵士は勢いよく立ち上がり再び剣を振り下ろす。ナナキは何を考えるでもなく咄嗟に体が動いた。少女が握った手を強く引いてその身に抱き込んだ。肩口に鋭い痛みを感じ小さくうめき声を上げると少女が息を飲んだ。
バランスを保てずそのまま床に思い切り倒れこむ。ぐらりと歪む視界の端に再び少女に向けて振り落とされた剣先が見えた。
その後はもうわからない。ナナキの意識はそこで途切れた。




