神呼《みこ》と女神カルディアーナ
路地を通り抜けてすぐに目についたのは聖堂の時計塔である。その高さはほかの家の有に5倍近くある。
聖堂は〈ゲート〉と同じ時代に作られたものであり、その外観も他の建物とは一線を引いている。大昔から存在する建物とは思えないほど美しく保たれており、現代の技術では同じものは作り出せないのは誰が見ても明らかである。
聖堂を管理しているのは〈セント・カルディア―ナ〉という組織で、女神カルディア―ナとその力を行使できる神呼を祀り、その力をもって騎士と共に国土を守っている。また、それはこのアウローラ大陸全土を統治するクラウディス王家から公式に認められており、国にとっては欠くことのできない重要な機関とされている。
神呼とはなんなのか。
その始まりは〈女神カルディア―ナの加護〉と呼ばれ、この国の神話として語り継がれている。
かつて、このアウローラ大陸は大小様々な国が存在した。しかしある時、多くの国の中でも強い勢力を誇るいくつかの国が領土を巡って諍いをはじめ、それが戦争に発展し、その後数年とある出来事によってが戦火は大陸中に広がった。
戦火がおさまり、結果として多くの国が滅んでいったあと台頭してきたのが今のクラウディス王国であった。
そして戦後、大変な混乱に見舞われたが、クラウディス王国はあっという間に体制を整え、その後一気に大陸のほとんどをその支配下に納めることとなった。
戦争のせいであまり豊かな暮らしはできなかったが、クラウディス王家の善政のもと、人々はそれぞれ慎ましやかに暮らしていた。
しかし、人々がやっと平和な世が訪れると思ったのもつかの間それは起きた。
なんの予兆もなく、ある時を境に太陽がその姿を隠したのである。
はじめは誰も異変に気づかなかったが、厚い雲が太陽を隠し雨も降らなくなってから幾日かたったところで次第に人々はおかしいと思い始め、そこから何年もの間その現象は続いたのである。もちろん畑は痩せ細り、どの土地でも蓄えていた食料も次第に底をついていき人々は戦後再び飢饉に襲われることになったのである。
そんな時、突然一人の女性が〈ジンメイ〉という小さな村に現れる。女性はただ屋根を貸してほしいとだけ告げてくる。
女性はこの痩せ細った大地に暮らすものとは思えないほど、血色のよい美しい姿をしており、村人はいぶかしんだが寝床くらいならとそれを了承した。
その夜一晩寝ると女性はお礼にと歌を歌った。
するとどうだろう。突然村人の痩せた体に血色が戻り、次の瞬間、さらに目を疑う出来事が起きた。なんと何年も降ることがなかった雨が降ったのである。その光景を見て村人は外に飛び出し皆びしょ濡れで抱き合って喜んだ。
そんな中、女性が更に歌い続けると枯れ果てた大地に芽が出てみるみるうちに成長していく。
それは奇跡としか言い様のない出来事だった。
そして、その奇跡を目の当たりにし村人は女性を神の使者と崇めたのである。
女性は『この世界の女神カルディアーナが私の歌に応えてくれたのだ』と言った。それから彼女は何人か人間に力を授け、彼らを従者とし、何年もかけて様々な土地を旅した。そして、毎日のように歌を歌い続け、土地はどんどん豊かになっていった。
次第にその奇跡が噂になり、ついにはクラウディス国王の耳にまで届くようになる。国王は女性を王宮に呼び、その歌声披露させた。その力に魅了された国王は彼女を妻に迎えようとした。
しかし、女性は『この身が穢れることがあれば神は応えては下さらなくなるでしょう』と言いその申し出を断った。
その言葉に渋々ながらも国王は納得し、代わりにその歌声を国に捧げてほしいと申し出た。すると女性はその言葉にうなずき代わりに一つ願い事をした。
『どうかこの大陸の中心に遠くを見渡せる天にも届く高い塔をおつくり下さい。そうすればあの太陽を覆う厚い雲を取り払うことができるでしょう』
女性の歌声に魅了された王はそれを了承し、人々に塔を建てるよう命じた。
そして数か月後、王宮よりも高い塔が完成すると女性は塔の上で歌を歌いだす。すると厚い雲がみるみるうちに消えていき、ついに眩しい太陽の光が大地に降り注いだ。
更なる奇跡に塔の下にいる誰もが驚き神の御業と讃え、王はその女性のことを〈神を呼ぶもの〉という意味で、神呼という地位に置いた。
そしてしばらくした後、神呼という呼び名は大陸全土に知れ渡ることとなる。
しかしその後しばらくすると、神呼はまるで役目を終えたかのように床に臥せてしまい、今際の際にひとつ予言を残す。
『私が死ねば、同じく神を呼ぶ歌声を持つ者がこの世に生み出されるでしょう。生まれや育ちは関係なく、皆はそのをよ者く助け、この地に新たなる加護を与えなさい。そうすれば未来永劫カルディア―ナ様の加護が与えられるでしょう』
そして神呼が没した後、それを嘆きつつもその言葉を信じた王は神呼の従者たちに命じ、新たな神呼を探し始める。
その数年後、神呼の再来と呼ばれる幼子が見つけられ王宮に招かれる。その幼子の歌声はまさしく神呼と同じもので、王はその幼子は国を守護する存在とし、太陽を取り戻すために作られた塔に住まわせることにした。
王は国を守るため、神呼に力を授けられた従者たちに地位を与え、女神カルディア―ナを祀るために〈大聖堂〉を作らせ、さらには各地にも聖堂を建てさせることにした。その際、従者たちは〈セント・カルディア―ナ〉という組織を作り、国を守護する神呼を支えることにし、王もそれを認めたのである。
神話では語られていないがその後、聖堂が建てられたことのよって女神カルディアーナの加護が多く与えられたが、その一方であるひとつの問題が浮き彫りになった。
それは地方にある聖堂を管理する〈セント・カルディアーナ〉による加護の独占である。それによってもとからあった貧富の差がさらに大きく広がり治安が悪くなるり、国民と〈セント・カルディアーナ〉が衝突するという現象が起き始めたのである。
このままでは争いの火種になると危ぶんだ王はその対応策として各地に騎士団を派遣することにした。騎士団を聖堂に配置し、〈セント・カルディアーナ〉を管理し、治安を維持することが目的であった。その策は思いのほかうまくいき、現在に至るまで大きな諍いもなく“国民に深く受け入れられた聖堂”ができたのである。
そうして神呼と女神カルディア―ナは広く人々の信仰を集め、それを配下に置いた王国は現在に至るまで永い安寧を得たといえる。
ただし、現在はセント・カルディアーナの勢力は肥大し、既に騎士団の管理下に収まらないことが多いというのが現状でもある。
当時から現在に至るまで複雑な思惑が絡み、表立っては平和に見えるが権力争いは水面下で行われ続けている。
この神話がどこまで真実か分からない。これは史実ではなく神話である。真実かどうかは人々の信仰には関係ないのかもしれない。
ただ真偽はともかく、〈セントカルディアーナ〉の出現は確実に今のこの大陸に変化をもたらしたであろうことは確かである。




